第三話:巫女魔王
数日後、何時もの酒場でヴェルダートはタケルより魔王バニラとの近況について話を受けていた。
「本当にっ! ありがとうございまっす! ヴェルダートの兄貴!」
「オイオイ、気にするなよ兄弟、この前は俺もちょっとやりすぎちまったからな。
それの侘びだよ。魔王バニラと仲良くやってくれや、良い感じなんだろ?」
「はい、もちろんっす! エリサの姉貴もこの前は本当申し訳なかったっす!
自分ギルドデビューで舞い上がってたっす!」
「いいのよー、全部ヴェルが仕組んだんだしー、てか口調全然違うわね」
「語尾に"っす"をつける下っ端の『お約束』っす! 個性を出せと兄貴に教えて貰ったっす!」
「キャラ付けは重要だからな、この業界埋もれるとキツイぞ。それはそうと、これから用事あるんじゃねぇのかタケル?」
「あ! 忘れてたっす! バニラたんにプレゼントを買うんっす!結構値が張るブランド物のアクセサリーでようやく入荷されたっす!」
「そうか、そうか、憎いね! さっさと行ってやれ! お幸せにな!」
「あざっす! じゃあ早速行ってくるっす!」
ドタドタと心底嬉しそうにタケルが酒場を出て行く。
その様子を見たヴェルダートは満面の笑みを浮かべる、それは恐ろしく下衆いものであった。
「いやー! 良いことすると気分がいいな!」
「本当の事に気付いたらどんな表情を見せてくれるのでしょうか!? マオ楽しみです!」
「ねぇ、どーすんのよあれ?」
魔王バニラに関する話の顛末をヴェルダートとマオより聞いていたエリサはため息を着くように投げかける。
ヴェルダートはその言葉に、さぁ? と興味無さそうに答える。彼は自分がやらかした事の責任を取るつもりは全くなかった。
エリサがため息を重ねながら、ヴェルダートに苦言を呈しようとした時である。
酒場に清浄な空気が立ち込めた。
それは一人の女性から発せられる物だ、見るものを畏怖すらさせる神聖な何かがあった。
白く光り輝く鎧に身を包んだ彼女は閑散とした酒場の店内を見渡すと、その時間唯一の客であったヴェルダート達の席へと歩みを進める。
「すまない、少し聞きたい事があるのだが………」
「んー? 何だアンタ、宗教の勧誘なら間に合っているぞ?」
「実は人を探していな、見かけなかったかどうか聞きたいんだ」
「すみません! 貴方はどちら様でしょうか!?」
「そうね! 人に物を尋ねる前にまず名乗らないとね!」
ヴェルダートと同席していたマオとエリサが名を尋ねる。
「ああ、すまなかった。私の名前はリリアーナ………」
何かあるのだろうか、マオの表情がほんの少し剣呑なものになっている。
「勇者リリアーナだ」
「……………お兄さん?」
「ノー! おすわり! ハウス!」
「そうね、ダメよ、いい子だからその握ったこぶしをおろしましょうね」
静かな笑みを浮かべ確認を取るマオをヴェルダートが即座に静止する。
ここ数日でのやり取りで理解したのか、唐突に破壊活動を行わなくなったマオだがその成功の影ではヴェルダートによる自身の胃を犠牲とした不断の努力があった。
「……? 何かあるのだろうか?」
「いや、特に何もないぜ、勇者様の熱心なファンが居るだけだ」
「そうです! ファンです! 殺したいほど! 殺していいですか?」
「マオちゃん素敵なご主人様見つけるんでしょ? だったらそういう発言やめなさい。 それで勇者の貴方もその探している人について早く話して。でないと魔王と勇者の最終決戦が始まってしまうわ」
「む!? 魔王……? 何故私が探している人物が魔王だと分かった!?」
魔王という言葉に何か思うところがあったのか、勇者リリアーナが反応する。
「お兄さん、お姉さん、ようやく私が世界を滅ぼす時が来たようです」
「全然来てねぇよ、多分人違いだ」
「リリアーナさんは魔王を探しているのかしら? どんな魔王?」
「ああ、彼女の名前はサクヤ、魔王サクヤと言う。もっとも、元魔王だがな……」
「元魔王? どういうことでしょう? 魔王じゃなくなったのでしょうか!?」
「サクヤは魔王の王位を譲ったんだ。召喚した人物にな。だから元魔王なんだ」
「あー、巫女魔王ってやつか? そいつ戦闘能力全然ないだろ?」
「よく分かったな、その通りだ、サクヤは戦えない、唯一召喚術が行えるのみだ」
「んー? どういうこと? 魔王なのに戦えないの? そのサクヤって人は本当に魔王なの?」
エリサは不思議そうに首を傾げる。魔王とは絶対の力と権力を持つ存在、その認識があった為だ。
「魔王なんだよ、巫女魔王って言う『お約束』だ。大体親父が強力な魔王なんだけど死んじまってな、それで魔王を継ぐんだ。でもなんだかんだで魔王に相応しくないからって魔王を継げる奴を召喚したり一緒に戦ってくれる奴を召喚したりするんだよ、もちろん女だぞ」
しかも召喚した人物に100%惚れる。自身の王位を何処の馬の骨か判らない者にホイホイ渡すあたり将来が非常に心配になる魔王である。
もっとも、女性魔王の『恋愛脳』っぷりはどれも似たようなものだ。
「ふーん、そんな魔王もいるのね、でもここには来ていないわよ。私たち朝からいるから言い切れるわ」
「そうか、済まない、時間を取らせた」
勇者リリアーナはそう簡潔に礼を言う。今まで成果がないのか、その表情からは落胆が隠せていない。そのまま彼女が酒場を出て行こうかとした時である、不意に元気よく手が挙げられた。
「お兄さん、お姉さん! マオは巫女魔王に興味があります! 一緒に探してあげましょう!」
「おいマオ、何考えてる、ハウスと言っただろ?」
「大丈夫です! 魔王の責務を放棄するその腑抜けた面を拝んでやる位ですから!」
「おい、トゲトゲしすぎるだろ、もう少しやんわりと言え」
「あ、そう言えばマオちゃん広域魔力捜査で特定の存在見つけれるんだっけ?」
『お約束』の世界ではしばしば都合よく設定が後付される。
伏線も脈絡も無く唐突に現れるそれは読者を高確率で混乱させる、そうして感想掲示板で読者対作者による言葉の争いが引き起こされるのだ。
マオの能力もこの類だ、便利なので今回追加した。
「同種の存在? その子はいったい………」
「あのね、この子、魔王なのよ」
「絶望を知りたければ何時でもご相談下さい!」
「そ、そうか………」
笑顔で物騒な台詞を吐くマオに勇者リリアーナは引き気味で答えた。
その様子を知ってから知らずか、マオは既に魔力捜査を開始しているようだ、頭のアホ毛が『お約束』の如く揺れている。
「――――見つかりました! あれ?」
「ん? どうした?」
「魔王バニラさんも捜査に引っかかったんですけど何故か宿屋区画の一角に滞在しているみたいなのです。 あの方は貴族区画にあるタケルさんのお家に住んでいるのではなかったのでしょうか?」
「…………放っておけ」
魔王バニラは相変わらずビッチであった。
「分かりました! それでは………該当の魔王らしき人は二人いますね。商業区画と郊外の貧民街に反応があります、貧民街の方は反応が凄く弱いですね」
「商業区各にいるのは"ユータ"だな。 私が探している巫女魔王サクヤから魔王の王位を継いだ者だ。 となると貧民街とやらか?」
「貧民街? 迷い込んだのかしら? そのサクヤって子は女性で戦闘能力は無いのよね?
急いだほうがいいわよ、治安が良くない所だわ」
「この物語がギャグで良かったな、じゃなかったら今頃"アヘ顔ダブルピース"だぞ」
「す、すぐに案内してくれ!」
ヴェルダートの物騒な発言に勇者リリアーナが慌てて叫ぶ、だがしかし、ヴェルダートの言うとおりこの物語はギャグなのでそこを心配する必要は無かった。
信じて送り出した巫女魔王がアヘ顔ダブルピースでビデオレターを送ってくる事は決して無いのだ。
◇ ◇ ◇
「キャア! 止めて下さい!」
「ひっひっひ! こんな所にお嬢さんみたいなメンコイ子が一人できちゃあいけねぇな! おぢさん達が"アヘ顔ダブルピース"にしてやんよ!」
「ん"ほぉぉおお! みたいな濁点の付きまくった悲鳴もあげさせてやるぜ!」
ヴェルダート達が貧民街の魔力反応があった地点に到着すると、美しい少女がゴロツキ共によって今まさに襲われんとしている状況であった。
「おー、『お約束』的ナイスタイミング! 事後でも事前でもない、絶妙な瞬間だ!」
「想像以上に情けない面です! すみません! もうちょっとこっちを向いて下さい!」
「言っている場合か! 貴様ら! サクヤを離せ!」
落ち着き払ったヴェルダート達とはうってかわって、慌てた様子でリリアーナが抜剣すると巫女魔王サクヤを取り囲むゴロツキ共に警告の声を発する。
「リリアーナさん!」
「クソっ! 邪魔が入ったか! おい、てめぇら! ちょっとでも動いたらこの女を刺すぞ!」
「ぐっ! 卑怯な!」
サクヤがリリアーナの元へ駆け寄ろうとした瞬間、ゴロツキの一人が懐よりナイフを取り出すとサクヤを逃がすまいとナイフを突きつけ彼女の行動を封じる。
典型的『お約束』展開にリリアーナの焦りは更に加速するが反面ヴェルダート達は全く動じず各々感想を言い合い出す。
「他人の女なんて別に刺されてもいいけどな」
「私もあんまり興味ないかなー、こんな所に来るなんて自分で蒔いた種だわ」
「マオはむしろ刺されるところが見たいです! その叫びが聞きたいです!」
「貴様らには血も涙もないのか!?」
ヴェルダート達の感想にリリアーナが突っ込む。ヴェルダートらは一様に他人の命に対する価値観が低かった。
「お、おい! 動くんじゃねぇぞ! 動いたらただじゃおかねぇぞ!」
「それは………こっちの台詞だな」
「なっ!?」
ゴロツキ共が警告の声を発した瞬間、彼らの死角、真後ろに唐突に男が現れる。
黒目黒髪、全身黒色の服を着た男だ。彼が小さく呟くとゴロツキ共が麻痺したかの様に動かなくなる。何らかの魔法が行使された様だ。
そう、この上から下まで黒色で、センスの欠片も無い男こそ巫女魔王より王位を継いだ典型的『継承魔王』なのだ。
「ああっ………ユータさん!」
「待たせて悪かったサクヤ。あとは俺に任せて」
「ぎぇっ」
ユータと呼ばれた継承魔王が何事かを呟くとカエルを潰したような声と共にゴロツキ達の首があらぬ方向に曲がる。それを見たマオは目を細める。
「お兄さん、ギャグにおいて殺しはご法度では?」
「チート主人公が"俺カッケー"なんかを演出する時は例外なんだよ、理不尽だろ?」
「自分で危険な場所に餌をまいて、釣られた人がいたら殺すだなんて。 まるで美人局ね」
「何にしろ無事で良かった………君たちも案内してくれて助かった」
結局、チート主である継承魔王が"俺ツエー"を演出する為だけに使えない仲間役をさせられた勇者リリアーナだが、彼女はそれについて気にすることもなく剣を収めるとヴェルダート達に礼を言う。
「うちのロリ魔王様もご希望だった巫女魔王の面を拝めたし別にいいさ。
所でマオ、本当に面拝むだけなんだな、偉いぞ、後でお菓子買ってやるからな」
「流石にマオもリリアーナさんの獲物を横取りする程落ちぶれていないですから。
我慢出来る子なのです!」
「ん? 獲物? マオ、勘違いしている所悪いがこの勇者もあのユータとか言う魔王が持つハーレムの一員だぞ?」
「…………へ?」
マオは唖然としながらも、勇者リリアーナの方を見る。
彼女は照れくさそうに頬を赤らめている。ハーレム確定であった。
「気持ちはわかる。けどな、魔王がチート主人公だった場合、高確率で勇者もハーレム入りするんだ」
「マオの固有スキルがアップを始めたのですが?」
「落ち着け、これぐらいでキレてたらこれからの展開には耐えられないぞ」
「まだあるんですか!?」
その通りである、『お約束』的に考えて本当の恐怖はこれからである。
恋人のいない男性には少々ショッキングな描写があるのでご容赦頂きたい。
「あの、リリアーナと一緒にサクヤを探してくれたみたいで。本当にありがとうございました」
継承魔王ユータだ。先程まで巫女魔王サクヤと抱き合いながらイチャコラしていたのだが一段落ついたのかヴェルダート達に礼を言いに来た。もちろん一般常識では礼を言うのが先である、だがチート主にとっては女が全てなのだ。
それを理解しているのかヴェルダートは平然としている、反面エリサとマオは納得いかない様子である。
「いいって事よ、典型的『お約束』の見学会って奴だ。んで本題だ、そこの巫女魔王はなんで行方不明だったんだ?」
「そうだ! サクヤ、なんで皆の所から黙って出て行ったんだい? 凄く心配したんだよ?」
「だって、だって…………」
巫女魔王サクヤは顔を真っ赤にさせながら俯き加減でモジモジとしている、何か言いたいが言葉が出てこないといった感じだ。
そもそもその前にサクヤはヴェルダート達に礼もまだ言っていない。自分の男以外どうでもいいらしい。とんだアバズレである。
「だってユータ様、最近私の事ベッドに全然呼んでくれなくて! 他の子ばっかり呼んで! 私の事飽きちゃったんだって!」
「わわっ! さっ、サクヤ!?」
しばらくモジモジしていたサクヤだが意を決したのか大声で叫ぶ。
突然の激白に魔王ユータも驚きを隠せない様子で慌てている。
「サクヤ………そんな下らない事で逃げ出すなんて! ユータやいろんな人達に迷惑がかかったんだぞ!」
「リリアーナさんはいいですよね! ユータ様にいつも呼んでもらって! この前だってお城のベランダであんな事していた癖にっ!」
「わーっ! わーっ! それ以上言うなー!」
「ふっ! 二人共! 落ち着いてー!」
「な? きっついだろ?」
突然ラブコメ空間を作り始めた三人を生暖かい目で見つめながら、ヴェルダートはそっとマオに語る。
マオは眼と口を大きく開け呆れている。あまりの光景に言葉も出ない様子であった。
そうしてしばらくヒクヒクと口の端を痙攣させていたマオだが、突然口を閉じて満面の笑顔になったかとおもうと大きく両手を広げだした。
「……………皆さん! パーティーの時間がやって来ましたよ!」
「マオちゃん落ち着いて!」
「これが落ち着いてられますかお姉さん! 読者おいてけぼりの欝展開にしてやる!」
じたばたと暴れだすマオをエリサが宥めている。魔王ユータも自分の女性を宥めるのに忙しいようだ。
(なんか乱痴気騒ぎオチってありきたりだよなぁ)
ヴェルダートは喧騒を他所に一人場違いな感想を胸に抱く。
そうして、他にイベントが起こりそうに無いのを確認すると酒場に戻る為マオとエリサに向けて声をかけた。
「さーて、帰るかー。このまま見ててもフェードアウトしながらエンディング曲が流れる位だろうしな」
「なんかどっと疲れたわ、ヴェル、私パフェ食べたい」
「また喫茶店でも行くか? マオ、落ち着いたか? 何か食いたいもんあるか?」
「マオもパフェがいいです、ストロベリー味………」
「よしよし、マオはいい子だな。 こんどなんかオモチャ買ってやるからな」
「じゃあマオは四天王が欲しいです!」
「駄目だ、どうせすぐ飽きるだろ? あと四天王さんは貴方のオモチャじゃありません」
こうして数日に渡る魔王ラッシュ、通称『ボルシチ秋の魔王祭り』は終わりを告げる。
ちなみに、魔王マオは今後もヴェルダートの周りをウロチョロする事になる。
なぜなら物語に"ロリ要因"は重要だからだ。そしてヴェルダートの担当はマオで決定されていた、クーリングオフはきかない。
どうせこの章でマオとはオサラバだろうと高をくくっていたヴェルダートであるが、数日後ギルドに出向いた時にマオがレギュラー入りしている事実に気付き愕然とする。
自らのスキル欄に『四天王』スキルが追加されていたからだ。
「えーーー! これは! 『四天王』スキルですってぇぇえええええ!」
そしてヴェルダートの動揺を他所に、受付を行った美人ギルド嬢がそのお約束に従って『四天王』スキルを大声で叫ぶ。
その声は、閑静であったギルドホールにとてもよく響き渡るものであった。