お知らせ:ファンレターもらいました!
なんとなんと、今回『これが異世界のお約束です!』書籍版において、ファンレターを頂きました!
超嬉しかったのでついでに短編を書きました!久しぶりの更新ですが、楽しんでいただければ幸いです。
夕日が室内を穏やかな橙で照らしだす中、ヴェルダートは珍しく憂いを帯びた表情で椅子に腰掛けていた。
「はぁ……」
視線は窓に向いている。
彼の部屋は二階にあるため、椅子に座っている状況から見えるのは街の景色ではなく、夕日が落ちる朱の空のみだ。
だが、まるでその景色を愛しむかの様に、ヴェルダートは外の景色を見つめ続けている。
「「…………??」」
エリサとマオは頭から疑問符をこれでもかと出していた。
室内に入った途端にこれだ。
また何や余計な話を持ち込んだのではないだろうか?
その様な予知めいた予感が二人を襲ったが、いつもとは少しばかり様子が違った。
「はぁ……」
二人が当たり前のように勝手に作った合い鍵で室内に入ってきても一向に反応する気配はない。
久しぶりに何か話でもしようかとヴェルダートの賃貸部屋を訪ねたエリサとマオだったが、どうやらすでに予期せぬ出来事が発生していることは明らかだ。
「なによ、気持ち悪いわね」
「どうかしたんですか、お兄さん?」
ずかずかと、遠慮なくヴェルダートの側まで寄り、顔面の前でふりふりと手を振るエリサ。
マオもヴェルダートの膝の上に許可無く飛び乗ると、顔を上に向けてその表情を窺う。
普通であれば文句の一つも出てくるところだ。
だが、今日に至ってはヴェルダートの心は別のところにあるらしい。質問の返答は、大きな、様々な想いが込められているであろうため息によってなされた。
「思えば、俺という存在も、ずいぶん遠くに来たもんだ……」
ポツリと、ヴェルダートはつぶやく
「は?」
エリサは、気持ち悪そうに応えた。
「いやさ、長い、道のりを歩いてきたんだなって……」
慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、軽くエリサに視線を送るヴェルダート。
先程からマオがその腹をくすぐっているが、なんら反応を見せていないところが彼の気合いの入り具合を表している。
「なにかまた変なこじらせ方したのね」
「きっと調子に乗るようなことがあったんですよお姉さん、とりあえずかわいそうなので話を聞いてあげましょう!」
「ふぅ……」
エリサとマオが聞きの姿勢に入ったのを理解したのだろう。
どうやらアンニュイな役柄に浸っていたヴェルダートは、物語の展開をさっさと進める為に早速懐から何やら一通の封筒を取り出した。
「ファンレターを、貰ったんだ……」
その手には青が美しい一通の封筒と数枚の便箋。
――ヴェルダート様へと書かれている。
彼が取り出したそれが、熱心な読者さんが送ってくれるファンレターと呼ばれる物だと理解したエリサとマオは、珍しく二人同時に驚きの声を上げる。
「へぇ! 凄いじゃない! ファンレターなんて送られてくるのね! 見せて見せて!」
「ええっ!? ほ、本当ですかお兄さん!? 驚きですね! ファンレターはなかなかお目にかかれないんですよ! これはレアです!!!」
そう、珍しくマオもエリサと一緒に声を上げているのだ。
マオはお約束好きであり、ことお約束に関してはヴェルダートと同等の知識を有している。
その彼女がこれほどまでに驚愕することははっきりと言って珍しいことだ。
エリサも、なかなかお目にかかれない、マオによる本気の感動を見て興味をそそられる。
「珍しいわね、マオちゃんがそこまで驚くなんて、そんなに凄いことなの?」
「もちろんですよお姉さん。いま世界にはどれだけの物語やチート主さんがいると思っていますか?」
「う、うーん? とりあえず、わからないほど多いわね……」
唐突な質問にエリサも首を傾げつい考えこむ。
"チート主"さんの数は多い。
更には最近の"チート主"さんブームも追い風となって、日々かなりの人数の主人公たちが書籍化をしている。
それだけではない。現在書籍化していないだけで、そのレベルに到達している者は数多く存在しているのだ。
ヴェルダートたちが書籍化する頃はまだ"チート主"さんの名前と特徴を覚えることができた。
だが、残念なことに現在に至ってはそれが不可能な程に"チート主"さんの数は増えていた。
そしてマオの質問、その本当の意図はエリサにその事実を気づかせることだった。
「そんな中で、わざわざ一つの作品に対して筆を執って応援の手紙を送る……。それはとても貴重なことなんですよ!」
「たしかに、よく考えればエリサちゃんも今まで沢山本は読んできたけど、手紙を送ろうと思ったことなんて一度もないわ……」
「大体の読者さんはそうですよ。もちろん、今は感想掲示板に感想を送ってくれる読者さんも多くいますが……」
興奮気味にエリサに語るマオに、エリサも思わず笑みを零す。
同時に、ファンレターがどれだけ重要なものかを理解したのだ。
だが相変わらずヴェルダートは封筒を持ったままアンニュイな表情をしている。
これみよがしなその態度に一瞬イラッとしながらも、エリサはマオの説明をしかと聞き受ける。
「沢山いる読者さんの中でも、手紙を送ってくる方はほんの一握りなんです! だから、これはとても凄いことなんですよ!!」
キラキラと瞳を輝かせてエリサに語るマオ。
その純粋無垢な態度にエリサも釣られて笑みを零す。
読者さんに貴賎やランクはない。だが、ファンレターを書いてくれる程熱心な読者さんがいるという事実は、彼女たちを心から喜ばせる理由として十分すぎるものだ。
もちろん、その喜びは当然ながらヴェルダートとて一緒である。
チラリと見たヴェルダートは頬を引くつかせながら必死に表情を作っている。
エリサは小さく舌打ちをして、以後極力ヴェルダートを見つめないことを心に決める。
「――けど、そうなんだ! 嬉しいわね。そこまで私達の物語を好きになってくれたなんて……なんだか照れちゃうわ」
「一生ものですよ! まさかお兄さんが貰えるとは思っていませんでしたからね。これは額縁を買ってこなくては!!」
「おおげさね~」
やいのやいのと盛り上がる二人。
だがヴェルダートはキャラ作りに余念がない。
流石のエリサもその態度に限界が来たのか、あまり効果はないと理解しつつも苦言を呈する。
「それで……そろそろその態度どうにかした方がいいんじゃないの? 素直に喜んだほうがいいと思うわ」
「変に取り繕ってる方がかっこ悪いですよ、お兄さん!」
「いや、なんかさ……俺、ファンレター貰っちゃってるから」
「「…………」」
「それに、相応しい貫禄が……必要だろ?」
ふぅ、っとため息混じりにつぶやくヴェルダート。
何故か知らないが声量は低く、全体的に単語単語の溜めが長い。
クールでやれやれ系の設定を履き違えたようなキャラ作りだった。
「……あれ何? マオちゃん」
ヴェルダートを指さしながら、心底鬱陶しそうな声音でエリサはマオに質問を投げかける。
もちろん、ヴェルダートにわざと聞こえるような声量だ。
もっとも、ヴェルダートは無意味に前髪をいじるだけで一向に堪える様子は無い。
今の彼は、心底調子に乗っているのだ。
この程度でへこたれるはずがなかった。
「ああ、あれはですね。ファンレター童貞を捨てた者特有の優越感ってやつですよ!」
「童貞って……どういうこと?」
「主人公の間ではいろいろとあるんですよ。ファンレター童貞、重版童貞、続巻童貞、アニメ化童貞、コミカライズ童貞。ジャンルによって様々なですね」
ファンレター童貞。
表現の方法は様々ではあるが、書籍化後のハードルとしてなかなか飛び越えられないものにはこのような名称がつけられることがある。
ファンレターはその中でも比較的難易度が高いものだ。
「ふーん。凄く、とっても、びっくりするほど、どうでもいいわ。けど、それを捨てるとどうなるの?」
「夏休みにちょっぴり大人の階段を上った男子高校生みたいな態度をとるようになります!!」
「な~んか、足元を掬われそうな話よね~」
「まぁ、気持ちも分かりますけどね。書籍化院の覚えも良くなりますし。いろいろと評価が上がります。少しの間浮かれるくらい大目に見てあげましょう!」
「ファンレター貰えるなんて、凄いですからね!」
――ファンレター。
その重要さは理解していたが、まるで年頃の子供の様にはしゃぐマオと、相変わらず口の端を引くつかせながら喜びに打ちひしがれるヴェルダートを見ると、エリサもイライラとしていた気分が吹っ飛んでしまう。
最近は冒険にもあまり行っていなかったところだ。
ここは皆も誘って盛大にお祝いをしてあげても良いだろう。
エリサは軽く笑う。それはヴェルダートの思わせぶりな態度に機嫌を損ねていた時とは打って変わって、晴れ晴れとしたものだった。
「そうね、そうよね……。ふふふ、そっか。じゃあせっかくだし、今日は皆で美味しいもの食べに行きましょうか? 奮発してね!」
「…………ところがどっこい、待ってくださいお姉さん」
だが、話はそう綺麗に終わってはくれない。
マオはすっと表情を変え、真剣な表情でエリサにだけ聞こえるようにトーンを落として話す。
「……へ?」
「起承転結って言葉、知ってます?」
「えええ……」
オチが必要なのだ。このまま良い話で終わってしまってはなんの為にここまでお膳立てしたのか全く分からなくなってしまう。
マオはそのことをエリサに伝えたかったのだ。
まるで狙ったかの様なタイミングで、ある種の病気とも言える企みがヴェルダートの心に湧き上がる。
つまり、いつもの流れが出来上がっていた。
「ファンレターって最高だな。俺も嬉しいし、主人公としての格も上がっていろんな人から覚えが良くなる。まてよ? ……もしこれが何十通も届いたら?」
ニヤリとほくそ笑むヴェルダート。
本人は小さく呟いているつもりであったが、二人に丸聞こえだ。
「筆跡を変えれば……住所も架空のものを、いや、安全をみて誰かに書かせてもいいかもしれん……」
「ほら来たっ! 面白くなってきましたよ、お姉さん!!」
ぱぁっとマオが顔を輝かせ、エリサが額に手を当ててため息をつく。
ギャグに必要な落ち。
ヴェルダートは知らず知らずに鉄板の流れを踏襲しようとしている。
もっとも、この後の流れは特段変わったものでもないおなじみのものなのでバッサリとカットされる。
重要なのはオチがついたという事実だけだ。
「あ~、なんでこうやってオチを持ってこないと駄目な性格なのかしら……」
「それが異世界のお約束ですからねっ!」
ブイっとピースサインを作りながら落ち用の決め顔を作るマオ。
エリサは、最近この流れ、何度も見たな~と思いながら窓の外に視線を向ける。
「マオちゃんも最近それ言えば綺麗に纏まるとか思ってない? パターンがマンネリ化しちゃうのって、エリサちゃんどうかと思うの」
「の、ノーコメントですよ、お姉さん!!」
「自覚はあるのね……」
――そろそろ違うパターン考えた方がいいんじゃないかしら……?
誰に言うでも無くつぶやいたその言葉に、マオとヴェルダートは同じタイミングで顔を逸らした。




