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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第二十一章 風雲児
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2

 レン達が総本山エメランスに来てから、世間が大いに動いていた。ダルファシルでの騒動と、それによる帝国軍と僧兵達の全面衝突。それらの情報は進んで求めなくてもレンの耳に入ってきていた。

 神託戦争以来の争乱が起こるのではないか。レンならずともそのような予感を浮かべるのは当然かもしれなかった。

 しかし、レン個人の身は至って平穏であった。世間の騒がしさがまるで別世界での出来事のように思えるほど、レンの日常は穏やかに淡々と過ぎていった。

 『それでいいのだろうか……』

 世の中が乱れようとしているのに、自分はこんな場所で穏やかな日々を送っていてもいいのだろうか。レンは生真面目にそのようなことを考えていた。

 あるいはそのように考えるのは人としての増長であるかもしれなかった。この歴史的騒動の中で何事か成せるほど世間的に大きな存在なのかと問われれば、レンは首を振るしかなかった。大きな世界の中でレンなどは蚊ほどの小さな存在でしかなかったのだ。

 それでいてレンが何事か成せねばいけないのではないかと焦燥するのは、自分が神託戦争を引き起こしてしまったという負い目があったからだ。

 アルスマーンなどに言わせれば、レンは単に夢に見た神託を告げただけであり、それを政治的に利用し戦争にまで発展させたのは皇帝や教王達である。レンに罪などなく、負い目を感じる必要などまるでなかった。

 レン自身もそうであろうと思っている。当時のレンは、あのおぞましい夢を自分の中に仕舞い込めるほど大人ではなかった。だが、それでも口に出さなければという後悔が、今でもレンの肩に重くのしかかっていた。

 

 その夜も、レンはもやもやした心を引きずりながら大聖堂を歩き回っていた。先ほど、サラサとまた話をしたいと思って図書室を覗いてみたが、彼女はジロンと熱心に話しこんでいてレンの入っていける余地はなさそうであった。仕方ないので自分の部屋に戻ろうとすると、アルスマーンとばったり出くわした。

 「ミサリオ様……。こんな夜更けまで」

 「そういうレレンも……いや、今はレンじゃったな。他の司祭達と色々打ち合わせていてな」

 「打ち合わせですか?」

 「そうじゃ。また明日、最高司祭会議が開かれる。そこでなんとか決着をつけられるように考えておったのだ」

 「戦争をせずに済みそうなのですね?」

 「戦争という意味ではすでに始まっておる。しかし、これ以上の無用な流血は避けんとな。それでレンはどうしたのかね?」

 「眠れないのですね。神託の巫女であることを告白して以来、自分の心が晴れるかと思ったのですが、どうもそういうこともなく、自分は何をしているのだろうという不安を抱えながら毎日を過ごしているのです」

 「ふむ。繊細じゃな。まぁ、若いうちはそのぐらい繊細のほうがいいのかもしれんな」

 座らんかね、とアルスマーンが促したので、二人は近くに置かれていたソファーに腰を沈めた。

 「私も人のことを偉そうには言えんながな。つい最近まで教王と対決することを拒んでおった。このまま平穏な生活を送って余生を過ごそうと考えておったが、心のどこかではこのままではいかんとも思っていた。そのどっちつかずの心を晴らしてくれたのがあのお嬢さんだった」

 「サラサさんですね。あの方は強いです。本人は否定していましたが……」

 「そうじゃな。こんな年になって孫ほどの女の子に気づかされるとは思わんかった。彼女に強さがあるとするなら、まさにその点であろう」

 「その点?」

 「人をその気にさせたり、人を惹きつけたりする彼女の魅力じゃよ。彼女はただならぬものを持っている。かの雷神もそんなところが気に入ったのだろうな」

 「ジロンさんのこと、気がついていたのですね」

 総本山に入るにあたり、サラサの指示によってジロンの身分は明かしていなかったのだ。

 「これでも総司祭長じゃからな」

 アルスマーンは愉快そうに笑った。

 「さて、さっきまでの話だが、サラサ殿にはサラサ殿の役割があり魅力がある。それと同時にレンにもレンにしかない役割と魅力がある」

 「私にですか?」

 「本人には分からんかもしれんがな。だが、周りの人間にはよく分かっている。私も含めてな」

 「では、是非とも教えてください!」

 レンはアルスマーンの袖を掴んだ。まさにすがる思いであった。

 「残念だが教えられん。いや、教えるようなものではなく、教える必要のないものかもしれん」

 「それって……」

 「そのままのレンでいいということじゃよ。今は自分に自信なく、くすぶっておるかもしれんが、いずれここぞという場面が訪れる。その時に一歩踏み出せばよいのだ」

 今の私のようにな、と言うアルスマーンの表情はとても穏やかであった。

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