閑話:『ランキング』
「はぁ? ランキングで上位に登る方法を教えて欲しい?」
何やら神妙な面持ちでエリサから出された質問に、ヴェルダートは素っ頓狂に答えた。
する事も無く、暇だからと街をぶらつくヴェルダート。
何か面白いイベントでも起きないかなと感じていた彼だったが、当然の様についてきたエリサとマオ、ミラルダによってその目論見も無駄に終わる。
仕方ないとばかりに手近な喫茶店に寄り、歩き疲れたと文句を言い出す三人を休憩させていた時だ。
――ランキング上位に登るにはどうすれば良いか?
何かを思い出したエリサが唐突に切り出した質問がそれだった。
ランキングとはヴェルダートの様な物語の主人公が注目する人気をあらわした一種の指標である。
物語を応援する読者さんからのお気に入りやポイント等によって集計され、その結果がすなわちどの程度読者さんから支持されているかの証となる非常に重要な物だ。
だがエリサはあくまでヒロインであって、ヴェルダートの様な主人公ではない。
更に言えば彼女はあまりポイントやランキングといった物に興味はなく、それどころかヴェルダートがランキングやお気に入り数に固執するのをどこか嫌っている部分もあった。
にもかかわらず先の質問だ。
どの様な心変わりがあったのか? 訝しむヴェルダートを察したのかエリサは事の詳細を説明していく。
「そうなのよねー。なんかねー。エリサちゃんの友達がねー、冒険始めるらしくて、どうしてもランキング上位になりたいんだって! それで、低ランクをウロウロしていてさほどアテにはならないけど曲がりなりにも書籍化主人公ってことでヴェルに白羽の矢が立ったの!」
「おい、今すぐソイツを連れて来い。ぶん殴ってやる」
晴れやかな笑顔で悪びれる事なく言い放ったエリサに思わずヴェルダートがキレる。
だが、エリサはどこ吹く風だ。
彼女はヒロインでありながら、平然と主人公の気にしている部分をえぐり込む胆力を有していた。
「低ポイントだったのがコンプレックスなんですね、わかりますお兄さん!」
「うっせー! そういうのは失礼だろうが! 他の低ポイント書籍化主人公さんと一緒に殴ってやる」
「そうやって他人を巻き込んで話を大きくしようとするところが相変わらず小物です!」
同席するマオも同様だ。
彼女もヒロインでありながらヴェルダートを弄るのを忘れない。
マオはヴェルダートが酷い目に遭う事が何よりも好きなドSだった。
「それよりも、エリサさんにお友達がいたのですね。なんだか新鮮ですわ」
「なによー。私に友達がいたら悪いの!?」
話の腰を折る形でミラルダが強引に話題に入り込む。
比較的良識人の彼女は、このままヴェルダート達を放っておくと話が進まない事をよく理解していた。
そして物語にはテンポが必要とされる。
グダグダと同じネタをループして読者さんの不評を買う事を嫌った打算的な行動だ。
「友達って言ってもどうせ話の切り出しの為だけのフレーバー的キャラで実際に出てくる事はないだろうけどな」
「設定だけの存在ですね!」
「失礼ねっ! ちゃんといるわよ!」
もちろん、フレーバー的に用意されたキャラなので具体的な設定は無い。
「それよりも、ランキングの上位に上がる方法が知りたいです!」
元気よく手を挙げながら話を本筋に戻すマオ。
彼女の言葉で少し落ち着いたヴェルダートは顎に手をやり何やら考えこむ。
「うーん。ランキングかぁ。確かに重要だからなぁ。ある意味ランキングは書籍化打診の指標にもなっている。誰しもが一度は憧れる書籍化、ポイントを多く稼いで書籍化作家になりたいチート主さんも多い」
高ランクは書籍化の声がかかりやすい。
ランキングで上位にいるという事は、すなわちそれだけ人気があり応援している読者さんが居るという事だ。
となれば書籍化した際の期待も高まる。
故に高ランクやポイントの獲得率が高い物語は書籍化の打診が来やすい。
よって、以前にもましてランキングというものは重要視される。
ポイントが書籍化に関係している――これは少なからず事実であり、書籍化の夢を持つ多くの主人公達が重要視する事柄でもあった。
「私のお友達の子もね、やっぱり書籍化とかそういうの興味あるみたいなの! ねぇ、ヴェル。なんとか協力してあげられないかな? ヒントでもいいから教えてくれたら私がその子に手紙を書くから!」
「ええー……。でもなぁ、面倒くさいなぁ、それになぁ、男に協力して何か俺にメリットがあるの? なんか美味しい物おごってくれるの?」
「何言ってるのよ。私の友達なんだから女の子に決まってるでしょ? エルフの可愛らしい女の子よ! ほらほら、曲がりなりにも主人公なら困ってるエルフの女の子を見捨てるわけにはイカないでしょ!」
エリサの友達はエルフの女性だ。
おっとりした巨乳で包容力のある女性で、典型的なエルフの女性的雰囲気を持つ。
隙あればオークに襲われそうなエルフ、それがエリサの友人であり今回冒険を始めようとしている人物だ。
実はヴェルダートはエリサの友達が女性である事は当然知っている。
だが彼は、あえてそれを聞いた。
エリサに女性友達しかいない事を読者さんにアピールする為だ。
ヒロインに男友達は必要ない。
この様な地道な努力がハーレム物には必要とされ、ヴェルダートはそれを怠るつもりはなかった。
「うーん? エルフ女主人公でランキング上位か……まぁ、いいか」
「マオは待ちきれません! 早く教えて下さいお兄さん!」
女性エルフ主人公でランキング上位とか難易度高いな……。
基本的に男性による現代からの異世界転生が大多数を占めるランキングにおいて限りなくニッチな設定を持ってこようとするエリサの友人を讃えながら、ヴェルダートはなんとかアドバイスを捻り出す。
「そうだな。じゃあまず一番大事な要素を教えてやろう。これを外したら一生ランキングで日の目を見る事が叶わなくなる程の要素だな」
「気になります!」
「確かに! そんな要素があるのね! 楽しみだわ!」
「そうですわね、私達も参考にできる事があるかもしれませんわね」
ビシリと指を立て、説明モードに入るヴェルダート。
久しぶりの『お約束』説明の為か、どことなく満足気で、喜びに満ちている。
エリサ達もわくわくといった様子で彼の言葉を待つ。
やがて、ランキング上位に駆け上がる方法、極意とも言えるその技が齎される。
「――ズバリ、タイトルとあらすじだ」
「えっと……」
「なるほど!」
「つまり、どういう事でしょうか?」
マオを除いて、エリサとミラルダの反応は困惑だった。
彼女達にしてみれば当然だろう。そもそも説明が端的過ぎておおよそ理解できない。
むしろあの短い言葉だけで理解できるマオが異常とも言えた。
もちろん、ヴェルダートも言葉足らずなのは理解している。
彼は「まぁ待て」と小さく告げると、どこからか取り出したボードに何やら文字を書き始める。
エリサとミラルダが頭にはてなマークを浮かべる中、どうやら準備が終わったらしいヴェルダートは件のボードを魅せつけるように掲げる。
左上に"タイトル"と書かれたボードには、デカデカとこの様に書かれていた。
『派遣ニートの最強勇者道 ~魔王軍さらってハーレム作ります~』
一瞬静寂が支配する。
ヴェルダートはやり遂げた顔だった。
マオが凄い勢いで「わかります! わかります!」と顔を縦に振っている。
どうやら二人にはこれがどの様な意味を持つのか完全に理解出来ているようだ。
「ねぇ、なんなのこれ?」
「どこかで見たようなタイトルですわね。なんて言うかありき――」
「おっとミラルダさん! それ以上はいけませんよ!」
恐る恐る困惑を口にするエリサ。
思いのまま余計な発言をしようとしたミラルダはマオに止められる。
グッジョブとでも言いたげにヴェルダートがマオに対してサムズ・アップする。
「これが模範的なタイトルだ。最強とか、チートとか、そういう読者さんの興味をくすぐる単語を持ってくるんだ! そして最近のトレンドは"~"で区切る事だな。使って損はないぞ!」
「お兄さん! お兄さん! 派遣とニートは単語の意味として矛盾している気がするのですが!?」
「別にそんな事気にする奴はいないから大丈夫だよ! むしろ矛盾している方が読者さんの突っ込みと話題をかっさらうので良い手だな!」
「流石です! そこまで計算してるなんて!」
「あえて突っ込みどころを残す所も気づかれないけど重要な点なんだぜ?」
「適当すぎるでしょうが!」
どこまで盛り上がるヴェルダートとマオ。
エリサはなんとかこのふざけた空気、そしてこのふざけた手法を否定せねばと声を荒げる。
だが、いつもの様にその思いがヴェルダートに伝わる事はない。
彼は両手を軽く上げ、心底小馬鹿にした様子でエリサに向けてため息をつく。
エリサはグッと堪え彼の言い分を待つ。取り敢えず話しを聞いてから判断を下すのが彼女の心情だった。
ちなみに、ミラルダはすでに呆れ果ててしまった様子で聞きに徹している。
「あのなエリサ。重要な事はインパクトなんだよ。わかりやすくかつ方向性がイメージしやすい。しょっぱなからチートで"俺ツエー"が行われるんだなと理解できるタイトルが受けやすいんだ。だからこういうタイトルをつけるのは間違っちゃいないんだよ」
「お兄さん、あらすじはどんな感じになるのでしょうか?」
「あらすじはそうだなぁ、これもありきたりなやつでいいんじゃないか? この場合だったら、派遣でニートの俺がある日突然異世界に転生してハーレム作りつつ最強目指して~みたいな感じで。とにかく、これもわかりやすさが重要だ。さっきも言ったが、チートで"俺ツエー"が行われるんだなーって読者さんに理解してもらう事が重要なんだ!」
ぐっと拳を握り声を張るヴェルダート。
その表情には自信が満ち満ちており、眩しいばかりの笑顔を振りまいている。
反面、エリサの顔はどこまでもどんよりとしており優れなかった。
「はぁ、なんだかしょっぱなから疲れるわね。もっとこう、私は硬派なのがいいわ。あとシンプルで一見するとタイトルから物語がイメージ付かないようなものが!」
「あ、それ死亡フラグだからやめといたほうがいいぞ」
「世知辛い世の中ですわね。でもそれだと、どれもこれも似たような物になるのではないでしょうか?」
「確かに、ミラルダの言うとおり、タイトルだけ見てしまうとどれもこれも似たようなものと思われても仕方ない部分はある。そこで、第二の要素があるんだ!」
「「第二の要素?」」
したり顔で言い放つヴェルダート。
思わずエリサとミラルダが聞き返してしまった為、非常に嬉しそうだ。
同様にマオもテンションをあげている。
何やら碌でもない事を言い出すのは確実だった。
「そう、さっき説明した第一の要素と同じくらい欠かせない。ランキングを駆け上がるにあたって非常に重要な要素なんだ」
「わくわくしますね!」
「また下らない事言い出すんじゃないでしょうね?」
「タイトルとあらすじは説明受けましたし、次はヒロインについてでしょうか? ハーレムは重要らしいですからね」
タイトルとあらすじの重要性は一応のところ納得したエリサとミラルダ。
次はどの様な要素が重要になってくるのだろうか?
あれほど文句をいいつつも、ついつい気になってしまう二人はヴェルダートの言葉に耳を傾ける。
「第二の要素とはつまり"更新間隔"だ」
次は当然物語の内容にかんするものだろう。
そう考え、あれやこれやと言葉を用意していた二人は出鼻を挫かれてしまう。
そもそも"更新間隔"とやらがどういうものかよく分からない。
マオはすでに目をキラキラと輝かせながらピョンピョンと飛び跳ねているが、エリサとミラルダはただただ困惑するばかりだ。
お互い顔を見合わせ大きく一度首をかしげた二人は、ヴェルダートのペースに巻き込まれていると理解しつつもその真意を尋ねる。
「……? なにそれ?」
「冒険を物語として更新する間隔でしたっけ? それが何か重要なのでしょうか?」
「ああ、実は"更新間隔"ってのは最近特に重要視されてきている部分でな。ランキング上位にいるチート主さんってのはほとんどが毎日更新をこころがけている」
「えっ! 毎日……って冒険を毎日!? 流石にそれはキツイわよ!」
「でもそうしないと上位には登れないって事なんですか……」
「ああ、読者さんはいつだって冒険を心待ちにしている。時間がかかってゆっくりと進む物語よりも、一気に読めたり毎日読めたりする物語の方が人気が出るのは必然だ:
――"更新速度"。
それは過去から存在し、更に最近になってその重要度が増した要素だ。
ヴェルダートの説明する通り、更新速度はすなわち読者さんへの満足度に直結する。
日々様々な物語を読む読者さんは多くの物語を抱えている。
好きな作品は早く続きを読みたい! と思うのは誰しもが持つ欲求だ。
その欲求に十分に応えることこそが他の物語を押しのけ、多くの読者さんに支持されランキング上位に登る秘訣とも言えた。
「確かに、更新がすごーくゆっくりな"チート主"さんと、毎日テンポ良く進む"チート主"さんだったら後者を応援しちゃうかなー……」
「"更新間隔"が多いと、目立つって事情もありますね!」
「そんなこんなで、"更新間隔"を早める事は最重要項目なんだな。少なくとも、最初の冒険駆け出しの頃は毎日更新がオススメだ!」
「はぁ、大変なのねぇ……」
「ランキング上位……とは簡単に言いますけど。やはり一筋縄にはいかないのですね」
「つまり、結論を述べると。タイトルとあらすじで読者さんを捕まえて、早い更新間隔で逃さない事が重要って事ですね、お兄さん!」
「流石マオだ、よく分かってるじゃないか!」
「魔王なので!」
いえーい! とハイタッチをするヴェルダートとマオ。
こと『お約束』の事となると、これ以上ない程に意気投合し仲良くなるヴェルダートとマオにエリサも自然ともやもやとしたものを抱えてしまう。
理不尽な『お約束』とは別の理由で不機嫌になりつつあるエリサ。
だがふとした拍子に一つの疑問に思い当たり、鬱憤を晴らすかのようにヴェルダートにぶつける。
「……ねぇ、ヴェル。一つだけ質問があるんだけどいいかしら?」
「なんだ? 何か分からない事があったか?」
「……本編はどこにいったの?」
「……本編? なにそれ、美味しいの?」
君は何を言っているの?
ヴェルダートの表情は言外にそう伝えているようだった。
ぷるぷると震えるエリサ。
横で一連の流れを眺めていたミラルダが、そっとエリサとの距離を取る。
彼女の堪忍袋の緒が切れた事をつぶさに感じ取った為の行為だった。
「美味しいわよ! 一番大切で重要なところでしょうが! 果実で言えば実の部分でしょうが!」
「本編なぁ、本編。重要だよ。うん。でもさ、世の中それよりも大切な事ってあるだろ?」
「ないわよ! なんで本編よりタイトルとあらすじが重要になってるのよ! もう少し配慮しなさいよ!」
「お姉さん、落ち着いて下さい! 口うるさいヒロインは読者さんのヘイトを稼ぎますよ!」
「知った事か! 読者さんは関係ないわよ!」
ぎゃーぎゃーと暴れ始めるエリサ。
毎度の光景ながら、ミラルダは辟易としてしまう。
普段から良識人であり問題行動とは無縁と思えるエリサだったが、彼女の一番悪い癖がこの通り沸点が低い事だった。
結局、この様な展開になって話の本質から離れてしまうのだ。
このままドタバタ落ちで終わるのも如何なものかと思ったミラルダ。
彼女はイヤイヤながらもエリサを宥めるべく、一旦離した距離を詰め話しかける。
「本編は基本的にいつもの"俺ツエー"でいいんじゃないでしょうか? ヴェルダートさんのお話を聞いているとそんな気がしますわ。ね、エリサさんも一旦落ち着かれては如何でしょうか?」
「落ち着ける訳ないじゃない! もっと本編に配慮しなさいよ!」
だがミラルダの努力むなしく、エリサの怒りに油を注ぐだけの結果に終わる。
あちゃーと天を仰ぎ見るミラルダ。
どうやら油を注いだのはエリサだけでは無かったようだからだ。
「どの部分に配慮しろってんだ! オリジナリティを出せば出すほどランキングは下がるんだぞ! 無難に異世界に転生するのが一番だろうが! お前、現地主人公がどれだけ肩身の狭い思いをしているのかわかってるのか!?」
「知らないわよそんな事! 現地主人公でも凄い人沢山いるじゃない! 設定のせいにしてるんじゃないわよ!」
「そういうごく一部の天上人の事を持ってくるんじゃねぇよ! そんな魅力的な冒険できるなら初めからランキングなんて気にしねぇよ!」
「小さい! あまりにも小さすぎるわ! もっと野望は大きく持ちなさいよ! 姑息な方法で稼ごうとしてるんじゃないわよ! ランキング上位の人達を見習いなさいよ!」
「うるせーーー!! 俺の前でランキング上位の人達の話をすんじゃねぇー!!」
大声での言い合いを始める二人。ついには取っ組み合いに発展する。
ここまで来たらもはや誰にも止める事はできない。
皿やカップが飛び交い、喧嘩時に『お約束』の謎の煙が二人を覆う。
喫茶店を利用する周りの客も非常に迷惑そうだったが、幸か不幸かかかわると碌な事にならないであろう雰囲気がプンプンと出ていたため文句を言ってくる人物は皆無だ。
「やったー! お兄さんとお姉さんが喧嘩を始めちゃいました!」
「エリサさんもヴェルダートさんも、子供の様な人ですわねぇ……」
パンパンと両手を叩きながらゴキゲンのマオ。
彼女は他人の不幸や不和が何よりも好物だ。もちろん、自分が巻き込まれないようにちゃっかりとミラルダの横へと退避している。
ミラルダはその抜け目のないマオの立ち振る舞いに思う所が無い訳ではなかったが、この場においては彼女と共に行動したほうが良いと判断、早速逃げの一手に出る事とする。
「さっ、マオさん。あの方達は放っておいて、私達はお買い物の続きをしましょうか?」
「おお! お伴しますよ!」
ついには武器を取り出し、盛大に喫茶店を破壊しながら喧嘩を続ける二人。
恐らくこの後『お約束』的に店舗の修理費用の建て替えを無心されるのだろうが絶対に聞く耳を持たないでおこう。
ヴェルダートとエリサにとって絶望的な決定がミラルダによって下される。
喧騒をはるか後ろにやりながら、ミラルダとマオは悠々と買い物の続きをするべく歩みを進めるのであった。




