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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第十九章 陰謀の発火
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2

 総本山エメランスに駐在している天使はドライゼンという。任務に忠実で上司からの命令は是が非でも遂行せねばならないと固く思っている男天使であった。

 柔軟さに欠け、教会の主張を一切顧みないその姿勢は、バドリオの中で頭痛の種であった。

 特にコーラルヘブンの問題では、いくら皇帝側の主張を代弁しようとも頑として聞く耳を持たず、早急に対処せよと厳しくバドリオに命令してくるのであった。

 『一層のこと、皇帝と直接やりあってはどうですか?』

 とバドリオは言いたくて堪らなかった。しかし、そう言ってもドライゼンは、天使と皇帝の間を取り持つのが教会であろう、と言って取り合わないであろう。ドライゼンという天使はそういう天使であった。


 ところがその日、ドライゼンに拝謁し、例の如くコーラルヘブンに関する押問答をしていると、俄かにドライゼンの嘆息するように呟いたのである。

 「そなたも大変だな。あの猪皇帝が相手では」

 最初バドリオは耳を疑った。およそバドリオに同情など寄せたことのないドライゼンが言ったのである。バドリオは何と返していいのか分からず、ただ唖然としていた。

 「そのような顔をせずともよいではないか。私の率直な感想だ」

 ドライゼンが微かに苦笑した。この天使が顔に感情を表したのを初めて見た気がした。

 「実は天界院でも少々問題になっておってな。果たして今の皇帝が人間世界の統治者として正しいのかどうか、ということが」

 「ドライゼン様。天界院のことに口を差し挟むつもりはございませんが、それは穏当な発言とは思えませぬ」

 帝国開闢以来、天界が帝国の情勢などに口を挟むことは多々あったものの、皇帝の資質そのものについて意見することはなかった。これは聖戦終了時に、人間界の統治は帝国皇帝に任せるとした天帝の宣言に大きく反するものであった。

 「シュルーヘムの言うことは尤もである。我らとて人間界の統治は帝国皇帝に任せるという天帝様の宣誓がある以上、極力避けたいと思っている。しかし、現在の状況ではこのような意見が出ても仕方あるまい」

 そう思わんか、と問われたので、バドリオは小さく頷いた。

 「ましてや、今回のエストヘブン、コーラルヘブンの件もある。いや、これについてはシュルーヘムにとやかく言っても始まらないことは承知している。なればこそ、我らの意見を聞かん今の皇帝が統治者であることについて憂慮しているのだ」

 「お言葉ながらドライゼン様。先刻から申し上げているとおり、領土の分配は皇帝の権限で執り行われることでございます。いかに天界院のご意思とはいえ、皇帝に強いることは叶わないかと……」

 「それも承知している。だがな、シュルーヘムよ。本音を申せ。今の皇帝の政治によって民衆は平穏でいられるか?心が豊かになると胸を張って言えるか?」

 バドリオは薄気味悪くなってきた。ドライゼンとは教王になってから十年余りの付き合いになるが、このような雑談をしたことは一度もなかった。何を考えているのか邪推したくなってきた。

 「警戒するな、バドリオ。ただ知っておいてもらいたいのだ。天界が必ずしもあの皇帝に対して好意的ではないということを」

 ドライゼンがバドリオの疑心を察したのか、そのように言ってきた。

 「天界は現皇帝が統治者として相応しくないとお考えということですか?」

 自分で何を言っているのかとバドリオは思った。非常に危うい発言であった。もしドライゼンが豹変し、この言質をもって糾弾されれば、バドリオは教王の地位はおろか、教会にすらいられなくなってしまう。バドリオは自分が青ざめていくのが分かった。

 「いや、今の皇帝いち個人のことではない。皇帝という地位の他に人間世界の統治者として相応しい人物、相応しい機構があるのではないか、と言うことだ」

 鋭いドライゼンの目がぎらりと光った。ドライゼンの言いたいことをバドリオは瞬時に察した。要するに教会が帝室に代わって人間界の統治者になり得るということであった。

 「ご冗談を」

 と言ったが、その言葉はバドリオの腹に重く堆積して残った。

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