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天使と悪魔の伝説  作者: 弥生遼
第十五章 捕らわれの天使
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6

 私はあの人に捨てられたのだ。

 あの人が私の住む屋敷に寄り付かなくなってから数年が過ぎようとしていた。

 あの人は私に土地と屋敷をくださった。周囲はそれだけ私のことを愛しているからだと言い、羨ましがった。

 確かにそうなのだろう。あの人は私に過分なほどの財産を与えてくれた。それが愛を示すための物差しであることは間違いなかった。

 しかし、私はそのようなものはいらなかった。ただ、あの人が私に会いに来てくれれば、私を愛してくれればそれでよかったのだ。

 それなのに、あの人は私のもとから去った。去って戻ってくることはなかった。

 私は数年、無為に過ごした。あの人に会えぬということは、私の人生から大きな柱を根こそぎもぎ取ったようなものであった。私は抜け殻となり、ただ植物のように生き続けた。

 ここを去ろう。私がそのように思い始めたのはいつ頃だっただろうか。あの人が去って数年経った頃か、あるいは十数年、数十年かもしれない。とにかく私はここを去った。屋敷の誰にも告げずに。

 私は各地を放浪した。当て所なく、ただ気が赴くままに歩き続けた。その道中、私はあの人についての風聞を数々耳にすることになった。私は知ってしまったのだ。あの人には他に愛する人がいたということを。

 どうしてなのだろう。あれだけ私を愛してくれていたあの人が、私のことを裏切るだなんて……。

 私は絶望の淵に立った。死んでしまおう。私はそう思い、ふらりと立ち寄った湖の湖畔に立った。このまま湖に入れば、もうこの狂おしい嫉妬と別れることができる。が、私は水面に映った自分の顔を見てしまった。皺だらけの醜い顔。それが今の私だった。私は得心した。

 あの人が私から去ったのは、私に美が失われたからだ。当然だ。こんな醜い顔。美をこよなく愛するあの人が好いてくれるはずがなかった。

 私は笑った。笑いに笑った。自分の愚かしさに大いに笑った。笑い疲れると、急に馬鹿馬鹿しさがこみ上げてきた。

 単純な話だったのだ。私が若く美しい姿になれば、あの人は私の下に帰ってくる。実に単純なことだったのだ。

 

 そういうことであるならば、手を貸そう。


 声がしたのでふと顔を上げると、水面の上に天使が立っていた。絶望の淵に立ちながらも、そこから生還した私のために天帝様が遣わしてくれたのだろうか。

 私は生まれて初めて奇跡という言葉を信じた。


 そのような邂逅をしながらも、私は目の前にある装置に気をとられていた。

 暗い広大な空間に設けられた装置。ただ装置というだけで、実際に何と言うのか固有名詞は知らなかった。あるいはないのかもしれない。なにしろこの世界にたったひとつしかない装置なのだから。

 壁に沿うように設けられた無数の透明の棺。そこから天井に向かって太い管が伸びていて、中央にある巨大な装置へと繋がっている。棺の中にはこれまで私が浚ってきた若い男やら天使が目を閉じて眠っている。先ほど手に入れた天使と少年も今しがた棺に入れたばかりである。

 彼らは死んでいるわけではない。これを使って魔力を抜き取り、中央の巨大な装置に溜め込んでいるのだ。そして、その溜め込んだ魔力をもってして私は若さと美貌を維持していた。

 あの湖面に立った天使が私に授けてくれた装置。今となっては手放せないものであった。

 「ほう。久しく見なかったが、あの頃と変わりないな」

 ふと声がして振り返ると、この装置を授けてくれた天使が立っていた。最初は幻でも見ているのではないかと思ったが、どうにも違うらしい。私は突然の来訪者に驚きながらも、あの人に相応しい貴婦人として務めて平静を装った。

 「お久しぶりですね。アレクセーエフ様」

 「ほう。私の名前を覚えていたか」

 「覚えておりますよ。私にとっては恩人なのですから、十数年、いや数十年ぶりでしょうか……」

 「お互い、時という概念については話すのは止めにしよう。無意味だ」

 顔色の悪い天使はそう言って近づいてきた。

 「だが、少々調子に乗りすぎたようだな。最近ここ近辺で失踪者が相次いでいる。若い男から天使まで。人間どもも不審に思い始めてるぐらいだ」

 何を言っているのだろうか、この天使は。私はまるで分からなかった。

 「そうか……。効き目が薄らいできたのだな。だから魔力の摂取が過剰になってきたのだな」

 効き目……。私ははっとして近くにあった棺に駆け寄る。透明の蓋に写された私の顔はいつもどおり若く美しかった。

 「馬鹿なことを!私はこのとおり!」

 若く美しいままだ!あの人好みの美を保っている。

 アレクセーエフは気の毒そうな、それでいて怒っているような顔を私に向けた。

 その時であった。強大な魔力が感じられた。魔力を持った何者かが私の領域に入ってきたのだ。アレクセーエフも何事か感じたらしく、私から視線を逸らした。

 排除せねば。何者か知らないが、私の邪魔をするものなら排除しなければならない。

 私はアレクセーエフに目もくれず、急いで屋敷へと戻った。

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