第四話:主人公は必ず立ち上がるお約束
舞台は続いてヴェルダートの自室。
あれからエリサがなんとか自室より引っ張りだそうとしたヴェルダートだったが、騒ぐ暴れるで祭りでも始めたのかと思われる程の騒がしさを見せる。
ヴェルダートの住む場所は集合住宅だ。
当然別の部屋にも住人が住んでおり、その殆どが冒険者や"チート主"さんである。
いくら平日とは言え全員が出払っている訳でもなく、当たり前のように煩いとクレームを受けてしまうエリサ達。
仕方なしとばかりに一旦ヴェルダートを部屋へと戻し、今度は手を変え品を変えの説得へと移っていた。
「さぁ、行くわよ! 外に!」
「お外に行く服が無い」
「買って来てあげるから!」
「太陽が眩しくて辛い」
「日傘を用意するわよ!」
「人とお話しするの怖い」
「私が全部代わりに話してあげるから!」
「でも……」
「私に任せなさいよ! なんでもしてあげるから!」
ああ言ええばこう言う。
エリサはヴェルダートの不満を一つずつ潰していき、なんとかヴェルダート本人が納得する形で外へ連れ出そうとする。
だが一つ潰せばまた一つ不満が噴出する。
エリサは終わりの無い問答ではありながらも、熱心にヴェルダートの説得を続けていた。
「なんだかんだでいたれりつくせりですわねぇ」
「お姉さんはツンデレっぽい所ありますからねぇ。ポイント高いです!」
はたしてこれは説得と言うのだろうか?
もはや一から十まで世話をすることになっていることに気がついているのかいないのか、エリサはミラルダやマオの言葉も聞こえない様子で必死に説得を行っている。
ヒロインは決して諦めない。
主人公が落ち込んでいる時は必ず励まし、叱咤し、立ち上がらせようとするのがヒロインの役目だ。
普通ならここまで腐った根性の男など見限る女性も多いだろう。
だがヒロインは決してその様なことにはならない。
それこそが数多くの主人公がヒロインを求める理由でもある。
だからこそ、エリサも決して諦めることはない。
それはヒロインとしての矜持か、それとも別の理由か。
やがて、永遠にも錯覚してしまうほどの問答が終わり、エリサの願いが通じる時が来る。
「う、うん……じゃあ、がんばってお外出てみる――」
その言葉がヴェルダートの口から出た瞬間。エリサの表情がぱぁっと明るく輝く。
「ちなみにお兄さん。今まで付き合った彼女って何人くらいいるんですか?」
「やっぱりお外は嫌だぁぁ!! もうこんなつらい思いをするのなら一生家で寝てすごすぅぅぅ!」
エリサの笑顔は輝いた瞬間、朱に染まった。
「マオちゃんなんで余計なことを言うのよ! 折角外に出ようとしていたのよ!?」
「え、えっと。すいません。そろそろ控えないとと思いつつも、あんまりにも面白そうだったので我慢出来ず……」
激昂するエリサ。マオも流石に申し訳無いと思ったのか苦笑いを浮かべながら頬をかいている。
引きこもりの女性経験の話は厳禁だ。
世間一般ではごく普通に話題の一つとして上げられるこの質問だが、女性経験はおろか女性と話したりすることすら稀な彼ら引きこもりにとっては地獄に等しい問いである。
数多くの引きこもりさん達の社会復帰を妨げているのがこの問題だ。
アルバイトをしようものならチャラい先輩アルバイトや社員からまずこの質問が投げつけられる。
人生とはまさに地獄であり、同時に試練の場でもあった。
「マオ怖い。マオ怖いよぉ……」
魔王とはいえ11歳の少女に煽られて真剣に怯える男性主人公。
怯える姿が哀愁を誘いすぎていてもはや情けないという感想すら沸かない。
その姿に感化されたのか、ヴェルダートのハーレム要員で唯一の癒やし担当であるネコニャーゼがヴェルダートの慰めに入る。
「えと……はい、大丈夫ですよヴェルダートさん。皆ヴェルダートさんが心配でここに来たんですから。マオちゃんもちょっとからかっただけで、本当はヴェルダートさんのことを凄く心配していたんですから……」
猫耳少女に慰められる男性主人公。
普通とは立場がまったく逆だが、今はこれが何よりもしっくりきていた。
「……本当? 本当に俺のこと心配してくれている?」
心優しいネコニャーゼの慰めが成功したのか、頭を撫でられながら不安げに尋ねるヴェルダートだったが、なんとか事態は好転に向かおうとする――。
「そうだよヴェルダート! 皆君のことを心配していたんだ! だから早く外に出て、新しい冒険を始めよう! お金もなくなってきたし、仕事しなくちゃ!」
「お仕事怖いよぉぉ!」
「ああ! またヴェルダートが闇に囚われた!」
「うう……もう少しだったのに」
「あっはっはっはっは! 面白いです! 最高です!」
――が、そう簡単に円満解決するはずが無かった。
シズクの余計な一言によって更に引きこもりと対人恐怖症をこじらせるヴェルダート。
彼にとって仕事の話は厳禁だ。
ただでさえ外に出るという一世一代の大博打であり強大なストレスに立ち向かおうとしている時なのだ。
その様な時に仕事の話などしては潰れるのは当然だった。
かくして話は振り出しに戻る。
自らのベッドに入り込み、布団をかぶってガタガタ震えるヴェルダート。
もはやエリサ達が何を言っても聞こうとしない。
この状態からかつての彼を取り戻そうとするのは、かなり骨が折れる仕事と思われた。
「はぁ、困ったわね。この調子じゃ本当に一生終わらないわよ?」
「それにヴェルダートさんがお仕事しないといけないのも事実ですからね。そろそろ今までの冒険で貯めてきたお金もなくなってきた頃でしょうし……」
「うう、ううう……。働きたくないよぉ、でもお金は欲しいよう」
ヴェルダートの貯金が底を尽きかけているのは事実である。
書籍化で調子に乗った彼は借金を返すことだけに専念すれば良いものの、気が大きくなったのか散々豪遊していた。
普段金の扱いに慣れていない人物が不意に大金を手にすると使い方が分からず身の破滅をもたらす……。
ヴェルダートは典型的な貧乏人の金銭感覚だった。
「はぁ、仕方ありませんわねぇ……」
「何か解決方法があるの、ミラルダ?」
彼がこのまま引きこもりを続けることにエリサが危機感を募らせたその時、ミラルダがため息混じりに一歩前に出る。
何か妙案があるのだろうか?
まさかここに至ってミラルダが手を貸してくれるとは思わなかったエリサは、その瞳をぱちくりと瞬かせながらミラルダの様子を窺うように視線を向ける。
ミラルダとて鬼ではない。彼女も本当ならばヴェルダートの手助けを早々にしてやりたかった。
だがあまり早い段階で自らが持つ切り札を切ることは彼の為にならないと判断してた。
だがここまで事態が進展してしまってはもはや本人のやる気に任せることは難しい。
布団に包まってしまったヴェルダートを見たミラルダはそう判断した。
ならば彼女の行動は早かった。
「本当はもう少し先にしようと思っていたのですけど、これ以上放っておいてもヴェルダートさんはこのままでしょうしね」
言葉とともに懐から取り出されたのは一枚の手紙だった。
どこで見覚えがある装飾がされており、一見して重要な場面において使用されるものだと分かる。
「……? それはなぁに?」
記憶の底で何かに引っかかりながらも思い出せないエリサは、素直にミラルダに尋ねることにした。
布団の奥で震えるはずのヴェルダートがピタリとその反応を止めていることも気になったからだ。
「書籍化院からのお手紙ですわ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………」
「ああ! お兄さんがトラウマを発症してしまいました!」
ミラルダの言葉を聞いたであろうヴェルダートの反応は劇的だった。
壊れたおもちゃの様に同じ言葉を繰り返し、先程とは比べ物にならないほどガタガタと震えている。
自宅で地震を起こすかの勢いで震えるヴェルダートにびっくりしながら、エリサはミラルダに抗議の声を上げる。
「ダメじゃないミラルダ! これ以上ヴェルダートを刺激したらトラウマから戻ってこられなくなるわよ!」
素早い動作でネコニャーゼとシズクに目配せするエリサ。
ヴェルダートヨイショ部隊がお任せあれとばかりにヴェルダートの慰めに入る。
掲げられる手紙から視線を外すこと無く震えているヴェルダート。
ミラルダは彼に聞こえるように、静かに一言だけ告げる。
「いいえ、読んでみれば分かりますわ」
「「「「……?」」」」
全員がキョトンと不思議そうにミラルダを眺める。
先程までトラウマを発症して盛大に震えていたヴェルダートもだ。
どの様なことが書いてあるのだろうか?
てっきり絶縁状かなにかだと判断していたエリサ達は、どこか勝ち誇ったミラルダからの言葉を待つ。
「これ、引き続き頑張って下さいって内容のお手紙ですから」
「「「「えっ!?」」」」
窓から日が差し、金の装飾が入った手紙がキラキラと煌めく。
先程まで恐怖の対象でしかなかった手紙は、ここにきてまさかの救世主へと変貌した。
「まぁいろいろな方にお声がけしましてね、書籍化院の方と渡りをつけたのです。タケルさん達の口添えもありまして、なんとか許して頂けることになったんですよ」
ヴェルダートによる炎上事件、その後のミラルダの行動は迅速だった。
貴族として基本的な政治政略を叩きこまれている彼女は、この様な場合どうすれば事態を収めることが出来るのか良く理解していたのだ。
もちろん、それだけではなく多くの人達の助力があってこの手紙はここにある。
タケルはもちろんのこと、いつぞやの際に手助けした"VRMMO"からの転移プレイヤー達……etc。
ヴェルダートの裏表の無い、ある意味で全て裏側でしか無い『お約束』に対する猪突猛進な正確が人々を引きつけたのだろう。
彼の存命を求めた人々は決して少なくは無く、さしもの書籍化院もここまでかと驚き、水に流すとはいかないもののチャンスを与えることにしたのだ。
「わあ……凄いですヴェルダートさん! これでまた冒険が出来ますね!」
「やったねヴェルダート! 今まで築いてきた人脈がここで生きたんだね。なんだか最後のピンチに仲間が助けに来てくれるみたいでとってもカッコイイよ!」
わーわーとヴェルダートヨイショ組が早速盛り上げる。
ヴェルダートは唖然とした表情でミラルダの言葉を脳内で反芻していたが、やがて理解が追いついたのか一言震える声で尋ねる。
「…………それマジ?」
「マジ……ですわよ。急にテンション変わりましわたね。調子の良い人」
「貸してくれ!」
先程までのコミュ症ぶった態度はどこに行ったのだろうか?
ミラルダの言う通り、ヴェルダートは今まで見慣れた尊大な態度を見せ始めると、ひらひらと揺らされる手紙を乱暴に奪い去る。
ガサガサと勢い良く封が開封され、血走った瞳でヴェルダートはその内容を確認している。
文章にそってキョロキョロと左右に揺れる意志のこもった瞳を見つめつつ、エリサは不満げに口をとがらせる。
「むうー。なんだかミラルダに持っていかれちゃったわね。エリサちゃんちょっとつまらないわー」
「そうふてくされないで下さいな。一番ヴェルダートさんのことを思っていたのはエリサさんだって皆さん分かっていますから。また皆で仲良く冒険出来るのですから、それでよしとしましょう」
「それもそうね。ありがとうミラルダ! さっ、ヴェル! いい加減目を覚まして外に出るわよ!」
自分があれほどまで尽くしたのに結果が出ず、あまつさえミラルダが用意した一枚の紙切れでひっくり返されてしまう。
その事実にエリサは面白く無いものを感じていたが、当のミラルダの言葉によって気持ちを切り替える。
重要なのはヴェルダートが復活することだ。
確かにエリサの努力は無駄に終わった形ではあったが、それでも良い結果となったのだから問題は無い。
ここまでくればヴェルダートは大丈夫だろう。
後はいつも通りの冒険が待っている。
エリサはヴェルダートの言葉を待つ。きっと彼ならばいつも通りの、底抜けに明るく、底抜けに馬鹿な言葉を返してくれるだろう。
――ついにヴェルダートは復活する。
「俺は……こんな所で立ち止まっていていいのか?」
復活早々ヴェルダートは何やら仰々しい台詞を吐き始めた。
「なんか小芝居が始まったわ……」
「手紙の内容を読み終わってからこんな感じですよお姉さん!」
ヴェルダートの肩は震えている。
それは先程までの怯えによるものではない。
それは後悔であり、義憤であり、何より新たなる決意の表れだった。
ゆっくりと顔を上げるヴェルダート。
いつの間にかボサボサの髪はシャッキリと元に戻っており、目の隈や吹き出物も消えている。
「長い、長い夢を見ていたようだぜ。えらく、心配をかけちまったな……」
キリッとした、意志の強い、人を魅了する笑みを浮かべるヴェルダート。
まさしく主人公にふさわしい貫禄だ。
「待っていたよヴェルダート。君が戻ってきてくれるのを、ずっとずっと待ち続けていた!」
「ああ……ヴェルダートさん! ヴェルダートさん!」
ヨイショ組が涙を浮かべ、盛大に拍手をしながらヴェルダートの復活を祝福する。
ヴェルダートは満足気に頷き、気障な所作でそっとネコニャーゼとシズクの瞳に浮かんだ涙を拭きとってやる。
どうやらそういう方向性で行くらしかった。
「迷惑かけたな、でも、もう大丈夫だ……」
立ち上がり、先程まで己を守っていた布団を勢い良くめくり上げる。
演出なのか、すでにその下は冒険者としての装備に身を包んでおり、今からでも旅立つことが出来そうだ。
「で、でも本当なのかい!? また、あんなことがあれば……」
「うう……そ、そうです! なんでそんな辛い思いをしてまで戦おうとするのですか!?」
立ち上がったヴェルダートに縋るヨイショ組。
二人はヴェルダートが無理をしているのではないかと気が気でなかった。
自分達がいるせいで、彼が無理をしているのではないかと、そう心が悲鳴を上げていた。
もちろんそんなことは無い。
ついでに言ええばエリサ達はこの小芝居が効いたやりとりを無表情で眺めている。
「確かに戦いは怖い。でも、でも俺がこんなんでどうするんだよ! 俺がやらなくちゃ! 他にやる奴がいないだろうが!」
グッと拳を握るヴェルダート。
天高く突き上げ、大きく息を吸い込む。
「俺がやってやる! 他ならぬ、この俺が!」
ネコニャーゼとシズクの瞳からはらはらと涙が流れ落ちる。
それは祝福と歓喜の涙だ。二人はヴェルダートの復活を心から喜んでいて、かつヴェルダートのあからさまな芝居に完全に騙されていた。
エリサ達は引き続き無表情だった。
「お待たせ皆! 主人公の中の主人公! ヴェルダート様の復活だ!」
ヨイショ組の二人が盛大に拍手を送る。
両腕を組み満足気に頷くヴェルダートは、エリサ達が無反応なことに気がつくと、ウィンクを一つやってみせる。
エリサはここ数日で一番イラっとした。
「はい、かいさーん! 皆おつかれー」
「いやー! 楽しめました! 流石お兄さんです!」
「今回は結構時間かかりましたわね」
パンパンと手を叩きながら撤収の合図を送るエリサ。
ネコニャーゼやシズクはともかく、ミラルダやマオは完全に彼女に歩調を合わせるようで、早速帰宅の途につこうとしている。
クルリと振り返りそのままずんずんと室内から出ていこうとするエリサ。
「ちょっと待てエリサ!」
不機嫌がありありと分かるその背中に声がかかる。
声の主はヴェルダートだった。
「なによ……」
「早速冒険に行きたいからついて来てくれないか?」
「一人で行けばいいじゃない。別にエリサちゃんがいなくてももう大丈夫でしょー?」
不機嫌を隠すこと無く嫌味を込めて拒否するエリサ。
もちろん復活したヴェルダートがこの程度でへこたれる訳は無い。
彼は気味が悪いほどに綺麗な瞳でエリサをまっすぐ見つめると、再度彼女に同行を求める。
「いや、エリサに来て欲しいんだ」
「うっ……分かったわよ」
じぃっと瞳を見つめられ、思わず頬を染めて顔を逸らすエリサ。
あまりにも分かりやすいその様子を眺めていたミラルダは、小さくため息を吐く。
「ちょろいですわねぇ……」
「ミラルダさんもついていく気まんまんじゃないですか!」
「私達ももちろんついていくよ! どこまでも! そう、地平線の彼方へでも!」
「はい……お供します!」
「それで……どこに行くのかしら?」
全員の意志が一つに纏まる。
視線がヴェルダートへと集中し、今か今かと指示が待たれる。
帰ってきた日常。帰ってきた冒険。
ヴェルダートの復活により、新たな物語が始まろうとしている。
全員の瞳をゆっくりと一人ひとり見つめるヴェルダート。
真剣な表情を作り、親指を上げサムズアップする。
そして……。
「今後の活動も考えて、まずは関係者各位に挨拶回りだ!」
「生々しい所から始めようとするのやめなさい!」
冒険より業界での地位の回復を優先するあたり、ヴェルダートは今回の一件で何もこたえていないことが明らかだった。




