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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第十六章 永遠からの解放
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1

 屋敷の中はひどく閑散としていた。本来ならば高級な調度品が並び、煌びやかな美術品なども置かれていてもおかしくないほどの大きな屋敷なのに、そのようなものは一切なかった。床は埃にまみれ、朽ちた木片などが無造作に転がっていた。当然人の気配などなく、屋敷の中に響くのはエルマ達三人の足音だけであった。

 「どうも盗難にあっているようですな」

 ジロンがいかにも立て付けの悪そうな窓を開閉させていた。鍵など初めから掛かっていなかった様子で、窓そのものがない部分も少なくなかった。

 「当然だろう。私達だって玄関から正々堂々と入ってきたんだからな」

 と言ったのはサラサであった。レンと同い年ぐらいであろうこの少女は、不気味な屋敷に入ってもまるで臆していなかった。いや、おそらくはレンにしても、きっと臆することはなかっただろう。

 『普通、人間の少女はこういう場所では怖がるもんだろう……』

 あの二人が特別なのか、あるいはあの年頃の少女というのは皆そういう感じなのだろうか。エルマは自分が仕入れてきた人間世界の予備知識に自信をなくしそうであった。

 「どうしたんだ、エルマ?」

 しかもこの少女は、いつの間にエルマのことを呼び捨てにしていた。このサラサという少女は、どう見ても人間年齢的には年下のくせに妙に偉そうなのだ。それでいてそれほど不快感を感じさせないのは、この少女が持っている雰囲気なのだろうか。

 「何でもねえよ。それにしてもお前らも酔狂だな。誰に頼まれたでもないのに、その魔女とか何とかの正体を確かめようだなんて」

 まるでシードみたいだ、とエルマは思った。あんなお人よしは、世の中にあいつひとりだけだと思っていたのに。

 「そういうエルマはどうなんだ?旅の連れをわざわざ奪い返すために危険な場所に突っ込もうとしているんだろう?」

 サラサ達には旅の連れが山賊に浚われたのでそれを捜していると説明している。サラサとジロンが本気で信じたかどうか分からないが、それ以上エルマの素性については何も問わなかった。

 「はん。下僕がいないと色々困るんだよ」

 「下僕のために厄介ごとに首を突っ込むなんて十分酔狂だよ。よくできた主様だ」

 サラサがからからと笑った。エルマは何も言えず、下唇を噛むだけであった。

 「お二人とも、こちらを」

 先を歩いていたジロンがエルマとサラサを一室に招き入れた。そこは大きな広間で長机と椅子が無秩序に散乱していた。食堂かあるいは貴賓を招いて宴を行う広間だったかもしれない。そこに一枚の絵画が掛けられていた。椅子に座る貴婦人とその脇に立つ初老の男の肖像画であった。

 「マランセル公爵とメイビア夫人のようですな」

 初老の男は格別男前といった感じではない。こいつが話に聞く色男とは到底思えなかった。女の方は若く美しいのだが、絵そのものが古ぼけていて、くすんだ印象しかなかった。

 「盗賊どももこの絵は持っていかなかったようだな」

 サラサがしげしげと絵画を見つめている。物珍しいのだろうが、エルマからしてみれば不愉快な絵であった。特に男の女を品定めしているかのような目が気に入らなかった。

 「それだけ価値があるようなもんじゃねえんだろう。捨てちまおうぜ」

 エルマが絵の額縁に手をかけた時であった。窓辺のガラスが大きく割れる音がした。

 「その絵に触るな!」

 何者かが絶叫とともに外からガラスを突き破ってきた。あの法衣の女だ。瞬時に見てそう判断したエルマは、サラサの正面に出て身構えるジロンより先に動くことができた。

 「てめぇ!シードを返せ!」

 エルマは女に飛び掛った。右手に炎を宿し、女の顔面に叩き込もうとした。女は後に飛び下がり、エルマの拳は空を切った。その風圧で女のフードが外れた。

 「馬鹿な……」

 フードの下から現われた顔にエルマは驚いた。さっきまで見ていた絵画の女性と瓜二つだったのだ。

 「やはりな。魔女とはメイビア夫人そのものだったか」

 後の方でサラサの冷静な声がした。

 「はぁ?でも、五十年以上も前の女だろうが!」

 エルマが相対している魔女はどう見ても若かった。人間年齢で二十代ぐらいにしか見えない。

 「エルマ殿!前!」

 ジロンが叫んだ。法衣の前が開き、シードを浚った巨大な腕が出てきた。

 「ちっ!速い!」

 エルマは迫り来る巨大な腕を真正面から受け止めた。腕はエルマの体を力強く握り締めてくるが、エルマの方も一本の指を圧し折らんばかりに締め上げていく。

 「力勝負とは…・…上等だぜ」

 「エルマ殿!」

 抜刀したジロンが駆けてきた。上段から一閃、巨大な手を手首から切り落とした。

 「でかした、ジロン!」

 体に絡みついたままの手を払い除けたエルマは、腕を切られて退く女を追う。女は二対一では不利とみたのか、身を翻して逃げ始めた。

 「待ちやがれ!」

 法衣の女は屋敷内部へと消えていった。エルマはすかさず後を追う。

 「ジロン、追うぞ。あの女の逃げた先に何かあるはずだ」

 「承知」

 サラサとジロンもエルマに続いて追いかけてきた。

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