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これが異世界のお約束です!  作者: 鹿角フェフ
第一章:竜と出会ったら必ず戦うお約束
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閑話:『KATANA』

 何ら変哲の無い、平日の昼間。

何時もの様に『老騎士の休息亭』の扉を開けたヴェルダートを待っていたのは何やら盛り上がりを見せている酒場の客達だった。

 何かあったのか? と思いつつも騒ぎの中に入る程に興味がある訳でもないヴェルダートは端に在るテーブルで椅子に座るエリサを見つけると迷わず彼女の隣へと座り声を掛ける。


「んー? 騒がしいな? なんだこりゃ」

「あ! ヴェル、こんにちわ! なんかゴリラが新しい武器買ったんだって、さっきから自慢してるー」


 騒ぎの中心に背の高い筋骨隆々で緑色の肌をした男が見える。

 この"ゴリラ"とは子供が泣き出しそうなゴリラっぽい顔に定評のあるゴリ……オーク族の男だ。

 どの物語にもゴリラっぽいキャラは出てくるが、名前そのままゴリラと付けられた者はそう多くない、分かりやすさを優先した為に生まれた、悲劇の人であった。


「武器? 自慢するほどの? 魔法武器とかか?」


 魔法武器は希少な武器の一つである、ミスリルや銀と言った魔法伝導率の高い金属に専門の魔法使いが長い時間と高価な触媒を使用して作られる為である。

 手に入れたのならさぞかし自慢になるだろうが、果たしてそんな簡単に入手できるだろうか? ヴェルダートがそう考えながらもエリサに質問すると以外な答えが帰ってきた。


「さー? なんか東の国がどうとか言ってたわよ」

「東の国?」


 東の国、嫌な予感がする、日本アイテムの予感だ、ヴェルダートは眉をひそめ、そう考え、警戒した。

 ファンタジー世界で必ずと言っていいほど出てくる謎の国家『東の国』。

 日本製アイテムを物語に出したいけど、日本を世界に組み込むのは面倒だからと適当な設定で作られるその国は、東にあると言う事以外分かっていない不思議な国家だ。


 西でも南でも北でもない、東。

 なんでファンタジー世界に来てまで地理認識が欧米基準なんだよと突っ込みたくなる東の国は人の行き来が殆ど無い癖に日本アイテムだけを垂れ流しする"俺ツエーさん"や"チート転生者さん"御用達の『お約束』国家であった。

 ちなみに、この国家から人が来る場合、ほぼ確実にござる口調の人物である事を付け加えたい。


 ヴェルダートが極力関わらないでおこうと、そう決心したと同時に、やけに上機嫌のゴリラが彼の座る席へとやってきた、どうやら東の国から逃げる事はできないようだ。


「よぉーう! ヴェルダート! 元気かー! 元気ですかー!?」

「おめーは最高にご機嫌そうだな、ゴリラ」


 ゴリラは笑顔であった、相変わらず不細工だなぁ、ヴェルダートはそんな感想を胸に抱きながら、至極つまらなそうにゴリラに返答する。

 先程からこれみよがしに腰に据え付けた武器らしきものを見せつけてきているのがヴェルダートの癪に障る。


「あ! 分かっちゃう!? 分かっちゃう!? かー! 出ちゃうか! やっぱ新しい武器で強者のオーラが増し、生まれ変わった俺が分かっちゃうか!」


「うぜー、んで何買ったんだよ? いいから見せろ」


「おいおい! ヴェルダート! 焦りは良くないぜ! 順番ってもんが大事なんだ、女と一緒だな、そうだろヴェルダート?」


 そう、さも女性を理解したかの様に語るゴリラは童貞である。もちろん語られたヴェルダートも童貞である。悲しき童貞達の会話がここにあった。


「さっさとしろ!」


 流石に焦れたのか、ヴェルダートは声を荒げる、いつの間にかヴェルダートの席にはジョッキに入った飲み物が置かれている、エリサが気を利かせて注文した物だが彼は気付いていなかった。

 そしてヴェルダートの声に気を良くしたゴリラは品のない笑い声を上げると、漸くその武器を取り出した。


「ギャハハハハハ! じゃあ刮目しろ! これがゴリラ様の新しい武器! 『KATANA』だ!」


 ゴリラが取り出したのは『KATANA』であった、野太刀とも言われる、最大級の大きさを誇る物であった、通常より太く、長く、そして刀身の厚みもある、ゴリラの様な力に覚えのある者しか扱えないであろう異常な一品であった。


「東の国の特殊な製法でのみ作られる『KATANA』。 こいつは力任せに叩き切るソードとは違い、"切る"事のみに特化されてる! 力よりむしろ技量を求められるその在り方は………正に俺好み!」


 続けてゴリラが語りだす、今の彼はもはや解説キャラだ、既視感さえ覚える程に見慣れた『KATANA』の説明を再度行なってくれる。


「うーん、この触れるだけで切れてしまう様な刀身、高いカネを出しただけはある! 今日から俺の名前は"『KATANA』使いのゴリラ"様だな! ギャハハハハハ!」


 そう抜き出した刀身をニヤけ顔で舐め回すように視姦すると、ゴリラは酒場に響き渡る大声で笑い出した。

 その様子をしばらく見ていたヴェルダートであったが、不意に大きなため息をつくと、ゴリラに挑発の言葉を投げかける。


「はぁ~、出たよ刀使い」

「あぁ!? なんだコラ? 文句あんのか?」

「いいか、ゴリラ。 このヴェルダート様が脳みその無いお前にも分かるように優しく教えてやる。よく聴けよ。まずお前の言うように刀は斬撃特化だ、威力も半端ねぇ。 その気になりゃ革鎧着た程度の奴なら骨ごとぶった切れるだろうよ」


 『KATANA』は斬撃に特化しており、西洋剣は叩き斬る。巷ではそう言われてはいるが、別にそんな事はない、『KATANA』もその重さを利用した斬撃を行うし、西洋剣だって鋭い切れ味を誇る物もある、要は『KATANA』は最強で"俺"にとって相応しい武器! を演出したいが為だけに創りだされた幻想なのだ。


「だがな、致命的な欠点があるんだわ………刀は脆い」

「どういう事だよ? 素材は他と一緒なんだから脆いわけねぇだろ?」

「分かってねぇな、刀は切り続ける事によって刃が欠けるんだよ。

 そうすると途端に切れ味が落ちる。そこらの包丁を持ってきた方がいい位にだ」


 再度申し上げるが、別に西洋剣であっても刃こぼれすればその切れ味は落ちる。


「おい、ゴリラ、その刀は何で作られてる?」

「聞いて驚くな! 俺様の『KATANA』は鋼鉄製だ! どうだ! すげぇだろ!?」


 この世界にて一般的に手に入る鉄製武器と違い、製作時の手間が多くなる鋼鉄製の武器はやや貴重だ、ゴリラが持つ『KATANA』であれば相当の価格であろう。

 彼の『KATANA』にかける想いが感じられた。


「ああ、すげぇな、あまりに愚かすぎて」

「なんだと!」

「いいか、ミスリルで作られた魔力武器や、最高硬度のアダマンタイト製なら分かる。だが鋼鉄だと武器に消耗が発生するのは不可避だろうが! お前この世界にどれだけ硬質系の魔物がいると思っているんだよ? ロックタートルに出会った瞬間逃走が落ちだ、ったく、これだから"刀厨"は困る」


「ぐぬぬ」


 したり顔でヴェルダートが語る、ロックタートルとは、岩石を主成分とする硬質な外皮で全身を覆った亀の様な魔物だ。もちろん通常の西洋剣であってもロックタートルの様な硬質系魔物等は忌避される。


「その点、俺のモルゲンステルンは最強だわな。 素人さんは見た目から斬撃系武器を選ぶが本当に選ぶべきがこの殴打系。刃こぼれを気にすることもなく、硬質系の魔物にも安定してダメージを与える事ができる。 更には先端に付いたトゲトゲで出血ダメージも期待できる優れものだ! あれ!? 刀厨さんどうしたんですか!? 息してないですよ!?」


 モルゲンステルン、一般的にはモーニングスターと呼ばれるそれは殴打系ではよく知られる武器である、ヴェルダートの物は、よく知られる鎖がついているタイプではなく、持ち手の先端に直接刺のある球体が付いた、一体型タイプである。

 ヴェルダートは見た目よりも効率を取る人間であった。


「チッ……はいはい、これだから効率厨さんは、ロマンが無ぇわ。そんな効率的な狩りをして面白いですかー? もしかしてお前ぇ、毎日適正狩場とか意識しながら生きてるの?」


 ゴリラが煽る、そう、ヴェルダートは効率厨であったのだ、効率厨、それはVRMMO物でしばしばお目にかかる事ができる、他のキャラやプレイヤーさえも知らないような超効率的狩場にて超スピードにてレベリングを果たし、結果"俺ツエー"を実現する類の人物である。

 その速度たるや僅か数話、ジャンプ成功の三原則における"努力"を完全に無視した手法は読者の驚嘆を禁じえない、しかもこの間にヒロインを落としたりもする手際の良さだ。

 ちなみに、ヴェルダートの場合は、効率厨であるが行動に移さないので"俺ツエー"にはなっていない。


 顔を真赤にしてヴェルダートが反論を考えていると、ふと目の前に小皿に盛られたサラダが置かれたのが目についた。

 チラリとエリサを見ると、彼女はサラダが盛られた大皿より自分の分を小皿に取り分けている最中であった。

 ヴェルダートは何か声をかけようかと思ったが、もう少し放置して"M属性調教値"を上げておくか、と明らかにジャンルの違う謎の思考をした上で先程思いついた反論をゴリラへと放つ。


「いいか! 戦いにロマンもクソもねぇんだよ! 生き残ってこそだろうが! そもそも、中世ヨーロッパにおいても騎士が重装備化するにつれて主装備は斬撃系から殴打系にシフトしていった訳だ、そういう点で考えても史実的に正しいのは―――」


 ヴェルダートが怒り気味に説明しだす、確かに中世ヨーロッパにおいて装備は次第に斬撃系から殴打系に変遷していった歴史がある。

 しかしながら現実は現実、この世界はこの世界、文化や歴史が違うどころか、生物の潜在能力や物理法則まで違うのである。同じものとして考えてはいけない。

 そうしないと、ついつい現実の歴史に則って考察してしまい、恥をかく。

 経験者が語るのである、間違いはない。


「リルゥ! リルゥ! おい! あれだ! あれかけてくれ!」


 遮るように大声でゴリラが叫ぶ、少し離れた席で、えー? 面倒くさいんですけどー。とやる気の無さそうな声が聞こえる。

 リルゥと呼ばれたのはダークエルフ族の女性だ、ゴリラのパーティーメンバーである。

 褐色の肌に金色の髪、ピッチリとした黒いローブ状の服からはその豊満な胸とスラリとした身体のラインが見て取れる。まるでエリサを反転させたかの様な容姿であった。


「頼むよ! 俺ぁこの馬鹿ヴェルダートの鼻っ面をへし折らないといけねぇんだよ!」


 ゴリラがリルゥに頼み込む。恐ろしく情けない顔であった、リルゥはその顔を見て、もー、と一言だけボヤくと魔法の詠唱に移る、ややしてゴリラの『KATANA』が淡い鈍色に光りだす、何らかの魔法が行使されたのだ。


「はーい、ゴリちゃんオッケーよー」

「おお! キタキタキタ! これで勝つる!」


 リルゥからの合図でゴリラの顔に自信が戻る、自らの勝利を信じて疑わないその表情でヴェルダートに向き直ったゴリラは、ニヤリと笑うと早速目の前に座る効率厨を煽り出した。


「かーっ! 来ちゃった! リルゥさんご自慢の武器強化魔法(ウォポンアップ)来ちゃった! かーっ! っべーなー! 武器の攻撃力強化と、そしてっ! 耐破損能力が上昇する武器強化魔法っべーなー! こりゃあロックタートルぶった切っても傷ひとつ付かないわー! 傷ひとつ付かないわー!」


 ゴリラはご自慢の『KATANA』を掲げると、ヴェルダートをチラチラ見ながらそう捲し立てる。

 武器強化魔法(ウォポンアップ)は武器の能力を底上げする支援魔法の一つである、それは支援する武器や状況によって細かな調整が可能であり、魔法使いは予め自らのパーティーに適切な物を作成しておくのだ。

 ゴリラは知らなかったが、彼が受けた武器強化魔法は『KATANA』を購入したと知ったリルゥが、彼の為、耐破損能力を最大限に強化する様に調整した特別な物であった。


「ぐぬぬ」


「あれあれぇー? 効率厨さんどうしたんですかー? まさか支援魔法をご存知なかったとか? 総合攻撃力と言うのはパーティーの編成と運用によって大きく変化してくるんですよ? あ! そういえば効率厨さんパーティーに支援魔法使い居ませんでしたね! どうしたんですか効率厨さん!? 息していませんよ!」


 ゴリラの煽りは最高潮に達する、反面ヴェルダートは顔真っ赤だ。

 ここは現代ではなく、ファンタジー世界なのである、魔法と言う不可思議な現象が存在している以上、通常我々が持っている常識は通じない。

 その事を理解せずにしたり顔で解説したり、突っ込みを入れると彼の様に顔を真赤にして掲示板に書き込みをしまくるハメになる。

 ヴェルダートは身を持ってその危険を我々に教えてくれたのだ。


 そうして、ヴェルダートは、とても情けない逃走を図った。


「エリサー! 助けてくれー!」

「え!? やーよー、子供みたいに喧嘩してるんじゃないわよ! それに私支援魔法使えないし……」


 つまらなさそうに二人のやり取りを聞きながら、自らのサラダをモグモグと食べていたエリサだったが、ヴェルダートに泣きつかれるとビックリした様子でそれを拒否する。

 エリサは完全に不貞腐れていた。


「このまま俺が効率厨扱いされてもいいのかよ!? なんでもいいから魔法かけてくれ! エリサしか居ないんだよ!」


 誤解のないように説明しておくが、ヴェルダートはれっきとした効率厨である、そんなヴェルダートを呆れた顔で見ていたエリサであったが、今回だけだからね、と前置きすると席を立ち、仰々しい動作と詠唱を経て、魔法を行使する。

 僅かばかりの時間を要したであろうか、詠唱の完了と共に、ヴェルダートを白金の光が包む、エリサの防御魔法であった。


「はい、どーぞー」


 ヴェルダートはニヤニヤと笑い出すと、即座に復活した。

 ちなみに、ヴェルダートは知らなかったが、エリサが唱えたものは、儀式級の単体防御魔法であり、触媒などを消費せずに、現時点で彼女が使用できる中では最高の物であった。


「はっはっは! ついにエリサさんの防御魔法が発動してしまったか! やっぱり戦闘において一番大事なのはダメージを負わない事だな! その点、エリサさんの防御魔法ならどんな攻撃も弾く! やばいなー! 守られてる感あるわー! 仲間に守られてる感めっちゃあるわー! 大切に思われてる感やばいわー!」


 ヴェルダートの調子は最高潮だ、自らの勝利を信じて疑わない、そうしてニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべたかと思うと、先程と同様にゴリラを煽る作業に戻った。


「こりゃあ本当にどんな攻撃も弾くな! 例えば………支援魔法で強化された何処かの刀厨さんの攻撃とかも?」


「は! 馬鹿も休み休み言え! いくら防御魔法で高い防御力があってもそれを上回る攻撃力があれば一撃だぜ。 例えば、何処かの効率厨さんとかな?」


 ヴェルダートの煽りにゴリラも返す、二人の顔は真っ赤だ、今にも爆発せんとしている。

 静寂が酒場を包み込む、嵐の前の静けさだ。どこかで二人の女性が大きくため息をついた。



「テメェ、ゴリラぁ! お前、俺のエリサ姫ディスってんじゃねぇぞコラァ!」


「お前ぇもだヴェルダート! 俺のリルリル馬鹿にしてんじゃねぇ! ぶっ殺すぞオラァ!」



 喧騒は最高潮に達する。

 結局その後、ハルバード厨や速度厨、マジックアイテム厨だのが入り乱れて混沌の宴は更に加速する事となる。

 終わりの無い不毛な争いは深夜まで続き、親父の簡易儀式級雷撃魔法が物理的に落ちるまで止まらなかった。

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