絶体絶命!?
迅達は階段近くの木の裏で隠れており、まだミノタウロスには姿を見られていない。だが、ミノタウロスは少し辺りを見渡すとこちらに顔を向けていた。どうやら、魔力を感知する力が備わっているようだ。
「おい!呆けてる場合か!お前は早くこの事をギルドに知らせてくれ!!」
「ダ、ダメよ!あれは、人が勝てるような相手じゃないわ!?町に逃げましょう!」
「馬鹿言うな!俺たちが町に逃げれば、こいつが追いかけてくるだろうが!それこそ大惨事だぞ!ファフナー、こいつを連れて町に戻ってくれ。あいつを見れば分かるけど、さっきのエボルゴブリンとは比較にならない……。1対1なら時間稼ぎはできると思う。頼めるか!?」
「でも……。分かった。死なないでね!」
迅の必死な形相を見てファフナーは頷いた。本当は一緒に居たいと思いながらも迅の邪魔にはなりたくはなかったのだ。
「よし、お前らに疾走の魔法をかける。町の近くまでは保つはずだ……」
そう言いながら迅は、冒険者とファフナーは魔法をかけていく。
「俺が飛び出して奴の気を引く。合図は俺が奴に斬りかかった後に動いてくれ。そうすりゃ、そっちにあいつは行かないはずだ」
2人が頷く事を確認すると、もう一度、自分の敵の様子を見る。すると、ミノタウロスはこちらに歩いてきた。
「それじゃあ頼んだぞ!」
そういうと迅はミノタウロスの前に立つ。それを確認したミノタウロスは己の斧を大きく振り回しながらこちらに構えた。
「とにかく、2人を逃さないと……」
迅は2人の逃げる姿が見られないように素早くミノタウロスの背後に回りこんだ。迅の目論見通りミノタウロスは振り返った。背後で2人が走り去った姿を確認すると、ようやく背中にぶら下げているパラッシュを抜いた。
冷静になったからこそ敵の気迫を感じる。よくも怒りだけで突っ込めたものだと思う。それだけの凄みがミノタウロスから感じられたのであった。
それに怯むことなく武器を構えた。次の瞬間、迅は目の前の光景に目を疑った。それは、ミノタウロスが疾走と同等の速さでこちらに向かってきたのである。そして、その大斧を迅に向けて振り落とした。迅はなんとかそれを間一髪で回避行動をとったが、気後れしてしまったこともあり斧が右頬を掠めた。大きく距離を取って右頬を拭う。
迅は忘れていたのだ。あの曲がりくねった地下の長い道を自分達は疾走を使って逃げたにも関わらず、すぐ様こちらに追いついてきた事を……。
「ふぅ……そういえばよく先生に言われたっけ。相手の姿に惑わされるなって。お陰で目が覚めたよ」
思わず迅は苦笑した。元いた世界でよく先生に言われていたものである。目を閉じると怒られていた光景が目に浮かんできた。懐かしさに浸っている迅に、ミノタウロスは待ってはくれない。眼前に迫ると大斧を振り下ろした。振り下ろした大斧は迅を捉えることはなくそのまま地面を抉った。疾風の音を立てながら迅はミノタウロスの後ろに回りこんでいた。迅が持つ剣には血が滴り落ちている。
「腕を切り落とすつもりで斬ったはずなんだけどな……。お前頑丈すぎるだろ」そう苦笑する迅の瞳には闘志が宿っていた。ミノタウロスは右腕は擦り、手のひらを見る。次第に身体が震え始め、ミノタウロスは迅を睨みつけ、ミノタウロスは闘牛の如く突進した。迅は一歩も引く事はなく、相手の勢いを利用して次は左腕を斬った。
「まだ浅い……」
何度も突進してくるミノタウロスに、迅は腕を、脚を、背中を斬っていく。何れにしても浅く、致命傷にもならない。それどころか、傷を与えられているはずのミノタウロスのスピードが次第に上がってきている。
次の突進でついにミノタウロスの大斧と迅の剣が交わった。ついにミノタウロスは迅の疾走と同等のスピードになっていたのである。
「……こいつ!」
何度も交わる剣戟の応酬。2人が武器を交わらす度に、鉄と鉄が擦れるような金属音が森の中に響き渡る。2人が武器を振るう事に近くの木々が倒れていく。正確にはミノタウロスが持つ大きな斧が辺りの木々を巻き込んでいるのだが……。
だが、次に2人の武器が交わった瞬間、戦いが大きく動く。先ほどまで鳴り響いた擦れるような音が、突然甲高い音を鳴らしたのである。1本の刀身が地面に突き刺さった。
「……な……んだと……!?」
そう、迅の待つ武器パラッシュが根本から折れたのである。
「くそっ!何で!?こんなタイミングで!!……そうか……装備のメンテナンス……忘れてた……」
狼狽しながらも、ふとある事を思い出す。ファフナーと出会うほんの少し前の事である。迅は、本当は装備屋に行って武器や防具のメンテナンスをしようと思っていたが、結局ファフナーと出会ったり、宿の部屋の移動などがありすっかり装備屋に行き損ねていたのであった。
「くっそぉ……全くもって不幸だ……」
さすがに武器の刀身が折れてはあの大斧は受け止める事はできない。迅はすぐに距離を取ろうとするが、迅とミノタウロスはほぼ同じ速度である。距離は縮まる事はあっても離れることはない。とにかく、少しでも距離を稼ぐために迅は、折れた剣をミノタウロスの目に投げつけるみるが、距離を稼ぐ事などできなかった。
「何か……良い手はないのか……?」
とにかう、回避する事に必死になりすぎて良い手が中々思い浮かばない。次の瞬間、背中に何かが当たる。
「何だ?」
後ろを振り向き、徐々にその視線は上へと向いていく。そこには大きな崖があった。
「おいおい、何の冗談――――」
言い終える前に、ミノタウロスの大きな手に迅は捕まってしまう。
「――――しまった!」
ミノタウロスを見ると息を荒々しくしていた。徐々にその顔はニヤリッと悪魔の様な笑みを浮かべたのだった。
◇
「はぁ……はぁ……」
そこにはまともに息を上げながらを歩いている2人の姿があった。
森の中を駆けている最中に疾走の魔法が切れてしまったため、全力で走っていたのである。そんな2人はようやく森の入り口まで引き返したのであった。
「こ……ここまで……来れば……大丈夫よね……?」
「はぁ……はい……早く町に行かないと……お兄ちゃんが……」
息を整えながら、少しでも急ぐためにファフナーは町に歩く。ファフナーは自分を責めていた。以前洞窟で助けられ、その恩を返すために迅と共に行動していたのである。そのはずがまたしても助けられたのであった。
「おいおい、大丈夫か?」
「どうしたんです?いきなり止めるなんて。おや?子供がどうしてこんな森に……」
剣を背中に背負い馬の手綱を引いていた男に声をかけられると、馬車から2人が出てきた。1人は男の人で弓を持ち、もう1人は杖を持った女の人であった。
「すいません!町まで送ってくれませんか?」
ファフナーと共に居た冒険者が、3人に話しかける。
「さっき町から出たばかりだけど、しょうがない。町まで送るわ?乗りなさい」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
ファフナーと冒険者は3人に感謝しながら馬車にのせてもらい町に向かった。
ユーフォンの入り口に町に辿り着くとファフナーは勢い良く馬車から降りて走っていった。
「よっし!着いたぞ~!」
「ありがとうございます!」
冒険者は馬車に乗せてもらった3人に深々と礼をする。
「ああ、別に良いって事よ!それよりも、あのお嬢ちゃん先に行っちまったぜ?」
「ああ!すいません。失礼します!」
そう言うと冒険者はファフナーの後を追いかけた。
「何かあったのかな?」
「さぁな?」
「あの方角は……ギルドですね……行ってみませんか?」
「事件の匂いがするな?行ってみるか!」
そう言うと3人は馬車を入り口付近に止め、2人を追いかける事にしたのだった。
ファフナーは一足先にギルドに辿り着くと、そのまま受付員に話しかけた。
「あの!お兄ちゃんが!階段で……ミノタウロスで!!」
「落ち着いて?お嬢さん、お兄ちゃんって誰のこと?」
「ジンです!!」
ファフナーは何とか意志を伝えようとするが言っている事が受付員には迅に何かあった事だけは分かったのだが、それ以外は分からない。すると、受付員はファフナーの後ろから来た冒険者の女と目が合う。
「おや……?マリンさん?……他の2人は見えないみたいですが?」
迅に話していた他の冒険者も向かっているという人物はマリン達の事であった。
「すいません。急いで救援の手配をしてほしいんです……」
マリンは事の発端を話した。
トゥーランの森で階段を見つけた事や、ミノタウロスに仲間が殺されたこと。そして、迅が囮になってくれた事を話す。途中からは声にならない声が響き渡るだけであった。
「ほう、そのような事が……」
声の主はギルド長のギルアであった。どうやら、どこか出かけていたらしくちょうどギルドに戻ってきたのであった。
「ギルア様!?確かに、迅さんはそんな簡単に倒されないと思いますが……まずい状況なのは変わりません」
「う~む……」
「困ってそうだな?ギルア長殿?」
「おや?カインじゃないか。出発したんじゃなかったのかね?」
そこに現れたのは先ほどファフナー達を町まで送った3人の姿があった。
「ああ、町から出発したらこいつらに会ったんでな……。それよりも話は聞かせてもらったぜ?」
「カイン殿、シフス殿、レイ殿。頼めるか?」
「おうよ!しかしまぁ、あいつはいつの間にか格好良くなったな。ガハハハ!」
「後輩の頑張りは先輩としては嬉しいものですね」
「急ぎましょう?もしその話が本当だとするとミノタウロスも突然変異してる可能性があるわ」
3人はそう話をすると、急いでギルドから出て行く。実はこの3人もトゥーランの森での突然変異の調査の依頼を受けていた。ちょうど出発した時に偶々ファフナー達に遭遇したのだった。
「待ってください!私も行きます!」
そういうとファフナーは3人を追いかけていった。続いてマリンも4人を追いかけようとするが、ギルアに止められてしまう。
「お主はやめておけ、こんなに震えてる……もし、そのミノタウロスに戦闘になれば逆に足を引っ張りかねんからな」
「はい……皆さん、ご無事で……」
受付員とギルア……そしてマリン達は3人の冒険者と1人の少女を見送ったのであった。
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