方向転換は重要なお約束
ガルダント帝国マテリア魔法学園。
学生用寄宿舎の一角、ヴェルダートがあてがわれたその部屋。
ヴェルダートは自らのヒロイン達を招きながら、日夜活作戦会議と称しつつ日々を無為に過ごしていた。
「いやー。それにしてもやっぱり皆がいると落ち着くなー。なんだかいろいろあった気もするけど、またいつもの毎日が戻ってきたって感じだ」
自らの定位置であるベッドの上で寝転がりながら誰に言うでもなく呟くヴェルダート。
皆一連の出来事で気力を使い果たしたのか特に文句を言うでなく思い思いに過ごしている。
もちろん、当然に新ヒロインのシズクもいる。
だがどうしたことか、彼女は不安気で何やら心配事がある要素だ。
そんなどこか困惑した様子すらあるシズクを不思議そうに一瞥すると、エリサはこの日一番大きな溜息をついた。
「なんだかいろいろあったけど、ようやく一段落付いたって感じね。エリサちゃん長旅で疲れたからしばらくこっちでまったりとしたいなー」
「そんな簡単にいくなら物語に山谷は必要ありませんよお姉さん! きっと何か始まる気がします! お兄さんも戻ってきたことですし!」
「えー。もう面倒事は嫌だわ。ねぇマオちゃん、もう世界滅ぼしてバッドエンドで終わりましょうよ」
「流石に格好悪いのでそれでは世界滅ぼしませんよ。もっと絵になる理由が欲しいです!」
この場にいるのはヴェルダート、エリサ、マオ、そしてシズクだ。他のメンバーはそれぞれ用事があるらしくて外している。
マオとエリサが楽しげに会話に花を咲かせ、ヴェルダートがそれを眺めながらボンヤリと無駄に時間を過ごす。
まるでこのまま何も起こらず話が終わってしまうかの様に思われる中、不意に声が上がる。
「あ、あの……。ちょっといいかな?」
ニコニコと会話を行う二人におずおずと声をかけるのはシズクだ。
学園での邂逅でシズクはヴェルダートのヒロイン達と仲良くなっている。
そして密かにエリサ達に新しいヒロインとして受け入れられてもいる。
面倒くさい女同士の争いなど読者さんに好まれない為新参者としてハブられる様なことも無く仲は非常に良好だ。
故に、シズクがここまで挙動不審になる理由は他にあった。
「どうしたんだ切羽詰まって」
緊張しているのか、自らの包帯をいじりながらおずおずとで皆を見回すシズク。ヴェルダートもその様子を訝しんだのか一番に応えを返す。彼女の懸念が分からなかった為だ。
「シズクちゃんとエリサちゃんはマブダチになったのだ! 何でも話すといいと思うわ!」
「シズクさんはマオの部下でもあります!」
続けてエリサとマオの明るい返答。
二人共ニコニコと屈託の無い笑顔を見せており平和そのものだ。
そしてその平和が問題だった。ゴクリ……と喉を鳴らし、シズクは己が内にある最大級の疑問を正直にぶつける。
「えっと、その……ガルダント帝国を襲っている魔王はどうするのかな……って?」
「「「え?」」」
「えっ!?」
一斉にあがった驚きの声にシズクも思わず声を漏らす。
なにそれ? みたいな反応と表情をされたからだ。
思わずシュンとなるシズク。なんだか自分が間違っている様な気がして凄く恥ずかしくなってしまう。
もちろん彼女の疑問は至極正当なものであるしそもそも常識から全力で外れているのはヴェルダート達だ。
だかこの場においてシズクが正しいことを説明してくれる人物は居ない。
いつだって大多数が正義だった。
「そういやどうなったんだ。誰か知ってるか?」
「私は知らないわ。元気にしてるんじゃないかしら?」
今の今まで忘れていたのだろう。話を振られたエリサもあまり興味なさそうに首を左右に振る。
その様子をどう捉えたのだ「そっか、なら大丈夫だな」と明るくヴェルダートが言い放ちワッと笑いが起こる。
明らかに話題にそぐわぬ対応にシズクも流石に慌てて声を張り上げた。
「そ、そうじゃなくて! 魔王だよ! ヴェルダートは魔王を倒す為に冒険してたんんだろ? 確か私にも言えない因縁があったはず! なんで普通に寄宿舎でまったりしてるんだい?」
「いや、テコ入れで始めたんだけどなんかあんまり新章の設定も盛り上がらなかったし、やっぱり今まで道理に軽ーく進めようかなって思ってさ。方向を戻したんだ」
「因縁は!? 魔王に故郷を滅ぼされたとかじゃなかったの?」
「いや、実は故郷は滅ぼされてないんだよな。そもそもあれもテコ入れの設定だから実は中身を考えていなかったりもするし」
テコ入れは重要だ。そして方向転換も重要だった。
ネタが尽きかけた為新しいことを始めようと企画されたヴェルダートの新章とそれに伴う数々の設定と冒険。
それらは人気が出ないと判断されるや一方的に放棄された。
物語は読んでくれる読者さんがいてこそだ。
読者さんの興味に合わない物語は早めに舵切りをすることが重要だった。
「でも実際に魔王が襲ってきているんだろう? このままじゃガルダント帝国の人たちもマテリア魔法学園の友達達も皆殺されちゃうよ。ヴェルダート! 君がしっかりしてくれないと駄目じゃないか! 奴らを倒せるのは君しかいないんだよ!」
だがそんな事情もシズクは知ったことではない。
彼女はガルダント帝国の生まれだ。自らの育った国がいまだ危険にさらされている中、平和を享受し過ごすことなど到底出来ない。
自分が置かれた状況、そして自分の国が置かれた状況を今一度思い出して思わず瞳から涙がこぼれ落ちる。
きっとヴェルダートは今一番困難な時期にあるのだ、だが彼ならきっと立ち上がってくれる。
そうしてまた自分達と一緒に巨悪に立ち向かってくれるはずだ。
ここに来てはもはや中途半端な中二病台詞を言っている場合ではない。彼女は心の底からヴェルダートにもう一度巨悪に立ち向かって欲しいと願った。
中二病キャラにもシリアスシーンは必要だ。
普段人とはズレた台詞ばかり言っている中二病キャラだからこそシリアスシーンでは読者さんの心を動かすこととなる。
大抵どの様な物語にもこの類のシーンは用意されていた。
もちろんこの物語はギャグなので彼女の涙は全て無駄に終わることになる。
「シズクさん。シズクさん。その心配は必要ありませんよ」
「えっ? ど、どうして? まさか見捨てるって訳じゃ……」
くいくいっと彼女が着る和服の袖が引っ張られる。シズクがそちらに目をやるといつの間にか席を立ち自分の側までやってきていたマオと目が合う。
彼女は何を言いたいのだろうか? 悲しみが身を包む中、少しでも事態が好転することを祈りつつ彼女はマオの言葉に耳を傾ける。だが――。
「マオが全員倒しました」
「えっ!?」
事態は好転するどころか既に終了していた。
「マオが全員倒しました。魔王デモニアークからその四天王全て、部下に至るまで毛ほども残っていません! いくら雑魚とは言え魔王を名乗る者を放置しておくわけにはいけませんので!」
ドヤ顔で言い放つマオ。
彼女は学園編に出てきた魔王が自分と役割が大いにかぶっていることに憤慨、話の合間にガルダント帝国を襲う魔王の軍勢その全てを返り討ちにした。
ちなみにエンディングもしっかりと確認して裏ボスである邪神も撃破済みだ。
恐ろしいまでに徹底されていた。
わずか数行で説明をもってヴェルダート最大の敵魔王デモニアークは滅ぼされガルダント帝国に平和が戻った。
ガルダント帝国を襲った脅威はあまりにも悲劇的な存在だった。
「へっ!? ま、魔王を倒した? ど、どういうこと? たしかにマオさんは凄く強いけど流相手は魔王。そんなのありえないよ……」
「ねぇシズク……今からちょっと残酷な現実を伝えるけど気を確かに聞いてね」
「え……えっと、どうしたのかなエリサ。改まって――」
エリサが真剣な表情でシズクに向き合う。思わず身を硬くするシズク。
やがて、彼女の口から衝撃の事実がもたらされる。
「うちのマオちゃんね。本物の魔王なの……」
「――えっ?」
「それもガチの。そんじょそこらの敵では指一本触れられないわ。ちなみにヴェルダートとか私達もマオちゃんの四天王にされてるわ」
シズクは固まる。あまりにも突拍子のない言葉だったからだ。
以前マオが魔王だとヴェルダートから聞いたことはある。
だがそれはマオが魔王位恐ろしい子だと勘違いしていたのだ。
その言葉が本当だった。彼女には俄には信じられない事実。
しかしながらその言葉はどこか不思議と納得させられるものがあり、何故か真実だと理解できてしまう。
キャラクターが深く疑問を持つこと無く説明を受け入れて都合よく話が進む『お約束』だった。
「ちなみにシズクさんも面白そうな方なので四天王になって貰いました! 攻撃受けた時に通常とは違うダメージ音が鳴るおまけ付きですよ!」
「えっ、四天王って全員埋まってるわよね? どういうこと?」
「四天王なのに五人いる『お約束』ですよお姉さん!」
わいわいと盛り上がるエリサとマオ。
理解できたからといって納得できる訳ではない。いまだ追いつかない思考をなんとか叱咤激励しながらシズクは声を絞り出した。それは現状の理解に対する拒絶の言葉だ。
「え……は? はははは。う、嘘だよね?」
「んー、シズクもギルドに登録してるだろ? ギルドカード見てみろよ」
言い聞かせるように告げられるヴェルダートの言葉にしたがって半ば気の抜けた様子でギルドカードを取り出し確認するシズク。
そこにはご丁寧なことに「職業:魔王マオの四天王」と記載されていた。
「ギルドカードとか久しぶりに出てきましたね! マオ忘れていました!」
「こういう時に使っておかないとな」
久しぶりに出た本人達ですら半分忘れかけていた設定を使うことができ満足気な表情のヴェルダート。死に設定が多いと主人公の度量が問われる。
隙あれば昔出した設定をこれみよがしに使って忘れていませんよアピールを行うことが求められた。
「まぁそんなこんなで世の中は平和になったってことだ。いやぁ、テコ入れにと新しい設定ばらまいたけどやっぱり変に違うことはしない方がいいなぁ、勉強になった」
「嬉しそうにしちゃって。ヴェルはご満悦でしょうねー。散々"俺ツエー"をやって新しい女の子もゲット出来たんだし」
「まぁまぁ、そう言うなよ。物語が進むに連れて新しいヒロインが参加するのは『お約束』なんだからな」
「べーっだ!」
強引という二文字では表せないほど強引に新章の設定を収束させたヴェルダート。
まったく反省すること無くいつもどおりの日常を続けようとする彼に流石のエリサも辟易としている。
だがそんなエリサをヴェルダートは顧みない。
彼はいつだってマイペース。それがヴェルダートという男だった。
「よっし、じゃあ新しいヒロイン役も入ったことだしこれからも『お約束』を実践していくかな。シズクはツッコミ属性っぽい所があるし楽しみだ――ん? そういえば、さっきから反応ないがシズクはどうした?」
「シズクさんは四天王になったことがショックで放心していますよ! 真っ白になって面白いです!」
「わ、私が四天王。ど、どうしよう。選ばれし光の戦士なのに……あれ? でもこれってチャンスかも? だって、そう、四天王だもん」
シズクは理解の範疇を超える出来事に放心状態だ。
今まで散々痛い発言や設定を練り上げていたにもかかわらずそれが現実になってしまったから当然とも言える。
魔王四天王の一人……中々に痛い設定のそれであるが普通の村娘であるシズクにとっては非現実的過ぎてどうにもしっくり来ない。
勇者とか魔王とか、どこか遠い国の出来事と思っていたのだ。
だがヴェルダートのヒロインになってしまった以上その様なぬるい人生は歩めるはずもない。
彼女にとっての夢にまで憧れた日現実的な日常はこれからも彼女の胃を痛めるべく唐突にやって来るだろう。
「え、ちょっとこれどうなってるの? 本当に真っ白なんだけど……」
「真っ白になる『お約束』だな。俺もここまで見事な真っ白は初めて見たぞ……」
「記念に写真を撮っておきましょう!」
とりあえず明日から自分が考えた設定を練り直さなければいけない。
そうボンヤリと考えながらショックで真っ白になり固まるシズク。
その場所だけまるで色彩を失ったように真っ白でどこかどんよりとした雰囲気が漂っている。
ギャグ物でありがちが王道的演出を間近に見られたことに喜ぶヴェルダートとマオは喜び勇んでその様子を写真で撮影する。
ここに来てようやくシズクもヴェルダートのヒロインとして相応しい位置に落ち着く。
すなわちそれは理不尽な目に遭いまくるということでもあった。




