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これが異世界のお約束です!  作者: 鹿角フェフ
新第三章:テコ入れは迷走しがちなお約束

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42/55

ダンジョンは危険がいっぱいなお約束

 ガルダント帝国、商店街。

 様々な店舗が立ち並び手に入らぬ物がないとさえ言われているこの場所を歩く二つの人影がある。

 楽しそうに自らの購入物が入っているであろう紙袋を抱えるのはネコニャーゼ。隣にはその様子をどこか疲れた雰囲気で眺めるヴェルダートだ。

 彼らは本日ネコニャーゼのたっての願いによって書店で買い物をしていた。

「えへへ……今日は沢山薄い本が買えました」

「まぁ人の趣味にケチはツケない方針だし『お約束』的に腐女子キャラは一人はいた方がいいんだけど。けどなぁ……」

 ネコニャーゼが抱える紙袋には大量のBL本が入っている。

 週に一度行われるネコニャーゼのお買い物。一人では心細くてお店に行けないネコニャーゼのお供としてヴェルダートが引っ張り出された形だ。

 嬉しそうに猫耳をピコピコと揺らすネコニャーゼ。その無邪気な様子と行動がすさまじいまでにギャップを生む。

 ヴェルダートとしては一過性の腐女子設定をあんまり推してキャラの方向性が怪しい所に向かってしまうことを危惧していたが、彼女の趣味は止まらない。

 ただでさえ控えめキャラで出番が少ないことを気にしていたネコニャーゼは腐女子であることにアイデンティティを見出したのか隙さえあればこの様な行為に走っていたのだ。

 流石にこれ以上しつこい演出は厳しいか? そう思ったヴェルダートが注意をしようとした矢先、彼が言葉を掛ける前にネコニャーゼが何かに気がついたように「あっ」と声を漏らす。

「えと……ヴェルダートさん。あれってタケルさんじゃないですか?」

「ん? 本当だ。バニラ……じゃなかった、ビッチもいるな。あいつらもこっちに来ていたのか……それにしてもどうしたんだ?」

 ネコニャーゼが指差す先にはヴェルダートの舎弟、"チート主"さんのタケルがいる。

 彼の一応のヒロインであるバニラも一緒だ。

 だがどうしたことか、彼らは体中傷だらけてボロボロ、まるでさっきまで戦場におり負けて帰ってきた所ですと言わんばかりの様子だ。

 だがタケルとて"チート主"だ。それにヒロインのバニラは魔王である。そんじょそこらの敵に負けるようなことは無い。

 普通ならあまりありえない様子に首を傾げるヴェルダート。

 とりあえず声をかけてみるかとネコニャーゼを伴って近くに歩みゆくが彼が声をかける前にタケル達の方が気がついたらしく、その悲壮溢れる顔を安堵によってくしゃくしゃに歪め始める。

「兄貴ぃぃぃぃ! こんな所で出会えるなんて奇跡っす! 助けて欲しいっすぅぅぅ!」

「助けて欲しいのじゃあああ!!」

 全速力でこちらへやってくる二人をヴェルダートはどうどう、と落ち着かせる。

「おうタケル。何があった? とりあえず話してみろよ」

 なんだかよく分からないがタケルが不幸になっていると楽しいな。

 頼もしい兄貴肌を装いタケルを慰めるヴェルダートは心中で恐ろしく下衆な思考をしながらタケルにボロボロになったその理由を語らせるのだった。


◇   ◇   ◇


「それで、ダンジョンねぇ……」

「やばいっす! このままじゃ読者さんが離れてしまうっす!」

「嫌なのじゃ! せっかく沢山の読者さんと知り合いになれて夜な夜な交流会と称したらん……素敵なパーティーを出来るようになったのじゃ! このまま落ちぶれるのは嫌なのじゃ!」

 場所を移して喫茶店。タケルより彼らが直面している問題について説明を受けたヴェルダートはカップに入ったコーヒーを飲み干しふぅとため息を付く。


 タケル達は以前ヴェルダートのアドバイスを元に書籍院が開催する書籍化大賞に応募している。

 数々の"チート主"さんがしのぎを削り、己の冒険を引っさげて勝負する書籍化大賞であったが、なんとタケルはその一つで見事受賞を果たしたのだ。

 書籍化大賞での受賞は確かな実力、そして"チート主"さんのセンスが問われる。

 それはまさにヴェルダートによるアドバイスとタケルの類まれなる努力の結果が引き起こした奇跡であり当然の結果だ。

 受賞の慌ただしさでヴェルダートへの報告が遅れたもののタケルとてヴェルダートへの感謝を忘れたことはない。

 本来ならば余裕ができ次第ヴェルダートに報告しそれで終わるはずの受賞。

 だが話は少々ややこしくなる。

 それはタケル達の冒険に関してダンジョン物で進めようという指示が賞を行った書籍院より入ったのだ。

 書籍化にあたって物語の方向性が変わることは『お約束』だ。

"チート主"さんにもよるが書籍化にあたって今まで行って来た物語と差別化を図るために大幅な変更が加えられることがある。

 その様な変更を行って今まで"チート主"さんの冒険を応援してきた読者さんが喜ぶような仕組みを作り上げることが往々にしてあった。

 このルールにしたがってタケルも新たな冒険を行うことを書籍院より求められていた。

 通常ならばわかりましたと快諾していつも通りの冒険を新たに行えば良いだけのこと。

 だが問題はそう簡単には終わらない。

 楽勝かと思われたダンジョン攻略だったのだが、その難易度が異常でいくら挑戦しても一向にクリアできなかったのだ。

 このままでは延々同じ演出が繰り返され物語がマンネリ化し飽きられる。

 かくして事態が危機的状況にあることを理解したタケルは最も頼りになりかつ様々な『お約束』に熟知しているヴェルダートに慌てて助けを求めたという訳だった。


 ことの顛末を詳細に説明し終え、縋るような視線を自らが尊敬するヴェルダートへと向けるタケル。

 いつもならイヤイヤながらも『お約束』に関係することだとタケルを助けるヴェルダートだが、今回ばかりは少し様子が違う。

 彼は心底面倒くさそうな表情でボソリとその場にいる者がようやく聞き取れる音で小さく呟く。


「でもさぁ、受賞作家様だからなぁ……。俺とは大きな差があるよなぁ。嫌だなぁ、気後れするなぁ」


 つまり、彼はタケルが受賞作家であると判明した途端やる気をなくしていたのだ。

「わあ……受賞なんて凄い! おめでとうございます」

 ネコニャーゼが笑顔で祝福の言葉を述べる。ヴェルダートは対照的に陰鬱とした様子だ。

 ヴェルダートはとてつもなく小さい男だ。

 賞を受賞していない彼は自分も書籍化しているにもかかわらず、賞を受賞しているという一点で相手に対してコンプレックスを抱いてた。

 賞を持っていると箔が付く、普段から舎弟として扱い完全に上から目線で接していたタケルが唐突に受賞作家になったことが気に入らないのだ。

 おおよそ物語の主人公に似つかわぬ器の小ささ。

 それがヴェルダートという男だった。

「そんな! 微妙に評価が下がってしまいそうな台詞を言わないで助けて欲しいっす兄貴!」

「後輩を応援すると思って助けて欲しいのじゃ! このままじゃタケルは大ゴケして大爆死なのじゃ! あとお祝いの言葉ありがとなのじゃ!」

 タケルとバニラは退いてなるものかとヴェルダートへ説得を続ける。

 彼らに後は無い。基本的に『お約束』を熟知しているヴェルダート以外にこの問題を解決できそうな人物に心当たりが無いからだ。

 このままいけば話に起伏がなくなり打ち切りエンド。

 それだけは避けたい事態だ。

 その想いが通じたのだろうか、ヴェルダートに変化が現れる。

「ちなみにどの賞取ったんだ?」

 彼はテーブルに突っ伏していた頭を重そうにあげると睨みつける様にタケルに視線を向け小さく尋ねた。

 タケルはその問いの答えがヴェルダートの機嫌を損ねるであろう事を重々承知している。だがここで嘘をつくと面倒になると思い正直に答える。

 そう、彼が受賞した賞の種類を――。


「た、大賞っす……」

「うわぁ……大賞受賞者様かぁ。眩しくて直視できないなぁ。俺みたいな賞という単語とは無縁の木っ端は放って置いて勝手に冒険して欲しいなぁ」


 ヴェルダートは完全にやる気をなくした。

 その場で椅子に深くもたれかかり生気無くした様子であらぬ方向を見つめている。

 ネコニャーゼが気を利かせてヴェルダートを揺り動かし起きるように促すが、彼は全く動かない。完全に体中の筋肉を弛緩していた。

 受賞する賞には明確にヒエラルキーが存在する。賞の位は非常に重要な存在だ。大賞受賞者など会話をするのも躊躇するしおこがましい。

 そんなことをうわ言の様に説明しながら態度悪く足を組み直すヴェルダート。

 もちろん、彼の脳内においてのみ存在するルールなので誤解しないで頂きたい。

「むう……助けてあげましょうよヴェルダートさん」

 心優しいネコニャーゼがなんとかしようと必死にヴェルダートを説得する。

 だが彼は自分に正直だ。

「でもライバルを助けるとかなんか嫌だな。それ以上に大賞受賞者って響きが殺意を抱く」

 ヴェルダートは賞を受賞していない。

 彼は全ての受賞者に敵意を抱いていた。

「えと……助けてあげたら後でいろんなお返し貰えるかもしれませんよ?」

「……コネか。ありだな」

 途端、ヴェルダートの瞳に生気が戻る。

 タケルは大賞受賞者だ。書籍院での期待も大きい。

 ここで恩を売っておけば後々様々な面で便宜を計ってもらえるのではないだろうか?

 一切善意の無い、純粋な打算のみでヴェルダートはタケルを助けることを決意する。

 直ぐ様飛び跳ねるように姿勢を正すと、キョトンとするタケルとバニラに喰らいつくように助力を申しでる。

「よし! 俺に任せろタケル! なんでも解決してやるよ! 早速そのダンジョンとやらに行くぞ!」

「ありがとうっす兄貴! いろいろと気になる点はあるっすけど嬉しいっす!」

「感謝なのじゃ! これで妾とタケルの素敵な冒険譚も続けることができるのじゃ!」

「俺のこと、いろんな人によろしく伝えておいてくれよ! 能力三割増しでな!」

「もちろんっす!」

 打算と自分の趣味でのみ動く男ヴェルダート。

 タケルはその利己的な性格に主人公として必要な条件を垣間見ると、早速ヴェルダートをダンジョンへと案内した。


◇   ◇   ◇


 薄暗くも微かな明かりが灯る洞窟を静かに歩くヴェルダート達。

 彼らはあの後すぐにタケルが攻略に挑戦するダンジョンへと向かった。

 街の外れ、まるでひと目から隠される様に配置され自分達以外は利用者がいないと思われるその洞窟内を攻略している最中だ。

 こここそがタケルが挑戦し続け、敗北を重ねているダンジョンだった。


 ――ダンジョンにはいくつか種類がある。

 単純に物語の一要素として出るもの、逆にダンジョンのクリアそのものが物語の最終目標となるもの、最終目標とまではいかないがメイン舞台がダンジョンの攻略に集約されるもの。

 その種類は千差万別だ。

 だがダンジョンものと呼ばれるダンジョンが物語に必要不可欠な要素となる場合だと比較的設定が練りこまれている為厄介だ。。

 そしてタケルの話から彼が攻略するダンジョンはそのダンジョン物のである可能性が非常に高い。

 ダンジョン物はそのシステムや設定が複雑で物語に深く食い込んでいる。

 その為まずはダンジョンの特徴やシステムを掴むことが物語を進めるにあたって必要不可欠だった。

 ヴェルダートは辺りを注意深く観察しながら正四角形に美しく掘られ直角曲がり角を持つダンジョンを進んでいく。

「ふーん。見た目は直角を多用した古いタイプ……ちょっと古くさい気もするがいたって普通のダンジョンだなぁ」

 壁に手を這わせながらダンジョンを細かく観察するヴェルダート。

 同行するネコニャーゼは彼の後ろを守るようにピッタリとその背後に位置取りながら疑問を口にする。

「むう……他の皆に付いて来て貰わなくてよかったんですか? ヴェルダートさん」

「ダンジョン系は基本的にパーティー組める人数が決まっているのが『お約束』なんだよ。この制限がないと軍団編成してダンジョン攻略されて速攻で話が終わっちゃうだろ?」

「うう……確かにそうですね」

「一応最大八人まで人数増やせるんすけどまだクエストクリアしてないから人数が四人までなんすよね……」

「クエストクリアで制限が解放されるのも『お約束』だよなぁ」


 ダンジョンには多数のお約束が存在する。

 パーティーの制限等はその最たる例だ。

 何故か当然の様にパーティー制限が存在するダンジョン物は他にも何故か勝手に魔物が湧き出してきたり、何故か勝手に宝箱が出現したり、何故か一定階層毎にボスが配置されていたりとその『お約束』の枚挙に暇がない。

 特殊な環境下で物語を行う為様々な制約をつけないといろいろと粗がでる為だ。

 この辺りの設定を無視し奇をてらってオリジナルの設定を入れたりすると大抵ダンジョンの仕組みの整合性が取れず読者さんに指摘されエタることとなる。

 ダンジョンとはその様な数多くの『お約束』の上に成り立つものだった。


 それらの説明をドヤ顔のヴェルダートから受けながら、一行はダンジョンの奥へと進んでいく。

 タケルは先程から説明を聞き漏らさぬようメモを取っている。

 道行く敵もさほど脅威にはならない。

 既に階段もなんどか降りて辺りの様子も変化してきている。

 それでも彼らの歩みを止める物は全くない。

 まるで遠足の様な雰囲気の中、ネコニャーゼは現状に少々不思議な点を感じでおそるおそる質問する。

「えと……そういえば、このダンジョンの何が大変なのでしょうか?」

「あ、そうっすね! その説明忘れてました! 実はですね――」

 ネコニャーゼの質問は至極まっとうな物だった。

 もともとタケルはダンジョンの攻略が難しいとヴェルダートに泣きついている。

 だが今の状況ではその様な雰囲気は一切なかった。

 当然湧き上がる質問にタケルも説明を忘れていたことに気が付き、しまったといった表情を見せると慌ててメモをしまいダンジョンの問題点についての説明を始めようとする。

「えっと……どこかにないっすかね? あっ! あった!」

 キョロキョロと辺りを見回したタケルはダンジョンの影になにやら見つけるとそこへ向かって小走りにかけてゆく。

 ヴェルダートが目を凝らしてタケルが向かった先を見つめるとそこには何やら腰ほどの高さがある案内板らしき立て札があった。

 案内板の前まで移動したタケルはポンポンとその板を叩き、こちらに向き直りそれを見せつけるように自らが直面する問題について語る。

「敵はそんなに強くないんすよ。けどこうやっていたるところに理解の出来ない仕掛けが沢山あってそれが厄介なんすよね。今回の案内板は……初めて見るっすね」

「えと……矢印と一緒に14へ行けって書いてますね? どういう意味でしょうか?」

 案内板はなんの変哲もない木製のそれだ。

 ネコニャーゼが読んだ通りわけの分からない数字が記されている。

「あー……14か? 当然却下だ。行ったら死ぬ。ってかこのネタニッチすぎるだろ。一体何人の読者さんがこのネタ拾ってニヤニヤ出来るんだよ。もっと分かりやすいネタ入れろよ」

 何が何やら全く理解できないタケル達、好奇心が勝り思わずその14へと向かおうと考えるが何故かそれは不機嫌極まりない表情のヴェルダートによって却下される。

 同時にヴェルダートの機嫌はどんどん下降していく。

 この案内板に記された文字、そしてタケルが直面する罠とやら。

 その単語からある『お約束』を思い出したのだ。そしてそれは彼が想像する中で最も良くない物だった。

 先ほどの余裕ぶった態度はどこに行ったのだろうか。途端に緊張に見を張り詰めたヴェルダートは一瞬でこのダンジョンが秘める危険性を察知し脱出を決意する。

 その考えに至り、口にする僅かな間だった。

「あっ! 宝箱なのじゃ! ラッキーなのじゃー」

 フラグは回収される。

 既にヴェルダート達には見えない所で大きなフラグを立てていた。

 喜びの声を上げる人物。それはタケルのヒロインである魔王バニラだ。

 彼女が指差す先にはこれみよがしに宝箱が置いてあり、何やら怪しげな雰囲気を放っている。

 迂闊なことにバニラは宝箱を見つけた喜びの方が警戒心より勝っていたのだろう。びゅーっと勢い良く走って行くとその手を宝箱にかける。

「あっ、おいやめろ! なんで取ってつけたように迂闊な行動をするんだよ!」

 慌ててヴェルダートが制止の声を叫ぶ。

 だが遅い。

 バニラの手に力が込められ宝箱が開かれてしまう。

 刹那、宝箱から光が漏れ出す。何らかの罠が発動したのかまるで昼間の様に辺りが照らしだされヴェルダート達は包み込まれた。


『石の中にいます』


 次の瞬間、世界は闇に包まれた。

 呼吸も出来ず、言葉も発することもできない。

 それどころか身動きすら取れず体中が激しく圧迫される。

 体中のあらゆる場所が警鐘を鳴らす中、ヴェルダートの意識は静かに飲み込まれていく。


 ………

 ……

 …


「……っ!? うぉおおおお!! やべぇぇぇ!」

 洞窟の外、いくらか開けており短めの草木のみ生える広場の様な場所で目覚めたヴェルダートは直ぐ様大声で叫び声を上げた。

 バクバクと鳴る心臓をなんとかなだめながら辺りを見回すと、同じように地面に倒れていたタケル達がノッソリ起き上がる。

「ね、こんな感じなんすよ……」

「また死んでしまったのじゃー! 理不尽なのじゃー!」

「あう……な、なにが起こったんですか?」

 はぁ、と溜息をつきながら縋るような視線をヴェルダートに向けるタケル。

 バニラはガン泣きし、ネコニャーゼは何が何やら分かっていない様子だ。

 タケルのあっけらかんとした様子にヴェルダートも一瞬にして沸点に達する。

「お前これあれだろ! ヤバイやつだろ! ホントマジやめろよな! 危うく灰になる所だっただろうが!!」


 そう、あの瞬間発動したのはトラップ。それも即死するタイプの物だ。

 ダンジョンにはいくつか種類がある。

 その中でも現在ではあまり使われてないダンジョンがあった。

 旧時代のダンジョン。

 それはまだ"チート主"さんという言葉が無かった時代、主人公が特別では無く大多数の中の一であった時代。

 主人公の命が羽より軽かった時代に一世を風靡したダンジョンだ。

 その特徴は簡単かつ明瞭である。

 キャラを全力で殺しにかかってくる。

 その為にありとあらゆる致命的なトラップが散りばめられている。

 キャラもヒロインも決して死ぬことはない現在の物語とは全く真逆を行く設定。

"俺ツエー"ではなく純粋に冒険者達の生き様を楽しむプレイスタイル。

 旧時代のダンジョンはまさに死亡フラグが服を着てそこらを歩いていると言っても過言ではないドS度を誇っている。


 それが、タケルが偶然にも攻略することとなったダンジョンだった。

 まるで読者さんの心を折るかの様に設定されたこの種類のダンジョンではその難易度から脱落者も少なくは無い。

 運悪くこの旧時代のダンジョンに当たってしまったタケルは毎回毎回似たような理由で死んでは入り口で復活していたのだった。

「と、とりあえず死んだら入り口に戻されるタイプで良かった。ガチなタイプだったら洒落にならなかったぞ……」

 旧時代のダンジョンは基本的に死んだらそこで終わりだ。

 おまけ程度に復活する可能性が残されているがそれも当然の様に失敗して読者さんの心を折るアクセントとしてしか機能しない。

 その中でも幸運なことに今回のダンジョンは命を奪われないという点に置いてのみだが安全な物だったらしい。

 このタイプは比較的ライトな読者さんにも楽しんでもらえるよう完全死亡の設定を排除した安心設計だ。

 だがそのリスクは一向に衰えていない。死亡――復活する為あくまで擬似的なものだが、その際には身ぐるみは剥がされ所持金も減らされる。

 当然の様に装備している全てのアイテムを失っているヴェルダート達ではあったが、命があったことでよしとし早々にこの件から手を引くことを決意する。

 このまま挑戦していは何回死ぬかわかったものではない。もはやタケルのことなどどうでもよかった。

あっけらかんと今回の問題点をバニラと駄目出ししだすタケルに憎々しげな視線を送りながらヴェルダートはネコニャーゼを呼び寄せさっさと帰ることを伝える。

「ちなみに、ダンジョンには超強い兎がいるんすけど、いつも一瞬でやられてしまって……これも助けて欲しいっす兄貴!」

「だからどれもこれもネタがニッチすぎるって言ってるだろうが! フラグを建てるんじゃねぇよ!」

 その鋼のメンタルで相変わらず恐ろしいことを言い出すタケル。

 彼が説明するモンスターも何やら死亡フラグが見え隠れしている。

 結局ヴェルダートに見放されたかと思ったタケルであったがその後諦めることなく何万回という試行錯誤を繰り返してダンジョンのクリアを果たす。

 よって彼の物語はエターを免れることとなったのだが、その何万回もの挑戦をわずか数行で片付けられたことにタケルは大層不満気な様子だった。

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