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これが異世界のお約束です!  作者: 鹿角フェフ
第二章:最近の魔王はハーレム要員なお約束
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第一話:ロリ魔王

 まだ夜も明けきらぬ早朝の商業都市ボルシチ中央広場。

 商業の中心地点として、また憩いの場として多くの人びとが行き交うその場所も、現時点では人通りもまばらだ。

 数人の露天商と思わしき者達が準備を行なっている程度であろうか。


 その一人、夜明けの開店に向けて仕込みを行なっていた串焼き屋の男は、ふと、小さな影が広場の中央に居ることに気付く。

 何時からそこに居たのか、それは小さな子どもであった。

 はて? この様な時間に誰であろうか? 訝しむ男を他所に、その子どもは大きく息を吸いこむ。そして―――


「おはようございます! 魔王です! 世界を征服しに来ました!」


 魔王による元気な挨拶が響き渡った。




◇  ◇  ◇




「大変だー! 魔王が現れたぞ―!」


 商業都市の一区画、衣服や装飾品等の店が軒を連ねる通りを、大声で叫びながら男が駆けてゆく。

 魔王出現。

 にわかには信じがたいその叫びに場が騒然となる。

 朝早くからヴェルダートを叩き起こし、買い物へと連行していたエリサは、慌てふためく男の様子から尋常では無い事態であると知り取り乱す。



「え! まっ、魔王!? どうしようヴェル! 逃げなきゃ!」

「おー、魔王かー、だいぶ寒くなったし、もうそんな時期なんだなー」


 ヴェルダートは動じていない、まるで季節の変わり目を楽しむかの様だ。


「ちょっと! なんでそんな風物詩を見たかの様なリアクションなの!?」

「例えが上手いな! そう、魔王は定期的に現れる、去年もたしかこの時期だ」

「上手く無いわよ! なんなの? セミか何かなの!? 季節の訪れをお知らせするメッセンジャーなの!?」

「季節と言うか、"英雄譚"の『お約束』だな、毎年あるんだ。 今頃何処かの城で姫巫女が勇者を召喚しているぞ」


 姫の癖に巫女である処がポイントだ、場合によっては姫巫女騎士などもある。


「なんでそんな物が定期的に開催されてるのよ! 英雄譚ならもう少し長いスパンでやりなさいよ! 毎年ってバーゲンセールじゃないのよ!」


 エリサは焦ながらも捲し立てる、反面ヴェルダートは落ち着き払っている。


「なぁエリサ! ちょっと見に行かないか? 今年はどんな魔王か気になる」

「は!? 行くわけ無いじゃない!

 なんで今年の新作をチェック! みたいなノリなの!? バーゲンセールのお買い得感に浮かれるOLなの!?」

「軽く見て回るだけだからさ、なぁ、いいだろ? その後喫茶店で飲み物奢るからさ!」

「バーゲンセールじゃ無いって言ってるでしょ!? 嫌よ! 逃げるの!」

「なぁ、いいだろう? ちょっとだけだからさ、先っちょだけだから」

「なんでもかんでも"先っちょだけだから"ってボケれば良いと思ってるんじゃないわよ! 今度からチョコボールって呼ぶわよ!? 私は絶対行かないからね!」


 必死な形相でエリサが拒否する、その様子を見たヴェルダートは小さくため息をすると真剣な表情を作る。


「俺が守るよ……」

「え!?」


 不意の告白にエリサが戸惑う、ポカンと口を開けて事態を理解していない。


「何があっても俺がエリサを守ってみせる」

「で、でも、別に魔王を見に行かなければ解決するんじゃないの?」

「………………俺が守ってみせる」

「ねぇ、ちょっ―――」

「守ってみせる!」


 ヴェルダートはエリサの両肩を掴むと強い眼差しでエリサを見つめる。瞳を決して離さない。


「えと………本当に、守ってくれるの?」


 勢いに押されたエリサが顔を紅潮させ、チラチラと上目遣いで尋ねる。問うた言葉は耳を澄まして漸く聞こえるほどに小さい。


「ああ、絶対だ。だから……一緒に魔王を見に行こう」

「…………はい」


 エリサはよくわからないまま流された、彼女は典型的なチョロインなのだ。

 ありがとうエリサ、ヴェルダートはそう優しくエリサに微笑みかける。

 そうして、恥ずかしがって顔を俯かせてしまったエリサがこちらを見ていない事を確認すると下衆な笑みを浮かべるのであった。



 魔王、それはファンタジー世界において欠かせない『お約束』である。

 大抵の場合、脈絡もなく世界を征服しようと企む魔王は昨今の女性による社会進出の影響を最も大きく受けており、今や男性を差し置いて女性の花型職業となっている。

 この為か女性の進出と共に魔王の脅威度も大きく変わってしまった。

 基本的に恋愛脳なのであろう、女性魔王はその思考回路が常に恋に向いている事が特徴だ。

 勇者と見れば惚れ、チート主と見れば惚れ、少し優しくされただけで惚れ、怒られても惚れる。偶に現れる人類を脅かす気骨のある女性魔王さえも倒された瞬間相手に惚れる始末。

 酷い場合など出会う前から惚れており魔族と人類の争いそっちのけ、自らの乳で勇者を誘惑し愛の逃避行を図る魔王さえ居る。これら女性魔王の恋愛至上主義っぷりに関係者の胃も休まる暇が無い。

 そう、魔王が脅威であったのは遠い過去なのだ、もはや魔王は脅威ではなく恋に夢見るチート主人公さんのハーレム要員でしかないのだ。



 ヴェルダートはその事を『お約束』より知っていたので終始落ち着いていたのだ。

 現在の魔王はヌルすぎる、しかも王国都市の一つでしか無いこの街に態々現れるなど大した事ではないだろう。未だ俯くエリサの手を優しく握りながらヴェルダートはそう考えていた。

 (場合によっちゃ、俺のハーレムが増えるかもしれないしな)

 女性を連れ歩きながら別の女性に思いを馳せる。ヴェルダートはやはり下衆であった。




◇  ◇  ◇




 広場は騒然としていた。野次馬も多くいる。

 ヴェルダートがエリサを伴い広場に入ると、魔王と思わしき子供を複数の男性冒険者が取り囲んでいる所だ、今から説得を行うらしい。


 魔王は可愛らしい少女だった。

 大人の胸付近までの背丈とその幼い容姿より10歳になるかならないかの年齢であろうかと思われる。

 全身をすっぽりと覆う灰色の貫頭衣にドクロのネックレス。

 クリクリとした瞳に小さな口、ショートボブの黒髪にチャームポイントらしきアホ毛がピコピコと揺れる。

 魔力や力強さ等一切感じ無く、その可愛らしさを除けば何の変哲もない。

 それこそ街を歩けばそこらで遊んでいる様子を見かける事ができる様な少女。

 それが一見した魔王の全てであった。



「おー、今年の魔王は"ロリ魔王"かー、やっぱり流行りだもんなー」


 魔王を視界に収めたヴェルダートが興味深そうに語りだす。


「え、えと………ヴェル。なんであんな小さな子が魔王なの?」


 エリサはまだ少し顔が赤い、恥じらいより好奇心が勝ったようだ。


「小さい女の子が魔王なのは『お約束』なんだよ、良かったな! 多分"ロリBBA"だ! お馬鹿だし根はいい奴だから危険性は無いに等しいぞ」

「ねぇ………ロリババァ? 何それ?」

「見た目ロリの癖にババァみたいな口調だったり実年齢がババァの子を指すんだ。大抵語尾に"なのじゃ"が付くからすぐ見分けが付く」

「意味がわかんないんだけど、ロリなの? ババァなの?」

「おいおい、そんな哲学的な質問をここでするか? "ロリBBA"はロリなのか? ババァなのか? 深いな、簡単に出せる答えじゃないぞ?」


 真剣に下らない事に悩みだすヴェルダートを見て、エリサも調子を取り戻す。


「はいはい、取り敢えず危険性は無いのね、でもちょっと気になったんだけど―――」

「お! なんだか闘いそうな雰囲気だぞエリサ!」


 興奮したヴェルダートがエリサの言葉を遮る。


 同時に魔王を囲む冒険者達から声が上がる、どの冒険者も一様に若く、そしてイケメンだ。


「もうこんな事はやめるんだ! 君だって望んでいる訳じゃないだろ!」

「やれやれ、オイタをした子猫ちゃんにはお仕置きが必要かなっ!」

「はぁ~、面倒くさい、どうして俺ばっかりがこんな目に遭うんですかね~?」


 何処かで見たようなテンプレキャラだ、個性が無い。

 そんなテンプレ"俺ツエー"さん達は決め台詞を放つと我先にと魔王に襲いかかった。早い者勝ち、彼らは自らのハーレムを作ろうと必死なのだ。説得は何処にいったのやら。

 しかしどうしたことか、魔王が右手のひらを彼らにかざすと、飛びかかった状態そのままテンプレキャラ達が空中に静止する。

 魔王がこぶしを握ったまま左手をかざす。そのまま静かに握られたこぶしを開き―――テンプレキャラ達が静止する場所が盛大に爆ぜた。

 天を揺るがす轟音、野次馬たちの悲鳴で広場が溢れかえる。

 爆発の威力から来る振動で思わず倒れ込みそうになったエリサをヴェルダート支える。だが彼の心中は他の事で満たされていた。


(おかしい………攻撃的すぎる、コイツ本当に"ロリBBA"か?)


 ヴェルダートの知る『お約束』では、ロリババァと呼ばれる人物はここまで攻撃的では無かった、嫌な予感が彼の心中を満たす。


「ありがとうヴェル! 危うくコケちゃうところだったわ!」

「んー、無事ならいいさ」

「む! ツレナイ態度! それにしても本当に安全なの? 冒険者の人達は死んでないっぽいけどすんごい威力だったわ」

「ああ、俺も疑問に思った、普通ここまでやるはず無いんだけどな」

「ふーん、あ! そうそう、さっき聞こうと思ったんだけど。あの魔王の子、全然"なのじゃ"とか言わないじゃない? 本当に言うの?」


 エルフ族はその長い耳より可聴範囲が広い、故に魔王の言葉も聞き取れていたのだ。

 ピクリとヴェルダートが反応する、先程までの余裕は何処に行ったのやら、焦りが顔に見える。


「おい待て、本当に"なのじゃ"口調じゃないのか? どんな口調だ?」

「うーん? 凄い丁寧よ、ですます口調。 お家の教育が良かったのね」

「不味いな………非常に不味い。見誤った。

 おいエリサ、気づかれないように離れるぞ」

「ほぇ? 何かあるの? まぁ別に私はいいけどねー、じゃあ喫茶店行こうよ!」


振り返り広場を出ようとする二人、しかしそれを遮るものが忽然と現れた。


「…………」

「ありゃ?」


 現れた人物を目にしエリサが疑問の声をあげる、ヴェルダートは無言だ。



 可愛らしい少女に丁寧な口調、それは考えうる限り最悪の組み合わせであった。

 魔王たる本来の目的を忠実に再現する者。一見すると特別の無い、しかしその内に絶望的なまでの力を持ち行使する者。平凡と強大の二重性をたくみに使い分け、相対する相手の恐怖を煽る者。

 恋愛至上主義である女性魔王達の中にあって唯一―――



「おはようございます! 魔王です! 貴方は勇者ですか?」


 ――唯一、死の危険性がある魔王であった。



「おはようございます、一般市民ですよ、見逃してくれませんか魔王様」

「おはよう! 私はエリサよ」


 ヴェルダートは慎重に、そしてエリサは気軽に答えた。先ほどの"ロリババァ"の説明を勘違いしたのか、エリサは目の前に現れた魔王を危険であると認識していなかった。


「お二人にお話があるのです! 聞いてくれませんか!?」


 ニコニコと、可愛らしい笑顔で元気よく魔王が尋ねる。


「えー? ごめんね魔王ちゃん、私達これから喫茶店に行くのだ!」

「お時間は取らせませんよ、どうしても聞きたいことがあるのです」


 笑顔のまま、魔王は静かに質問を重ねた。


「……なんだ?」


 ヴェルダートが返答する、いつの間にかエリサを庇う位置取りだ。



「………そこのお兄さん、先程私をとても警戒していましたね、何故でしょう?」



 ゾッとする声であった。無表情だ、先ほどの笑顔など欠片も感じさせない。何処か残忍さを覚える表情で二人の一挙一動を逃すまいと見つめている。

 ヴェルダートは小さく舌打ちをする、すぐ横でエリサが息を飲んだ。


「……いやぁ、あんだけどデカい爆発させれば、誰だってビビるんじゃないかねぇ?」

「皆さん、驚かれはしましたけどそこまでです。お兄さんだけは違いました、答えて下さい」


 一切の感情を見せずに、魔王は握った拳をエリサに向ける。慌てたようにヴェルダートがその射線に入る。エリサは青い顔をしたままヴェルダートの影で震えるばかりだ。


「命乞いをするから見逃してくれませんかねー? 土下座とかお好き?」

「命乞いをしなければいけない理由があるんですか?」


 即座に魔王が答える、握った拳は二人に向けたままだ。


「アンタみたいなパターンはヤバイんだよ。傲慢で自分勝手で、魔王がお伽話からそのまま出てきたような奴だ。誰の敵でも味方でもない。"絶対"を演出する為だけに生み出された様な奴とは関わりたくないんだよ」


 ヴェルダートは正直に答えた。だが魔王がそれに納得するかは彼女の胸の内次第だ。


「………‥はい、あまり良く理解できませんでしたので、これでサヨウナラです」


 魔王は少し考える様子を見せたかと思うと、ごく自然にその思考を放棄した。

 握られた拳がゆっくりと開かれる。


「お、おい! まて!」


 慌ててヴェルダートが遮る。


「なんでしょうか? 命乞いは無意味ですよ」

「いや、最後に少し聞かせて欲しい。 目的はなんだ?」

「魔王の目的は世界征服です、それ以上もそれ以下もあり得ません」


 魔王は冷淡に答える、そこに一切の欲や願いは無い。まるで機械であった。


「そうか………じゃあ何故世界征服をしようとする? 目的に至る過程があるはずだ」


 魔王に変化が現れる、静かに目を瞑り黙想するかの様な仕草を見せる、数秒の後に開かれた瞳には僅かに意思の光が宿っていた。


「ふぅ、それを貴方達が聞きますか? 良いでしょう。冥土の土産と言うのですね、お答えします」


 ヴェルダートが息を飲む、ここからが正念場だ、しくじれば死ぬ。


「人は争いの生き物です。誕生した有史以来戦争の無かった時代は一度たりともありません。その影では多くの力なき人々が嘆き、苦しんできました」


 悲しむように魔王は語りだす、ヴェルダートはその話を真剣に聞いていた。



「愚かな人は自らを統治する事ができないのです。彼らを導く超常の存在が必要なのです。故に私が魔王として愚かな人類を導き―――」


「あ、ごめんなさいね、それもう古いんです」


「真なる平和を………………えっ?」


「古いです」



 ヴェルダートは魔王に残酷な一撃を放った、魔王の目的はあまりにも古かったのだ。

 彼女はその様なツッコミが入るとは思っておらず、自信満々だったので呆然としている。


「しょ! 少々お待ちを!」


 魔王は慌てた様子で、懐から小さな手帳を取り出すと慌ててページをめくる。

 よく見ると手帳には可愛らしい文字で『おやくそく』と書かれていた。

 そうして必死な様子でとあるページを読み込んだ魔王は、パタン! と勢い良く手帳を閉じると自信あり気にヴェルダートを見つめなおす。


「失礼しました! では、再度。この星は人による過度の開発によって疲弊しています。森林伐採に魔物や動物の乱獲、大気や海の汚染。私は星の悲鳴を代弁し恒常性を取り戻す防御機構(ワクチン)として―――」


「すまん、それも古い………」


「え゛っ………」


「だいぶ昔に流行った」


 よく見ると魔王は涙目になっている、ヴェルダートは何故か可哀想になってきた。


「じゃあ! じゃあ!」


 魔王は手帳をめくりまくっている、もはや先ほどのカリスマは無い。


「これだっ! すぅー、はぁー。 行きますよ!何もいらなかった! ただあの優しい人達と一緒に暮らせるだけで幸せだった!それを貴方達が奪った! 先に奪ったのは―――」


「本当に申し訳ない………古い」


「じゃあどうすればいいんですかー!?」


 魔王は悲痛な叫びを上げた。



 何時の時代も変化に適応できず取り残される者は現れる。

 彼らにできることは「あの頃は良かった、最近の若いものは」と昔を懐かしみ、現状への不満を募らせる事のみだ。そこに発展や進歩といった言葉は無く、ただただ停滞が支配する世界である。


 時代は変遷する。そして『お約束』もまた変遷するのだ。

 この可愛らしい魔王はそれに気付く事ができなかった、『お約束』を順守しようと研究するあまり、時代の流れに取り残されてしまったのだ。

 全体的にセンスが古い。それが端的に表された魔王の敗因であった。



 こうして、あわや物語が欝系ファンタジーにシフトするかと思われたこの事件も収束を迎える。

 その後、魔王はヴェルダートより現在のトレンドが『恋バナ大好き、ゆるふわモテカワ系』である事を知り盛大に泣き崩れた。


 そう、魔王の服装はダサい………そしてセンスも。今更路線変更は無理な話だった。

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