物語にはテコ入れが必要なお約束
学園での生活も軌道に乗りいくらかクラスと馴染んだ頃。
ヴェルダートとシズクは学園の日常を楽しむと同時に適当に付けられた設定、魔王の影を追って学園の調査を継続していた。
だが本日に至ってまで成果はゼロ。そもそもが広大な学園でありヴェルダート達は一学生である。
行動も制限される中、学園に忍び寄る魔王の影を調べあげるのは非常に難しいことだった。
「ヴェルダート。もうこの学園に来てそれなりの時間が経つと思うのだけど。一切進展が無いのは流石にどうだろうかな?」
朝礼前の登校時間。
他の生徒よりも早めに教室にやってきたヴェルダートとシズクは進展しない調査に関して今後の方向性を相談している。
シズクによって切りだされた問題はヴェルダートも考えてることだったのだろう。
彼は「確かに」と小さく頷くと、彼女の懸念に同意するかの様に切り出す。
「俺もそろそろ話を進めないといけないなって思っていたんだ。このまま学園生活をダラダラと続けて日常の物にシフトしてもいいがそれは読者さんが望む所じゃないだろう。――いや、むしろありなのか? ファンタジー世界を舞台に凄いゆるい感じで淡々と日常を過ごすんだ。この際タイトルも四文字ひらがなにして……」
ぶつぶつと物語の方向性について迷走し始めるヴェルダート。
シズクは彼が言っていることが何一つ分からなかったが下手に質問するとまた『お約束』がどうとか言い出して注意されるので華麗にスルーする。
着々と物語の雰囲気に毒される中、シズクはこのままでは埒が明かないとヴェルダートの思考を引き戻すよう話を強引に戻す。
「とりあえずは敵を見つける必要があるんじゃないかな? 私もあの本のお陰で強くなれたし、きっとどんな敵が来ても倒せるはず」
危うく物語が日常ほのぼの系にシフトしタイトルが『やくそく!』になろうかとする中、ヴェルダートはシズクの言葉によって現実に引き戻される。
その後彼女の言葉に同意の頷きを返し、物語の日常ほのぼの化案を思考の奥へ放り捨てた。
「確かに早く敵を見つける必要がある。実は俺もそう思っていたんだ。それに正直テコ入れも必要かなと思っていた所だからな」
「テコ入れ?」
「このまま二人だけで冒険していくのは無理がある。そもそも”チート主”さんは女キャラ出してなんぼだからな……」
「ヴェルダート。テコ入れについてよくわからないから説明を求める……」
またしても訳の分からない発言を始めるヴェルダート。シズクも思わず反射的に尋ねてしまう。
だが当のヴェルダートは答えるでもなく教室の入口を眺めるだけだ。
返事の無いヴェルダートに思わず怒鳴りそうになったシズクではあったが、また何か起こるのだろうかと教室の入口を眺める。
すると申し合わせたかのように扉を開けクラス担任である教師がやって来た。
「皆さんおはようございます。今日は新しい学友がやって来ましたよ」
丸いメガネが特徴の若い男性教師は温和な口調で開口一番そう切り出す。
途端クラスがざわめき出す。
ヴェルダート達の転入だけでも異例だったのだ。
それに加えてさらに転入生が来るなど異常以外の何物でもない。
だがシズクだけは何やらヴェルダートがしたり顔をしていることに気がつく。
どうやら今回の転入生に関してもヴェルダートが裏で糸を引いているらしかった。
俄然興味が湧いてきたシズクはどの様な人物がやってくるのか少しばかりわくわくとした気持ちで教室の入口を見つめる。
やがて教師に促されて静かに教室の扉が開かれた。
現れたのは二人の少女だ。
その美しさにクラスの男子が小さく歓喜の声を漏らし、そんな男子達に女子が不満気な態度を取る。
「はじめまして、エリサって言います。皆よろしくねー!」
「ミラルダ=ローナンです。アルター王国バールベリー領より参りました。よろしくお願いしますね」
現れたのはエリサとミラルダだった。
もちろん彼女二人を呼び寄せたのは他ならぬヴェルダートだ。
彼はシズクと二人だけの冒険に限界を感じていた。
ツッコミ不在の中物語を進めることにも限界を感じていたし、何よりヒロインが一人だけでは読者さんの人気が稼げないと判断したのだ。
よって、てっとり早い対処法としてエリサ達が呼び寄せられた。
二巻にて感動的な完結を迎え、新章にて都合よく放置されたエリサ達は人気の為にまたもや都合よく呼び出されたのだ。
ちなみに、マオとネコニャーゼがこの場に居ないのは到着がやや遅れている為と一気にキャラを出して読者さんが混乱しないようにする親切設計の為だ。
ニコニコと笑顔でこちらへやってくるエリサとミラルダ。
そんな二人にヴェルダートも手を上げてニコニコと挨拶をする。
「おー。よく来てくれたな。実は今強大な敵を追っているんだ。いきなりで悪いが二人共手伝ってくれないか? このままだと魔王のせいで世界が滅ぼされてしまうんだよ」
「え? え? えっと、ヴェルダート。彼女達は誰だろうか? その……志を共にする新しい仲間?」
突然の少女襲来。シズクは困惑気味にヴェルダートとエリサ達を交互に眺め戸惑いの表情を見せている。
シズクから見てエリサもミラルダも群を抜いた美少女だ。ヴェルダートと彼女達がどの様な関係か知らないシズクは途端に不安になり伺う様な視線をエリサに向けてしまう。
だがエリサはシズクの視線に気づきつつも華麗にスルー。
つかつかとヴェルダートの席の前まで来ると無言でヴェルダートの机に蹴りを入れた。
ドカリと盛大な音がなり、まるで小石を蹴りあげるかのように机は窓から外へと飛び出していく。
「わ! ど、どうしたんだ? まさか敵の手先!?」
「お、おっと……」
ヴェルダートとシズクに緊張が走る。
特にシズクは顕著だ。いきなりこんなことになるとは思ってもいなかった。
もともとそれほど気が強い方では無いシズクだ。秘められた力や強大な力を持つ武器の設定はどこに行ったのやら、速攻でヘタれた彼女はプルプル震えながらヴェルダートへと助けを求めるべく身体を寄せる。
だが普段頼りになるはずのヴェルダートも盛大に冷や汗を流している。
どうやら彼にもこの状況を覆すのは難しいようだった。
「おいこらヴェル。何がよく来てくれたなー、よ。その前に言うことあるでしょうが」
「ええ、ええ、そうですわヴェルダートさん。私達、少々気が立っておりますの」
静かに、だがドスの聞いた声で告げられる言葉。エリサとミラルダは笑っていた。
否、その笑みは普通の物ではない。
つまり、彼女達の怒りは既に限界を超えておりもはや笑いしか浮かんでこなかったのだ。
出会って速攻でブチ切れいているエリサとミラルダの二人にシズクも驚きを隠せない。
それどころか完全に怯えきっている。
シズクはエリサ達のことを知らない。
二人共美少女で少々気後れするが単純にヴェルダートの女友達かと都合よく思っている。彼女達がアルター王国に置き去りにされたヴェルダートのハーレムであるなど欠片も思っていなかった。
「お、落ち着こう。……な?」
「ヴェ、ヴェルダート。その……お友達がとっても怒っているみたいだけど、キミは何をしたのだい?」
予想以上に激怒していることに焦りを隠せないヴェルダート。
彼はどうせこの物語はギャグだしなんとかなるだろうという楽観めいた予測を立ててエリサ達を呼び寄せた。
もちろん、そんな簡単に話が進むのであればこの世に苦労という言葉など無い。
エリサ達の怒りたるや凄まじい物であった。
完結し平和な毎日が訪れると思ったある日のこと、ヴェルダートは唐突にいなくなったのである。
方方を探しまわり様々な『お約束』を視野に入れヴェルダートの行方を検討した所、最終的には新たな物語を始めたのではないかと言う結論に達する。
あれほど綺麗な完結をしたにもかかわらず行われたことに中には疑問の声も上がっただが、丁度その時ヴェルダートよりガルダント帝国に彼女達を呼び寄せる連絡が入った。
この時の彼女達の怒りがどれほどの物だったか。
最強の魔王とその四天王が三人。その最大級の怒り。
それはそれは凄まじい物だった。
ちなみに、アルター王国からガルダント帝国に通じる途中の街など不機嫌になったマオの仕業で壊滅状態となっている。
ヴェルダートの読み違いは恐ろしく強大なしっぺ返しとなって彼に襲いかかろうとしていた。
そしてとばっちりを受けエリサ達の怒りを間近で受けるのはシズクだ。
彼女はいまだ混乱の最中におり、どうしていいか分からずおろおろとしている。
チラリとシズクに視線を向けるエリサ。
彼女の位置がヴェルダートにとても近く、なおかつ縋るようにヴェルダートの側にいることから全てを察する。
あまりにもヴェルダートに不利な状況であった。
「知ってるヴェル? 貴方のだーいすきな『お約束』でね。こういうのがあるの」
「えっと、わ、わかる。その『お約束』は知っているぞ。け、けど俺とお前達の仲じゃあないか、また前みたいに楽しくやろうぜ……」
「な、何かわからないけど落ち着こう。争いは悲劇しか……う、産まないよ?」
ヴェルダートからはだらだらと、まるで滝のように冷や汗が流れ落ちている。
ここに来てようやく気が付いたのだ。決して忘れてはいけないはずの『お約束』に。
なまじ戦闘能力が世界最強レベルのエリサ達にこれをされると自分自身が洒落のならない被害を受けることに。
時既に遅し――だった。
「不貞を働いた”チート主”さんは女の子の怒りを買ってボコボコにされる……ってね!!」
刹那、轟音と共に巨大な炎の玉がヴェルダートの真横を通り過ぎ、彼の服を焦がしながら背後の壁に着弾し燃え上がる。
ミラルダが唐突に自ら得意とする火炎魔法を放ったのだ。
「うぎゃああああ! うぉおぉぉぉ! 服が! 服がぁぁ!」
「わぁあああ! ヴェルダートー!!」
クラスは一気に喧騒に包まれる。
クラスの皆は突然行われた凶行に完全にビビっており止めようとする者すらいない。
それもそのはず。エリサとミラルダから放たれるオーラは勇猛果敢な戦士ですら怯えすくんでしまう程の物だ。
彼女二人はガチ魔王であるマオの四天王だ。
物語で言えば終盤頃にあれやこれやともったいぶったイベントの末にようやく主人公達の力を結集して戦う様な存在が二人もいるのだ。
それも絶好調の体調で、更には激怒して。
物語序盤の強制敗北イベントぐらいでしか味わえない様な圧倒的戦力を前に勇気を出して割って入れる者などそうそういるはずもなかった。
ヴェルダートは火が移りメラメラと燃える自らの服を必死で叩き消火しながらなんとかこの窮地を抜ける案を練り上げようとする。
だがそれは余りにも絶望的なことであった。
「あら、ごめん遊ばせ。顔を狙っていたのですが外してしまいましたわ」
ミラルダは手のひらをヴェルダートに向けた姿勢のまま笑顔で語る。
いつでも次弾を撃つ用意は出来ているようだ。
「あははは! ミラルだったら優しいのね。でも次はちゃんと狙うのよ!」
「もちろんですわ」
もはや諦めたのか。抱き合いながらぷるぷると震えるヴェルダートとシズク。
その様子を見て幾らか溜飲が下がったのか、エリサはようやくシズクに視線を向けると彼女がどのような人物か問うことにした。
「それで……貴方はヴェルの何かしら? あ、私はエリサちゃんね。宜しく」
「私はミラルダといいますわ。どうぞよしなに」
先ほどからぷるぷると怯える少女にエリサとミラルダも少々申し訳ない気持ちになったらしい。
「えっと……えっと!」
「そんなに緊張しなくてもいいのよ! エリサちゃんは無実の人には優しいのだ!」
ヴェルダートに向けるそれとは違い、普段の彼女達らしい穏やかで人当たりの良い様子でシズクに話しかける。
そもそも全面的に悪いのはヴェルダートだ、シズクはそのとばっちりを受けただけでエリサ達も思うところはない。
「まぁ、聞くまでも無いですが、新しく加わったヴェルダートさんのよい人でしょうか?」
「えっと、その! わ、私は! 闇の魔剣士シズク! ヴェルダートとはぜ、前世から結ばれた仲でその……光の……戦士で……」
最初は勢いがあったものの途端に失速するシズク。
ヴェルダート相手ならともかく自分の中二病設定に乗ってくれるかどうかもわからない相手に勢い良く言うのは少し勇気がいったのだ。
特に相手はヴェルダートに対して激怒している。
何かあって自分も怒られたら嫌だなーと思ったシズクは自らの設定を放り投げて速攻でヘタれていた。
対するエリサ達はシズクの予想とは裏腹にさして気にしている様子も無い。
それどころか慣れたものなのだろう、至って冷静にシズクの台詞からそのキャラを分析し始める。
「えっとこれはー。なんだっけ? 中二病……だったかな? また濃いキャラね」
「自分で痛い設定を作って楽しんでしまうんですわ。けど早く正気に戻らないと……今は良いですけど後々辛いですわよ。その、私も経験ありますので」
「えっ!? ミラルダそんな経験あるの!? 意外だわ!」
「武術の名門とか言われて育ったせいでちょと拗らせた時期がありますの……」
「ああ、なんとなくわかるわ。お家柄の響きから調子に乗っちゃったのね」
「せ、設定じゃない! 本当にあるの!」
エリサ達の穏やかな声色にいくぶん落ち着いたのだろう。
シズクはなけなしの勇気を振り絞って自らの設定の正当性を訴えるがエリサ達には梨の礫だ。それどころかはいはいと頭を撫でられる始末。
完全にキャラが見ぬかれている。
更には彼女がヴェルダートがどこからか見つけてきた新しいヒロインであることも看破されていたらしい。
短いやりとりでおおよその事情を把握したエリサとミラルダは向き直る。
視線の先にはことなかれ主義的に嵐が静まるのを待っていた愚かな男――ヴェルダートがいた。
「まぁ、これで大体の事情は掴めたわね。どうせこの可愛らしい新キャラちゃんで"俺ツエー"でもしてドヤ顔してたんでしょ。いい度胸ね」
「調子に乗った代償は取ってもらわなくてはいけませんわね。これでも私達凄く心配しましたのよ?」
「う……」
ヴェルダートは言葉に詰まる。確かに今回はやり過ぎた。最低でも彼女達に出かけることを告げる必要はあったのだ。そのことを彼はようやく理解した。
エリサがどこからとも無く弓矢を取り出す。
ミラルダの両手に炎が纏わった。
もはやヴェルダーとの命運尽きたかと思われたその時――。
「お、お待ちください皆さん! 何があったか存じませんがその様な暴力行為を働いてはいけません!」
勇敢なことにこの争いを制しようと一人の女生徒が割って入る。
「メ、メリアーネさん!」
シズクが驚き叫ぶ。それはシズクとヴェルダートが散々地味だ地味だと評した学園編のキーパーソン、メリアーネだ。
彼女は誰しもがすくみ上がるこの状況で一人勇気を出して場を収めようと飛び出した。
常人にはおおよそ出来ないであろう勇気ある行動。それもそのはず、彼女は先にヴェルダートが言った通り『お約束』的にお忍びで学園に通う王女であり、非常に優秀で正義感の強い少女だったのだ。
もっともその大層な設定が深く物語に関わってくることは無い。
それどころか今後とも関わってくる保証も無かった。
とりあえず設定だけ出してみて使えそうなら後で使う。それが"チート主"さんの物語における基本方針だ。
「大丈夫よ。ヴェル以外には当たらないようにするしよしんば当たったとしてもギャグ空間だから次の瞬間には治ってるわよ」
「好きになれませんが、こういう時に『お約束』って便利ですわねー。よいしょっと」
「うぎゃあああ!」
間髪容れずミラルダが火炎魔法を放つ。
ご丁寧に顔面を狙うように放たれたそれを叫び声を上げながらヴェルダートは間一髪で避ける。
またもや背後の壁に着弾した炎は盛大に燃え上がっている。
先の火炎魔法も相まって既に教室は火の海だ。クラスメイトも殆どが逃げ出している。
その様な状況であってもメリアーネは逃げようとはせず必死に説得を続ける。
地味な見た目ながら、今彼女はクラスの誰よりも目立っていた。
「と、とにかく! 危ないことはやめてください! かくなる上は、私が相手になりますよ!」
懐から何やら仰々しい装飾が施された本を取り出すメリアーネ。
それは魔法職が主に利用する魔力を向上させる効果がある魔導書だ。
戦力の差は歴然としているにもかかわらず勇猛果敢に実力行使に出ようとするメリアーネ。
エリサとミラルダはその意志の強さに感心する。
このままだとメリアーネが身の丈に合わない無謀な戦いを挑んでくるだろう。
いくら戦いを挑んでくるとはいえこの場を収めようとしている善意の第三者だ。適当に倒してしまうのはエリサ達にも憚られた。
どうにかしてこの地味な少女を止める術はないか? エリサとミラルダが少しだけ困った様子を見せる。
だが彼女を止めたのはそのどちらでもなかった。
「駄目だよメリアーネさん! 貴方はモブなんだから話に混ざってきちゃいけない! 隅っこでちょっと見切れるのがモブの役割だよ! 余計なことをしたら世界の法則が乱れて消滅してしまう!」
なんとそれは先程まで怯え震えていたシズクだった。
大声でメリアーネがこれ以上目立たないよう自制を求めるシズク。
彼女はヴェルダートの言葉をいまだに曲解しており、メリアーネがモブキャラであると強く信じていた。
「凄い……聞いたミラルダ。この子今ナチュラルに登場人物ディスったわよ」
「な、なかなかに個性の強い方でいらっしゃいますね」
事情を知らないエリサ達はその言葉に思わずたじろぐ。
まさか完全に会話に入ってきているキャラに対してモブ化を求めるとは思いもよらなかった。
だがメリアーネも言われるままではない。理不尽な言いがかりを付けられて黙ってハイと言えるほど聞き分けが良いつもりもないし、何より地味だからと隅で黙っている様な役割はゴメンだった。
「た、確かに私は個性的じゃないですけど、頑張ってるんです!」
「でも貴方はモブなんだ! よくわからないけど読者さん投票の人気ランキングで中途半端な順位に入って華を咲かせるのが貴方に用意された唯一にして最後の見せ場! 身の程を弁えないと!」
精一杯個性と自己を主張するメリアーネ。だがシズクは話を聞かない。
それもそのはず、シズクは『お約束』をよく知らない為ヴェルダートに説明された言葉をそのままオウム返しの様にメリアーネに告げているだけだった。
その無邪気な言葉がどれだけメリアーネを傷つけるのか全く考慮されていない。
「ど、ドSなのかしら? マオちゃんが気に入りそうね……」
「多分天然属性さんなのでは無いでしょうか? どちらにしろマオさんが喜びそうですね」
何が彼女をそこまでさせるのだろうか?
先ほどから必死でメリアーネが出しゃばらないよう釘を刺す彼女はどちらかと言うとメリアーネが気に入らないと言うより彼女を心配している様子だ。
それもそのはず、誰も知らないことであったが訂正されることがなかったシズクの誤解はとんでもない方向に向かっていた。
「ヴェルダートも何か言ってあげてよ! キミは言ってたよね。モブがでしゃばると死亡フラグだって。最後にパッと輝いてそして静かに死んでいくんだって。私はメリアーネさんに死んで欲しくない! このままじゃ彼女が死んじゃうよ!」
「えっ!? 私死んじゃうんですか!?」
喧嘩の仲裁に入っただけでアイデンティティを全面的に否定された挙句死ぬとまで宣言されてしまう哀れな女生徒メリアーネ。
彼女は涙目になりながら理不尽極まりない発言を繰り返すシズクに詰め寄る。
だがシズクは話を聞いていない。もはやこの言い争いはヴェルダートとそのヒロイン達というよりも、シズクとメリアーネとなってしまっていた。
シズクは必死だ。モブが出しゃばると死ぬ『お約束』をヴェルダートより聞いて以来、彼女の中ではモブが目立つことはタブーとなっている。
つまりシズクは完全なる善意でメリアーネをディスっていたのだ。
迷惑極まりない女だった。
「ヴェルダート! あれ!? ヴェ、ヴェルダート!?」
その無邪気な善意でなんとかメリアーネを目立たない位置に押しやろうと息巻くシズク。
彼女は自らが一番頼りにするヴェルダートにこの逼迫した状況を解決してもらおうと彼がいるであろう方向に声を掛ける。
だが返事はない。
訝しんだシズクが彼が座る場所に首を向けると、先程まで自分と一緒に震えていたはずのヴェルダートは忽然と姿を消していた。
「逃げられましたわね。足の早いこと」
「ちょっと気を抜いたらすぐこれね。追いかけないと」
ヴェルダートは一瞬の隙をついて逃げ出していた。
もちろんシズクのことは見捨てたし、エリサとミラルダに誠実に謝るという選択肢も最初から存在しない。
反省という言葉が根本的に存在しないろくでもない男だった。
「ええ!? この前一生お前を守るって言ってくれたのに……」
ヴェルダートが自分を放って逃げ出してしまったことに少なからずショックを受けるシズク。
エリサ達は徹頭徹尾騙されていたシズクを哀れに思いながらヴェルダートがどの様な人物かを丁寧に説明してやる。
「それ挨拶代わりよ。エリサちゃんも初め言われた時はコロっと騙されたわ」
「私も言われましたわねー。懐かしい」
ヴェルダートは何か困ったことがあったらヒロインにクサイセリフを言って誤魔化す常習犯だ。
特にシズクに関してはそのチョロイン性格も相まって調子に乗って数多くのセリフを言い放っている。
何も知らない彼女が勘違いをするのは当然だった。
「他にもいろいろと嬉しい言葉を貰ったんだけども……」
「貴方も被害者なのですね……」
哀れみと慈愛が篭った瞳でシズクを眺めるミラルダ。当初は知らない女性がヴェルダートの横にいて少々苛立ちがあったもののここに来てはその様な感情はない。
彼女もまた、”チート主”さんに翻弄された被害者であった。
シズクは茫然自失としている。自分が騙されていたこと、そしてヴェルダートと過ごした日々が偽りだったこと。
その事実が彼女を夢の世界から引き戻したのだろう。
いつの間にかはらはらと声をあげずに涙を流すシズクを見たミラルダはまるで自分のことの様に胸が締め付けられる思いを感じる。
しばらくその様子を眺めたミラルダは、何かを決心した様子で頷くと、誰に向けるでもなく宣言した。
「可哀想ですわね。これ以上被害者が増えない様にするのも私達の役目かもしれません――わかりました。ヴェルダートさんには死んでもらいましょう!」
「えっ!?」
ミラルダは唐突にヴェルダートの殺害を宣言した。
その表情は晴れやかで、自分がこれからやろうとしている行いに一切の迷いが無いことが明らかだ。
エリサもミラルダの宣言になるほどと手をぽんと叩くと晴れやかな笑顔を見せる。
「そうね、どうせ殺しても生き返るだろうし一度死んで痛い目見たほうがいいわね! ナイスアイデアよミラルダ!」
「ちょっと何言ってるの!? 殺しはダメだよ!」
シズクは現実に戻った。殺しは流石に駄目だと思ったからだ。
ちょっといい感じで悲劇のヒロイン的雰囲気を楽しんでいたのにいきなり話が飛躍しすぎだ。
確かにヴェルダートは許しがたいことを行った。だが殺すのはどうかと思う。
そこまで過激な考えが浮かぶほどシズクは冷淡な人間ではなかったのだ。
「そうです、人殺しなんて! 一生後悔しますよ!」
急転しまくる話題にようやく追いついたのか、メリアーネもここぞとばかりに会話に混ざってくる。もちろんシズクがそれを許すはずがない。
「メリアーネさんは話に混ざっちゃいけない! 隅っこで驚いた顔で立ちすくんでいるのが君に課せられた運命だ!」
「酷すぎます!」
ヴェルダートに騙されたと分かった後でも騙されても律儀にヴェルダートの説明を守ろうとするシズク。彼女はまだまだヴェルダートに未練があった。
もちろんそのとばっちりを理不尽に食らうのはモブであると勘違いされているメリアーネだ。
彼女は自暴自棄気味に話題に入ってきていた。
シズクには死ぬなどと言われているが知ったことではなかった。とにかく理不尽にモブ扱いされるのが嫌だったのだ。
もちろん彼女はキーパーソンなのでモブの様に死ぬことはない。
メリアーネを否定するシズク。シズクを押しのけて話題に入ろうとするメリアーネ。
誤解が生んだ悲劇だった。
「とにかく! 殺すなんて物騒な考えはやめよう! まずはヴェルダートに謝らせるのが一番だと思う! 貴方達も本当はそんなことしたくないでしょう!?」
「大丈夫、大丈夫よ! 二~三回なら許容範囲内!」
「マオさん達の分も残しておかないといけませんわねー」
シズクはメリアーネをグイグイ押しのけながら同時にエリサ達を諌める。ヴェルダートを殺させる訳にはいかなかった。
もちろん実力行使などという愚かな選択肢はない。シズクとてその圧倒的な力量差はよく理解している。だからこそなんとか説得できないかと考えを改めるよう言葉を投げかけているのだ。
だがエリサ達の答えはひどく爽やかであっけらかんとしたものだ。
まるでランチに何を食べるのか決めるかの様な軽い決定。
エリサ達『お約束』を知る者とシズク達『お約束』を知らない者では人の生き死に関して決定的な温度差が生じていた。
まるで理解できない発言に思わず目眩を感じてしまうシズク。
だが彼女は諦めない。今彼女が頑張らねばヴェルダートは死んでしまうのだ。
「だ、ダメ! 人は死んだら生き返らないの! あとメリアーネさんはこれ以上喋っちゃ駄目!」
「モガモガ!!」
隙あらば話題に入ってこようとするメリアーネ。彼女の口を塞ぎながらシズクは一人勇敢に立ち向かう。二人の命が彼女の肩に掛かっているのだ。つまりメリアーネとヴェルダート。
決して怯むわけにはいかなかった。
彼女が愛する人々の為に、シズクは生まれて一番の勇気を出す。
全て無駄なことだった。
「だから大丈夫だって! この物語はギャグだし『お約束』的に生き返るわよ!」
「な、なんだって言うの! 『お約束』って怖い!!」
「コツは終始ふざけた感じで殺ることですわ。さぁ! ヴェルダートさんが遠くへ逃げる前に追いかけますわよ!」
「モガモガ!!」
そしてシズク一人の決意で覆すことができるほどエリサ達の個性も薄くはない。
ギャーギャーと騒ぐシズクとメリアーネを他所にエリサとミラルダは隼の如き素早さで教室から退出してヴェルダートを探しに行く。
シズクはなんとかエリサ達を止めようと慌てて追いかける。
後には何も残らない。自然と鎮火し煤だらけになった教室と茫然自失としたメリアーネだけが残されただけだ。
その後あっさりと見つかったヴェルダートはギャグにありがちな包帯グルグルになるまでボッコボコにされる。
かろうじて死亡は免れたものの、そのあまりにも容赦無い仕打ちはエリサ達の怒りを収めるには十分な物だった。。
暴力ヒロインは嫌われるが主人公が完全に悪い場合はこの限りではない。
そのことをうっかり忘れていたヴェルダートはそのツケをこれでもかと払わされたのだ。
もっとも、ちゃっかりとヒロインに看病してもらう『お約束』を実行していた辺り、彼が今回の件に関して反省していないことは明らかだった。




