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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第二十章 戦火灯る
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3

 総本山エメランスから僧兵約千名が出立したという報告に接した皇帝ジギアスの激怒は凄まじいものだった。すぐさま大将軍と国務卿を招集し、その面前で教会伝奏方であるホルスを罵倒し始めた。

 「このクソ野郎!能無しの鼠め!」

 およそ貴人らしくない言葉を発したジギアスは、今にも報告者たるホルスに飛び掛らんばかりの勢いで彼に迫った。

 「しかも貴様はその僧兵どもにダルファシルまで守られて帰ってきたらしいな!いつから皇帝の代弁者から教会の手先になった!」

 ジギアスはホルスの襟首を掴み、座っていたのを立ち上がらせた。ホルスは蒼白になっていて、小刻みに震えていた。

 「何とか言ったらどうだ!鼠はやはり人語を解せないか!」

 「そ、それは……。僧兵の派遣はあくまでもダルファシルの治安を安定させるために……」

 「そんなものは建前だ!奴らの魂胆はこれを奇貨としてダルファシルを占拠し、教会領にすることだ。そんなことも分からんのか!」

 ジギアスは投げ捨てるように襟首を離した。ホルスは椅子に座れず、床に落ちた。

 「今すぐ近衛騎士団に招集を掛けろ!俺直々にくそ坊主どもの首を刎ねてやる!」

 「お待ちを陛下!」

 バーンズは堪りかねて声を上げた。皇帝の軽挙を止めなければならない。状況がここに至り軍事的に爆発すれば、おそらく帝国軍と教会が全面的に戦うという最悪の事態になってしまうのは確実であった。

 「大将軍!まだ俺に教会に対して譲歩せよと言うのか!」

 ダルファシルの処分を教会に任せたのは、ジギアスからすれば確かに最大級の譲歩であったろう。バーンズもこの譲歩により、教会はダルファシル蜂起の首謀者を処分して鞘に収まるだろうと楽観していた。

 しかし教会は治安維持を名目に武力を繰り出してきたのだ。この事態はバーンズの憶測を超えていた。流石に教会はやり過ぎだと思い、これ以上の譲歩は必要はないと思っていた。しかし、軍事的な衝突だけは避けねばならなかった。

 「左様ではありません。陛下自ら出向かれることはないと申し上げたいのです」

 咄嗟に口から出た言葉だったが、ジギアスは何事か感じたらしくやや気色を改めた。バーンズの意見を聞こうとばかりに自分の席に戻っていった。

 「私に千五百、いや二千の兵をお与えください。倍する兵で威圧をすれば、戦うまでもなく彼らは撤退するでしょう。戦をして徒に兵力を損なうよりも、陛下のご威光によって事態を収拾すべきです」

 バーンズは柄にでもなくジギアスの自尊心を擽るようなことを言った。そうでもしなければ、ジギアスの怒りは収まらないであろう。

 「うむ……」

 バーンズの期待どおり、ジギアスの怒りの色は大分と落ち着いてきた。

 「国務卿はどう思うか?」

 「私も大将軍の意見に賛成です。しかし、少し手を加えるべきでありましょう」

 レスナンは表情一つ変えず応じた。

 「まずは大将軍自ら兵を率い、その後陛下かさらに兵力を率いてダルファシルに赴くべきでありましょう。そうすれば敵はさらに陛下のご威光に畏れ入ることでしょう」

 「ふん。こちらのやる気を見せておいて、後で真打登場か。面白いじゃないか。大将軍に異論はないか?」

 「ございません」

 と言うしかなかった。戦力を分散して小出しにすることは戦術としてもっとも忌避すべき手段である。それにバーンズとしては最初の出陣で一気に僧兵どもを震え上がらせたほうが効果があると考えているのだが、皇帝がレスナンの案に魅力を感じている以上、それに乗っかるしかなかった。

 「よし。早速準備に掛かれ。国務卿はすぐさまこの事実を近隣の各領主に知らせろ。場合によっては出兵を命令するかもしれんとな」

 「承知しましたが、あの近辺にはかの者がおりますが?」

 「かの者?」

 「お忘れですか?アルベルト・シュベール公爵です」

 「奴か……」

 ジギアスは苦虫を噛み潰したような顔になった。神託戦争において皇帝に刃向かったアドリアンの息子である。ジギアスにとって教会と並んで忌み嫌うべき存在であった。

 「奴にも送れ。忌々しいが、奴が俺の命令に服したとなれば、教会の連中も拠り所を失うだろう」

 なるほど、とバーンズは思った。神託戦争の罪科によってシュベール家は断絶する可能性があった。それを救ったのが教会であり、以来、シュベール家は教会に頭が上らないはずである。しかし、そのシュベール家が皇帝側についたとなれば、教会としては最悪の事態となった場合、助けを求める拠り所がなくなるのである。

 「しかし、かの者が教会につくとも考えられますが……」

 「その時は教会共々反逆の非を鳴らし、正々堂々と奴を討てばいい。そうすれば神託戦争以来の遺恨をすべて断つことができる!」

 ジギアスの弁は勇壮であった。聞く者を高揚させ、奮い立たせた。戦場に立つ将兵は、この皇帝から発せられる言質のひとつひとつに興奮し、殺し合いという冷酷で無残な場所へと飛び込んでいくのだ。

 バーンズも大将軍などという要職についていながら、高揚感を抑えられないたちであった。好戦的な性格や、犠牲を強いる戦術について批判的であるものの、やはりこの皇帝は覇者なのだという逃れられない観念がバーンズの脳裏には存在していた。

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