閑話:『ギルド』
「えーーー! 魔法力53万ルーヴですってぇぇ!」
数十人は人が入れるであろう広い室内、そこに突如、雷鳴の如き叫びが響き渡る。発生源はカウンターと思わしき場所に座る一人の女性であった。
ギルドと呼ばれる職業斡旋を目的とした冒険者組合。
冒険者にとって生命線となる魔物退治や雑用依頼、それらの依頼を受けるにあたって必要な登録手続き。その手続を行う為にギルドへと訪れていたミラルダは、その響きを聞くと不思議そうな表情でヴェルダートへと質問を投げ掛ける。
「………あれは何でしょうか? ヴェルダートさん」
「お約束だ。ギルド嬢のフィール嬢は、魔法力や能力値が高い奴がいるとああやって大声を上げて周りの皆にアピールする重要な義務を負っているんだ」
フィール嬢、このやや大人びた雰囲気と豊満な胸が魅力の、多くの男性より想いを寄せられるエルフ族の女性は、ギルドの『お約束』に決して欠かせない、「美人ギルド嬢」である。
この役割を持つ者は、担当する人物のギルド登録時に、通常より突出している点があればそれを大声で知らせる義務がある。
この声は大きければ大きいほど良く、常日頃から喉のケアと発声練習が必須だ。また、「美人ギルド嬢」は訪れる冒険者達の憧れの的になるという大命をも負っている過酷な役割があり、その激務から年々なり手が減っている事が問題視さている。
この日、ミラルダは、ヴェルダートとエリサを伴ってギルドを訪れていた。「戦人の儀」を終えて、自由な活動が許可された事から早速ギルド登録を行おうとした為だ。
ヴェルダート達は付き添いだ、一人では少々不安な為、どの様にすれば良いかポイント等を聞いておこうと思ったミラルダが二人に相談した所、快く同行を申し出てくれたのだ。
もちろん、二人が同行したのは暇だからだ、ミラルダはこれを彼らの善意と友情によるものだと勘違いし、一人感動している。
「私達の時は、何にも言ってくれなかったよね」
ヴェルダートの隣にいたエリサがそう話に合わせてくる。
「そもそもフィール嬢が担当じゃなかったからな。たしかあの時は大量の"固有スキル"持ちが現れたせいで修羅場だったはずだ」
「そっそれに! これは………『ナデポ』? 固有スキルじゃないですかー!」
遠くでフィール嬢が更なる大声で叫び上げる。対面する相手は困り顔でありながらも本気で彼女を止めようとする素振りは無い。
『ナデポ』とは固有スキルの一種である。呪術系能力発動型に分類されるそれは「撫でる」という行為をキーに、相手を魅了する能力を持った非常に危険な物だ。同種のスキルに笑顔をキーとする『ニコポ』がある。
これらのスキルは、その危険性より、アルター王国において所持者の登録が義務付けられており、相手の同意を得ない使用に関しては重い罰則が発生する。
ちなみに、この様に強力な『ニコポ』『ナデポ』であるが、呪い返しの魔法が効くため実際の脅威度としては低い、一時期大量発生し猛威を振るったのだが対処法が分かると同時に大量のナルシストを生み出して収束した歴史があった。
そして"俺ツエー"さんや"俺カッケー"さんが好むスキルでもある。
「あら、固有スキルまで読み上げられるんですの? 困りましたわね、流石に知り合いでもない方々に公表されて気にしないほど平和ボケしていないのですが」
ミラルダが不安そうに言う、固有スキルを知られると言うことは、戦術の一端を知られるという事と同じ意味だ。その様な問題の対処法も彼女は知っているが、もちろん知られなければそれに越したことはない。
「ああ、安心しろ、横に難しそうな顔をしたオッサンがいるだろ? あの人が"分かってる俺"系が利用する担当員だ、あの人に任せておけばいいぞ、心配ない」
不安がるミラルダを安心させるようにヴェルダートが語る、その口調は普段より優しげでミラルダへの気遣いが込められていた。
ミラルダがヴェルダートの言う通りに、フィール嬢の隣を見ると。強面の機嫌が悪そうな中年男性が見えた。フィール嬢の席には行列が出来ているにも関わらず、彼の席には人っ子一人居ない。
彼こそが、"分かっている俺"専用のギルド員だ。ペラペラと大声で情報を垂れ流すフィール嬢とは対極的に、彼はその情報を一切語らない。
どれほど貴重な固有スキルであろうが、どれほど強力な能力値であろうが、完全秘密主義を貫く彼こそ、「情報の保護は大事だからね、ふっ、秘匿主義に走る俺カッケー!」を演出する為に用意された人物であるのだ。
そうでなくてもギルド員としての仕事は一流なので特に問題がなければ彼を選んでおくのが鉄板である。
「そ、それに! これは、ファイヤーフレイムラーバタイガーの火炎皮革! び、B級魔物ですよ! そんな! 最低ランクのF級から始まるルーキーが狩れる魔物じゃないです!」
もはやギルドはフィール嬢の独壇場だ、彼女の叫びは留まるところを知らない。
対面している初心者であろう冒険者も相変わらず止める様子が無い。
そして冒険者や魔物のランクであるが、これは最低のFから始まりAに向かうにつれてランクが上がる、そして最高位にSが存在する、Aの上にSが来るのは『お約束』だからだ、皆そうしている。
しかし………やはりSとは「スーパー」のSから来ているのだろうか? だとすればあまりにもダサい。
「あの方は、あれほどまでペラペラと自分の情報を言いふらされて危機感を持たないのですか?」
「別にいいんじゃねぇか? 本人は特に気にして無い様子だ。面倒事にあっても解決した挙句ハーレム要員もゲットしそうな顔してるしな」
「あわわ! 私ったら、こんなに大声で"タケル"さんの情報言いふらしちゃって! ゴメンナサイ!」
「相変わらずフィールさんってば反省していないのね。聞いた話によるともう三桁はやらかしているらしいわよ」
ご丁寧に名前まで大声で叫びだしたフィール嬢を遠くに見ながら、呆れたようにエリサが言う、フィール嬢は今までに112名の可能性ある冒険者の情報を辺りに言いふらしていた。
「お約束だからな、しかも叫ぶ度に相手に惚れる作業も残っている。どうなるかは本人達次第だが、ありゃあ生半可な気持ちじゃ出来ない仕事だわ」
「美人ギルド嬢」にはターゲットに惚れる役割が存在する、単純に考えてもフィール嬢は112回の一目惚れをした事になるのだ。
話だけ聞けば相当のビッチであるがフィール嬢は理想が天より高い為、未だに男性経験はゼロである、突出した能力を持つ将来有望な冒険者を112人用意しても、お眼鏡に叶う人物が現れない辺り、フィール嬢の生涯独身は決定されたも当然であった。
「大丈夫ですよ、それに………僕の事をここで皆に知ってもらうと、好都合ですから」
"タケル"と呼ばれた黒眼黒髪の冒険者がやや大きめの声でそう告げる、腕を組みながらしばらくその様子を観察していたヴェルダートであったが、不意にキョロキョロと辺りを見回すと慌てた様子で切り出す。
「じょ、情報の価値を知っているだと!? これは要チェックだな………」
「え? どうしました? ヴェルダートさん」
いきなり謎の発言をしたヴェルダートに驚いたミラルダが、素直な疑問を口にする、反面エリサは呆れ顔でヴェルダートを見つめている。
「悪い、お約束なんだ。ざっと見た感じ新人君に対する見識を改める役が居なかったんでな。急遽対応させてもらった」
「いい加減、そういう気持ち悪い事するの止めなさいよー」
ぷりぷりと怒った様子で、エリサが抗議の声を上げる。
相変わらず突拍子もない行動を取るヴェルダートにエリサはご機嫌斜めだ、彼女はこういう気持ち悪い行動を本当に止めて欲しがっていた。
「まぁ、僕をどうこうできる度胸のある人なんて、ここには居ないでしょうけどね………」
わざとギルドに響き渡るように、"タケル"がフィール嬢へ話しかける、場が剣呑な雰囲気に包まれる、冒険者が明らかに殺気立っている。ミラルダが少し不機嫌そうに呟く。
「傲慢ですわね、足元を掬われるタイプですわ」
「わかっちゃいるが無性に腹が立つな……」
『お約束』に則った行動だとしても少々腹が立つ、こちらが何もしていないのにも関わらずわざと煽る発言をするのが一部の"俺ツエー"さんや"俺カッケー"さんにある問題行動だ、このお上りさんを叩き潰す方法はないか? そう考えたヴェルダートはエリサをじぃっと見つめる。
視線に気がついたのか、ヴェルダートに視線を合わせてきたエリサは意味が分かっていない様子でコテンと首を傾げている。
今彼女が着ている服装は冒険者の装備ではなく、私服である白のワンピースと緑のボレロだ、もちろんヴェルダートが無理やり買わされた物である。清純な装いがよく似合っていた。
反面、ヴェルダートは貧相な私服である、申し訳程度に染色された布の上下だ、これならいけるか、ヴェルダートは一人心の中で納得すると、自らが練り上げた作戦の発動をエリサに告げる。
「おいエリサ、プランBだ。 ミラルダは悪いが他人の振りをしてくれ、何があっても手を出すなよ」
「何? 本当にやるの?」
「殺傷沙汰はゴメンですわよー」
そう二人に告げたヴェルダートは返答を待たずにタケルのいる場所へと歩き出した、そうして何故か途中で頭をかき乱しボサボサにすると、やや猫背気味の姿勢を取りながらガラの悪そうな表情と口調でタケルに絡み始める。
「オイオイ! 兄ちゃん! 随分と威勢がいいじゃねぇか!? 俺にも戦い方を教えてくれよ! B級単独撃破のルーキー様よぉ!」
「あ、あれは! 残虐非道で有名なヴェルダートさん! 駄目ですタケルさん! その人に手を出してはいけません! 謝って下さい!」
ヴェルダートが場に乱入したことに驚いたフィール嬢が慌てた様子でタケルへと忠告の声を発する。
フィール嬢の心配を知ってか知らずか、タケルはフィール嬢へウィンクすると「大丈夫」と口パクで合図を行い、見事なまでに小物臭を漂わせたヴェルダートに向き直る。
「ふぅ、雑魚が一匹引っかかったか………いいか? 馬鹿にも分かり易く言うよ? 怪我をしたくなかったらすぐに目の前から消えろ」
「なんだとテメェ! この俺様とやろうってのか!」
「ヴェ、ヴェルダート様! ご主人様! おやめ下さい! 皆さんにご迷惑です!」
今にも飛びかからんとするヴェルダートであったが、それを遮るように彼へと縋りつく者が現れた、どこと無くオドオドとした表情のエリサだ。何時もの天真爛漫とした様子は何処にも無い。
場に乱入したエリサの美しさを瞬時に理解したタケルが、肉欲の篭った視線を投げ掛ける。エリサはその事に気付き身震いをしたが、タケルはそれを自らの主人に対する怯えによるものだと判断していた。
「うっせぇ! エリサぁ! 奴隷の分際で俺様に口出しするんじゃねぇ!」
「キャア!」
ヴェルダートが払いのけるようにエリサの頬を打つと叫び声を上げた彼女が倒れこむ、ギルドにいる誰しもが本当にヴェルダートがエリサに暴力を振るったと認識し、彼女を心配したが、それはヴェルダートとエリサによる絶妙な演技であり、エリサは一切の傷を負っていなかった。
倒れこんだエリサをみて、タケルは誰にも気づかれないように密かにほくそ笑む。
「ふぅ、馬鹿だと思ったが、下衆だったか、ご主人様はそんなに偉いのかい?」
「なんだとテメェ! ぶっ殺してやる!」
ヴェルダートがタケルへと躍りかかる、そのまま乱闘になるかと思われた瞬間、ガァ! いうと叫び声が上がる。
殴られる瞬間、軽やかな動きでヴェルダートの背後へと位置を変えたタケルが、その勢いのままヴェルダートを押し倒すと拘束する形で右手を捻り上げたのだ。
「ひ、ひぃ! 止めろ! 止めてくれ! 降参だ!」
「勝てそうに無いと分かったらすぐ降参、ふん、所詮下衆は下衆か………」
勝てないと分かるや否や、すぐさま情けない声を上げるヴェルダートを見て、タケルがつまらなそうに呟く、そうしてタケルは無言のままヴェルダートを拘束する腕に力を込めた。
何かが外れるような、鈍い音と同時に絶叫が響き渡る。その場に居合わせた、荒事に慣れていない者達から小さな悲鳴が漏れた。
タケルがヴェルダートの右肩の関節を外したのだ、ヴェルダートはそのまま動かない、痛みのせいか、気絶した様であった。
ギルドには他にも大勢の人が居たが、この光景を見てもその場を収めようとする者は誰も居なかった、屈強で命のやり取り等日常茶飯事である冒険者達ですら、不要な手出しを行い、彼の怒りを買うのが恐ろしかったのだ。
ピクリと、誰にも気づかれずに、エリサの眉が微かに動いた。
「あ、ああ、ご主人様……」
慌ててヴェルダートに駆け寄ったエリサにタケルは笑顔で話しかける。
「君か………もう、その下衆をご主人様と呼ぶのはやめるんだ。美しい君には似合わないよ」
「う、美しい……ですか、私、そんな……言われた事……ないです」
「他の男に見る目が無かったんだよ、君は美しい。この下衆には勿体無い、どうだい? 僕と一緒に来ないか?」
頬を紅潮させ、恥ずかしそうに俯くエリサに、そう優しく語りかけたタケルは、こんな下衆にはね、ともう一度強調すると、浮かべた笑顔そのまま、気絶しているであろうヴェルダートを蹴りあげた、それは、ご丁寧に外れた右肩を狙ったものだ。
エリサが小さく、本当に小さく、誰にも聞こえないほど小さく――――舌打ちをした。
「で、でも……私……その、契約が……」
「ふぅ、奴隷契約かい? 大丈夫、僕に任せておいて」
浮かべたままの笑顔にどこか違和感のあるタケルは、懐を漁ると、自らが手に入れた資金を入れた小袋を取り出した、先ほどのB級魔物の素材代金が含まれるのか、相当の大金が入っている。
普通なら大切に扱うであろうそれを、まるでゴミを捨てるかのように、ヴェルダートへと放り投げると、吐き捨てるように言い放つ。
「ほら、中に1000ゴールド入っている、それで彼女を解放するんだ。まぁ、気絶している君には聞こえていないかもしれないけどね」
ほらね、とエリサに顔を向けたタケルは満面の笑みだ、その顔には既に目の前に居る可憐なエルフの少女が自らの"物"とでも言わんばかりの、下衆な欲望がありありと浮かんでいる。
「これで問題は解決だ、もう大丈夫だよ、今までよく頑張ったね」
タケルは、自らが持つ最高の笑顔を持って、手のひらをエリサの頭上に持ちやる。そうして、その銀髪を撫でようとし―――
「触らないでくれますか? 気持ち悪いです」
乾いた音と共に、手が払いのけられた、思いもよらぬエリサの行動にタケルの思考が停止する。
先程までの恋する乙女の表情は何処に行ったのだろうか? エリサはゾッとする程の無表情であった。
「え?」
「あと、勝手に話を進めないでくれます?誰も貴方についていくなんて言ってないので」
「え……あれ? え? えっと………」
間抜けな表情だ。突然の出来事に追いつけないタケルは、払いのけられた手をそのままに棒立ちだ。自分は何処かで間違えたか? こんなはずでは、フォローをしなければ、タケルはそう内心慌てるも、この様な場合の対処法を"本で読んだことがない"ので表情同じく、間抜けな声を出すばかりであった。
「大体、人の男に手を出しておいて何様ですか? そんな事で女性が靡くとでも思ってるのですか? 貴方女性との経験あります?」
「え? あ、その、君が、奴隷だから………」
「チッ、これだから童貞は……」
エリサによる悪意の篭った静かな罵倒に、タケルがビクリと身を震わせる。
何故かその場に居合わせた数名の男性冒険者と、地面に伏し、気絶しているはずのヴェルダートまでもが身を震わせたが、それに気付いた女性陣は気がついていない振りをした。
タケルはその辛辣な言葉に、瞳に涙が溜まりつつあるのを止める事が出来なかった。
同様にヴェルダートと男性冒険者達も、涙が溢れる事を止められない。
「え? いまなんて……?」
「何!?」
「いえ………なんでも、ないです……」
既に、当初の自信に溢れた表情はない、それはあまりに憐れで、相手の顔色を伺う、弱者の表情である。
タケルの心は完全にへし折れていた。
「ハッキリ喋れよ気持ち悪い、あと近くに来ないでよ、生理的に受け付けないから」
「あ、ゴメン………なさい」
「んで? どうするの?」
「え? えっと………ど、どうすれば……いいの……いいですか?」
「は!? ハッキリしろよ! 男だろうが! もういい!
さっさとその金持って出て行けよ! ウザいよお前!」
「あ、はい……その……スイマセンでした」
「さっさと行けよ!」
タケルは金の入った小袋を拾うと、瞳に溢れる涙を拭うことも無く、走るようにギルドを出て行った。
エリサが大きく舌打ちをする、ヴェルダートが起きあがったのは同時だった。
いつの間に治したのであろうか? ヴェルダートは外れたはずの肩をぐるぐる回しながら調子を確認している。
不機嫌がありありと顔に出ているエリサと反対に、ヴェルダートは溢れんばかりの笑みを浮かべていた。
「ふぅ、お疲れー! それにしてもオーバーキル過ぎだろエリサ、ありゃ再起不能だぜ」
「うっさいわねー、なんかアイツむかつくのよ!」
怒りが収まらないのか、ヴェルダートに近づいたエリサは、彼の肩が問題ないことを確認すると、ムッとした表情でぽすぽすとヴェルダートの腹に力の篭っていないパンチをしだした。
「ああ! タケルさん………だから手を出しては駄目だと言ったのに」
フィール嬢が呟く、だがヴェルダートに絡まれて逃げ出す程度では彼女の理想には程遠い。こうしてフィール嬢の113回目になる恋はあっけなく終了した。
騒ぎの終了を感じ取ったのか、ギルドにいる冒険者達があれやこれやと先程の感想を語り合う。
「流石ヴェルダートだ、残虐非道の二つ名に誤りはねぇ……」
「一体何人の調子に乗ったルーキーを叩き潰せば気が済むんだ?」
「エリサちゃんも凄い演技ね、本当に怒ってるみたいだったわ」
「やっぱり、童貞だと恥ずかしいのかな……」
「そ、そんな事ないよ! 元気出して! ねっ?」
ヴェルダートの二つ名は"残虐非道"である、それは数多くの"俺ツエー"さんや"俺カッケー"さんを心の底からへし折ってきた行いから来るものだ。
なんかアイツら可愛い子いっぱい連れててムカツクんだよな、この様な理由より出る杭を叩いて回るヴェルダートは自らの嫉妬と欲望に忠実な男であった。
「なかなか迫真の演技でしたわね、私感動致しましたわ」
中盤、完全に空気だったミラルダが、悠々と歩いてくる、エリサの、童貞を童貞と思わない、無慈悲な鉄槌によって溜飲を下げた為だ。
「おー、ミラルダ、待ってもらって悪かったな、ちゃっちゃと続き説明するからなー」
「もー! ミラルダー! 聞いてよ! アイツ本当に腹が立つの!」
「はいはい、私も同じですわよ。 胸がすく思いでしたわ、でもよろしかったのですか?」
ムキー! と両手を上げて怒りをアピールするエリサに、苦笑いを零しながらミラルダは返事をする、だが彼女には一つ確認しておかなければいけない事があった。
そうして、ヴェルダートに視線を合わせると、よく理解していない彼の返答を待つ。
「ん? 何がだ? あのレベルのルーキーなんて降って湧くほど出てくるぞ? 気にすることはない」
「いえ、思い出したんですが、あの方、貴族ですわよ?」
そう、タケルは貴族だったのだ、以前招待された舞踏会にてタケルの姿を見たことがあったミラルダは、ヴェルダートとのやり取りの最中、その事に気がついていた。
ヴェルダートに伝えるべきかとも考えたのだが、手出しをするなと言われた手前、余計な茶々を入れたくなかったのだ、それに、彼女はヴェルダートの機嫌を損ねたくもなかった。
結局、彼女は言いつけを守る事、それを理由に、自分の心配に蓋をしたのだ。
「…………ミラルダさん! 揉めたら取りなしてください!」
ヴェルダートがミラルダに縋りつく、そこにプライドという物は一切なかった。
「もう! 女性に頼ってばっかりの男性は愛想をつかされてしまいますわよ」
そう、ボヤきながらも、頼られて満更でもない彼女は、何かあれば彼の願いを聞いてやるつもりであった。
「まぁ、あのタケルさんは少し天狗になっていると噂されておりましたしので今回の件は良い薬でしょう。さぁ! 続きを教えて下さい」
こうして、とあるギルドにて、とある初心者が出会った悲劇は幕を閉じる。
『お約束』に忠実であった彼だが、それで全て解決する訳ではないのだ。
『お約束』は自分以外の誰かにも適用される、全てはその事実に気が付けなかった彼の認識不足が起こした悲劇なのだ。
他人のヒロインは決して「NTR」事は出来ない、それがこの世界の『お約束』であった。