雷神の加護
ここからは迅視点です。
(そろそろ終わりか?)
様子を見ていた迅ではあるが、敵が弱って跪いている状況でも油断はなかった。
少しずつ立ち上がらろうとするアステリオスを前に並々ならぬ強さを感じた。どうやら追い込まれることで、野生としての本能のようなものがアステリオスを立たせようとしているのかもしれない。自分が今手にもつ大斧を見た。この大斧は敵であるアステリオスから奪ったものである。非常に重く、普通なら持ち上げる事もできないだろう。閃迅を使って動きが早いとはいえ、そんな重い大斧を手に持っていては、スピードも半減以上である。しかし、神様からの加護である力によって、例えどれだけの重い物でも軽々と持ち上げる事ができた。迅がそれを知ったのはこの戦いで大斧を持った時であるのだが……。故に、それを悠々と片手で持ち上げて振り回し、光のような動きで敵を斬る事が可能であったのだった。
「起き上がるか……。これで終わりにしてやる」
そういうと迅は大斧に自分を包む雷を全て注ぎ込んだ。大斧に雷の刃が付与され、巨大な剣となっている。その剣はビリビリと音を立てていた。その剣は迅によって大きく振り上げられた。アステリオスは今残っている力の全てぶつけるため、叫びながら迅に突撃していく。迅は慌てる様子も見せず、只々2人の距離が縮んでいった。
「―――今だ!雷光剣撃!」
振り下ろされた雷の大剣から辺りを包み込むほどの大きく光る。その影で雷を帯びた光の刃が地面を抉りながらアステリオスの身体を引き裂いていった。それで収まる事はなく、大剣は轟音立てながら周りの木々を焼き払った。
光が収まると、辺りは木々が焦げた姿が顕になる。そこにアステリオスの姿は無く、ただ1人迅だけが立っていた。
「……?」
ふと手を見てみると、大斧が徐々に黒く染まっていき灰になっていく。どうやらアステリオスが死んだ事でその大斧も消滅しようとしていた。その灰は何一つ形を残すこと無く、風に流されて消えたのだった。辺りを見渡すと荒野のようになっており、自分の力がどれだけの力を使ったのがわかった。しかし、不思議と体に疲れは残っておらず、これも神様の加護なのだろうと迅は思ったのだった。
「お~い!お兄ちゃ~ん!」
「お?ファフナーか!」
声がする方を見るとファフナーが手を振りながらこちらに走ってきていた。その後ろを見ると、懐かしい3人の姿が見えたのだった、勢い良く胸に飛び込んでくるファフナーを受け止めると、嗚咽が聞こえてきた。
「っぐ……よがったよぉ……ひっぐ……」
「……もう大丈夫だ……。大丈夫だから……」
ファフナーに強く強く抱きしめられた迅は安心させるように言い聞かせて、何度も頭を撫でていた。その姿は兄妹か、あるいは親子のようにも見えたのだった。
そして、3人も迅のところへと駆け寄った。
「まさか、閃迅まで使えるようになってるとはね~。お姉さんは驚いたよ~」
「レイさん……。それにカインさんにシフスさんも。お久しぶりですね」
「ああ、久しぶりじゃないか!しかし、やるようになったなぁ!」
「これは私達も負けていられませんね」
3人は迅に感心する反面、これを期にもっと鍛錬を頑張ろうという意志が感じられる。
「それはそうとして、身体大丈夫?痺れが残ってるとかそういうのはない?」
「え?ちょっと大丈夫ですよ?大丈夫ですって!」
レイはペタペタと背中やら腕やらを触りながら、どこも問題ないか確認していた。気恥ずかしくなった迅は声を荒げていた。少し違う気もするが大丈夫のアピールとして腕捲りをして力こぶを見せた。
「まぁ何ともないならいいわよ。普通は閃迅を使うとかなり身体に負担がかかるものなのよ?でも、あなたはそんな事はなかった。あなたには何かの加護があるのかもね?神様とか?」
「ええ!?」
「何よ?そんなに驚くことないじゃない。実際、この世界には精霊とか居るんだから神様だって案外いるかもしれないわよ?それとも何?神様に会ったことあるの?」
「え……!?いや~……あははは……」
とりあえず笑ってごまかした迅であった。あまりにも鋭いレイの言葉に同様を隠せない迅であったが、何とか笑ってごまかしている。
「まぁとりあえず、一旦町に戻るとするか!ギルアとかが心配してるはずだしな。それにあの階段の調査とかも必要だろうしな。早めに情報をギルドに渡さねぇとよ」
「そうですね。あまり遅いと一晩野宿する羽目にもなりかねませんしね」
そう言うと迅達は馬車を停めている方へと歩き出した。
『またすぐに会えるよ。楽しみにしているぞ』
その時、迅は何者かに呼ばれたような気がして振り返る。
「……。気のせいか」
しかし、そこには戦いの残火の光景が映るばかりであった。
馬車に乗り込み、町へ戻る途中である。カイン達から俺が相手をしていたのはミノタウロスではなくアステリオスでミノタウロスの兄のような存在であったと言う事を聞かされた。
「マジかよ……。いや、まぁ勝ててよかった……」
「私はお兄ちゃんなら勝てるって信じてましたよ!」
「何を言ってるのよ~。今にも泣きそうな顔してお兄ちゃんが!お兄ちゃんが!って言ってたくせに~」
「う、うるさいです!おばさん!」
「おば……おば……おばさん……。変な事を言うのはこの口かな~!?」
「いひゃいです!やめひぇくらひゃい!」
レイはファフナーの頬をつまみ上げて、それをファフナーのは抗議していた。いつの間にかレイとファフナーは仲良くなっており、その姿は姉妹のような振る舞いでとても楽しそうである。いつの間にか2人はかなり仲良しになったのだろうか……。
「そういえば、ファフナー。彼女……、冒険者は大丈夫だったか?精神的にかなりダメージ受けてたっぽいから心配なんだけど」
「マリンさんなら受付員が保護してくれてましたよ」
「マリン?」
「ああ、彼女の名前です」
「ああ、そうか。それなら良かった」
マリンと別れる前のあの絶望的な顔を見ると、今後は冒険者をやめてしまうのかなっと思う迅である。
「彼女の事、心配?」
「そりゃまあ……。目の前で仲間を殺されたんですよ?僕だったら鬱になってると思うんですけど」
「まぁそうねぇ……。冒険者になったら、仲間が傷つくことなんて日常茶飯事よ?冒険者になる人は普通そういう覚悟してるはずだから大丈夫なはずよ。ただ、すぐには復帰できないかもしれないわね。彼女の冒険者のカードをチラッと見たけど、Dランクだったし。今回は相手が悪かったって諦めるしかないわね」
レイの口調はキツいものかもしれないけど、実際その通りである。魔物に襲われたりする以上死ぬ確率も十分高いのである。
「あれ?脅かしちゃった?」
「いえ、ただまぁ、そういう事は頭では分かってるつもりなんですけどね。初めて人が殺されてるのを見るとやっぱり心グサッとくるなぁってそう思いました。」
アステリオスは手で人を握り殺したのである。それを目の前で見てしまうと今度は自分が殺されるのだろうかとそう思った。実際あの時、俺もあの冒険者のように殺されるのかと思ったわけだし。
「そういえば、よく閃迅なんて使えましたね?」
「閃迅……。ああ、あれは、分かりませんけど誰かが力を貸してくれたんですよ」
「力を?」
「ええ、実際僕もかなり危なかったんですよ。武器が折れて、素手で戦えるわけでもないし、我武者羅に相手の攻撃を避けてたんですけどね」
迅はアステリオスとの戦闘を振り返る。武器を失って近距離で戦えなくなったため、魔法で戦おうと思い距離を取ろうしたが、それも叶わず壁に追い込まれてしまった。気づいた時には手遅れでアステリオスに捕えられた。片手で握りしめられ、殺されそうになったその時である。突如として雷光の刃が俺を掴んでいるアステリオスの手に降り注いだのである。あまりの威力にアステリオスは俺を解放したのだ。
『勝ちたいかい?人間』
「誰だ?」
突然、頭に響くような声が聞こえた。辺りを見渡してもその姿はなかった。
『僕の事は今はどうでもいいだろう?それよりも目の前の戦闘に集中しないと駄目だろう?」
「そうだな……」
『うむ、お前に雷神の加護をくれてやる。そして閃迅を唱えろ。その力がお前を導くだろう。さぁ存分に戦ってみるがいい』
「雷神の加護?……なんだ!?」
突然身体が黄色に光るがすぐに収まった。一体なんだったのだろう。だが、身体が黄色に光ってから力が漲って仕方ない。これが雷神の加護だというのだろうか?
「よく分からないけど。行くぞ……!閃迅」
「まぁそういう事があって、閃迅を使ってたんですよ。後は見てた通りだと思います」
レイとシフスは口をポカンと開けて、こちらを呆然と見ている。何かおかしい事言ったのだろうかと俺は思っていたが、ファフナーに袖を引っ張られた。
「ジン。それ、多分精霊のトール様ですよ?」
「トール様?」
「ジン、あなたトール様を知らないの?」
「え、えーっとまぁ聞いたことないですから」
「トール様っていうのは雷を司った四神の1人の事よ?ひょっとして四善霊の事とか知らなかったりする?」
俺はコクコクと頷くとレイは一息溜息をつかれ、頭を叩かれた。
「全く、魔法を使ってるんだからそれくらい知っとかなきゃ駄目よ!?」
レイの話によると、この世界には、四善霊と四神がおり、それぞれに属性がある。四善霊とは火・風・水・土といったエレメントである。四神とは雷・氷・陽・月と言ったエレメントだ。四善霊と四神は人が魔法を使う時に手助けをしてくれているのである。雷神の加護とは雷の四神であるトールに与えられるものである。その加護が与えられる条件などは不明であるのだが……。加護を与えられると様々な効果がある。今回の雷神の加護だと、閃迅が良い例である。普通なら自分の身体も傷つける事になるのだが、迅の場合は加護をもらったために、そういうデメリットがなくなっているのである。
「なるほどな……。まぁ有り難い事だ」
「はぁ……。ジン。あなた、全然分かってないわよ……全くもう」
「いや、加護をもらえた事は嬉しいんだけど、どうしてもらえたのか分からないし……。今は気にしなくてもいいかなって……」
またしてもレイに溜息をつかれてしまった。他の2人も迅に向けて、哀れみというのか、そんな目でこちらを見ていたのだった。
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