第三話:素早いベッドインは重要なお約束
楽しい懇親会も終わり、今は変わって小さな応接室にヴェルダート達は案内されている。
この場に居るのはアルト、ヴェルダート、そしてエリサにマオだ。
これこそが本来の目的、ヴェルダートが人気を稼ぐ為にどのような事をすべきか、どの様に冒険を参考とさせてもらうか。
その事を相談する場であった。
その為、人数は最小限だ。
幾らアルトとヴェルダートが自らのヒロイン達を信頼しているとは言え、あまり大手を振って話してはどこで漏れるかわからない。
至宝の宝とも言える冒険の心得を教えるとはそういう事だ。
エリサとマオがこの場に呼ばれたのは、ヒロインにも学ぶ点があるからだ。
よって最小限の人数として、彼女達二人の同席が許されている。
先ほどまでの和やかな雰囲気とは一転、今は真剣な眼差しでヴェルダート達を見据えるアルト。
張り詰めた空気にエリサは緊張の連続であったが、それでも選ばれたヒロインとしての責務を全力で果たそうとしている。
「さてと、本題の話に移ろうか」
「ああ、すまない。頼む……」
話し合いは静かに始まった。
はたしてヴェルダートの問題点とはどこにあるのだろうか?
生え抜きの異世界で常に勝ち上がってきた"チート主"さん。
その中でもトップ集団を走り抜ける一人であるアルトの下す判断に、エリサは興奮を隠せない。
「ど、ドキドキするわね」
「貴重な話ですからね。聞き逃せません!」
期待にも満ちた視線でアルトを見つめるエリサとマオ。
アルトはその視線に小さく頷くと、ヴェルダートに切り出す。
「まずはヴェルダートから話を聞こうか。具体的には何を悩んでいるんだ?」
「一番は冒険の方向性だな。いろいろなことに挑戦しているがどれもこれも鳴かず飛ばずだ」
「うーん……」
絞り出されるようなヴェルダートの悩みに腕を組み悩むアルト、閉じられた瞳は何を考えているのか、ヴェルダートの悩みは続く。
「ちょいエロもやった。学園編もやった。なんだったら異世界料理もやったんだ。それでも人気をでっかく稼ぐ事はできなかった」
「そ、そうなんだ……」
アルトはヴェルダートが自分が想像する以上によくわからない方向性に進んでいることを理解すると、若干引き気味に先を促す。
取り敢えず話を全部聞きだしてから判断しよう。
それがアルトの方針だった。
「なりふり構わずちょいエロを出しまくったんだがな……何が悪かったのか」
「アルトさん、なにかヒントはないかしら? ヴェルダートは優柔不断な所はあるけれど、頑張れば出来ると思うのよね。きっと方向性が分からないだけど、チャンスはまだあると思うの!」
ヴェルダートが大きくため息を尽き、エリサが両手を胸の前で組み助力を懇願する。
エリサを落ち着かせたアルトはその後もしばらくヴェルダートから今までの冒険の詳細を聞き出すと、やがてすべて理解したばかりに軽く笑う。
「うん、だいたいの事は分かった」
おお、と声が上がった。
それはヴェルダートによるものか、それともエリサ達によるものか。
どちらにしろ、今まであれほど悩んでいた問題に対する解決案が提示されたことに対する歓喜の声だった。
「と、言うか。根本的な原因が分かった!」
根本的な原因。その言葉にヴェルダート達は驚愕に目を見開いた。
まさかそこまで推察されるとは思っていなかった。
ヒントとなるようなものでもあれば……。藁にもすがる想いでの相談だったが、アルトの観察眼は彼らの願いのはるか高みにあった。
「マ、マジか! それを教えてくれるかアルト!」
座っていたソファーから立ち上がらんばかりの勢いでアルトを急かすヴェルダート。
だが、どうしたことか、先程は自信満々で応えたアルトはここに来て苦虫を潰した表情になる。
何か問題でもあるのだろうか?
ヴェルダート達がアルトの表情を怪訝そうに窺う中、彼は酷く言いづらそうに切り出す。
「……ここで言ってもいいのかい? 女性にはあまり聞かせたくないんだけど」
その言葉でヴェルダートは察する。
問題の根本的原因はハーレムにあるということを。
だが、今更エリサとマオに席を外してもらうという選択肢は彼に無かった。
そもそも、原因がハーレムであるのならば彼女達も聞く必要性がある。
エリサとマオが呼ばれたのはそれが理由でもある。
そして何より、ヴェルダートはもう後が無かった。
不退転の決意を持ってアルトを真っ直ぐに見つめ返すヴェルダート。
ハーレムの主として、そして主人公として、彼はアルトに自らの意志を返答する。
「こいつらもヒロインだ。覚悟はできている。忌憚なき意見を言ってくれ」
「わかった……」
どれほど時間が経ったろうか? アルトは己の中で何やら考えをまとめているようで、何かを覚悟しているようでもあった。
やがて無限にも等しい時間のはてに、彼はその重い口を開く。
「ヴェルダート。彼女達と体の関係はあるか? つまり、ベッドインはもうした?」
「うっ、それは……」
開口一番放たれた問い。
痛いところを付かれたとばかりにヴェルダートは言葉に詰まる。
「ちょ、ちょっとどういうこと! それが関係あるの!?」
エリサが慌てて疑問を口にする。ヴェルダートはその様子からアルトの質問がどのような意味を持っているのか理解しているのは明らかだ。
そして隣で静かに話を聞いていたマオも何やらうんうんと頷いている。
この場において唯一話について行けていないことに気がついたエリサはいてもたってもいられなかった。
彼女の動揺を察したのか、アルトは静かにエリサの疑問に答える。
それは当然の事実を説明するかの様であり、またある種の最後通告の様でもあった。
「読者さんはね。何だかんだって主人公がヒロイン全員と楽しく愉快に欲望に爛れた生活をすることを望んでいるんだ」
その言葉に何も言い返せないエリサ。
これがヴェルダートや他の"チート主"さんであれば話は別だった。
だがその発言の主はアルトだ。
ヴェルダートの数倍人気があり、結果も出している彼の言葉。
否定できる材料はどこにもない。
自らもうすうす感づいていたのだろう。アルトから指摘を受けたヴェルダートはようやく顔を上げる。
そこに居たのは、なんとも表現できない……強いて言うならば間違いを指摘され、だが認める度量の無い哀れで小さな男だった。
「で、でもなアルト! こういうのは出来るだけ皆との心の距離を詰めてから――」
「ヴェルダート。君は一体いつまでそう言うんだ? 今君の冒険は書籍で言うと何巻位まで進んでいる。言って見ろ」
ヴェルダートが絞り出そうとした反論はぴしゃりと遮られる。
アルトの質問は単純だ。だがヴェルダートがその質問に答えるには、相当な覚悟が必要だった。
「……四巻だ」
「四巻まで進んで、それで進展がないのか? とんだヘタれだ」
「で、でも――」
ヴェルダートが言い訳がましい言葉を並べようとする仕草を見せると、アルトが片手を前にだして静止する。
やがてアルトはソファーからゆっくりと立ち上がり窓へ向かって歩くと、外の景色を見ながら一言ハッキリと――。
「俺は一巻でベッドインしたぞ」
決して超えられない壁を見せつけた。
「なっ……」
ヴェルダートが驚きの声を上げる。
それは普段のような演技じみたものではなく、彼の本心からの驚きだった。
「しかも一度や二度じゃない。複数回だ。もちろん、多人数プレイもしている」
ペラペラと、立て板に水を流すように己が今までしてきたプレイを語りだすアルト。
流石に覚悟はしていたものの、生々しい内容にエリサも顔を赤くする。
「な、なんだか雲行きが怪しくなってきたわ……」
「アルトさんは欲望型"チート主"さんですからね!」
経験のないエリサには流石に刺激的すぎたのだろうか、彼女は居心地悪そうにそわそわしだす。
反面マオはその内容にふむふむと頷いているだけで、どちらかと言うと『お約束』の内容を学びたいという意志が見て取れた。
「け、けど! まだ年齢的に幼い奴もいるんだ! マオだって十一歳だし! そ、そんな急な事は!」
哀れな男の反論は続く、彼は自分がヒロイン達といまだにベッドインしていないことをなんとか正当化しようとしていた。
だが、それすらもアルトにとってはくだらない悪あがきでしか無い。
「オーリエの年齢はいくつだと思う? 約十二歳だ」
「あ、ああああ……」
がくりと肩を落とすヴェルダート。
完全に心が折れている。
自らの方針が、そして童貞ゆえのヘタレ具合が、その全てが彼の人気低迷の原因であったことに酷く傷つき、ショックを受けたのだ。
彼の心はズタズタに引き裂かれ、何より自責の念でいっぱいだった。
「えっ、十二歳って……それいいの?」
「ここは異世界ですよお姉さん!」
エリサはそれより別の疑問で頭がいっぱいだった。
アルトのハーレム要員であるオーリエは設定年齢約十二歳だ。
流石にそれでベッドインしたという話にエリサは法的な問題が起こりやしないかと不安がよぎる。
だがその心配もマオの発言で一蹴される。
そう、ここは異世界。法律的なあれこれは現地のそれに準拠する設定だ。
奴隷あり、ハーレムあり、年齢制限なし。
異世界とは、かくも素晴らしい世界であった。
エリサが何度も首を傾げながら異世界の納得出来ない法則に不満を抱いている最中、アルトによるヴェルダートへの指摘は続く。
「ヴェルダート。更に君は言っていたね。ちょいエロをやったと。そう言えば、学園編で水着回をやっていた事も自慢気に話したいたよな」
「そ、それがどうしたんだ! こ、これでも頑張ったんだぞ!」
声を震わせながら、なんとか声を張り上げるヴェルダート。
これ以上何を言われると言うのだろうか? エリサ達を含め、ヴェルダートが戦慄する中、人気がある者とない者の圧倒的な戦力差が明かされる。
「ブルマ、巫女服、水着……。全て通過した場所だよ」
「なっ、そ、そんな……俺があれだけ頑張ったのに……」
ヴェルダートは井の中の蛙だったのだ。
小さな井戸で天狗になっている小物、それが彼の正体であり真実だ。
本物ははるか高みにいる。はるか先にいる。
たかだかちょいエロでヒロイン達の裸を描いて喜んでいる程度の男では到底太刀打ち出来なかったのだ。
「ちなみに、温泉回もやった。むしろ温泉でも"やった"」
「お、俺は、俺は! うわあああああ!」
全てにおいて超越しているアルト。
"チート主人公"としてもっとも重要な部分、ハーレムで覆せない程の差を見せつけられたヴェルダートは自らのヒロイン達がいることも気にせず男泣きを始める。
「ヴェルダート。お前に足りないのは女性に対するハングリー精神だ。むしろ女性に対する愛が足りないと言っても間違いじゃない」
「で、でも……」
「優しさをヘタれた誤魔化しに使うなヴェルダート!」
アルトの叱責がヴェルダートの心を打つ。
彼には珍しい大声にヴェルダートは唖然とする。
だが、彼の瞳に溜まった一粒の涙、つっ、と流れる雫が彼の心を目覚めさせた。
「お前は、お前はやれば出来る! もっと、もっと高みを目指せるはずだ!」
アルトの目的は最初からこれだった。
何も彼はヴェルダートを貶めたくてこの様な発言をしているのではないのだ。
むしろアルトは不相応なまでにヴェルダートを買っている。
彼の瞳に"チート主"としてふさわしい輝きを見出していたのだ。
そして何よりも同じ書籍化院から本を出している仲間として、ライバルとして、彼には常に高みを目指して欲しかった。
「目が、目が醒めたよアルト……」
「ヴェルダート……」
静かに呟かれた声。
そこにはもはや先ほどのような震えは無く、代わりに力強い意志が宿っている。
信じたライバルの復帰をアルトは心から祝福した。
ヴェルダートの冒険はまだ始まったばかりだ。
こんな所で腐ってないで早く上がって来い。
言外にそう伝えようとしたアルトの試みは、正しくヴェルダートに伝わったのだ。
「長い、本当に長い夢を見ていたようだ」
「分かってくれたんだね」
アルトは静かに笑みをたたえる。
その笑みはどこか好戦的なで、ライバルがこれから更に力をつけ、自らに立ちはだかることを喜んでいる物だ。
「俺はこれから全力でいくぞ! エロ表現も解禁だ! もう何も恐れることはねぇ! ヒロイン達と淫らで艶めかしい口に出すことも憚られるアレでソレでコレなやりとりを延々と続け、本編の約九割をエロシーンで埋めるんだ!」
高らかにヴェルダートが宣言する。
なぁ、そうだろ? と言わんばかりにアルトを振り返るヴェルダート。
だが「その通りだ!」と返事を返してくれるはずの彼は……。
「あ、ちょっと待って。それはダメだと思う」
「えっ?」
途端に掌を返した。
「だって直接的な表現したら十八禁になって怒られてしまうだろ? あくまで俺達は異世界で冒険をする主人公なんだから空気読まないと」
「えっ、ええええー…………」
そもそもだ、アルトはヴェルダートの様な過激な方向性でエロをやっている訳ではない。
彼の場合はあくまで行為があったことを匂わせるだけで、実際の表現を用いることは稀だ。
むしろアルトはヴェルダートの過激で関係各所を敵に回すことを恐れぬ所業に一種の感動さえ覚えている。
つまり、「こいつやり過ぎじゃねぇの……」と言う思いだ。
発破をかけはしたが完全に方向性を間違えて捉えてしまっているヴェルダート。
アルトは彼にもっとハーレム要員との関係性を改善すべきだと諭したのだが、ヴェルダートは何故かそれをもっと過激なエロ表現を加えろ、と曲解してしまっていた。
完全に二人の方向性がブレた瞬間だった。
「ちなみに、私達は何一つ納得してないわよ」
「しかもアルトさんのハーレムはその関係に合意です! そのあたりの事情を失念していましたねお兄さん!」
ヴェルダートが一人頓珍漢な決意をする中、彼のハーレム要員であるエリサとマオも当然批判を始める。
主人公とヒロイン達の方針がブレブレな時点で、ヴェルダートの新たな決意は破綻していた。
「いや、でも、その十八禁のぎりぎりのラインをついて、隙あらば超えるのが読者さん達の求めるものじゃ……」
「いや、ごめん。うちはちょっとそういう方向性とは違うから」
唖然とするヴェルダート。
今更エリサ達と自然な流れでベッドインするなど不可能に等しい。
性格的に考えて彼女達は当然反抗するだろうし、そもそもヴェルダートの物語はギャグなのでオチ的に考えても不可能だ。
彼が事実を正しく認識し、完全に手詰まりになっていることを理解している最中、アルトの渾身の一撃がヴェルダートの心にヒットする。
「……と、言うか。前々から言おうと思っていたんだけどヴェルダートはちょっとやり過ぎだと思う」
そう、ヴェルダートはやり過ぎだった。
アルトはヴェルダート物語を読んだことがあるが、その時からずっとこの点について指摘しようと考えていた。
確かにエロは必要だが、方向性が違うしそもそも直接的な表現は必要ない。
ジャンル的にエロになりかけているヴェルダートに対する心からの忠告だったが、もはや彼がアルトの言葉を正しく理解できるかは不明だった。
「じゃあどうすればいいっていうんだよ!」
ヴェルダートの慟哭が狭い室内に木霊する。
結局、方向性が分からずいくら舵切りを行った所でもうどうしようもないことに気がついたヴェルダート。
彼は半ばヤケ気味に全力でエロをやって読者さんを呼びこむことにしたのだった。




