第三話:食のトラブルは怖いお約束
「うっ、うぐぐぐ! は、腹が!」
ンポポホーイに舌鼓を打っていた常連の老人が、急に腹を押えて苦しみ出したのは突然の事だった。
「お、お客さん。どうしたんだい!? ふ、封印が解けそうなのかい!?」
にわかに店内がざわつき始め、困惑と心配の視線が老人に集まる中、真っ先に駆け寄ったシズクは机に突っ伏す老人の肩を慌てて揺する。
「これはいけませんわ! すぐに医者に見せないと!」
騒ぎを聞きつけ、別のテーブルで配膳を行っていたミラルダも駆けつけてくる。
どうして良いか分からずオロオロと狼狽えるシズクを老人から離し、状況を確認する。
老人の顔色は真っ青で、額からは冷や汗がダラダラと流れている。
医術の心得に乏しい、最低限の知識しかないミラルダですら急を要すると判断する状態だ。
「シズクさん。すぐに店の奥に食材を取りに行っているヴェルダートさんにこのことを伝えて下さい。あと入り口の看板を閉店に」
老人を介抱しながらテキパキとシズクに指示するミラルダ。
「ヴェ、ヴェルダート! 大変だ! お客さんが闇の力に触れて倒れてしまったんだ! 敵の攻撃はすぐそこまで来ている!」
シズクもようやく己のすべきことを理解したのか、大慌てでバタバタと店の奥へと引っ込んでいく。
「なんだって!?」
店の奥からヴェルダートの動揺した声が聞こえ、同時にドタドタと足音がやってくる。
店内の客は相変わらず不安げに老人の様子を確認しており、その老人も一向に腹痛が治まる様子はない。
(これは……厄介なことになりましたわね)
折角軌道に乗りかけたヴェルダートの新しい冒険。
立ち込める分厚い暗雲に顔を顰めながら、ミラルダは誰に悟られるでもなく一人この先起こるであろう問題に頭を悩ませた。
◇ ◇ ◇
「「「「食中毒!?」」」」
客のいなくなった店内。
老人を知り合いの医者へと送り届けたミラルダは、そこで告げられた病名についてヴェルダート達に打ち明けた。
「……とのことです。大事には至らなかったらしいですけど、暫く入院が必要らしいですわ」
店内に客はいない。急病人が出たことから臨時休業とし、食事中の客にも謝罪の上退店してもらっている。
今この場にいるのは現場に居合わせたヴェルダート、ミラルダ、シズク。それに加えて急遽呼び出された非番のエリサ、ネコニャーゼ、マオ。
つまりいつものメンバーが全員集合していた。
市井の噂は広まるのが早く、市民は新たな話題に目がない。
ヴェルダートが経営する食堂は口コミの力だけですでに街中の噂になっており、連日の大盛況だ。
もはや明るい未来しか考えられない状況で突如訪れた凶報。
噂好きの市民のお陰でここまで繁盛した店であったが、その広がりの早さが今後は逆に仇となろうとしていた。
「うう……でもどうして? なま物を使った料理は出してないはずですよぅ」
耳をぺたんと下げながら、今にも泣きそうな声色でネコニャーゼが呟く。
彼女の言葉の通り、ヴェルダートの店ではなま物の提供をしていない。それどころは料理はンポポホーイと他に名前のよくわからない僅かな料理だけだ。
もちろんそれら全て加熱調理された料理である。
食中毒は基本的になま物、それ以外の場合はよほど劣悪な状態の食材でしか起こらない。
牡蠣やフグと言った毒性のある調理に注意が必要な食材も使用していなかったはずだ。
何が原因であるか、答えの出ない疑問がぐるぐるとエリサ達の頭を駆け巡る。
「そうよね。普通に考えて食中毒なんて起きるはずもないわ、食材が腐ってもない限り……っ!?」
瞬間、何かに思い至ったのかバッとヴェルダートへと顔を向けるエリサ。
サッとエリサから顔を背けるヴェルダート。
完全に当たりだ。
「ヴェル! 食材をちょっと見せなさい!」
「……き、企業秘密だ」
食堂『お約束』の食材管理は料理人であるヴェルダートが全て管理している。
それらは店舗の奥にある食材庫へと保管されているのだが……。
今まで「素人が口を出すな」と職人気取りで食材の管理を拒否され続けたエリサ達だったが、ここに来てその本当の秘密が明らかになる。
店舗の奥へと向かおうとするエリサ。サッと素早い所作で通り道を塞ぐヴェルダート。
その表情には焦りが浮かんでおり、額には一滴の冷や汗が見て取れる。
「何が企業秘密よ! そこをどきなさ……マオちゃん!」
「お任せ下さい!」
「あっ! おいコラ! 店主の許可無く勝手なことをやるんじゃない!」
エリサの号令と共にヴェルダートをひょいとかつぎ上げるマオ。
そのままポイと店内の離れた場所へと放り投げてしまう。
残されたのは守る者の居ない店舗奥へと続く扉。
問題事が大好きなマオと、「隠された真実」と言う単語が大好きなシズクが先手を切って奥へと駆けてゆく。
店舗の奥、ひと目につかない場所に食在庫はひっそりと備え付けてあった。
大きさとしては少し大きめのクローゼット位であろうか? そこに食材の全てが保管されている。
「さぁ、お兄さんはどんなやらかしをしてたのでしょう――わわっ!」
「どうしたのかい? 魔王様が驚くなんてよっぽどの――うわっ!」
ウキウキとした表情で食在庫の扉を開けた二人だったが、同時に小さな叫び声を上げて鼻を摘み後ずさる。
素早い二人にようやく追いついたエリサは二人の尋常でない様子に自分の推測が間違いで無かったことを悟る。
本当は見たくもないが、確認しない訳にもいかない。
恐る恐るマオとシズクの背後から食在庫を覗きこむエリサ。
繰り広げられていた惨状は予想以上のものだった。
「こ、これは……ひどい匂いだわ」
「食材全部傷んでますわね。流石にこれじゃあ火を通したとしても食べるのなんて無理ですよ」
うっとした表情で食在庫を眺めるエリサ。
のんびりと駆けつけたミラルダもその中身を見て思わず口を押さえている。
「うう……ヴェルダートさん。どうしてこんなのを使ったのですか? 皆お腹壊しちゃいますよぉ」
最後の一人、ネコニャーゼが悲しげに呟く。
その言葉はいつの間にか隣で悪びれもなく佇んでいるヴェルダートに向けたものだった。
「どうせ分からないからいいんだよ。賞味期限の偽装なんてどこでもやってることだ。描写されないが他の"主人公"さんもきっと……」
「その真っ向から『異世界料理』物を否定する発言やめなさいよ!」
「はっ、ならなんであんな上手い料理を庶民が食べられる低価格で提供できるんだよ!? このご時世、頭を使って生きなきゃやっていけねぇんだよ!」
「頭の使い所が間違っているでしょうが! 少なくともそんな所で使うものじゃないわよ!」
反省が無いとはこの様な人物をさして言うのだろうか?
それとも初めから悪いとも思っていないのだろうか?
ヴェルダートは賞味期限が切れた食材を安く買い叩き、それらを用いて料理を作ることによって利益を水増ししていたのだ。
客の健康について一切の配慮のない。食にかかわる者が聞いたらドン引きしてしまいそうな悪の所業であった。
「とにかくだ、どうせ貧乏舌で何食っても旨いしか言わない様な異世界の客だ。この程度でどうこうなるはずがない。なら俺は全力で稼がせてもらう。なぁに、いざ問題になっても謝罪会見すればいいだけさ!」
悪臭漂う中、ふんぞり返り根拠の無い自信をひけらかすヴェルダート。
謝罪会見をすれば全て水に流されるとでも思っていることからも、彼の更生は不可能に近いと思われた。
「却下よ却下! そんなあこぎな商売が許される筈がないでしょうが! 私は嫌よ、こんなお店の看板娘なんてやるのはプライドが許さないわ!」
身につけたエプロンを乱暴に脱ぎ去り、床に叩きつけるエリサ。
瞳には涙が溢れ、折角の明るい未来をひどい裏切りで台無しにされた怒りが篭もっていた。
「ふざけんな! もう事業計画では二号店の出店話も進んでるんだよ! フランチャイズ形式にして、誰にでも作れるような簡単なレシピを使って幅広く店を展開していくんだ! もちろん食材の質もこっそり下げる。厨房を任せるのは入社1ヶ月目の学生アルバイトだ!」
だが、エリサが絶望に包まれている中でも、ヴェルダートの暴走は止まることを知らない。
彼は有名店と持て囃されて、調子に乗った挙げ句自滅の道を全力疾走しようとしていた。
どう考えても客離れを起こし、掲示板で「個人でやってた頃は良かったけど、店舗展開し始めた頃から質が落ちた」と落胆の書き込みと共に見限られるのが落ちだった。
「完全に料理の質が下がってお客さんがいつの間にか離れるフラグですよお兄さん!」
「まっとうに商売していれば成功していたのに、どうしてこう欲深いんでしょうか……」
いつだってチャンスはそこらに転がっている。
にもかかわらず毎回余計な欲を出して破滅しようとするヴェルダートにミラルダは呆れ果て、マオは流石と手を叩く。
だが今回ばかりは本人も少々思う所があったのだろう。
少なくとも彼が料理を提供し、人々の笑顔を見る事に喜びを感じていたことは間違いない。
「でもまぁ、お前達のいうことも一理ある。確かに賞味期限切れの食材を使ったのは安易だった」
ヴェルダートと言う人間に残された、ほんの僅かな良心がここに来て奇跡を起こそうとする。
「今後は賞味期限ぎりぎりの食材を使って万が一の場合でも言い逃れできる様に調整する」
奇跡は起こらないから奇跡と呼ぶのだ。
もはやヴェルダートの良心は尽き果て、欠片も残されていなかった。
「それで許されると思っているの? あの人もきっと怒ってるわよ!」
「幸いにも金はそれなりに稼いだからな。食中毒になった人には見舞金を多めに渡して、この件はもみ消そう。なぁに、分かってくれるさ」
ぐへへ、と悪どい笑みを浮かべるヴェルダート。
客の健康と引き換えに、彼は大層儲けていた。
それは彼がいつの間にか再度作っていた借金、開店資金、新規出店の費用を差し引いても余りある物だ。
かつて無いほどに桁の大きくなった貯金の金額が、彼の気を最大限にまで大きくしていた。
「流石ヴェルダート。私は最近ようやく君の悪逆卑劣なやり口を理解してきたよ! でもどうするんだい? それでお客さんが納得せずに話がこじれる場合もあるんだよ?」
「その時はその時だ。俺も荒っぽいては使いたくないからな。なるべく穏便に…………ん? そもそもだ、その客は俺の店の料理を食ったから腹を壊したのか? 違うんじゃねぇか?」
「は、はぁ…………」
エリサがふて腐れて黙りこくってしまった為に会話を引き継いだシズクだったが、早速話について行けなくなってきた。
ヴェルダートはどこまで行っても自分に非がないと思っている。
最近ようやく『お約束』について理解し始めてきたシズクは「これがフラグって奴なんだろうなぁ」とボンヤリと考えながら、引き続きヴェルダートの話を聞いてやる。
「そうだ、そうに違いない! これはきっと俺の店の繁盛を妬んだ敵対店の仕業だ! くそっ、忘れていたぜ! そう言えば『異世界料理』物には権力者や敵対店からの嫌がらせが『お約束』だったんだ!!」
くわっ! と瞳を大きく見開き大声で叫ぶヴェルダート。
彼の言うとおり大抵の『異世界料理』物では権力者や敵対店による嫌がらせが起こり、一騒動発生するのが鉄板であったが……。
「その被害妄想をどうにかしなさいよ! 完全に私達の責任でしょう!?」
「そうですわよ、よしんば違ったとしても、ヴェルダートさんが違法な営業をしていたことは事実なんですから、考えを改めないと」
事実として目の前で変色し、異臭を放つ食材が鎮座している時点でその言い逃れは不可能に近かった。
「ちなみに、今保健所に踏み込まれた完全にアウトですよお兄さん!」
「うう……マオちゃん。それってフラグだから言わないほうが……」
あえて口に出されたその発言。
さすがは魔王といったところか……。
慌ててネコニャーゼが注意しようとするのも束の間、育ちに育った強大なフラグは、マオの無邪気な一言によって容易に回収される。
「領主直属の憲兵隊だ!」
「「「えっ!?」」」
大声と共に勢い良く扉が開かれる音が店舗の方より聞こえ、続いてドタドタと複数の人間が踏み込んでくる足音が響いてきた。
慌て店舗へと戻るヴェルダート一行。
そこには身軽ながらも強靭そうな軽量鎧に身を包んだ物々しい一団が待ち構えていた。
付けられた腕章は見覚えのある特徴的な物だ。
街に住まう善良な市民が信頼を寄せ、悪党共が恐れる彼らこそ、領主直属憲兵隊であった。
現代における警察機構の役割を果たす憲兵隊。その中でも領主直属の部隊はエリートだ。
現代風に言えば公安課や刑事課といったところだろうか。
街でも重要な案件を担当するその部署は、聞くものが聞けば名だけで震え上がる程の影響力を持っている。
「この店が違法な営業をしていると市民より通報があった。実際に被害も出ている為、調査への協力を願う」
丁寧な言葉遣いながらも有無を言わせぬその物言いにエリサ達も思わず身じろぎしてしまう。
無実ならばまだ言いようもあったが、何よりもヴェルダート達は心当たりがありすぎた。
誰もが上手く言葉を返せず、先頭に立つ憲兵隊の隊長らしき人物の眉が不信感によって歪み始めた時、口火を切ったのはマオだ。
「ちなみに、通報ってどの様なものだったのでしょうか!?」
ちらりとマオを見る隊長。
背後の部下らしき人物へと目配せすると、一枚の紙を受け取り何かを確認しながら読み上げる。
「ふむ。腹痛が数件、家賃滞納が一件、無許可営業が一件、あと異物混入だな。紫色や白色の毛が入っているとの苦情が市民より多数寄せられている」
視線がネコニャーゼへと集中する。
ふわふわもこもことした服装に身を包んだネコニャーゼが泣きそうになりがらプルプルと震えだしている。
「よくよく考えたら猫ちゃんは毛が生え変わる時期だから当然だよね」
「普通、異世界では獣人が食堂で働いていてもスルーされる『お約束』なんですけどね!」
「あう……ごめんなさい」
「獣人が食堂で働くなとは言わんが、抜け毛に注意した恰好だけはしなさい」
うるうると瞳に涙を溜めながら、ぺこぺこと謝るネコニャーゼ。
隊長も彼女の真摯な反省を評価したらしく、優しい声色で注意だけに留める。
異物混入は問題ではあるが、人が調理する以上毛髪の混入を完璧に排除することは不可能だ。
客にとって不快感はあるものの実害や悪意がある訳ではない故の判断ではあったが、残りの問題にかんしては、そうも言ってはいられなかった。
「問題はそれ以外だ。これらに関して、君達はどの様に考えているのかね?」
「正直、言い訳はできないわよね。ってか無許可営業とか初めて聞いたんだけど……」
「家賃滞納もしていたんですね……資金なら沢山あるはずなのに」
「節税ならぬ脱税ですね! 納めるべきお金も自分のもの、流石の守銭奴っぷりですよお兄さん!」
やんややんやとエリサ達が盛り上がる。
完全に他人事だ。
それもそのはず、もはやここに至っては食堂の営業など不可能と判断したエリサ達は、早々に見切りをつけて無関係に徹することにしたのだ。
流石ヴェルダートのハーレム要員。逃げ足の早さはヴェルダートを彷彿とさせるものだった。
じぃっと視線が集まる。
鋭いそれは憲兵隊とその隊長から向けられる物だ。
一切の不正を許さぬ、正義によって強固に補強さた鋼の意志。
ヴェルダートはなんとかこの場を切り抜けようと解決の糸口を探し、やがて一つの点に思い当たる。
「そ、そういや、アンタはたしか『VRMMO』の時の……」
「そうだ。そして私もこの店の常連だったんだよ」
「おや? 『VRMMO』ってなんだい?」
「そういう『お約束』があったんですよシズクさん! 以前お兄さんがいろいろと助けてあげた人と思ってくれたらOKです! けど領主直属の憲兵隊――それも隊長になっていたんですね、なかなかに勝ち組ですよ!」
どこかで見た顔であると先程から記憶を漁っていたヴェルダートであったが、ようやくその答えが明らかになる。
彼――憲兵隊の隊長は以前ヴェルダートが『VRMMO』の『お約束』の際に助けた大規模転移者達の一人だった。
"チート主"さんとまではいかずとも、それなりに力量を持った転移者達である。その力を利用して様々な職業についた彼らだったが、目の前の男も無事就職を果たし領主直属憲兵隊の隊長という名誉ある地位を手に入れていたのだ。
続けて思い出す。
どうして忘れていたのか。その彼もヴェルダートの店によく来る常連の客だった。仕事終わりにンポポホーイを旨そうに食う様が彼の記憶の隅に残っていた。
「貴方には世話になったし、この店も気に入っていたんだが、まさかこんな酷い商売をしているとはな! がっかりだ!」
職務による義憤では無く、自らが恩人に裏切られたという怒りで声を荒らげる隊長。
いよいよもってヴェルダートの立場と未来が危うくなる中、いつの間にか店舗の奥を見聞していた隊員の一人が慌てた様子で戻ってくる。
「隊長! これを見て下さい! 全部賞味期限切れで腐っていますよ! やっぱりこの店で腐った食材を使っているっていう通報は本当だったみたいです!」
「なんてことだ……毎日大勢の人達が利用していたんだぞ!? 何を考えているんだ!」
隊員の手には何やら原型を留めていない、肉っぽい何かが載っている。
変色し、悪臭を放つそれを心底侮蔑の表情で見つめながら、隊長は怒りに震えながら怒号を放つ。
「うう……ごめんなさい。私達がもっと気をつけていれば」
「そうですわね。ヴェルダートさんがこういうことを平気で企む人であることは重々承知していたのに、止められなかった私達にも責任はあります」
無関係を装っていたエリサ達だが、流石に隊長の義憤を目の当たりにし、謝罪の言葉を述べる。
ヴェルダートはいまだに逃げ場を探しているようだったが、彼女達はすでに己の非を認めそれどころか責任感すら感じていたのだ。
誠心誠意、気持ちの篭もった謝罪だったが、諸悪の根源を滅ぼさないことにはまた同じことが繰り返されてしまうことを隊長は良く理解していた。
「……貴方達の噂はよく聞いています。むしろ被害者だ。今日我々憲兵隊はヴェルダート氏だけを徹底的に追い詰めるつもりです」
「なんで俺だけ!?」
「身から出た錆ですよお兄さん!」
「おお! 一人で立ち向かうのかいヴェルダート! 私達を守る為に! カッコイイね! そういうシチュエーションは嫌いじゃないよ!」
「さぁ、さっさと詰め所まで来るんだ! この店舗も無期限の営業停止だ! 二度と再開すること叶わんと思うがな!」
隊長の合図と共に一瞬でヴェルダートが憲兵によって拘束される。
「待ってくれ! 少し、俺の話を聞いてくれ」
叫びに似た声に、ヴェルダートを連行しようとすでに店舗の外へ向かって歩みを進めていた隊長はその足を止める。
ゆっくりと振り返った先に居るのはヴェルダートだ。
「弁明の余地があると思うのか?」
縄でぐるぐる巻きにされた情けない姿になりながらも、彼は最後の抵抗を試みていた。
誰しもがヴェルダートの言葉を待つ。
この期に及んでどの様なことを言い出すのか。述べる言葉があるのか?
ある種の不思議な空気が食堂を包む中、ぽつりぽつりとヴェルダートは語りだす。
「はは、なんて言えばいいのかな。……人ってのはさ、助け合いの精神が重要だと思うんだ」
「…………」
隊長は語らない。静かにその言葉に耳を傾けている。
「昔、俺は異世界に転移して右も左もわからないアンタ達を助けた。相当なピンチだったはずだ。正直俺がいなかったらアンタもどうなっていたか……。それほど切羽詰まった状況だった」
コクリと小さく頷く隊長。
彼がかつてヴェルダートに助けられ、そして多大なる恩義を感じていることは覆せぬ事実だった。
「そして今、立場は逆になっている。数奇なもんだよな、運命って。巡り巡ってこんなことになってやがる」
ヴェルダートの言葉には心に訴えかける何かがあった。
運命の女神という者が存在するのなら、この状況を作り出し、笑っているに違いないだろう。
それほどまでに、今回の出来事は人との繋がりを感じさせた。
「なぁ、名も知らぬアンタ。ここは一つ、粋な所を見せてくれないか? 強請る訳じゃあねぇが、あの時の恩。ここで返してくれねぇか? それがさ――」
弱々しい笑みを浮かべるヴェルダート。
どこか達観した表情で、いつの間にか解かれて自由になった手でゴソゴソと懐を漁る。
「人情…………だろ?」
チャリン……と、金属がぶつかり合う音が静かな店内に溶けて流れた。
そっと差し出されたその布袋、ヴェルダートは戸惑う隊長の手を取り、無理矢理握らせる。
隊長が首を傾げながらその中身を確認すると……。
そこには大量の金貨がこれでもかと詰め込まれていた。
「役人に対する賄賂の現行犯で逮捕する!」
「おい、待て! 話が違うだろうが! ここは人情的に許すところだろうが! あの時いろいろと便宜を図ってやった恩を忘れたのかよ!?」
「それとこれとは別だ!」
鮮やかな手並みで再度縄で拘束されるヴェルダート。今回は抜け出す余裕すら無いほどにギチギチに締め付けられている。
人情に訴えかけながら、最終的には金銭で解決しようとした男。
結局、ヴェルダートが語る人情は上辺だけでその本当の意味を理解していた訳ではなかった。
「お前らには人情が無いのかよ!? 血も涙も無い薄情者がっ!」
「人情あるからこそ連れて行くんだよ! ひっ捕らえよ!」
「ふざけんな! 横暴だ! 権力の暴走だ! 俺は屈しないぞ! お前ら、助けてくれ!!」
ジタバタと暴れながら連れて行かれるヴェルダート。
エリサ達は無言で手を振り、哀れで悲しい男の最後を見送る。
こうして一時期話題街中の話題をかっさらった食堂『お約束』は、店主の人情のかけらもない不正によって、莫大な借金だけを残し静かに消え去ったのだった。




