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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第二十章 戦火灯る
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6

 皇帝ジギアスがダルトメスト近郊に到着したのは天臨の月二十七日のことであった。兵は迅速を尊ぶ、という言葉を信奉しているジギアスも、帝都から五日でこの戦場に到着したことになる。

 ジギアスの本営を訪れたバーンズは、自らが到着してからの経緯を報告した。何度も撤兵するように勧告したが、がんと受け付けなかったこと。そしてジギアスが来るまでは戦端を開かないように腐心したことなどを手短に語った。

 「気長だな、大将軍は。俺が大将軍の立場なら皇帝の到着など待たず攻撃していたがな」

 ジギアスは、鼻で笑った。

 『これまでの私の苦労を……』

 バーンズは心の中にめらめらと炎が宿るのを感じた。すべては帝国と皇帝陛下のことを思ってやっていたことなのに、一笑のもとで否定されたような気がした。

 「坊主どもが戦争をお望みなら仕方あるまい。それを叶えてやるのも得度というものだろう」

 ジギアスは立ち上がり、机の近くに身を移した。机の上にはダルトメスト近郊の地図と凸型の駒が置かれていた。

 「状況は?」

 「私が率いた二千の兵と陛下がお連れになられた兵千五百を合わせると、当方の兵力は三千五百。僧兵達の数は詳細こそ分かりませんが、伝奏方長官の証言を信じれば千に満たないぐらいでしょう」

 バーンズは気持ちを切り替えることにした。今は大将軍としての責務を果たさねばなるまい。

 「ふむ」

 「ダルトメストは小高い丘陵の上にあり、それを馬防柵で囲んでおります」

 「千人にも満たぬ坊主どもがこれだけ短期間に防御を整えられるか?ダルトメストの連中はこぞって教会に味方したんじゃないのか?」

 ジギアスは流石に明敏であった。バーンズが懸念していたことをずばりと突いてきた。

 ダルトメストは面積的にそれほど大きい街ではないが、千人未満の人員で短期間のうちに防御柵を作れるほど小さくもない。街の人間が協力させられたのは間違いなかった。

 「そのとおりでございましょうが、僧兵達に無理やり協力させられたのかも……」

 「どうだかな……。まぁ、安心しろ大将軍。俺も武器を持たぬ人民を害するつもりはない」

 バーンズはほっとした。バーンズの懸念は、僧兵に協力した人民を逆上したジギアスが悉く殺すのではないかということであった。

 「だがな。積極的に坊主どもに協力したとなれば許しておけん。俺は兄貴の敵を討たんといけないからな」

 ジギアスがぞっとするような凶悪な笑みを浮かべた。

 「で、どうするかな?大将軍」

 「……。攻城戦のような形になりますが、多勢に無勢です。一気に攻めるがよろしいかと」

 もはや戦闘が避けられない以上、一瞬で決着をつける必要があった。戦闘が長引けば教会も増援を派遣し、泥沼の戦争になるだろう。

 「俺の意見も同じだ。この俺と戦で張り合おうとした報いを存分に受けるがいい」

 バーンズは兵の配置を説明した。ダルトメストを北、南、東の三方向から包囲し、西側だけは包囲しないで僧兵達が逃げる道を残しておく。逃げ道をなくしてしまうと、僧兵達は窮鼠となって必死の抵抗をしてくる。そうなっては勝つにしても味方の損害も大きくなってしまうからだ。

 「いかがでありましょう」

 敵の逃げ道を残しておくのは戦術の常套であった。普段のジギアスならば即決でこの方法を採用したであろう。しかし、兄貴分を殺されたことに対する復讐心をたぎらせているジギアスは、敵を逃がすという行為がどうにも許せないようであった。

 「陛下……」

 「大将軍の戦術を是とする。今日のうちに配置を完了させ、明日の払暁に攻撃を開始する」

 ジギアスはそう決断を下した。バーンズはひとまず安堵して各部隊に伝令を走らせた。


 包囲する帝国軍の各部隊が配置を転換する最中、バーンズはダルトメストに無数の矢文を放った。内容は、ダルトメストを不法に占拠する僧兵達が談判に応じなかったので明日の払暁に攻撃する、というものであった。今回の事件と無関係の市民に避難を促すと同時に、僧兵達の指揮を挫くのも目的であった。

 「はたしてこの矢文ごときで効果があるでしょうか……」

 夜になり、各部隊の配置はほぼ完了した。本営もやや静かになった。キリンスは複数の篝火が揺れるダルトメストを眺めて嘆息した。

 「僧兵達には効果なかろうが、市民達が避難してくれればよいのだが……」

 「報告によりますと、多数の市民がダルトメストを脱出したとのことですが、まだ残っている市民も多いようです」

 「僧兵達に動きは?」

 「ないようですな。彼らはあくまでもやる気のようです」

 「やる気の者同士が対峙すれば、もはや戦争にしかならんか……」

 「して……やる気満々の皇帝陛下は何処に?」

 「天幕におられる。帝都から連れてきた寵姫達に酌をさせている」

 「戦場であるのになんと悠長な……」

 「だからこその皇帝陛下なのだよ」

 バーンズとしては、寧ろジギアスが後方にいてくれる方がよかった。ジギアスが前線に出ればどんな苛烈な戦闘になるか分かったものではなかった。

 『明日はそういうわけにもいかないだろう……』

 好戦的なジギアスが戦地まで来ておいて、ずっと後方に下ったままであることは考えられなかった。後は双方が理性を持って戦うことを祈るだけであった。

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