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これが異世界のお約束です!  作者: 鹿角フェフ
新第四章:人気の出ない主人公は暴挙に出るお約束

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46/55

第二話:自作自演は炎上するお約束

 薄暗い部屋。

 相変わらず一人で掲示板に向かうヴェルダート。彼は何やら必死の形相で作業をしていたかと思うと、張り詰めた緊張の糸が切れたかのように脱力する。

 あれほど熱心に掲示板でステマをしていたにもかかわらず彼に何があったのだろうか?

 その答えは今まさに彼の口からもたらされようとしている。


「やべぇ、炎上した……」


 ――そう。彼はステマを熱心に行うあまりその行動を読者さんに見抜かれ、問題主人公として盛大に炎上していたのだった。


「くそったれ! どういうことだよ! なんで俺が炎上しなければいけないんだよ!」



 炎上とは掲示板上において特殊な状況を指す。

 この状態は基本的に何者かが問題行動を起こした際、その行動を批判する形で掲示板の書き込みが異常に増える状況を指す。

 一見すると正義感溢れる行為にも思えるが、実のところ野次馬的な感覚で参加する者や、騒ぎを起こすことに楽しみを感じて参加している者もいる為、話がややこしくなりがちである。

 場合によっては様々な関係各所に飛び火することなども十分有り得る為、炎上とは基本的に致命的なことでありさけるべきことだ。


 しかしながらのこの状況。

 主人公が自分の物語を売る為にステマをしていた。

 炎上のテーマとしては恰好の材料である。

 ヴェルダートらしからぬ失態であった。


「えと……どうしたんですか、ヴェルダートさん?」


 現在ヴェルダートの自室にはネコニャーゼとシズクが遊びに来ている。

 エリサ達では文句や小言を言われるだけあると判断したヴェルダートが、比較的従順で様々な用事を押し付けられる二人を呼び寄せた為だ。

 散らかりに散らかった室内を片付けながら、シズクがしたり顔でヴェルダートの言葉に己の妄想を混ぜ込む。


「炎上といったね。つまり、ヴェルダートの心は今まさに燃え上がっているんだよ! 義憤によって燃え上がる熱き魂! 後は能力を覚醒するだけだね!」

「むう……分かりません」

「ネコちゃんはお勉強不足だね。よしヴェルダート! ここは一つ無知なネコちゃんにその叡智を授けてやってはくれないだろうか? もちろん、私も良く分かってないとかじゃあないから勘違いしないでおくれよ!」


 顔面蒼白のヴェルダートとは違い、事態を理解していないシズクは呑気なものだ。

 いつも通りそれっぽい解釈でカッコイイ台詞を並べ立てた彼女はまるで教師の様にネコニャーゼにレクチャーを始める。

 もちろん、こういった場合にシズクが物事を正しく理解していることは基本的に無いので、その説明はもっぱらヴェルダートに任せられる。

 今回も当然話はヴェルダートに振られるのだが、どうしたことかいつもとは違って勢いがまったくと言っていいほど感じられない。


「くそっ……。まぁ、そうだな。なんと言うか……どこから説明したらいいのか。うーむ」

「むう……難しいお話なのでしょうか?」

「なんだいヴェルダート。歯切れが悪いじゃないか! そんなことじゃ選ばれし者として皆に認められる行いは出来ないよ! さぁさぁ、はっきりシャッキリと言うんだ! もちろん、どの様な過去を君が持っていたとしても私は受け止める覚悟があるよ!」


 ドヤ! っとふんぞり返りながら胸を張るシズク。

 無駄に自信あり気な態度にころっと騙されたネコニャーゼは、感動した表情で拍手を送る。

 シズクは満足気に頷き、さぁとばかりにヴェルダートを見やる。


「これを見ろ」

「「……?」」


 当の本人は苦い顔を浮かべながら掲示板を顎で指すばかりだ。

 何事か? 疑問に思った二人は先程からヴェルダートが眺めていた掲示板の内容を覗きこむ。



☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆

【自作自演主人公ヴェルダートを断罪するスレ】


879:名無しの読者さん

  新しいまとめがアップされてるのでまだ見てない人はまとめの確認ヨロ。

  どうやら最近タケルさんや他の人気主人公を批判したりディスったりしていたのは、

  全部コイツで確定みたい。

  他にも自分の冒険のステマとか、他の主人公の妨害とかいろいろ余罪あり。


880:名無しの読者さん

  マジで? これなんか証拠出てるの?


881:名無しの読者さん

  >>880

  詳しくはまとめ確認よろしく。

  取り敢えず、文体や書き込みの時間帯とかも推測出来るし、

  実は掲示板ネットワークを管理してる王国の担当者が内部情報リークしてる。


884:名無しの読者さん

  ああ、じゃあ確定なのか。

  というか良く見たらどこにでもいるよなコイツ……。


891:名無しの読者さん

  書籍化院にも連絡している人大勢いるみたいだし、どうなるか楽しみだわ。

☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆


「この通り、掲示板でステマしていたらバレて盛大に叩かれてる」

「「わぁ……」」


 ここに来て初めてヴェルダートが直面している事態に気づいた二人は、言葉にならない感想を態度で表す。

 ヴェルダートはその行いによって盛大に炎上しており、彼の行いは隅から隅まで、重箱の隅をつつく勢いで調査され、暴かれ、拡散されていた。

 まさしく、テンプレの様な炎上状況であった。


「なんでこうなるんだよ! 折角上手く行っていたのに! 機嫌よくタケルをディスっていたらこの有様だ! もしかして俺を貶めるチカラがどこで働いているのか? もしや……組織か!?」

「いや、流石にそれは違うと思うよヴェルダート。……なんて言うか、身から出た錆って奴じゃないのかな!?」


 カチカチとヴェルダートから借り受けた掲示板をひと通り眺めるシズク。

 彼女は普段あれほど固執している中二設定など忘れたかのように組織のせいにしようとするヴェルダートに正論を告げる。

 流石のシズクとて、この様な状況で中二病設定を並べ立てて喜べるほど神経が図太くはなかった。


「は? んな訳無いだろ! この俺が炎上するなんて、どう考えても誰かが陥れた罠なんだよ! こうなりゃ全部の批判に一つ一つ反論してやる! 全面戦争だ! 俺は決して引かねぇぞ! 俺は悪くねぇ!!」

「うう……謝った方がいいんじゃないでしょうか?」

「えっと、頑張るといいよ……」


 自らの想い人が引き起こす惨状に心底ドン引きしているシズクとネコニャーゼ。

 彼の身の回りの世話をしながら、何やら熱心に作業を行っているなとは思っていたものの、まさかこんなことになっているとは思ってもいなかった。

 毎回激しく乱高下するヴェルダートに対する評価を急激に下げながら、二人は必死に火消し――事態の収拾を図ろうとする哀れなピエロを眺めるのであった。



◇   ◇   ◇



「あの……そう言えば、シズクさんはこっちの国に来ても大丈夫だったのですか?」


 ヴェルダートは相変わらず真剣な表情で掲示板に向かっている。

 集中状態の彼が基本的に人の話を聞こうとしないことを良く理解していたネコニャーゼは掃除を行いながらシズクに雑談を持ちかけ始める。


「気がついたらこっちにいたんだよネコちゃん。なんだか手続きだの知り合いとのお別れだの、いろいろとすっ飛ばしてしまった気がするんだけど、後々私の過去は明らかになるのかなぁ……」


 当然の様に答えるシズク。

 なんだかんだでヴェルダートのことを放置しているあたり、この二人も流石ヴェルダートのヒロインといったところだった。


「むう……いつの間にかいろいろ終わっちゃってる……。これは『お約束』ですね。話にそれほど絡まない部分はカットされるってマオちゃんが言ってました」

「私の過去とか育った国の想いを話に絡まないで済まして欲しくはないんだけど……」


 シズクの設定は今回バッサリとカットされた。

 わざわざ他国に赴いてまで盛大に行った冒険も、シズクの故郷の伏線も、何やら話の広がりを見せそうな設定も、それら全て無かったことにされた。

 ギャグだし細かいところは別にいいよね!

 そう言わんばかりの強引な展開。

 行きあたりばったりな物語構成が透けて見える様だ。

 だが、それでもなんとか話の辻褄が合うあたり、世の中良く出来ているともいた。


「あう……昔のお話、やりたかったですよね。ごめんなさい」

「ネコちゃんは悪くないさ、気にしない気にしない! さぁ、ヴェルダート! 良く分からないけど君なら問題なくその炎上とやらも解決出来るんだろう? なにせ私と同じく選ばれた者だからね! 華麗に事態を収集させて君を不当に陥れた人達が歯噛みする様子を私に見せておくれよ!」


 ネコニャーゼが無駄に気落ちしてしまったことに心を痛めたのか、シズクは重くなった空気を切り替えようとその場にいる第三者へと助けを求める。

 彼女の行動は間違いではない。

 まるで自分のことであるかの様に気を落とし、相手を思いやる心を持つ優しいネコニャーゼ。彼女を元気づけるにはヴェルダートの無駄に明るいテンションが一番だ。

 だが、その本人は……。



☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆

【自作自演主人公ヴェルダートを断罪するスレ 57スレ目】


441:名無しの読者さん

  関係先に連絡した。すぐに対応してくれるって。


442:名無しの読者さん

>>441

  おつかれ! 俺が連絡した時も凄い慌ててたから向こうでも相当問題になってそうだな。

  ヴェルダートが潰されるのも時間の問題か。


879:名無しの読者さん

  タケルさんに偶然街であったからこの件聞いてみたんだけど、

  ヴェルダートのことはまったく知らないし初めて聞いた名前だって言ってたぞ。

  後輩とか大口叩いてたのはやっぱり嘘だったんだな。


879:名無しの読者さん

  おい、関係ないタケルさんにまで迷惑かけるなよ。

  それより早くヴェルダートの関係者全員リストアップしてくれ。

☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆



「「わぁ、悪化してる……」」


 シズクが期待したヴェルダートは、消し去ることの出来ない業火にただただ呆然とするだけだった。


「ダメだ……どうしようも無い。ここまでいったら腹をくくるしか無い」


 机の前で頭を抱えながら情けない声を出すヴェルダート。

 しかしその言葉には何やら思わせぶりな物が含まれている。

 腹をくくるとはどういう意味だろうか?

 ネコニャーゼとシズクはお互いの顔を見合わせながら、どちらからともなくその真意について期待を込めて尋ねる。


「むう……どうするのでしょうか?」

「かなり大変なことになっているみたいだけど、ここから挽回する方法があるのかい!? やっぱりヴェルダートだね! 私が認めることはあるよ!」


 彼女達は信じたかった。

 ヴェルダートがこのままで終わるはずは無いと。確かに現在進行形で炎上しており、その矛先はヴェルダートだけでなく関係各所にまで及んでいる。

 本来ならば絶望しながら事態の推移をただ見守るだけだ。

 だが、彼は違う。ヴェルダートは彼女達が信じる唯一無二の主人公でありヒーロなのだ。

 ならばこそ、自分達が思いもよらない方法でこの問題を一瞬で解決するのは当然だった。

 万感の思いを込めて、シズクとネコニャーゼはヴェルダートの瞳を見つめる。

 その視線を真正面から受け止め、ヴェルダートは一言――。



「ああ、このまま事態が沈静化するまで放置する」

「「…………」」



 期待はあっけなく裏切られた。

 ヴェルダートはどうにも出来ない状況にさじを投げ、ただひたすら事態が好転することを天に祈ることにした。

 炎上の際に最もやってはいけないことの一つである。

 シズクとネコニャーゼはがっくりと落とし、どうにもならないこの状況をヴェルダートと一緒に嘆いた。

 この場にエリサ達が入れば呆れられる程の認識の甘さだった。


「うう……なんだか逃げちゃったみたいですね」

「まぁ、よくよく考えたらそうするしか方法は無いと思うよ。大人しくしているのが一番だね」


 ヴェルダートの他に類を見ない情けない発言。

 そう言えば彼はそんな人間だった。そのことに気づき、盛り上がってた気持ちを一気に冷却された二人はトーンを落とし冷静さを取り戻す。


「もちろん逃げている訳じゃないぞ。ここはあえて黙り、反撃の機会を窺っているんだ。俺もこのまま終わらせる訳にはいかない。今の状態では解決策は思い浮かばないが、何かしらのチャンスは必ずやって来るはずなんだ!」


 やけに気前の良いことを言いながら、その中身は完全に他人と運まかせなヴェルダート。

 つい先程までなら一緒になって盛り上がっていたであろう二人も、もはや微妙な反応しか出来ない。



「……それが『お約束』だからな!」



 これみよがしな台詞回しを使って必死に幸運を手繰り寄せようとするヴェルダート。

 シズクとネコニャーゼには、それすらフラグにしか思えない。


「そう上手くいくかなぁ……」

「えと……あう。なんとも言えないですよぅ」


 ポツリとシズクが呟き、ネコニャーゼが歯切れを悪くする。

 嫌な予感がひしひしする中、炎上している者にとって砂金とも言える貴重な時間が過ぎ去ろうとしていた。



 ……静寂を破ったのは聞き慣れた鈴の音だった。

 それはヴェルダートの部屋の入り口に取り付けてある呼び鈴で、来客を知らせる物だ。


「おや? 誰かな? 来客だね!」

「えと……今日はエリサさんとミラルダさんは用事で出かけているはずなのでお二人ではないですね」


 珍しいことに来客は彼女達の知り合いではないようだ。

 普段ヴェルダートの部屋にやって来る人物はそう多くはない。エリサ達ハーレム要員と、タケルやゴリラ等の一部の友人だけだ。

 耳ざといタケルやゴリラ達は現在完全にヴェルダートから距離を取っているであろうからやって来る可能性は無きに等しい。

 その事実に比較的容易に辿り着いているシズクは、先程から呼び鈴を鳴らしている来客が自分達が知らない人物であろうと予想する。


「まさか本当にチャンスがやってきたのかな? なんだか新たな冒険の予感がするね! 突如現れた謎の人物。はたして彼がもたらす依頼にはどの様な秘密が隠されているのか!」

「わあ……ドキドキしますね!」


 シズクとネコニャーゼの気分が盛り上がり始める。

 なんだかんだで、この陰鬱とした空気をどうにかしたかったというのもあったのかもしれない。

 それは当然ヴェルダートも同じだ。

 掲示板を前に歯ぎしりをしながらブツブツと独り言を呟いていた彼であったが、来客が自分達が知らない人物であることを知ると途端に元気を取り戻す。


「……来客!! ついに来た! 俺にもツキが回ってきた! おい、シズク! すまんが出てくれ! きっとその人が炎上しまくった俺のこの状況をどうにかしてくれるはずだ!」

「っ! 任せておくれヴェルダート! 運命の絆で結ばれた私は必ず君の願いに応えてみせるよ!」

「わわ……足元悪いので気をつて下さいね!」


 ババッと椅子より立ち上がり、枯れんばかりに声を張り上げシズクへ指示するヴェルダート。

 シズクも待ってましたとばかりに立ち上がると、足の踏み場も無い室内をまるで踊るように軽快に入り口の扉へと駆けてゆく。

 慌ててシズクへと注意するネコニャーゼを横目で見ながら、ヴェルダートは大きく安堵のため息を吐き、ゆっくりと椅子にもたれ掛かる。


「なんとか、これでなんとかなればいいんだが……。大丈夫だ。俺は主人公。最終的にどんな困難にも打ち勝つのが『お約束』だ! こんなこと困難の内にも入らねぇ! こんな所で俺は終わる人間じゃねぇ!」

「はい……ヴェルダートさんはこんな所で終わる人じゃないです! 私も応援しています!」

「いいぞジト目! そういうのポイント高いぞ! やっぱりヒロインは主人公をヨイショしてこそだからな! エリサ達はなんだか違うと思っていたんだ! お前がベストヒロインだよジト目!」

「えへ……えへへ、嬉しいです」


 グッと拳を上げて高らかに再起を宣言するヴェルダート。

 ネコニャーゼのヨイショも今のこの状況を彩るのに相応しい。

 もはや完全に運が向いてきた。幸運の女神は微笑みかけてくれている。

 ギリギリの所でなんとか命をながらえたことにヴェルダートはニヤリとほくそ笑む。

 彼の冒険はまだまだ続く、そう、こんな所で終わらない。


「ヴェルダート! やったね! ついに暗闇を彷徨う盲目の私達に光り輝く救いの手が差し伸べられたよ!」

「おお! 良かった! どうやら首の皮一枚で繋がったみたいだ!」


 バタバタッと戻ってきたシズクがもたらす吉報も今の彼にとっては既定路線だ。

 このまま新たに現れた人物からこの閉塞した状況を打開する方法を受け取れば良い。

 だが、ふとヴェルダートの胸中に疑問が湧き上がる。


「……でも誰だ? ここで救いの手を差し伸べてくれるような人物なんて知らないぞ? もしかして『神』か? 異世界転生でもするのか?」


『お約束』に詳しいヴェルダートとてこの状況で手を差し伸べてくれる人物に心当たりは無かった。

 はたして彼の予想を外れる様な出来事が起こるのだろうか?

 もしや何か見落としている点があるのではないか?

「むう……でも安心しました。ヴェルダートさんが助かりそうで、心配でしたよぅ」

 瞳に涙を浮かべるネコニャーゼの頭を撫でやり機嫌を取りながら、はたと考えこむヴェルダート。

 加熱した興奮はやや落ち着きを取り戻す。チラリと見た入り口の方はシズクの陰に隠れており、件の人物とやらはヴェルダートから確認することが出来ない。

 だがネコニャーゼが頬を朱に染め、その愛らしい猫しっぽをパタパタと振る様を見ている内にその疑念も飛び去ってしまう。

 なんとかなるだろう。楽観的な思考は、もしかしたらヴェルダートがそう思い込みたいが為に生み出されたものだったのかもしれない。


「まぁ、まだ完全に助かると決まった訳じゃないけどな。立ち回りが重要なんだよ。……それでシズク! 来客はどちら様なんだよ!?」


 元気良く声をかけるヴェルダート。わざわざ彼の場所からその人物が見えないような位置に陣取っていたシズクは、待ってましたとばかりに立ち位置をずらしサッと手を広げ魅せつるように紹介する。


「聞いて驚かないでね! なんとヴェルダートが書籍を出してもらっている書籍化院の担当者さんだよ!」

「うげぇ!」


 カエルを潰したような声は間違いなくヴェルダートの口から漏れたものだった。

 そして彼の視線の先、穏やかな笑みをたたえながら、だが完全に目が笑っていないのはヴェルダートが書籍化するにあたって担当をしてもらっている書籍化院の編集者だ。

 血の気が引いたように顔を青くするヴェルダート。

 死人の様な表情は絶望に満ち満ちている。


「しかも今日は偉い人も来てるんだよ! 凄いじゃないか!」

「わあ……私もご挨拶したいです」


 スッと担当編集の背後から別の人物が現れる。

 ……編集長だ。

 ヴェルダートが最も恐れ、最も媚びを売る人物。

 様々な権限を持ち、全ての責任を負う人物。


 ……もちろん、彼の瞳も笑ってはいなかった。


「あ、あわわわわ」


 もはや言葉にならないヴェルダート。

 手足はガタガタと震え、ダラダラと冷や汗が滝のように流れ落ちて来る。

 今はネコニャーゼと挨拶をしているが、それが終われば事情聴取と言う名の弾劾が始まるだろう。

 この先のことを考え、目の前が真っ暗になるヴェルダート。

 彼の様子がおかしいことに気がついたのか、シズクも眉をひそめながらヴェルダートのそばへとやって来る。


「あれ? どうしたんだい? 早速上がってもらったんだけど問題ないよね? まぁ部屋はちょっと散らかってるけど、些細な問題さ!」

「な、なんてことを……」


 絞りだすように漏れでたかすれ声にも、シズクは不思議そうに首をかしげるだけだった。

 室内に入れさえしなければ居留守なり逃走なりを図れたはずだ。

 だがすでに余計な気を利かせてしまった、ある意味で空気の読めないシズクの行動によって彼の逃げ道は塞がれている。

『お約束』的に考えて、彼が逃げられる方法は万が一にも残されてはいなかった。


 言い訳にならない言い訳がグルグルとヴェルダートの頭の中を駆け巡る中、シズクの無邪気な追撃は終わってなかった。

 彼女は何かを思い出したかの様にポンッと手を打つと、惚れ惚れとしてしまう様な眩しい笑顔でヴェルダートにとっての死刑宣告を言い放つ。


「あ、後ちゃんとヴェルダートが掲示板で炎上してるから助けて下さいってお願いしておいたからね! 私に感謝してくれてもいいんだよ!」



「この度は誠に申し訳ございませんでしたぁぁぁ!!」



 ヴェルダートが盛大に叫び上げ、直立不動からの綺麗な土下座を見せつける。

 主人公史上初の、『掲示板を炎上させて書籍化院に土下座する主人公』という不名誉な称号を得たヴェルダート。

 彼の忘れたくても忘れない、長い長い一日はまだ始まったばかりであった。

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