第三話:やらかした主人公はひっそりと消えるお約束
ぽかぽかと穏やかな日差しが窓より入り込み、暖かな陽気が眠気を誘うある日の午後。
エリサとマオはミラルダの実家であるローナン家の邸宅に遊びに来ていた。
エリサは口につていた紅茶のカップを静かに下ろすと今思い出したと言わんばかりの態度で切り出す。
「そう言えば、ヴェルはどうなったのかしら?」
「あら、そう言えばそうでしたわね。確か書籍化院の方々に大目玉喰らったのでしょう? ちょっとしたツテで聞きましたけど、関係者の人達も大変ご苦労されたみたいですわよ」
顎に人差し指をやりながら、思い出すかのように視線を上げてつらつらと語り出すミラルダ。
彼女の言葉通り、ヴェルダートは自らの冒険を書籍化してもらっている書籍化院の関係者達に大いに怒られ盛大に凹んでいた。
「まぁ、そりゃああれだけのことすればねぇ……。ってか良い薬だと思うわ。最近調子に乗りすぎてて私達がいくら言っても全然聞かなかったし」
「とは言え、今どうなっているのかは気になりますわね。……マオさんは何かご存知でしょうか?」
エリサ達はその当日ヴェルダートの家にいなかったし、そもそも最近のヴェルダートは掲示板でステマをすることに忙しく彼女達をかまってくれなかったので、半ばふてくされ気味に会えずにいた。
その為、現在ヴェルダートがどの様な状況に陥っているのか正確には把握していない。
その点、以前から落ちぶれたヴェルダートに興味津々だったマオなら何かを知っているかと思い至り、先程からご機嫌な様子で出された洋菓子を頬張っている小さな魔王へと尋ねる。
「……むぐっ! 業界から干されましたね! あの界隈でお兄さんの名前を出すと皆さん途端に口をつぐむので面白いです!」
ほっぺたが膨らむほど元気良く口に運んでいた菓子を飲み込んだマオは、口の端にお菓子のカスをつながらニッコリ元気良く答える。
エリサはさり気なくその口元をハンカチで拭ってやりながら、小言を交えてヴェルダート自身が何をしているのか掘り下げて聞き出す。
「あんまり関係ない人に迷惑をかけちゃダメよマオちゃん。……それで、ヴェル本人はどうなってるのかしら?」
「どうなってるんでしょうね? マオとしてはもう少し熟成させてからお兄さんで遊びたいと思っていたので詳しくは知らないのです」
「熟成って……本当に自由ね」
どうやらマオはエリサとミラルダが求めている情報は持ち合わせていないようだった。
こちらから一切アクションを起こしていないとは言え、ヴェルダートとはここ最近一切連絡を取っていない。
噂によるとかなり凹まされたらしいが、何か面倒なことになっていなければ良いが……。
エリサの心の中にある不安の種が芽吹き出そうとする中、マオが有益な情報を思い出す。
「あっ! でもジト目さんとシズクさんがお兄さんのお世話をしているみたいですから、お二人のどちらかに聞けば良いと思いますよ!」
「なーるほど。二人共甲斐甲斐しいわねぇ。甘やかすと調子に乗るからやめた方がいいのに」
ふむ、と納得するエリサ。
ネコニャーゼとシズクはエリサ達に比べてヴェルダートを甘やかす傾向にある。
その二人が付き添っているのであれば調子に乗ることはあれど落ち込んだままになることはないだろう。
ひとまず安心したエリサはミラルダに目配せをする。
どうやらマオの報告によってミラルダもある程度の安心感を覚えたらしく、コクリと頷き手元にあった自らの菓子を上品に口元に運んだ。
「……さて、ではそうですね。安心したとはいえヴェルダートさんの様子もこの目でみたいですし、今後のことも含めて相談したいので日にちを決めて皆で集まりませんか? そもそも全員で集まるのもなんだか久しぶりの気がしますわ」
「そうね! そう言えばこの前の打ち切り後以来だっけ? 確かに久しぶり!」
ゆったりと菓子と紅茶を堪能した後にミラルダが出した提案。エリサとマオもその言葉に異論は無かった。
ヴェルダートの様子を確認する意味もあるし、今後どの様に冒険をしていくのか?
その件についてもいい加減相談しなければいけないと感じていたからだ。
「となれば早速ジト目さんとシズクさんに連絡を取らないといけませんね! ……おや?」
三人の意見が一致したのと同時だった。
彼女達が歓談を楽しむ応接室の扉がノックされ、メイドが来客を知らせる。
誰が来たのだろうか? ミラルダが不思議に思い来客者が何者かを尋ねる前に一つの影が室内に飛び込んできた。
「うう……みなさーん!」
猫耳、猫しっぽ、フワフワとした白色のもこもことした衣装。
何を隠そう先程まで話題に出していたネコニャーゼだ。
「あら。ジト目さんですか。お久しぶりですわね」
「おお! 丁度良い所にジト目さんが!」
「あっ、いらっしゃいジト目ちゃん! 久しぶりー!」
仲の良い友人であり、ある意味で特殊な関係であることをメイドも理解していたのだろう。
フリーパスで通されたネコニャーゼはその愛らしい瞳に大粒の涙を浮かべながら駆け寄って来る。
その並々ならぬ態度に、先程まで笑顔で久しぶりの再開を喜んでいたエリサ達も一瞬で気持ちが切り替わる。
「……どうしたの血相を変えて? まさかヴェルに何かあったとか!?」
「はい……そうなんです! 実は、ヴェルダートさんが……ヴェルダートさんが!」
まさかとは思ったがどうやらヴェルダートに問題が起きたらしい。
しばらく会ってないこともあってか、エリサ達もネコニャーゼの動揺が伝染したかの様に慌て出す。
「ど、どうしたの!?」
珍しくマオまでもが目を見開き不安げにネコニャーゼの言葉を待っている。
エリサはゴクリと息を呑み、ネコニャーゼからの凶報を聞き届けんと意識を集中させる。
ぐしぐしと自らの腕で涙を拭くネコニャーゼ。
やがて赤く腫れ上がった瞳でまっすぐエリサ達を見つめると、自らが心から慕うヴェルダートのピンチを救うべく、精一杯の声を張り上げる。
「――ヴェルダートさんが引きこもっちゃって自宅から出てきてくれないんです!」
◇ ◇ ◇
「と、言う訳で。ヴェルの部屋の前にやってきました」
一気に冷静になったエリサ達。
心底嫌そうな表情を浮かべながら、ヴェルダートの自宅の前にある廊下で佇んでいる。
ヴェルダートの部屋は冒険者向けの集合住宅の一室だ。
ヴェルダートと書かれた表札が下げられた扉の前、さてどうしたものかと佇む一同に廊下の向こう側よりシズクが駆け寄ってきた。
「ああ! 皆来てくれたんだね! ご覧の通りヴェルダートが大変なんだ! このままでは選ばれし者としての役目をはたせずここで朽ちるだけ。これは完全に何者かに心を支配されてるんだと思うよ!」
ホッとした様子でエリサ達の来訪を歓迎するシズク。どこか疲れた様子が見え隠れするのはそれだけヴェルダートのことを案じている証拠だろうか?
反面エリサ達の気持ちは完全に冷えきっていた。
ヴェルダートに対するスタンスの違い。それが明確な温度差となって現れている。
「間違いなく面倒事にはなっているわね。……それでシズクちゃん。ヴェルダートは中にいるのよね? 早速入るわよ」
「それがだね……」
どうやってあの自称主人公様をとっちめてやろうか? 流石に堪忍袋の緒が切れたエリサは、どの様なことがあっても今回ばかりはヴェルダートを許すまいと鉄の心を持ってドアノブに手をかける。
だが、勇み回したドアノブはガチャガチャと無機質な音を鳴らすだけで、目の前のドアはエリサ達の侵入を断固として拒む。
「あら、鍵がかかっているのですか……」
「うーん? なんで鍵をかけているのかしら? ヴェルー! いるんでしょー? 出てきなさいよー!」
「……返事がありませんわね」
ドンドンと勢い良く扉を叩き反応を窺うエリサ。
何度か同じことを繰り返したが、中にいるはずのヴェルダートからは一切返事が無かった。
「ご覧の通りヴェルダートはこちらからいくら呼びかけても一切この固く閉ざされた扉を開けようとしないんだ。まさしく彼の心を表しているようだよ……」
沈痛な面持ちでシズクが語る。
どうやら彼女もヴェルダートに会えている訳では無かったようだ。
だがマオが聞いた話によると二人はヴェルダートの世話をしているはずだ。
ではどの様に世話を焼いていたのか? 不思議に思ったエリサが悔しげに眉を歪め、俯き無力感に打ちひしがれるシズクに声をかけようとした時だ。
ドンッ!
ヴェルダートの部屋の中より、何やら鈍い打撃音が鳴り響いた。
「……? 何の音かしら?」
扉に耳をつ、部屋の中の様子を窺うエリサ。
謎の打撃音以外には何も聞こえない。納得のいかない表情で扉から頭を離した彼女にシズクがその正体を説明する。
「ああ、これは『食事を早く持ってこい』の床ドンだね。丁度お昼時だし間違いないよ」
何故かドヤ顔のシズク。一瞬の沈黙。
エリサはここ最近では見せたことの無い、非常に微妙な表情を浮かべると、恐る恐る自らの疑問を口にする。
「なんで口で言わないの? ってかなんで自分で作ったり食べに出たりしないの?」
聞き取れない程に小さく呟かれた言葉。返事は無い。
エリサがしきりに首をかしげる中、何かの気配を感じたマオが廊下の先に視線を向けて声を上げる。
「おや、ジト目さん。どこに行ってたんですか!? ……ご飯?」
マオの視界に入ったのはネコニャーゼだった。
いつの間にかネコニャーゼがいなくなっていたことを思い出したマオは、彼女が食事の乗った盆を持っていることに気がつく。
「あう……ヴェルダートさん。ご飯持ってきましたよぅ。ここに置いておきますね」
そっと扉の前に盆を置くネコニャーゼ。作りたてなのか湯気を放っており、食欲を誘う香りが漂って来る。
ネコニャーゼが盆の上にそっと何らかの文字が書かれたメモを置く。
どの様な物なのだろうか?
疑問に思ったエリサ達は思わずその内容を覗き見る。
『ちょっとでもいいのでお外に出てきて下さい。心配しています。 ネコニャーゼ』
「「「…………」」」
かわいらしい文字で書かれたそれは、何故か無性に哀愁を感じさせた。
「うう……ひと目、ひと目でいいので会えいたいです。このままじゃあ誰とも会わないままおじいちゃんになっちゃいますよぅ」
ネコニャーゼのメッセージメモになんとも言えない気分になった一瞬のことだった。
サッと扉が開き、目にも留まらぬ早さで食事の載った盆が取られていく。
「あっ! 今開いたわ!」
「今のタイミングで無理やり入れば良かったですわね。……やっぱりもう鍵がかかっていますわ」
食事の世話を平然とネコニャーゼ達にさせるヴェルダート。
言葉をかわすでもなく、まるで召し使いか奴隷の様な扱いにエリサも憤慨する。
「なにこれ! なんでジト目ちゃんもシズクちゃんも良いように使われているのよ!? こんなのあんまりじゃない? ヴェルなんてこのまま放っておいて餓死すればいいんだわ!」
怒りのあまり、わぁっと叫び上げるエリサ。
彼女の怒りは収まらず、その後もあれやこれやといかにヴェルダートが不誠実で常識知らずな男かをまくし立てる。
ドンッ! ドンッ!
先程と同じ打撃音が今度は二度室内にて鳴らされる。
言葉にせずとも苛立ちが容易に分かるそれを聞き、真剣な表情で何度も頷くシズク。
困惑を通り越してもはや混乱の域に達しているエリサ達に言い聞かせる様に、尋ねずともその意味を説明してくれる。
「これは静かにしろのサインだ! 私達が外で煩くしているからヴェルダートが怒ってしまったんだ! どうしよう!? ちなみに、この床を叩く音でなんとか彼とはコミュニケーションが取るんだよ。普通では無理だけど、流石私とヴェルダートの仲と言ったところだよね!」
「「「…………」」」
両手を腰に当ててふんぞり返るシズク。
まるで流石だろうとでも言わんばかりだ。それどころかどこかキラキラとした表情を浮かべており、まさに上手に芸が出来た飼い犬の様相だ。
反面ネコニャーゼの顔色はすぐれない。
瞳には相変わらず涙を浮かべており、毛並み美しい猫耳と猫しっぽは地面につく勢いで垂れ下がっている。
扉一枚隔てた向こう側にいるであろうヴェルダートは相変わらず沈黙を保っている。
最も、沈黙とは言葉に関してのみであり、再度何度も床を叩いていることから自己主張は十分にしているらしい。
この場にいる全員をひと通り見回すエリサ。
表現しがたい状況ではあるが、何をどうすれば良いかだけは自然と分かった。
結局、いつもと同じノリとオチになりそうだ。
エリサはがっくりと大きく肩を落とす。
奇しくも、エリサとミラルダがため息を吐いたのは同時だった。
「……よし! マオちゃん。扉ぶっ壊して!」
「派手にやっていいですわよー」
「了解です! 楽しくなってきました!」
決断は迅速に行われ、その行動も勝るとも劣らぬほどに迅速だった。
エリサのお願いに準備していましたと言わんばかりに扉に組み付いたマオは、シズクやネコニャーゼが静止するまもなく力技で扉を破壊する。
それなりの厚さがあったはずの木製扉はまるで紙くずの様にバラバラに破壊され、残るは風通しの良い室内への入り口だ。
器物破損をなんとも思わない過激なエリサ達は、突然のことにあっけに取られるシズクとネコニャーゼを残しながらずんずんと室内に進入する。
「う、なにこれ。真っ暗!」
「それに酷い匂いですわ。掃除しているのかしら?」
室内は真っ暗で、鼻にツンと来る酷い匂いがした。
本当に人が住める環境かどうかすら疑問に思ってしまうその室内。
しかし一番奥、確かにもぞもぞと動く人影があった。
「う、うわああああ! ひぃぃぃぃぃ!!」
ガタガタと毛布に包まりながら叫び声を上げるのは、彼女達が認める唯一の主人公であり想い人でもあるヴェルダートだ。
ボサボサの髪は伸びきっており、よれた服は得体の知れないシミがついている。
視線はキョロキョロと定まらず、日に当たらない為か肌には吹き出物が浮かんでいる。
オドオドとした敗者を思わせるその表情は彼女達が今まで見たどの様なものよりも情けない。
典型的なステレオタイプの引きこもりだ
どう考えてもまた面倒なスイッチが入ってしまっていた。
「換気の為に窓を開けましょう!」
暗くジメッとした空気の中で、室内全てを照らし出さんばかりに眩しい笑顔を見せるマオ。
彼女はゴミで足の踏み場も無い室内を器用に窓辺まで走り抜けると、まるで堅牢な城門の様に固く閉ざされたカーテンを開け放つ。
「や、やめろぉぉぉ! ぎゃああああ!」
室内に光が差し込む。
ヴェルダートが幽鬼を連想される叫び声を上げる。
長らく光を浴びていないヴェルダートは完全に闇に慣れきってしまっており、少しの光でもその瞳には激烈な光量となる。
自らの瞳に襲いかかる刺すような衝撃にのたうち回るヴェルダート。
エリサはゴミ屋敷と化した室内に顔をしかめ、口元を手で押さえながらヴェルダートを叱咤する。
「ヴェル! 観念しなさい! サッサと外に行くわよ!」
ヴェルダートの手を掴み取り、無理やり外に引っ張りだそうとしたエリサ。
だがヴェルダートは素早くその手を振りほどき部屋の隅まで逃げてしまう。
「そ、外!? 外こわい! 外出こわいよぉ! ひぃぃぃぃ!」
「なんてことになってるのよ! 明らかにキャラ変わってるじゃない!」
「見る影もありませんわね……」
「典型的な引きこもりですね! 書籍化院に干されたのがよっぽどこたえたのでしょう! いろいろと楽しめそうです!」
パンパンと両手を叩きながら喜ぶマオ。
いつの間にかカーテンは取り外され、窓より外に放り出されている。
ヴェルダートが嫌がることをとことんやってやろうというその姿勢に、エリサも一種の尊敬の念を抱きそうになる。
だが彼女にとって今一番重要なことはそこではない。
ヴェルダートをどうにかしなければいけない。
それだけが彼女の胸中を占めている。
それは自分がメインヒロインであるという自負によるものだろうか? それとも、単純にヴェルダートのことを思ってだろうか?
どちらにしろ、彼女はこの場において最もヴェルダートの復帰を望んでいた。
怒りからどこ悲しみの表情に移りゆくエリサ。
何か方法は無いものかと思案するが何も思い浮かばない。
マオはご覧の通りの状況であるし、貴族としてのプライドを持つミラルダもこの様に自分から腐っていく男に手を差し伸べる程甘くはないだろう。
シズクとネコニャーゼは逆にヴェルダートを全力で甘やかす始末だ。
この場で真剣にヴェルダートの復帰を願っているのは自分だけだ。
なんとか、なんとか立ち上がって欲しい。自分の気持ちを分かって欲しい。
一縷の望みをかけて、自らの思いを込め、じっとヴェルダートを見つめるエリサ。
だが、その願いは通じることはなく、彼はエリサの視線から顔を背けることで答えた。
「ねぇ、なんで私の目を見てくれないの?」
「お、おんなのことはなすの……こ、怖い……から」
長い長い沈黙が続く。
うわ言の様に「おんなのこ、怖い」と繰り返すヴェルダートはあまりにも情けなく、そして同時にもの凄いヘタれ臭がする。
もはやエリサの悲しみは限界を超え、どこへ消え去ってしまう。
これ程心配にしているにもかかわらず意味の良く分からないことを言い出すのが何よりも腹立たしい。
故に、導き出される答えは至極簡単だ。
「…………よし! いい加減鬱陶しいから外に連れ出しましょう!」
最終宣告は、同時にヴェルダートに対する宣戦布告でも合った。
もはや手加減の時間は過ぎ去った。
だいたいこの物語はギャグなのだ。何をやってもどうとでもなる。
ヴェルダートの意志をヒロインとして正しく受け継いたエリサは、事態の収拾を勢いとノリに任せることにした。
別にどうなっても知らないし、まぁ適当にオチがついて終わるだろう。
もはや容赦の無い乱暴な扱いで、エリサはヴェルダートの手を掴むとグイグイ引っ張っていく。
ズルズルと引きずられながら、諦めていないのか辺りの物をひっくり返し、暴れなが抵抗するヴェルダート。
だが長い引きこもり生活は彼の筋力を確実に低下させており、かつての彼とは思えないほどにその力は弱々しい。
「い、嫌だ! 外はダメだ! 危険がいっぱいなんだ! 俺はここにずっといるんだ!」
「いいから外に行くって言ってるでしょうが!」
情けなく泣き叫びながら外出を拒否するヴェルダート。
基本的に引きこもりは甘やかすとつけあがるが、強気に出られるとても弱い。
その例に漏れずヴェルダートも実力行使に出たエリサを退けることが出来ない。
究極の内弁慶。
暗い室内で床を踏み鳴らしている時だけが、彼にとって仮初めの王者の一時だったのだ。
「うわぁぁぁ!! 怖いぃぃぃ! これだから女はダメなんだぁ! 二次元のおんなのこに逃げたいよぉ!」
抵抗が無駄と理解したのか、大声で世の女性全員を非難し始めるヴェルダート。
引きこもりはコミュ症で対人恐怖症だ。そしてモテないことを女性のせいにしたがる。
主人公であるヴェルダートがはたしてモテないのかどうかは疑問ではあるが、本人は至ってまじめだ。
結果、自分にとって不都合なことは全て女性の責任に転嫁されるのだった。
「なぁにが空想よ! あれだけハーレムハーレム煩かったくせに!」
「空想のおんなのこはそんなこと言わないんだよぉ! 聖母並みに優しくて、どんな選択肢をとっても優しく微笑んでくれる究極存在なんだよぉ!」
「そんな女の子がいる訳無いでしょ! どうせハーレムエンドとか言いつつも、物語が終わった先にはどろどろとした女同士の陰険な争いが待っているのよ! 現実を見なさい!」
「そういう現実を見るのが嫌だから妄想に逃げてるんだろうが! この三次元女が!」
「ヴェルも三次元でしょうが! 何一人だけ違う次元に生きてるのよ!」
「うわぁぁ! こんな次元に生まれて来るんじゃなかったぁ!!」
「あう……ヴェルダートさん。元気になって欲しいです」
「現実の女の子ってそんなに悪いものかな? ヴェルダートには是非目を覚まして欲しいね!」
「でもああはおっしゃっても、元気な頃のヴェルダートさんは女性に対する扱い結構酷かったと思いますけどね」
エリサに引きずられていくヴェルダートを眺めながら、思い思いに感想を述べる残りのヒロイン達。
唯一マオだけが難しい顔をしている。
「…………何が二次元で、何が現実か? いろいろと深く考えると意味が分からない発言ですが、マオとしては楽しいのでOKです!」
異世界で主人公なんて十分二次元的で幸運な環境だ。
この次元で満足出来ないのならばどの次元なら満足出来るのだろうか?
そもそも自分達は何次元の存在なんだろうか?
哲学的な疑問がグルグルと頭の中を堂々めぐりする中、結局大した意味も無いことに気がついたマオは引き続き目の前で泣き叫ぶヴェルダートを眺め楽しむことにしたのだった。




