閃迅
4人は馬車に乗り込み、森の中へと駆けていた。
「そういえば、嬢ちゃん名前はなんて言うんだ?」
「ファフナーって言います」
「ファフナーか、良い名前ですね」
「そういえば、私達の自己紹介がまだだったわね」
3人の自己紹介が始まるが、ファフナーは内心そんなものはいいから早くジンを助けてっという思いでいっぱいだった。そう思っていることを見透かすようにレイはファフナーに言いつけた。
「心配なのは分かるけど、これ以上馬のスピードは上がらないんだからしょうがないわよ。ほら……無愛想にしないの。せっかく可愛い顔してるんだからムスッとし・な・い」
そういうとファフナーの両頬を摘み無理矢理な笑顔を作る。
「ファフナー、あなたの頬柔らかいわね!」
ファフナーの頬はとても柔らかく、赤ちゃんの頬をしていたのだった。どうやらレイのお気に召したらしい。
「いひゃいでしゅ!いひゃいでしゅ!……もう、やめて下さいよ!!」
両頬を擦りながらレイに抗議し、ごめんごめんっと謝るレイは悪びれたようには見えない。
「それで?あなたとジンってどういう関係なの?」
「お兄ちゃんは、命の恩人です。先日お兄ちゃんと出会いました。、その時に私大怪我をしていたんですけど、お兄ちゃんが治癒魔法で私の怪我を治してくれたんです。それで何とか恩返ししようと思って、お兄ちゃんと一緒に暮らす事になりました。でも、またお兄ちゃんに助けられてるんですけど……」
ファフナーはジンとの出逢い3人に話した。3人は聞き入るように話を聞いてくれたのだが、レイはふと驚いたように声をあげた。
「あれ?ちょっと待って!?ジンは治癒魔法が使えるって事?」
「おお、それは凄いな!!それはつまり剣士でありながら治癒魔法も攻撃魔法もできるのか!聖剣士って事じゃねぇか!」
「はぁ……どうして私達には教えてくれてもよかったのに!」」
「レイだって魔導師の事隠してたじゃないですか」
「私はいいのよ!ああ、そういえばギルドの魔法適正試験で魔導師の素質があるって言われた時に冒険者のランクが上がるまでは他言無用って言われたっけ……」
「しかしまぁ、これでジンを合わせて世界で聖剣士が7人って事か、ガハハハ」
「カイン、違いますよ?ほら、最近王都に入った聖剣士が居るじゃないですか?彼女を合わせて8人目ですよ?」
「ああ、そうだったな。すっかり忘れてたぜ。彼女もかなりやばかったよな?」
ファフナーは聖剣士がどういうものなのかは分からないが3人はどういう存在かよく分かっている。実際に手合わせをしたことがあったのだ。並大抵の強さではなく、その時の模擬試合は3対1だったのにも関わらず、3分でカイン達が気絶させられ負けたのであった。どの聖剣士も超大型の魔物であるアルゴスを1人で相手にできるほどの強さだと言われている。ちなみに普通の兵士達がアルゴスを討伐するには一個中隊ほどの人数が必要になる。ふと思い出したように、シフスは呟いた。
「それならジンは大丈夫でしょう」
「意外と私達が着いた時には決着ついてる気がするわね~。ああ勿論、ジンがミノタウロスを倒してって意味よ?」
「ああ、レイもそう思うか?実は俺もさっきそう思ったんだよなぁ」
レイに同意するカイン。そしてあんなに強い魔物に大してこんなにお気楽なのだろうとファフナーは思う。ジンのあの形相を見ればただの魔物では無いことは明らかだった。それでも疑問に思ったファフナーはレイに問いかけたのであった。
「どういう意味ですか?」
「実は、私達もミノタウロスと戦った事あるのよ?もちろん変異したやつね。力は確かにやばかったんだけど……。動きは鈍いから風と雷の相性が良いジンなら問題無いような気がするのよね。ほら、当たらなければ何とかってよく言うじゃない?」
「え!?そんなはずありません!!私達が会ったミノタウロスは疾走で逃げてもすぐに追いつかれましたよ?」
「え?」
「そんなはず……」
「そりゃお前、ひょっとしてあれか?ミノタウロスとアステリオスと間違えてないか?」
アステリオスとはミノタウロスと同じ風格をしているが、ミノタウロスとは力はミノタウロスに劣るもののスピードはミノタウロスよりかなり速い。上下関係で言うとアステリオスの方が上であり、兄弟のような存在である。風格もほとんど一緒のため、実際に戦ってみないとどちらと相手をしているか分からない。
「それじゃ、ジンが今戦ってるのはアステリオスの変異って事ですかね?」
「多分な。アステリオスの変異したやつは初めてだから分からんな。どう思う?」
「厄介ね……。疾走と同じスピードだなんて、結構な中堅の冒険者でもきついわよ?もし、それだけのスピードが出るなら上級の魔物とあんまり変わらないからね」
「そんな……」
「ああ、大丈夫よ!ジンが聖剣士ならアステリオスの変異したやつなんて目じゃないわよ!」
「本当ですか?」
「本当よ!」
3人の会話に不安になったファフナーとそれを慰めるレイの姿を見て、シフスは少し微笑ましくなった。まるで姉妹のようなやり取りをするレイとファフナーを羨ましく思う。
(私も姉さんとこういう風に仲良くしていれば、居なくならなかったのでしょうか……)
そんな胸中も知らないレイは、シフスに怒鳴りかける。
「ちょっと!シフス!?あんた何笑ってるのよ!?」
「別に笑っていたわけじゃありませんよ?微笑ましく思っただけですよ」
重くなっていた空気がファフナーとレイのやり取りで和やかな空気に変わる。
「あ~こりゃ駄目だな。おい、こっからは歩きだ!」
「分かったわ」
3人は返事をすると馬車から降り、カインは馬を近くに停めた。
足早に歩いていくと地下階段がある場所に辿り着くとカインはポツリと呟く。
「なんだこりゃ……」
「凄いことになってるわね?」
カイン達が見た光景は、辺り一面の木々が薙ぎ倒されており戦いの壮絶さが物語っていた。
「急ぎましょう?」
シフスの声に3人が頷くと木々が倒れている方へ走る。その途中レイは地面から何か光っている物が見えた。
「待って!これは……刀身?」
「何かありましたか?」
「結構長いな?その長さだとたぶん根本辺りからポッキリ折れてるぜ?」
「まさか……今のジンは……」
「ねぇ!お兄ちゃんは大丈夫よね?」
「分からんな……とにかく急ぐぞ!」
さらに走ると次は柄まで見つかった。カインは折れた刀身と柄の折れた部分が重なったため、その剣はジンが持っていたパラッシュだと言う事が分かった。
どんどん重くなる空気であったが、それでも皆はジンが生きていると信じていた。既に町から出発してから1時間以上の時間が経っており普通ならば絶望的であった。そして4人は大きな崖に差し掛かった。
「どっちかしら?」
「あっちから荒々しい風が吹いています」
「行ってみるか!」
シフスが指差す方へ向かおうとすると、突如として魔物の叫び声が森全体に響き合わったのであった。
「お兄ちゃん!」
「おい、ファフナー!先に行くな!」
ファフナーは魔物の叫び声が聞こえた方向へと走りだす。それを追いかけるカイン達。先行していたファフナーが突然動きを止めた。何だっと思ったカイン達はファフナーが見ている方向に目をやった。
そこには、ファフナー達が遭遇したと思われるアステリオスの姿があった。だが、そのアステリオスは何故かクルクルと回っている。
「何が起きてるんだ?」
カインは目を凝らして見ると、クルクルと回るアステリオスの腕やら腹から時折血が飛び散っているのを確認した。さらによく見ると何かが定期的にアステリオスの肌を斬っている。それだけではない、時折見える雷光が肌を焼いていた。
「これって……まさか……」
「レイも気づきましたか?」
「何が起きてるんですか?」
どうやらレイやシフスも気づいたようだった。ファフナーはまだ目の前で何が繰り広げられているか分かっていない。
「初めて見るが……まさか、閃迅ってやつか?」
閃迅……それは、疾走の上位の身体能力強化魔法であり、全身に雷で包んで、雷鳴の如く疾走する事ができる。その速さは疾走の5倍のスピードで駆け抜けることができるという。そして、全身を包む雷に触れればとんでもない電気が流れ、触れた敵の肌を焼き尽くす。防御と攻撃の役割もできるのだ。但し、この雷魔法にはデメリットもある。それは全身に雷を包んでいるが故に、自分の身体にも電気が流れるため全身がすぐに麻痺させてしまう。もってもわずか5分くらいであり、その速さを維持するには身体への負担も大きい。故に、誰もこの閃迅を使う人は居なかった。実際使えるようになるまでにかなりの鍛錬が必要なため、そう簡単に使わるわけでもないのだが……。
「まるで閃光だな……」
「そうね……。加勢してあげたいけど、これじゃ邪魔になっちゃうわ」
「様子を見るしかないでしょう」
カイン達が到着してから、5分以上が経過しているが一向に攻撃が収まる気配がない。
アステリオスは時折殴りかかろうとしたり防御したりしており、見た目だとかなりダメージがあるはずなのだが、瞳にはまだ闘志のが宿っていた。しかし、次の一太刀が脹脛を斬り裂きついに膝をついた。すると、雷光を包む術者が地面を焦がしながらアステリオスと距離を取っていた。その雷が止まると術者が正体を現した。三ヶ月前に別れた時とは顔つきが全然違う迅の姿であった。右手には身体に似合わない大斧を軽々と持っており、瞳には強い戦士の闘志のようなものが感じられた。閃迅の状態を保ちながらアステリオスの様子をみていた。
「お兄ちゃん!!」
「おぉ……あの坊主が……」
「強くなったものですね」
「3ヶ月前から大成長ね」
ファフナーは声を荒らげて迅を呼び、カイン達は彼の成長に驚きを隠せないでいた。迅はファフナー達の声が聞こえていないのだろうか、こちらに気づいた素振りも見せていなかった。
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