第二話:中古魔王
結局、その後ヴェルダート達はニーズを大幅に読み間違え泣き崩れる魔王を連れて、喫茶店にて『現在のお約束』講習会を開いていた。
当初そのままオサラバしようかと考えていたヴェルダートであったが、魔王に「最新の『お約束』を教えてくれないと罪のない人が死ぬ」との前時代的脅しに根負けした為だ。
「―――って訳だ。『お約束』は多すぎて全ては伝えきれないんで魔王関連だけだがな」
「ありがとうございます! お兄さんのお陰で恐怖と絶望を振りまく立派な魔王になれそうです!」
魔王はあまり理解していなかった。
「ん? 講習会は終わりなの? じゃあお話タイムね! まず最初に! 魔王ちゃん! 私すっごく怖かったんだからね! 酷いと思うわ!」
『お約束』講習会を興味無さそうに聞いていたエリサが終了した途端会話に乱入する。
「はい、それはごめんなさい。なんだかお姉さんの怯え方がすごく良い感じで。あ、これマオの時代来ちゃったなと完全に舞い上がってしまいました」
「まぁ過ぎた事だからいいけどね………ん? そう言えば名前聞いてなかったけど"マオ"ちゃんって言うのかしら?」
「はい! "マオ"と言う名前です! よろしくお願いします!」
「おい、魔王。その名前は苗字か? 名前か?」
マオの名前に反応したヴェルダートが質問を投げかける。
「はい? 名前です、苗字はありませんよ」
「なら問題ない。 念の為に聞いておくがファーストフード店で働いていたりはしないよな?」
「職業は魔王です。スマイルの対価は命です!」
ヴェルダートはそれだけを聞くとそうか、と安心する。
マオは理解していなかったがそれは重要な質問であった。ネタかぶりは困る、特にアニメ化している様な人気作を敵に回すのは命に関わるのだ。
「それにしても、今の『お約束』がそんな事になっていたなんて………お兄さん、マオはどうすればいいのでしょうか?」
「別に『お約束』にこだわらなくてもいいんじゃない? 無視しても何も起こらないのよ?」
二人はエリサをチラリと見ると視線を戻す。聞き流されたのだ。
「取り敢えずは自分のご主人様を探す事じゃないかね? ロリが好きな変態どもは多いから一日経たずに見つかると思うぞ」
「でもマオはまだ子供ですよ? 倫理上問題があるのではないでしょうか?」
「ん? 子供? 実年齢は100歳とかじゃないんだな? マオ、お前いまいくつだ?」
「11歳になりました!」
元気よくマオが答える。ヴェルダートはその様子にウンウンと頷く。
「そうか、でも最近の大きいお友達はそういうの気にしないから気をつけろよ」
「ちょ、ちょっと! なにそれ! マオちゃんみたいな小さな子でもイケる口なの!? そんなのがウロウロしてるの!? 危険じゃないの!?」
「ロリは『お約束』だからなぁ、チート主はロリが大好きなんだ。 ハーレムには大抵ロリがいる」
むしろハーレムにロリがいない方が珍しい。
どの様な形であれ、小さい少女という存在は物語に絡んで来るのが『お約束』であった。
「マオはこれでも魔王なんですが、それでも狙われるのでしょうか?」
「魔王だから狙われるんだよ。
チート主はそういうステータスのある女が大好きなんだ」
「心底気持ち悪いロリコン共の話は止めましょうよ、気分が悪いわ」
「そうですね、満たされない歪んだ独占欲。それが小さい女の子という形で表れているのでしょう、気持ち悪いですね」
胃の痛い会話がなされる、現在においてロリコンは決して理解されない悪でしかない。
だって江戸時代はそれが普通だったし!
ロリコンの哀れな言い訳が聞こえて来るかの様だ。
「おい、お前ら全国のロリコンさん達に謝れ! 二人だってスーパーでついつい賞味期限が新しいものからカゴに入れてしまう事があるだろう!? それと同じなんだよ!」
二人はヴェルダートをチラリと見ると視線を戻す。発言は聞き流されたのだ。
「それより、マオちゃんはどんな男の人がいいの? それが重要よ」
「魔王は孤独、恋なんて感情は理解できない。それがカッコイイと思っていました!」
「はぁ、重症ね。じゃあ最低でもこんな人でないと嫌だ! とかあるかしら?」
「最低でもマオより強い人がいいですね、力を認めた人しか無理です」
「貴方その物騒な思考やめなさいよ、一生相手現れないわよ………」
「でもお兄さんとお姉さんに付いて行けば何とかなると思うのです!」
「おい、なんで俺達なんだ? 友達とか知り合いに頼めばいいだろ?」
「魔王は孤独、友や知人など存在しない。それがカッコイイと思っていました!」
「ああ、ボッチなんだな………」
「これ結構キツイんですね、マオ冷静になって気がつきました………」
マオは気落ちした様子で答える。
そう、マオはボッチであった。旧時代の魔王における『お約束』。
それがマオを苦しめている。ヴェルダート達が救いの手を差し伸べなければ便所飯確定なのだ。
その様子を見たヴェルダートは、まぁ暇だし付き合ってやるかと一人考えるのであった。
ハーレムに"ロリ要因"は重要だ。
しかも一部のハーレム主さんは、イケナイ事までもロリに求めようとする。
ロリの癖に実年齢が100歳だったりする"ロリババァ"や、ランドセルを背負う大学生、18歳以上の癖にお留守番が初めて、など意味のよく分からないロリが生まれるのもこの為だ。
そりゃ非実在青少年で揉めたりもする。
二次元に行く方法でも発見されない限り解決されない根深い問題の一端がここに存在していた。
もっとも、二次元に行けたからといってロリがOKとなる訳でもないが。
そんな時である、悲鳴にも似た叫びが店外より聞こえてきたのは。
「魔王が現れたぞー!」
ヴェルダートとエリサが同時にマオを見る。
「マ、マオじゃないですよ!?」
マオは慌てて否定した。
◇ ◇ ◇
「にょわーっはっはっは! 魔王バニラ様がやってきたのじゃー! 恐れおののくのじゃー!」
魔王に嫌な思い出しかない為に同行を拒否したエリサと別れ、広場に来たヴェルダートとマオ。
二人を待っていたのは魔王バニラと名乗る典型的な"ロリババァ"であった。
ツインテールにやや露出度の高い服、悪魔羽に悪魔尻尾。独特の口調、そして高いところが好きなのか広場にある記念碑の上に立つその性質から間違いは無い。
すでに多くの人が知るところなのか、冒険者達もいる。
「あー、"ロリBBA"か。 このタイミングでやってくるんだなー」
「あの方も魔王なんですね、全然魔王らしくないです。失格です!」
マオがフンス! と自信満々に告げる。
「合格だ、マオが失格なんだよ。見ろ、容姿、性格、口調。どれを取っても個性があってチート主さんが喜びそうな感じだ。マオ、お前キャラ負けしてるんじゃねぇか?」
「そうですか………」
「お! また戦いそうな雰囲気だぞ!」
不意に静かになったマオに気付かずに、ヴェルダートは戦いの予感を感じ取り興奮している。
魔王バニラを取り囲むように陣取っていた冒険者達が攻撃を仕掛けるようだ。
だがしかしこの冒険者達どこかで見たことがある。
「もうこんな事はやめるんだ! 君だって望んでいる訳じゃないだろ!」
「やれやれ、オイタをした子猫ちゃんにはお仕置きが必要かなっ!」
「はぁ~、面倒くさい、どうして俺ばっかりがこんな目に遭うんですかね~?」
既視感を覚える台詞の後にチート主さん達が一斉に魔王バニラに飛びかかる。
魔王バニラが迎撃の構えを見せ、いざ戦いが始まらんとしたその瞬間―――
轟音と共に盛大に爆ぜた。
「ぎゃわわわーーー! 妾自慢の防御魔法が一気に三層も貫かれたのじゃー!」
ピクピクと痙攣し倒れこむチート主とは反対に魔王バニラは無傷だった。
魔王バニラの防御魔法は強者に『お約束』の積層形式であった。これにより難を逃れたのだ。
「腐っても魔王ですか。堅いですね」
開いた右手を魔王バニラに向けたままに、マオがそう評価した。
「ちょっとマオさーん!? 貴方いきなり何やっちゃってんのー!?」
「いえ、この世に魔王という存在はマオだけで十分かと。あとキャラ負けして出番無くなると困るので」
「だからその物騒な思考を止めろって言ってるだろうが!しかも後半本音出てるじゃねぇか!」
「じゃあマオはいつ敵を殺せばいいんですか!? アイデンティティーなんです! せっかく魔王専用固有スキルの宣言文も考えたのに! 超カッコイイんですよ!?」
「出番はねぇよ! ギャグなんだよ! 無駄な戦闘描写はカットされるんだよ!」
「そんな!? ジャンプ読みまくったのに! 斬魄刀の解号全部暗記して勉強したのに!」
マオは邪気眼的センスの技名が大好きであった。
「お主らー! 妾に対するこの狼藉! 決して許せはせんぞ! 地獄を見せてやるのじゃー!」
怒り心頭の魔王バニラが爆発の下手人を見つけやって来た、既に両手には魔力が込められており何時でも攻撃できる状態だ。
「おいおい、どうすんだよマオ。怒ってるじゃねぇか、一応あれも魔王なんだぞ?」
「お任せ下さいお兄さん! ようやくマオの本気をお見せする時が来ました!」
そう告げるとマオは真剣な表情で両腕を大きく広げる。
「宣言する。蹂躙倥偬万骨枯る―――」
澄んだ声が広場に響く。
マオの宣言開始と共に周囲より魔力が強制的に集められ暴風が発生する。
恐ろしい力だ、暴力的な破壊の権化がその鎌首をもたげんとした。
…………
………
……
…
「降参なのじゃー!」
「うわぁぁあん! カットされたー! マオの見せ場がー!」
そして二人の泣き崩れるロリが残った。
「だからカットされるって言ったじゃねぇか! これはギャグなんだよ!」
「だってだって! このままじゃ師匠に申し訳が! オサレ師匠に申し訳がー!」
じたばたと暴れる二人の少女をなだめすかし落ち着かせる。
ヴェルダートは保育士や幼稚園の先生がいかに大変な職業かを身をもって知る事となったが、決してそれを口に出さなかった。
この場にはちょっとだけ血の気が多い魔王がいるのだ、機嫌を損ねればそれこそ比喩なしで消し炭にされる。
そうして、二人がようやく落ち着きを見せたので本題に入る。
「はぁ、じゃあ魔王様に質問タイムだな、まずはこの街に何しに来たんだ?」
「はい! 動くものは人・家畜問わず肉片すら残さず一切合切消し去る為に来ました!」
我先にと手を挙げたマオが元気良く答える。
「お前には聞いてねぇよマオ! てか物騒だなオイ!」
「魔王なので!」
大声で突っ込んだヴェルダートは疲れたようにため息をつくとバニラに向き直る。
「あー、こっち、こっちの魔王。そう、お前、お前に聞いたんだ。バニラ……だっけか? 名前はあってるか?」
「妾の名前は魔王バニラ! バニラ=ハーゲンダッツじゃ! この街には婿探しに来たのじゃ!」
完全に思いつきで付けられた名前だった。
「マオはストロベリー味が好きです!」
「聞いてねぇよ、いいかマオ、これが今の魔王なんだよ、よく勉強しろ」
「力無き者に教わることなどありません!」
「………そうか、んでバニラ。婿探しとは悪かったな余計な横槍入れて。襲いかかってきた冒険者達の中から誰か見繕っていたんだろ?」
「いや、実はそういう訳でもないのじゃ………」
「ん? 何かあるのか?」
バニラが語る。どうやら彼女は努力をしているにも関わらず婿が現れないそうなのだ。
訪れる街でことごとくチート主人公さんに振られて数々の街を転々とし、そしてこの街ボルシチへ来たらしい。
なんと驚くことに振られた回数たるや99回。行動力だけは認められるべきであろう。
「うーむ、見たところ何も問題無さそうに思うんだがなー。それどころかチート主さんが飛びつきそうなタイプだ。なんで婿が見つからないんだ? 独占欲でもあるのか?」
「いや、婿殿が何人女性を侍らせようと構わぬ。今までも何人か良い雰囲気になりつつあった者はおったのじゃ。じゃが何故か昔の話をした途端に去って行きおった………」
「昔の話だと?………まさかとは思うがお前"中古"じゃないだろうな?」
苦い顔をしながらヴェルダートが尋ねる。
「お兄さん、中古とは何でしょうか?」
「あー、中古って言うのはな、非処女の事を言うんだよ。全独身男性の敵だ」
非処女は独身男性の敵である、ヴェルダートは断言した。
「男性経験は…………ある」
バニラがボソリと呟く、どの様な思いか、俯いており表情を窺い知ることはできない。
「あー、やっぱりかー、中古は駄目だわ。諦めろ、一生独身だ」
「そんな! あんまりじゃ!100年も生きていれば経験位あっても可笑しくないじゃろう!? そんな事を男は気にするのか!?」
「気にするんだよ、重要かつ重大な問題だ」
そう、重要かつ重大な問題である。皆さん覚えておいて頂きたい。
「お兄さん、殺しの非処女もやはり敬遠されるのでしょうか?」
マオが心配そうに尋ねる。
「なんでお前はそう血生臭い話が好きなんだよ! 知らねぇよ!」
「こっ、このまま未婚で人生終了は嫌なのじゃ! どうにかしてくれんか!?
むしろお主が妾を貰ってくれ!」
「いや、無理、俺、処女厨なんだわ」
「あんまりじゃーー!」
ヴェルダートは典型的な処女厨だ。童貞で処女厨、苦笑いが絶えない組み合わせである。
「でも極まれに非処女であっても気にしないって言う聖人君子みたいな奴も居るんだけどな、何十人もアタックしてるんなら普通一人位いるぞ?」
訝しげにヴェルダート言う、たしかにその通りだ。ファンタジー世界とは言えその程度を気にしないと言える器の大きさが宇宙を超える人物もまれにいるのだ。
「そうじゃ! そうじゃ! 一人位居てもいいのじゃ!
元彼が忘れられずに貢ぐ為の魔力を集めていたり。
時々思わせぶりな態度で元彼と比べてみたり。
目の前で妹にその事実を暴露されたり。
そんな事があっても気にせず強引にアタックしてくれる男が居てもいいのじゃ!」
「ド地雷じゃねぇか! 死ねよ!」
ヴェルダートは全力で突っ込んだ、バニラは地雷女だったのだ。
「閃きました! それならその元彼さんと一緒になれば良いのです!」
「お! そうだな。それが根本的な解決だわ、話しぶりから生きてるんだろ元彼は」
先程まで静かに話を聞いていたマオが手を挙げ元気よく発言する。物騒な解決案かと思われたが以外に普通でありヴェルダートも賛成する。
「嫌なのじゃ! ちょいワルな元彼と誠実な今彼の間で揺れ動く乙女心を楽しみたいのじゃ!」
「死ね! マジで世界から消えてしまえよ! この糞ビッチがっ!」
魔王バニラはそのビッチさ故に盛大な炎上事件を起こしたこともある人物だった。
そもそもそのせいで元彼に振られている。
「ビッチじゃないのじゃ! 経験人数はそのままオンナノコの魅力に繋がるのじゃ!
寂しくてつい優しくしてくれる男性と一晩を共にしてしまうオンナノコの心情をもっと理解するのじゃ!」
「したくもねぇよ! もういい! マオ! こいつぶっ殺していいぞ!
全男性を代表して俺が許可する!」
「分かりました! 今度こそ完了させてみます! 宣言する!―――」
こうして、物理的フルボッコにされ泣き崩れる魔王と、やはり宣言をカットされ泣き崩れる魔王の二人が残る。
男性的にはキツイ話だ、ヴェルダートも二人と一緒に泣き崩れようかと思った。
結局、この後もどうにかしてくれとしつこい魔王バニラに根負けしたヴェルダートは顔見知りである"タケル"と言う名のチート主に魔王バニラを押し付けることに成功する。
もちろんタケルは何も知らない、ヴェルダートが魔王バニラに強く口止めをした為だ。
ヴェルダートは憧れの"ロリババァ"をゲットできた事に心底喜び感謝するタケルを見て、それはそれは、下衆い顔をしていた。