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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第二十章 戦火灯る
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7

 帝暦千二百二十四年天臨の月二十八日の払暁。帝国軍三千五百名は、皇帝ジギアスの命令一下、一斉にダルトメストに攻撃を開始した。

 当初、ダルトメストに篭る僧兵達は、自分達が優位に立てると信じて疑わなかった。篭城という状況や、ダルトメストが小高い丘陵の上にあるという地理的利点を考えれば、確かに数が少なくとも僧兵達の方が有利であるといえた。加えて個々の武勇の点でも、僧兵が帝国軍の一兵卒に劣っているはずがなかった。

 しかし、個人の武勇と集団における戦闘とはまるで別次元であった。要するに僧兵達は、集団戦闘というものに慣れていなかったのだ。それに引き換え、ジギアスが叱咤する帝国軍は、数々の戦場を潜り抜けてきた精鋭ばかりである。

 まず帝国軍は、一斉にダルトメストに向かって矢を射掛けた。僧兵達も高所より矢を射返すが、数が違いすぎた。僧兵側の弓兵は次々と倒れ、矢数は次第に減っていった。

 戦場における呼吸というものを知っているジギアスは、これを見逃さなかった。すぐさま全軍に突撃を命じた。

 『昼前にダルトメストに突入!昼飯はダルトメストの美人が給仕してくれるぞ!』

 ジギアスがそう兵達を叱咤すると、帝国軍兵士は猛然と突進し、瞬く間に僧兵達が築き上げた馬防柵を引き倒し、ダルトメストになだれ込んだ。この時点でこの戦闘の決着はついたようなものであった。

 個々に武勇を誇る僧兵達も、集団で突進してくる帝国兵に恐れをなし、次々と逃げ出した。僧兵長たるシューレットの制止も聞かず、西へ西へと壊走をしていった。

 中には奮戦する僧兵もいた。ある僧兵などは、体に数十箇所の刀傷を受けてもまだ倒れず、掛かってくる帝国軍兵士に槍を振り回していたが、最終的には十名近い帝国軍兵士に一斉に襲い掛かられ、文字通り串刺しにされた。

 昼前に僧兵達は悉くダルトメストからいなくなり、ジギアスが言ったとおり、帝国軍兵士はダルトメストで昼飯を食べられることになった。

 

 ダルトメストに入ったジギアスがまず初めにしたことは、僧兵達に捕らわれていたザギーニ派の人々を獄から出すことであった。その中にはザギーニの寵姫や侍女もおり、ジギアスは彼女達に依頼して炊き出しを行わせ、兵士達に振舞った。美人が給仕するという兵士達への言葉を守ったのである。この点、ジギアスという男は実に律儀であった。

 次にジギアスが行ったのは首謀者の逮捕であった。事前に首謀者とされる人間は殺さずに捕らえろと命じており、ザギーニに反旗を翻した中心人物や生け捕りにされた僧兵達が次々とジギアスの面前に引き出された。その中には僧兵長シューレットの姿もあった。

 「おーお。あれだけ息巻いていたクソ坊主がいい様だな!」

 縄をかけられ、ジギアスの前に座らされているシューレットは毅然とジギアスを睨みつけていた。

 「聖職者たる私に縄目の恥辱とは……!罰当たりにもほどがある!」

 「はん!聖職者が聞いて呆れる。俺の知る聖職者とは祈り、偉そうに説教を垂れる奴らのことを言うんだ。槍を振り回したりする連中のことを言わん!」

 ジギアスはシューレットの肩を蹴った。シューレットは横倒しになった。

 「罰当たり?大いに結構だ。俺は貴様ら教会のせいで散々な目にあってきたからな。今更天罰なんて怖くねえよ」

 シューレットの目に絶望と恐怖の色が宿った。ジギアスという男には教会の権威などまるで通用しないのだということをようやく知り得たのであった。

 「俺は戦場以外で血を見るのは好まん。しかし、貴様ら全員を無罪放免にするほど俺は心が広くないからな」

 ジギアスは反乱の首謀者となった民間人達を見下ろした。

 「お、お待ちください、陛下。そもそもはアントワット様が司祭を殺害したのが……」

 「言っただろう。俺は心が狭いんだ。貴様らには個人的に恨みがある。俺の兄貴分を殺したというだけで万死に値する!」

 「そ、そんな無体な!」

 「それだけじゃねよ。帝国皇帝である俺に反逆した。領主殺しと皇帝への反逆。たとえお前らが言うとおり、そもそものはじまりがザギーニの司祭殺しにあるにしても、二つの大罪は拭い難い事実ではないか!」

 貴様らに道理を垂れるのも鬱陶しい、とジギアスは締めくくった。

 「貴様ら全員打ち首だ!引っ立てろ!」

 もはや誰も言葉を発しなかった。僧兵長シューレットを含む十名がダルトメストの広場で首を討たれ、その場で晒された。

 ちなみに、その他の市民については一切のお咎めがなかった。寧ろ僧兵達によって不法に支配されていたとして慰労し、向こう一年間の租税を半減することを明言した。ジギアスが単なる乱暴者ではないことを明確に現していた。


 以上の処刑にまつわる一連の出来事にバーンズは携わっていなかった。ダルトメストに外にあって部隊の再編成をしていた。僧兵長と首謀者達の悉くが処刑されたと聞いて、

 「そうか」

 としか言わなかった。部隊の再編成を指揮するのに手一杯であり、余計な思考をする暇などなかったのだが、これだけでは済まないという漠然とした予感はあった。

 その予感はすぐさま現実のものになった。ダルトメストを解放したその日の晩、バーンズはジギアスに呼び出された。

 「我が方の損害はどうか?」

 「死傷者は百二名。そのうち三十五名は戦死となります」

 「ふむ……。かすり傷のようなものだな」

 かすり傷。確かに軍隊の規模を考えれば軽微な傷である。しかし、人一人の命は決して軽微ではないのだが……。

 「俺はこのままエメランスに進軍しようと思うがどうか?」

 バーンズの鼓動が早くなった。ジギアスがその選択肢を示す可能性は事前に考えていたが、こうして実際に言葉にされると緊張せざるを得なかった。

 純軍事的にはエメランスに進軍するのに差し支えない。しかし、政治的にはどうか?政治的にはせぬ方がいいだろう。帝国全土の信者の反発を招くだけである。バーンズはその点について進言しようかどうか一瞬迷った。

 『私は武人だ……』

 バーンズはでかかった言葉を飲み込んだ。

 「軍事的には問題ありません」

 と答えるのが精一杯であった。

 「当然であろう。すでに近隣の領主達も集まってくる。一挙にエメランスも落としてやる」

 これで神託戦争以来の遺恨が全て解消される、とジギアスは結んだ。バーンズは頷くしかなかった。

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