閑話:『決闘』
「学園って言ってもすることないなぁ」
マテリア魔法学園。ヴェルダートが所属するクラス。
昼休憩の時間、人の少なくなったクラスでヴェルダートは誰に言うでもなく呟く。
その言葉に反応したのは彼の丁度前の席に座るネコニャーゼだった。
「むう……そう言えば敵はどうなったのですか、ヴェルダートさん」
「なんかマオが全員倒してしまったらしい。つまらん」
「わあ……やっぱりマオちゃん強い」
「ジト目だって強いぞ。なんてったって四天王なんだからな……」
「むう……あんまり実感ありません」
エリサとミラルダの転入に続くマオとネコニャーゼの転入。
その際に全てのイベントは叩き折られた。
ありとあらゆる要素は抜け目なくマオによって排除され、なんとか『お約束』を行おうとしたヴェルダートを落胆させる結果となってしまっている。
その為現在のヴェルダートは非常にテンションが低い。
水が無いと魚が生きられない様に、『お約束』が無いとヴェルダートも生きていけないのだ。
「しっかし、やばいなー。マオが全部フラグを潰しまくったお陰で本当にやることがなくなった。このままだらだら続けていてもメリハリが無くて読者さんが離れるしな……いっそ日常物にシフトするか。いや、でも日常物は男が出ないのが『お約束』だしな……」
「えと……事件が起きるといいですね!」
どのように応えていいか分からず当り障りのない返答をするネコニャーゼ。
そんな彼女にひらひらと手を振り返し応えたヴェルダートは無気力な様子でぐでんと机に突っ伏してしまう。
だがこのまま日常系にシフトすること無くイベントは起きるらしい。
ヴェルダートがそのまま昼寝でもしてしまおうかと考えたその矢先。教室の扉が勢い良く開かれてシズクが乱入してくる。
「ああっ! よかった、まだいたんだ! ヴェルダートにネコちゃん! ちょっと聞きたいことがあったんだよ!」
「なに、何だ? 面白いことか? フラグか何かが立つのか?」
「はい……なんですか、シズクさん」
バッと顔を上げて嬉しそうに尋ねるヴェルダート。ネコニャーゼも興味があるのかピコピコと猫耳を動かしながら興味深げにシズクの言葉を待っている。
二人が話を聞く体勢になっていることを把握したシズクは真面目な表情で二人に問う。
「なんで学園が元に戻っているのかな?」
「『お約束』だな」
「えと……『お約束』ですね」
期待していものとは違ってありきたりな質問に途端にやる気を無くすヴェルダート。
ネコニャーゼも少々不満そうだ。
そんな二人の様子が癪に障ったのか、もはや誰しもが忘れているツンデレ設定を持ちだして沸点に達したシズクは勢いをつけて怒り出す。
「えっと、その……まったく理解できないのだけど、なんで『お約束』だと壊れた学園が一瞬で元に戻るのかな? 皆不気味がって登校すらしていないんだけど……」
「まぁ、そういうこともあるんだよ。あんまり深く考えるな。これがシリアス物語だったら元には戻らないんだが幸いまだギャグみたいだ。良かったな。壊し放題爆発し放題だぞ」
「うう……これも世界の法則だというのだろうか」
肩を落としながらブツブツと誰に言うでもなく呟くシズク。彼女はどうにも『お約束』の理不尽な設定が理解できていなかった。
「まぁ、そういうもんだな。俺も正直なんでこんなことになるのかよく分からない。けど結果があるから仕方ないよな」
「そ、そんな適当に放っておくのはどうかと思う! もしかしたら世界が崩壊するかもしれないんだよ!」
「そんな『お約束』も確かにあるぞ」
「お、『お約束』の世界はやはり複雑にして怪奇……」
ヴェルダートにある程度説明されているとはいえシズクは『お約束』がもたらす理不尽なノリに対して許容できた訳ではない。
聞けば聞くほどありえない言葉が出てくる『お約束』に普段はあまり声を荒げることの無い彼女もいつの間にかヒートアップしてくる。
やがて大声で文句を言い始めたシズクにヴェルダートがどうしたものかと考え、いつもの様にくさいセリフを言おうとした時だ。
「君達っ! 静かにしないか!」
ヴェルダートより早く別の場所より注意の声がかかった。
「おおっ!」
思わずヴェルダートは声を上げる。
声の主がどの様な人物か分からないが、そこにイベントの予感を感じた為だ。
「う、す、すまない……」
「わわ……ごめんなさい!」
シズクとネコニャーゼが反射的に謝る中、やって来たのは貴族らしい服装に身を包んだ男だ。
非常に気障ったらしい雰囲気があってなおかつ服を着崩している。
ごちゃごちゃとした装飾は彼がキーパーソンであることを示していた。
名をカイン・ゴールド。いつぞやシズクが見つけたキーパーソンっぽい登場人物だった。
「君達は……そうか、新しい転入生か。下民に獣人……まったく、ここがどういう所か理解しているのかい? 由緒正しきマテリア魔法学園だよ? もう少し品よく行ってくれたまえ」
カインは特にヴェルダート達を知って注意したのではなかったのだろう。
近くまでくるとようやく騒いでいる人物達が新たな転入生であることに気がつき、その行いに不満を漏らす。
「そ、そうか! まだこの『お約束』が残っていたのか!」
「むう……どんな『お約束』ですか? ヴェルダートさん」
カインの注意を無視しながらヴェルダートは嬉しそうに歓喜の声をあげる。
間髪容れずにネコニャーゼが質問を投げかけた。
ヴェルダートは嬉々としてネコニャーゼに『お約束』の説明を始める。
「あ、そういう感じで話を持っていけばいいんだね……」
ボンヤリと眺めていたシズクは、なるほどとばかりにポンと手を叩く。
ヴェルダートが『お約束』に関して説明する時はいつもどのようにして対処すればよいか分からなかったがこの様に質問すればよかった。
これから無邪気を装って何でもかんでも聞いてみよう。
ヴェルダートに関して一つ勉強になったことを嬉しく思いながら早速シズクはネコニャーゼに説明されている『お約束』を一緒になって聞こうとする。
だがここにきて完全に空気と化していたカインが怒りを持って割って入る。
「君達! 話を聞いているのか!? まったく、さっきからブツブツと。まぁいい。はじめから平民には期待していないよ」
「くっ、平民の何が悪いんだ! 俺達だって同じ人間だ!」
ヴェルダートが芝居がかった大げさな返答を行う。
彼は満面の笑みだ。
これこそが『学園で貴族が絡んでくるお約束』だった。
通常学園系の主人公は平民が多い。
その場合、必ずと言っていい程平民を蔑む貴族が出てくるのだ。
そうして主人公とぶつかり大抵の場合決闘などといったバトルが始まる。
もちろん、その場では主人公がその力を思う存分発揮して"俺ツエー"を行う。
これが学園編におけるオーソドックスなエピソードの一つでありもっとも典型的な『お約束』だった。
この『お約束』にのっとってヴェルダートも返答を返した。平民を蔑む嫌な貴族と同じ人間だと主張する主人公。差別主義と非差別主義。分かりやすい構図で非常にやりやすい。
だからこそ彼処まで気持ち悪い返答を行ったのだ。
もちろん、普段のヴェルダートはそんなことを全く思っていない。どちらかというと全て平等に舐めてかかっていた。
そんなヴェルダートによる偽りの啖呵に貴族の生徒であるカインは少々驚いた表情を見せる。
そうして首を軽く振ると、意外なことに申し訳なさそうな表情を見せた。
「ああ、そうだったね。すまない。気を悪くしたら謝るよ、どうにも傲慢な所があって父上にもよく叱られる。でもまぁ、これも何かの機会だ、自分が言うのもなんだが、平民貴族等あまり身分を気にせず仲良くしようじゃないか」
その様子を見ていたシズクはひと安心する。どうやら問題にならずに済みそうだ。
相手は貴族だ。横暴な彼らがその権力を傘にきてどんな無茶を言ってくるかヒヤヒヤとしていた彼女は大きく胸をなでおろし流石選ばれし者ヴェルダートだと内心で喜ぶ。
彼より溢れるオーラが自然と傲岸不遜な貴族を傅かせたのだ。
シズクのテンションも上がってくる。
だが、彼女の予想は大いに外れた。
「なんでそこで聞き分けよくフレンドリーにくるんだよ!! 仲良くなんてお断りだ!」
パンと軽い音が鳴る。
ヴェルダートはカインが友好の印として差し出した腕をおもいっきり叩いた。
「ヴェ、ヴェルダート!?」
穏やかに収まると思っていた話を途端にひっくり返すヴェルダートにシズクも驚きを隠せない。
だがヴェルダートとしてはここで丸くおさまってしまってならないのだ。
彼はどうしても"俺ツエー"をしたかった。
「な、何か気に触ったのかい!?」
「違うだろ! そこは違うだろ! お前なんで決闘申し込まないの!? 普通ここは俺を散々バカにして身分の違いを身体に叩き込んでやるとばかりに決闘を申し込むところだろうが!」
友好的な態度で接したにもかかわらずおもいっきり拒絶されたカインは驚きながらもその真意を問う。
カインにヴェルダートの怒りはわからない。
なぜなら彼はガルダント帝国の人間だからだ。
この国の人間は『お約束』を知らない為、この様な状況の際の正解を知らなかった。
もっとも、この場合の正解は『お約束』にもとづいた正解であり、それが正しいことであるかどうかは関係ない。
つまりカインはただ単に理不尽な言いがかりをヴェルダートから受けているにすぎない。
「へ? 決闘? する訳ないじゃないかそんな野蛮なこと。なぜ皆で仲良く出来ない。身分は違えど同じ学友だろ!?」
「身分が違ったら分かり合えないんだよ! 貴族は平民を差別しないといけねぇんだよ! さっさと決闘受けろ! お前が平民を見下さなかったら誰が平民を見下すんだよ!」
「い、言ってる意味がわからないぞ君! どうしたんだ!?」
立場を逆転させたヴェルダートはまるで自分が正義とばかりにカインに詰め寄っている。
対してカインはたじたじだ。常識的なことを言ったにもかかわらず酷く理不尽な要望をされた彼はどうしていいか分からずただただ困惑するばかりだ。
その様子を見たシズクは悟った。
ヴェルダートは駄目な人間だと……。
ちょっとこれ選ばれた戦士とかじゃなくて完全に俗物だと。
その様に判断した彼女は早かった。このまま彼を暴走させておいては被害が増えるばかりだ。
それだけは避けなくてはいけない。
「ネコちゃん。お願いがあるんだ。今すぐエリサ達を呼んできてくれないかな? もちろん全員。ヴェルダートが闇に呑まれてしまったから呼び戻さないと」
シズクもこの様な状況に慣れてきたのだろう。ヴェルダートが良くない主張を始めたと把握した彼女は早速ネコニャーゼに頼んでエリサ達を呼んできてもらうことにする。
シズク一人でどうにかならなくてもエリサ達がいればなんとでもなるのだ。
「はい……分かりました。じゃあちょっと行ってきますね」
「なるべく早くお願い……私はここでヴェルダートの罪状を記録しておく」
話題に入り込めず寂しそうにしていたネコニャーゼは話しかけてもらえたのが嬉しかったのかそのネコしっぽを犬の様に振りながら元気よく退室する。
「やっぱりやめよう! 平和が一番だ! 僕らは分かり合える!」
「貴族と平民は永遠に分かり合えないんだよ! オラ! 訓練場に行くぞ! ボッコボッコにされるかと見せかけて本当の実力を出して返り討ちにしてやる!」
相変わらずヴェルダートは謎の主張をカインに向けている。
カインも何が何やら分かっていない様子で混乱のまっただ中だ。。
ヴェルダートは完全に調子に乗っている。これはもう少し懲らしめてやらないといけない。
シズクはエリサ達にチクる内容を吟味しながら、ろくでもない『お約束』を必死に進めようとするヴェルダートを眺める続ける。
最終的には話を聞きつけたエリサ達が『主人公グループが代役として決闘に参加するお約束』を用いて代わりに参戦。マオ、エリサ、ミラルダの三人で思う存分ヴェルダートをぼっこぼこにして再度復活しかかっていたその天狗鼻をへし折ったのであった。




