第一話:ブームには飛びつくお約束
ヴェルダートも無事復帰し、新たな冒険が始まる
だがどの様な物語が始まるのだろうか?
エリサ達ヒロインまでもが彼の新たな冒険の内容に疑問を持つ中、ヴェルダートによる集合命令は唐突に出された。
「さて、今日集まってもらったのは他でもない、俺達の冒険に関して今後の方向性をどうするかだ!」
いつの間にやら綺麗に片付いた自室。そのベッドの上でふんぞり返りながらヴェルダートは居丈高に宣言する。
どうやら彼自身まだ冒険の方向性を決めあぐねているらしく、エリサ達ヒロインが全員呼ばれたのも意見を広く募る為らしかった。
「お!? ヴェルにしては珍しくまっとうな内容ね! そんなことならエリサちゃん全力で力になるわよ!」
「でも今後の方向性と言っても何か指針があるのでしょうか? 結局、今までどおりの冒険しか出来ないと思いますけど……」
エリサがヴェルダートの前向きな姿勢に喜んだのも束の間、ミラルダの言葉によって一気に気持ちは下がっていく。
確かに彼女の言う通り、今後の冒険の方向性と言ってもなかなかに難しく、今まで通りの内容を踏襲するしかないように思われる。
「私はスケールが大きい冒険がいいなヴェルダート! 天使と悪魔の戦いに私達が巻き込まれてやがて世界の命運がその手に委ねられるんだ!」
具体的な案が出ないエリサとミラルダに変わってシズクが楽しげに自らが好む展開を並べ立てる。
確かにスケールが大きい展開は物語の様相を大きく変えるだろう。
だが、壮大になった物語の進展を全て捌ききれる度量がヴェルダートにあるかは甚だ疑問だった。
「うんうん、そういう感じだな。まぁ、今回はそういうのは無しにするが……」
さらっとシズクの提案を却下するヴェルダート。
彼自信も壮大なスケールの物語を展開しきれる自信がなかった。
場合によっては少し前に出会ったキャラクターの名前すら忘れてしまう様な男である。
数多くの勢力や人が複雑に絡まり合う大冒険は些か面倒だったのだ。
「シズクの提案を例に、いくらファンタジーだと言っても細かく分ければいろいろな方向性がある。その中でも俺達はどの様な冒険をすれば読者さんが喜ぶか……いや、どの様な冒険をすれば受けがいいか! それを今日は判断したいんだよ!」
簡潔に説明するならば、彼が求めるのは楽に人気が稼げる冒険だ。
壮大な物語は労力にリターンが見合わない。
完全に冒険を手段として認識している他に類を見ない方針だった。
「やりたい冒険をやりなさいよ……」
「この人にはいくら言っても無駄ですわよ、エリサさん」
その本心が透けて見えるどころか初めからフルオープンになっている。
ヴェルダートの下衆な企みをまざまざと見せつけられたエリサ達は、当初の意気込みなどどこに行ったのか途端にやる気を無くしてしまった。
「ただいま戻りましたー!」
「ふう……疲れましたー」
エリサとミラルダがやる気を無くし、一人元気なシズクが次の妄想を披露しようとした時だ。
先ほどまでどこかに行っていたネコニャーゼとマオがヴェルダートの自室へと戻ってきた。
今回の会議にあたって当初は全員揃っていたものの、二人は何らかの使いをヴェルダートから頼まれたらしく外出していた。
その両手に大きな紙袋をこれでもかと抱えていることから目的は達成できた様だった。
「おお! よく帰ってきたな! 頼んでた物はどうだった?」
「ひと通り買って来ましたよ! 最近は書籍化される冒険も沢山なので大変でした!」
ふぅ、っと一息つき、ドサリと大量の紙袋の山を床に置くマオ。
ネコニャーゼが同じく紙袋をテーブルに置いたのを確認すると、マオは早速ビリビリと袋を破り中身を取り出す。
「そうか、そうか……。うっ! 確かにこの量は凄いな!」
「えっと、他の"チート主"さんの書籍ね! こんなに沢山どうするの?」
袋の中身は全て本だった。
それも"チート主"さんの冒険が書籍化された物である。
エリサは目をぱちくりさせながら、その一冊を手に取り眺める。
見覚えのある物から、初めて見る物まで。その数は優に数百冊はあるように思われた。
これらが今後の冒険にどの様な関係があるのだろうか?
わざわざ買いに行かせたことから何らかのヒントとなるであろうことは理解できるが、それが何なのか全く理解できないエリサ。
ミラルダやシズクも不思議そうに書籍の山を眺めていることから同じ感想を抱いている。
それどころか、書籍を買いに行ったネコニャーゼまでもが興味深そうに書籍を眺めていた。
唯一マオだけが機嫌よく書籍のタイトルを確認していることがやけに不気味に映る。
さて、今回は何を言い出すのだろうか?
エリサは細心の注意を払ってヴェルダートを見つめる。
大抵この流れの時は彼が問題発言をする時だ。
場合によっては様々な人を敵に回す行為を平然とするヴェルダート。
何かあった時の為にいつでも彼を止められる様に身構えるエリサ。
だが、残念な事に、彼女の行動よりもヴェルダートが言い切る方が早かった。
「聞いて驚くなよ! この中から売れそうなネタを探してパク……参考にする!」
完璧なまでによろしくない単語がヴェルダートの口より漏れ出た。
本人はしれっとそのまま話を続けようとしたが、エリサは間髪を容れず挙手し、彼の話に割り込む。
流石に放置できぬ発言であると判断した為だ。
「ねぇ、いま完全にパクるって言おうとしたでしょ?」
「相変わらず自分で努力しようとしない方ですわねぇ……」
両肩をすくめて、何のことやらと言わんばかりに誤魔化すヴェルダート。
ニヤニヤと人を馬鹿にしたような笑みを浮かべていることから反省するつもりは一切ないらしい。
引きこもりから復帰したと思ったらこの態度。
エリサは思わず、あのまま放置しておくべきだった。とヒロインらしからぬ感想を抱く。
「ヴェルダート! これがいい! この世界中で戦いが起きてる世界設定の戦記物がいい! 敵味方から恐れられている、けど本当は自分が持つ巨大な力に悲しんでいる。そんな設定が凄く素敵だと思うんだ!」
「ん? ああ、それもいいかもな。だがちょっとしっくり来ないな。戦記物はどうしてもレベルが高くなりがちだから腰を据えて読まないと駄目なんだよ。もう少し気軽に読めて、かつ心に訴えかけるような……」
壮大な設定にハマっているのか、やたらと難しいテーマを持ち出すシズク。
戦記物は主人公の知識量と技量が問われる物語だ。
こちらもその性質上多くの人間や設定が複雑に絡まりあう為、生半可な覚悟では進めることはできない。
生半可な覚悟で物語を進めようとしているヴェルダートとは水と油の関係だった。
その後もシズクが壮大な物語を持ち出し、ヴェルダートが却下する流れが続く。
エリサとミラルダはすでにやる気が無く、適当なテーマを持ち上げてはヴェルダートに否定される有り様だ。
マオは相変わらず最近の物語のタイトルを確認することに余念がない。
ミラルダは適当に見繕った書籍をパラパラと眺めながら、ふとネコニャーゼが先程から黙りこくっている事に気がつく。
何かあったのだろうか?
ミラルダが隣に座っているネコニャーゼへと視線を向けると、彼女は何やら一心不乱にとある書籍を読み込んでいた。
「あら……ネコニャーゼさん。何を読んでいらっしゃるんですか?」
「えと……これですね。なんだかお腹が空いたのでつい」
ネコニャーゼは少し気恥ずかしそうに書籍の挿絵をミラルダに見せる。
そこには通常ある様な"チート主人公"と敵との戦いや、ヒロインの可愛らしい絵とは違い、見るだけでも胃袋を刺激しそうな料理の絵が一面に描かれていた。
「異世界料理物ですか! マオもお腹空いてきましたし、ご飯食べに行きませんか?」
ずずいっと二人に間に割り込んできたマオが挿絵を見ながら元気よく声を上げる。
異世界料理物とは最近流行りのジャンルの一つだ。
旧来より存在した料理ジャンル。それを異世界で行う一風変わった物語。
胃袋を刺激する挿絵やすぐにでもどこかの食堂へ飛び込んでしまいそうになる魅力的な文書が特徴だ。
時間はすでに昼過ぎ。
そろそろ空腹になってきたであろうネコニャーゼ達が目を輝かせるのも無理からぬことだった。
「そうか……。くっくっく! それがあったか!」
流れが昼食に変わろうとしている中、天啓を得たりと不気味な笑い声を上げるのはヴェルダートだ。
「へっ? どうしたのヴェル。藪から棒に」
「また何か変なスイッチが入ったみたいですわね」
エリサ達が警戒心を露わにする中、ヴェルダートは顎に手をやり何やら考え混んでいる様子。
すでに彼の頭の中では今後の冒険に関するあれこれが恐ろしい速度で組み立てられている。
もちろんエリサ達は蚊帳の外。
不安感をひしひしと煽る空気の中、やがてヴェルダートは不敵な笑みをたたえながら俯き考え込んでいた顔を上げる。
「次の冒険のテーマは決まった!」
「あ、嫌な予感がするわ」
「奇遇ですわね。私もですわ」
もはやここに至ってはどうすることもできない。
エリサとミラルダが一周回って冷静になる中、ヴェルダートより今後の冒険に関する指針が発表される。
「次は、『異世界料理』だ!!」
どやっ! と満面の笑みでエリサ達を見回すヴェルダート。
彼はエリサ達が驚きと衝撃のあまり言葉を発せないでいると判断していたが、実際のところ呆れているだけだ。
「最近流行りの『異世界料理』ジャンル! これに手を出さない手はない! 丁度ブームも盛り上がってきた頃だ! 早速準備を始めなくちゃな!」
盛り上がってきた、とばかりに早速あれやこれやと戸棚を漁りだすヴェルダート。
しかしながらエリサ達は「はい分かりました」と付いていく訳にはいかない。
そもそも料理に関することであると推測がつくものの、どの様なことをするのか皆目見当もつかない。
自ずとその視線はマオに向く。ヴェルダートが興奮して役に立たない今、説明を求めるならば彼女をおいて他に適任はいなかった。
「ねぇ、マオちゃん。『異世界料理』ってどういうジャンルなの?」
待っていましたとばかりに、手に持つ書籍の表紙をエリサの方へと見せてくるマオ。
なんだかんだで彼女も説明好きだ。
『お約束』好きは説明したがる法則でもあるのだろうか? そんな疑問を抱きながらエリサ達はマオの説明に耳を傾ける。
「『異世界料理』というのは冒険や戦いを殆どしない少し変わったジャンルで、内容としては主人公が異世界でお店を開いていろいろな料理を出す物語ですね! 料理の美味しさや人々の交流を描いた暖かい内容のジャンルです」
マオの説明通り、『異世界料理』のジャンルは基本的に料理と人同士の触れ合いにスポットが置かれる。
争い事とは無縁で、街の片隅で繰り広げられる暖かく魅力溢れた日常の一コマ
それが『異世界料理』の特徴だ。
「ヴェルとは正反対のジャンルじゃない!」
エリサの言うとおり、性格、方針、やり口、全てにおいてヴェルダートとは正反対だった。
「そうだねエリサ! 残念ながらヴェルダートには平穏は許されない。彼がどう考えてようと、その運命が彼を戦いへと導いてしまうのだから!」
「その前にお兄さんは料理が一切出来ませんからね!」
「うう……引きこもっていた時も料理は全部私達が作ってましたからね」
キャラクター設定どころかそもそも料理が出来ないヴェルダート。
包丁を握ったことも無いくせに『異世界料理』ジャンルで一発当てようとするそのネジ曲がった根性にエリサ達もドン引きする。
どの様な自信があって料理等と言い出したのだろうか? さしものエリサも不安になり、普段はやらないであろう忠告をヴェルダートへと行う。
「……ちょっと聞いてるヴェル? この通り貴方が『異世界料理』ジャンルで成功する要素はひとつも無いわよ、諦めて無理せずモンスターでも狩ってるといいんじゃない?」
「いいや、無理じゃないね。どうせ異世界の住人なんて貧乏舌ばかりなんだ。適当な感じで料理を出しておけばそれなりの演出が加わって勝手に感動してくれるさ!」
「貴方今世界中の料理人を敵に回したわよ!」
世界中の料理人も敵に回したし、ついでに異世界の住人も敵に回している。
確かにヴェルダートの言うとおり、料理系で"俺スゲー"する"チート主"さんの為に異世界の料理は美味しくない。という設定が取られることもある。
だが全てがそうではなく、中には魅力的で素晴らしい料理を作り、食べる人々もいるのだ。
ヴェルダートの発言はその様な料理に熱心に取り組む異世界の人々全員に喧嘩を得る行為だった。
もちろん、本人は全く反省していない。
「そもそも、ブームだからと言ってすぐに手を出す心構えがどうかと思いますわ。もう少し自分でブームを作ってやろうと言う気概があればもう少しは見直す所もありますのに……」
ミラルダが苦言を呈する。
ブームと知れば全力で乗っかる。ある種正しい行いではあるが、完全に他人任せなその行為に納得できずにいた。
「いいかミラルダ。ブームを作ることが出来る奴なんて、ほんの一握りの実力と幸運を兼ね備えた奴だけなんだよ。間違っても望んで出来る様なことじゃない。お前は簡単に言ったが、それがどれだけ大変なことか理解しているか?」
だが、意外なことにヴェルダートはミラルダの小言に正論を持って返す。
彼の瞳は予想外に真剣で、その言葉には確かに重みがあった。
「世の中の誰もがブームを作ってやろうと躍起になっている。そして志半ばで朽ちてゆく。有名な"チート主"さんや"主人公"さんですら次に何がブームになるかなんてわからない」
人気を出す。ブームを作る。
言葉にすれば簡単であるが、いざそれを実行に移そうとなると途方も無い労力がかかる。
"チート主"さん全員がヴェルダートの様に日々を適当に過ごしていないのだ。
彼らは常に考え、常に努力し、常に上を目指している。
それでも到達出来ない場所がある。
その事を、ヴェルダートはミラルダに知って欲しかった。
「厳しい業界だ。間違っても軽々しく言うんじゃない」
「うっ……。確かに仰る通りですわね、私が間違っていました。ごめんなさい」
しゅんとし、謝罪の言葉を述べるミラルダ。
確かに軽率であった、努力ではどうにも出来ないことがある。
考えなしに行って良い言葉では無かった。
だが、「じゃあ無理でーす!」と声高らかに諦めて良いことでもない。
何だかんだで、ミラルダもヴェルダートの口車に乗せられていたのだ。
「だからさ、俺はパク……参考にする。今あるブームを、少しでも入り込む隙がある内に!」
そう、ヴェルダートは徹頭徹尾、他人の褌で相撲を取る算段だった。
「ねぇ、もうパクるって言っちゃいなさいよ」
人のネタを自分の物にすることに一切の抵抗がないヴェルダート。彼はエリサの呟きを間違いなく聞いていながら、その言葉を無視して話の閉めに入る。
「俺はのし上がってみせる! この、『異世界料理』ジャンルで!」
いつの間にか右手には包丁が握られ、頭には手ぬぐいが鉢巻きのように巻かれている。
一見すると料理人にも見えなくはない風貌だが、彼は料理を一切したことがない。
「ついてきてくれるか! 皆!?」
ヴェルダートの新しい冒険が始まる。
それは意外なことに戦いではなく料理だった。
……否、戦場が調理場に変わり、相手が食材に変化しただけなのかもしれない。
己の内に秘められた新たな可能性を信じ、彼は一歩を踏み出す。
そう、彼の信じるヒロイン達と共に……。
「いや、付いていく訳ないじゃない」
「ちなみに、マオさん達はご飯食べに行ってしまいましたわよ」
当然、そのヒロインとの連携はバラバラだった。
「協調性を持てよ!」
そっくりそのまま同じ言葉をエリサから返されたヴェルダートは、気にすること無く早速『異世界料理』の準備に入るのだった。




