新しい敵は必要不可欠なお約束
嫌なフラグを乱立させながら新たな冒険を始めたヴェルダート。
彼は今シズクを伴いとある貴族の屋敷を見上げている。
「ここに……ヴェルダートが探している敵がやって来るのかい?」
同じく屋敷を見上げながら、少々不安そうに呟くのはシズクだ。
前話にて多大なる覚悟と決意を持って入った帝都。だがヴェルダートは街に入るや否やいきなり早速敵を倒しに行くと言い出したのだ。
覚悟を決めたとはいえ唐突に切りだされた敵の話にシズクは少々訝しんだが、すぐにヴェルダートに説得されてそういうものなのかと納得する。
今の彼女はヴェルダートの新ヒロインなのだ。ヒロインは主人公に都合の悪い質問をしたり行動を咎めたりしたりしてはいけない。
よってヴェルダートが物語に緩急を持たせようと違和感のある強引な展開をしても指摘してはいけな。
知ってか知らずか、シズクは余計な質問はしないストレスフリーなヒロインとしてのスキルを着々と磨いていた。
「ああ、独自の情報網によると今回この場所に敵が現れるらしい。ギルドを通じて警備の任務を受けれてよかったぜ」
もちろん独自の情報網についても尋ねてはいけない。
説明されないのはそこまで細かい設定を作っていないということだからだ。
もっとも、シズクはヴェルダートが言う情報網とやらよりも気になる点があった。
「魔王の下僕……だったかな?」
「魔王直属四天王の一人、その右腕らしい……」
「お、大物だね……その、もっと軽い敵から倒していく方が賢い選択だと思うのだけど。あ、いや、別に駄目って訳じゃないけど!」
予想以上のビックネームにシズクは一瞬でヘタれた。
なんだかんだで普段は威勢の良い台詞や設定を披露するシズクではあるがその中身は普通の少女である。
ある程度冒険者としての心得があるとは言え流石にいきなりその様な敵と戦いを始めることは流石の彼女でも躊躇するものがあったのだ。
だが残念な事にヴェルダートはシズクの提案に首を左右に振ることによって答える。
ヴェルダートが戦いを挑む今回の敵。それは世界を征服しようと企む魔王の配下だった。
彼らが現在滞在するガルダント帝国は魔王の脅威に直面している。
ある日どこからともなくやってきた魔王デモニアークと名乗るそれは帝国の北方にある都市の一つを瞬く間に占領、そこを拠点として帝国に攻め入ってきた。
よって現在このガルダント帝国は戦争の真っ只中にある。
前線から離れているここ帝都ではその様な雰囲気は感じられないが、魔王の脅威は刻一刻と迫ってきていた。
だからこそ一刻も早く敵を倒す必要がある。
雑魚から等と悠長なことを言っていては犠牲が増えるばかりだ。
その様に諭されシズクもしぶしぶ納得する。
ヴェルダートの冒険に付いて行きたいと申し出たのはシズクだ。
流石にこれ以上ヴェルダートの行動を遮るようなことは憚られた。
魔王直属の四天王、その側近。
高位の冒険者が束になってかかる様な存在を相手にすると理解し自然と彼女の不安も増す。
そんな彼女の頭をヴェルダートはそっと撫でると優しげにその不安を取り除く。
「大丈夫。シズクは俺が守るから……」
その頼もしい台詞にシズクも思わず頬を赤らめ恥ずかしげに俯いてしまう。
ヴェルダートによるお手本の様な恋愛ポイント稼ぎだった。
――もちろん、シズクはヴェルダートのハーレムに最強の魔王であるマオが居ることは知らないしそもそもヴェルダートがマオの四天王にされていることも知らない。
四天王の右腕程度ではヴェルダートにとって相手にもならないことなどもちろん知らない。
全てヴェルダートが格好良く冒険をする為の茶番だった。
「でも本当に危なくなったらシズクだけでも逃げてくれ。俺は、それで十分だから……」
「安心してヴェルダート。どんなことがあろうとも私は貴方の側から離れない。もう――大切な誰かを失うのは嫌だから……」
何やら親しい人を失った設定を持ち出すシズク。もちろん彼女の家族友人知人全て健在である。とりあえず何か影のある過去を持っているとかっこいいというイメージがシズクの中には強固にあった。
いつまでも自分が作った設定で楽しく遊ぶシズクにヴェルダートは困った様子を見せながら彼女をどうするべきか思案する。
「ああ、でもマジでやばくなったら逃げろよ? 若干シリアス風に演出しているから万が一があるかもしれないからな。流石にお前に怪我でもされたら困る」
新章を始めてからヴェルダートはそのギャグ的な雰囲気を控えてシリアス一辺倒でキャラ作りしている。
これは彼が"俺ツエー"をしたいが為だけの行為だったが、これが良くない方向に進みガチでシリアスで鬱な展開が引き起こされる可能性がある。
ヴェルダートはその可能性を懸念していたのだ。
よって彼はその真面目くさった態度を崩してもいシズクに忠告することを選んだ。
だがさんざんヴェルダートがその無茶苦茶な設定に乗っかることによって甘やかされたシズクだ。ヴェルダートのわりと真剣な忠告も彼女の妄想力で変な方向へと解釈されてしまう。
「まだ信頼してくれないの? そう、過去の出来事、それが今でもヴェルダートを蝕んでいるのね……」
「えっ!? あ、ああ。そういう設定だったな。すまない」
いつの間にか過去にあった出来事により人に対して壁を作ってしまう可哀想なキャラ設定を押し付けられたヴェルダート。
とりあえずとばかりに何やら思いつめた表情で地面を見つめ、顔を後悔に歪ませてみる。
シズクは彼を気遣うように寄り添い、その肩に手をかけ心配そうに見つめる。
ヴェルダートが魔王という強大な敵を追っていることをシズクは教えてもらった。だが彼女はそこまでしか知らない。
ヴェルダートは過去何があったのかをシズクに語らない。ヴェルダートとしてはアルター王国での出来事を説明してうっかりエリサ達旧ヒロインの存在がバレてしまわない様にする為だったが、シズクに言わせればそれはもう悲しい過去があったと言っている様なものだった。
――もちろん、具体的にどの様な過去があったかはヴェルダートもシズクも知らない。
とりあえずその思わせぶりな態度から昔何かがあったことにした方が良さそうだと思うが、具体的に何があったとかどういう過去があるとか考えるのが面倒だったシズクはとりあえず設定だけを言ってみただけだ。
あとは適当にヴェルダートが話を合わせてくれないかな?
シズクはヴェルダートの甘やかしによって着々と中二病を悪化させていたのだ。。
「さぁ、行こうか……」
寂しそうに呟くヴェルダートにシズクは更に盛り上がる。
きっとヴェルダートは故郷を滅ぼされたんだ。そうに違いない。
彼を支え続けよう。何があっても彼の味方でいよう。
人知れずそう決意したシズクは彼を元気づけるよう明るい返事で後に続く。
もちろん、この会話も全てヴェルダートに録音されていたのだった。
………
……
…
貴族の屋敷、その敷地内に入り出迎えた執事に要件を伝えギルドで受けた警備の仕事についてその詳細を尋ねるヴェルダート。
老齢の執事より伝えられたその内容は本日行われる茶会の警備であった。
ガルダント帝国の貴族達は茶会を開く時自らの経済力と政治力を誇示する為冒険者を雇うことがある。
たかが一日、それも数時間の茶会に屈強な冒険者を数多く雇い警備をさせることはそれだけ経済力とギルドへの影響力を持っていることの証明になるのだ。
冒険者の力量は千差万別であるが中にはドラゴン等の強力な魔物さえ倒す者がいる程だ、警備兵だけではなくわざわざ冒険者を雇う意味は大きい。
来歴の証明もギルドが行ってくれる為貴族としてはお手軽に自らの力を誇示できる方法となり人気であった。
貴族の園庭ではヴェルダート以外にも何人かの冒険者達が集まっている。皆屈強な身体と見ただけでそうと分かる高価な装備に身を包んでおりフラグに満ち溢れている。
そんな噛ませ的雰囲気がぷんぷんする相手といくらか警備について相談しながらヴェルダートは園庭を眺める。
既に茶会は始まっており、雇い主である貴族主催の元、幾人かの交友のあると見られる貴族が品よく話題に花を咲かせている。
年齢は様々だが、人数としてはさほど多くない。五、六人の貴族が園庭に備えられた白のテーブルを囲み、その少し離れた場所で従者が主人の歓談を見守っている。
ヴェルダート達冒険者はその更に離れた場所ですることもなく、だが雇い主の依頼により姿勢を崩すこと無く直立不動で周囲に気を張っていた。
「……いるな」
貴族、そしてその従者に鋭い視線を向けていたヴェルダートは相手に気づかれることなく邪悪な気配を感じ取るとポツリと呟く。
その言葉をすぐ隣で聞いていたシズクはギョッとし思わず「えっ!?」と声を上げ、慌てて口を塞いだ。
「……こ、この中に? でも相手は魔王の下僕だろう? それらしい人は…………あっ、いた」
貴族達の中に一人だけ恐ろしい程に場違いな人物がいる。
参加する全員が二十代位の若い年齢と思われるにもかかわらずその人物は見るからに歳をとっている様子で、来ている服もどこからみすぼらしいローブで違和感が拭えない。
挙句の果てに「ひっひっひ」と不気味な笑いを随所に入れてこちらの不信感をがんがん煽ってくる。
「あ、その人は多分普通の人だ。こういう場合あからさまに怪しいけど全く関係の無い普通の人が居るのが『お約束』だからな」
だが、彼を攻めてはいけない。
彼は『あからさまに怪しい役』の人なのだ。
この類の人は集団において犯人探しが発生した時に必ず用意される人物で、どうみても犯人としか思えない装いと言動をすることを義務付けられている哀れな存在だ。
この人種は基本的に読者さんから犯人と誤認されることが役割なので犯人探しにおいて正解であることはまずない。それどころか犯人であると槍玉に挙げられたり真犯人に殺されてしまったりと中々大変な運命を背負っているのだ。
件の老人もその様な類だろう。そうあたりを付けたヴェルダートは彼の未来を案じて心の中で冥福を祈ると不信の目を向けるシズクを諌める。
「……あの人が犯人じゃない? じゃあ変装? もしかして闇の力で私達の目を欺いているとか? そうするとこれは根気がいる仕事になりそうだねヴェルダート」
「いや、時間も押してるしちょっと巻いていくわ」
よくわからない発言にシズクがその真意を問いただそうとヴェルダートの方に顔を向けたその時だった。
彼は素早い動作で懐から何やら丸い宝玉の様な物を取り出すと天高くかざす。
「えっ!?」
キラリと宝玉が光ったのも束の間、それは目を塞ぎたくなるような眩しい光を放つ。
「な、なんだと! ぐああああああ!!」
園庭にいた全員が驚きと共に目を覆う中、一人だけ地から響くような恐ろしい叫びを上げる。
ジュウジュウと煙を上げ、どす黒い魔力を放ちながら変装を解くその人物――。
それはなんと一番最初にヴェルダート達を案内してくれた執事だった。
もちろんあの怪しい老人貴族ではない。彼は丁度腰を抜かして盛大に倒れている所だ。
光を放った宝玉、何やら変装を打ち破る力を持ったそれによって正体を現した魔王の手先に対してヴェルダートはここぞとばかりに決め台詞を放つ。
「遂に姿を表したな魔王の手下め! やはり情報は合っていたみたいだな!」
「くくくくく、この私テッシータの変装が破られるとは。なかなかやり手の冒険者ですね……」
現れたのはタキシードに身を包んだ如何にも悪の手先っぽい雰囲気のする男だった。
ご丁寧に頭に角まではやしており、ストレオタイプの容姿と分かりやすい名前がヴェルダートを大いに満足させる。
「こ、これは多分聖なる力!? ねぇヴェルダート。ど、どこで手に入れたの!?」
ヴェルダートと四天王の腹心テッシータが睨み合う中、シズクは緊張状態になりながらも自らの信頼する仲間が使用したその秘宝にキラキラとした視線を向けているる。
「そういう細かいことは聞かないのが『お約束』だ!」
「凄く気になる! それって凄いアイテムだよね! どこで手に入れたの? もしかして精霊に貰ったとか? 聖なる王家に伝わる秘宝とか!? ねぇねぇ!」
「そこまで設定考えてないからこれ以上はやめてくれ!」
もちろん、あの宝玉が何かとか、どこで手に入れたとかは聞いてはいけない『お約束』だ。
これがエリサ達なら勝手知ったると言った様子でスルーするか礼儀的にツッコミを入れるだけだ。
だがシズクは違った。彼女は純粋で、好奇心に溢れ、かっこいい設定や台詞が大好きで、そして何より『お約束』を全く知らなかった。
しつこく宝玉について尋ねる彼女にヴェルダートも焦りながら彼女の好奇心を逸そうとやっきになる。
矛盾や疑問が残る設定は避けるべきだ。
そうしないと大変なことになる。読者さんがシズクさながら無邪気に尋ねてくるのだ。
考えていませんでしたとは言えない主人公の悲しい現実がそこにはあった。
過去に設定の矛盾を指摘されまくって自分でも整合性が取れなくなって非常に苦労した時の記憶がフラッシュバックし心を苛む中、ヴェルダートはなんとか強引に話を戻す。
「と、とりあえずその話は後だ! 今は目の前の敵をどうにかするぞ!」
「え、う、うん! そうだね! わかった!」
「くくく……お喋りは終わりましたか?」
不敵に笑うテッシータ。
どうやらヴェルダートとシズクが下らないやりとりを行っている内に貴族達は別の冒険者によって既に逃された後らしくテッシータを囲む形で包囲網が完成している。
中々の手際にヴェルダートが感心していると、どうやら視線でタイミングを図っていたらしい冒険者達が一斉にテッシータへと飛びかかる。
「甘い! その程度の力でこのテッシータに敵うものか!」
豪華な装備に身を包んだ名も設定されていない冒険者達の剣先がテッシータを捉えようとした瞬間、テッシータから膨大な魔力が吹き出し風となって冒険者達を吹き飛ばした。
全滅。冒険者達は命までは奪われていないもののその圧倒的な力の前に無力にも気を失い転がっている。
一瞬の……出来事だった。
「な、名も無き冒険者の皆さん! くっ、くそぉ!!」
「ヴェルダート! 無茶だよ! に、逃げようよ!」
ヴェルダートはその絶望的な状況を見て誰にも気づかれないよう嬉しそうに笑みを浮かべると自らの獲物を取り出しテッシータに飛びかかる。
シズクがその無謀さを咎める声を上げるが既に彼は飛び出した後だ。
「ははははは! 甘いですよ!」
「ぐわーっ!」
「ヴェ、ヴェルダート! 大丈夫!?」
先ほどと同じくテッシータが魔力を噴出させると今度はヴェルダートが木の葉の様に吹き飛ばされてしまう。
ゴロゴロと転がり、園庭の端にはる壁に勢い良くぶつかったヴェルダートを見てシズクは悲痛な叫びを上げる。
思わずヴェルダートへと駆け寄り抱き起こそうとシズクだったが、ジャリッと大地を踏む足音によって遮られてしまう。
それは不敵な笑みを浮かべ歩いてくるテッシータだった。
「わ、私を怒らせると秘められた力が……」
「だ、だめだシズク。逃げろ!」
残る戦力が自分一人であることに気がついたシズクは勇気を振り絞って自らの"KATANA"を抜き構える。
だが彼女にテッシータを退けるだけの力は無い。
秘められた力や能力はあくまで彼女の中だけにある設定なのだ。
実際はそこらの三流冒険者にも劣る有り様、シズクもそのことを良く知っている。
刃先が恐怖によってカタカタと鳴る中、されど彼女は圧倒的な存在を前にして背を見せること無く立ち向かおうとしている。
しかしながらその戦力差は到底覆せる物ではない。あわやシズクの命運尽きたかと思われたその時だ。テッシータはふむと周囲を見渡すと小さく眉を顰める。
「しかし、少々やり過ぎましたね……無闇に騒ぎを起こすのは我が主が望む所ではありません。この場はこれにてお開きとしましょう。また会う時を楽しみにしていますよ――」
幸運なことにテッシータの目的は帝都での諜報活動だった。
これ以上騒ぎを大きくしては帝国の警戒度も上がる。そう判断したテッシータは早々にこの場から去ることを決断したのだ。
強大な国家故に物事に対する腰の重さが見られるガルダント帝国だ。人的被害を出さなければそれだけ注目度も下がる。
テッシータは変わらぬ不敵な笑みを浮かべると懐より小さな琥珀色の宝石を取り出した。
それは"転送石"と呼ばれる一瞬で使用者を目的の場所へ飛ばすマジックアイテムだった。
シズクが腰を抜かしてペタリと地面に座り込む。どうやら見逃してもらえるらしいことがわかった為気が抜けたのだ。
その様子に笑みを向けていたテッシータが"転送石"を持つ手に力を込め、転送の魔術が発動しようとしたその時。
「ストップ!! おい何やってんだ!」
「「えっ!?」」
唐突にヴェルダートよりクレームが入った。
思わずテッシータとシズクが驚きの声をハモらせる。
その一糸乱れぬ声にテッシータは気まずそうに一回だけ咳き込むと、不満気に睨みつけるヴェルダートに視線を向ける。
「……どういうことでしょうか?」
威厳を持って向けられた問い。そこには強者特有の強い意志が込められている。
自らの行動に文句を付けたのだ、場合によっては只ではおかない。
その様な意志がありありと受けられる。
だがそんなテッシータの怒りもなんのその、ヴェルダートはめんどくさそうにガリガリと頭をかくと元気に立ち上がりまるで説教をするかの様に上から目線で語りだす。
「いや、そこ逃げちゃダメじゃん」
「は? いや……え!?」
「なんでシズクを襲ったり誘拐しようとしたりしないの? せっかくかっこいいセリフとかも考えていたのにさ」
テッシータはあんぐりと口を開けながらヴェルダートの言葉を頭の中で反芻している。
ちょっと何を言っているのか分からなかった。
ヴェルダートのノリに完全についていけてない雰囲気がありありと出ていた。
話は少々逸れるが、ヴェルダートの故郷であるアルター王国と現在滞在しているガルダント帝国では『お約束』に対する認識もやや違う。
公然と『お約束』の存在が認められそれによって国力を大幅に増加させているアルター王国と違いガルダント帝国では『お約束』については殆ど知られていないのだ。
故にテッシータは至って普通の敵であるし、『お約束』のあれこれなど全く知らない。
騒ぎを大きくしない為力の行使を控えたことが『お約束』違反であることなど理解の範疇から大きく外れているのだ。
命を見逃してやると言ったにもかかわらず自分の仲間を襲えだの誘拐しろだの言うヴェルダートにドン引きするテッシータ。
魔王の手下である彼ですら聞いたことも無い無茶ぶりがそこにはあった。
もちろん、この様な無茶ぶりはアルター王国、そしてヴェルダート達の間ではごく一般的なものであり彼にとっては挨拶の代わりのようなものだ。
嫌がらせにも程があった。
そしてドン引きしているのはどうやら彼だけでは無かったらしい。
先ほどまで腰を抜かしてへたり込んでいたはずのシズクが血相を変えて立ち上がるとヴェルダートの言葉に文句を付け始めたのだ。
「ヴェ、ヴェルダート! どうして私が襲われないといけない!? も、もしかしてヴェルダートも悪い人だったの? そんなの酷い!」
テッシータは少々安心した。どうやらおかしいのは目の前の男だけで同伴者の少女は至って普通の感性を持っていると判断した為だ。
その少女――シズクは怒りと悲しみをごっちゃにしたなんと言えない表情でヴェルダートへ詰め寄っている。
だが、ヴェルダートも慣れたものだ。普段からエリサ達の非難を華麗にスルーしている男に新しく入ったまだ何も知らないヒロイン一人の抗議などまるで意味をなさい。
「でも俺の中にある人を愛する心が限界以上の力を引き出してシズクをかっこ良く助けるぞ? しかも滅茶苦茶光る。」
「えっ、でも危ないし……」
「俺を信じてくれ。きっとお前を守ってみせる」
「え!? え!? え、えっと。そ、それだったら大丈夫だと思う……多分」
シズクは一瞬で言いくるめられる。ヴェルダートによる強引な態度にそういうものかと納得してしまったのだ。
ヴェルダートは他の人とは違い自分の話をちゃんと聞いてくれる。
ならば自分もヴェルダートの話をちゃんと聞くべきだろうし、そうしなければいけない。
散々ヴェルダートに甘やかされてその中二病的発言を肯定されてきたシズクはもはやヴェルダート無しでは生きていけないようにいつの間にか調教されていたのだ。
中々周りの理解を得られない中二病キャラの弱みにつけ込んだ見事なまでの人心掌握術。まさにヴェルダート本領とする外道な行為だった。
そしてもはや物語の都合とも言える強引な納得をさせられたシズクにテッシータはドン引きしている。
彼の常識がガラガラと音を立てて崩れていく。
このままでは何か嫌なことが起きる気がする。何かとてつもなく理不尽で良くないことが起きる気がする。
そう判断した彼は早々に話を切り上げこの場を脱出することを決める。
「下らない! 貴方と話をしようと思った私が愚かでした! 次に会うときは覚悟しておきないさい!」
この危機に対する嗅覚がテッシータを今の地位に押し上げた。彼は非常に慎重で用心深い男だった。だが残念なことに彼はあまりにもフラグを立てすぎてしまっていた。
「だから逃げるなって言ってるだろうが!!」
「無駄です!」
ヴェルダートの叫びを無視するように"転送石"を持つ手に力が込められ、パキッと小さな音と共に砕け散る。
次の瞬間、淡い琥珀色の光がテッシータを包み込んだ。
だがそれも束の間、本来転移していなければならないはずのテッシータは依然そこにおりその後も特に変化なくまた静寂が戻る。
「…………あれ?」
一瞬時が止まる。だがテッシータはすぐに意識を切り替えると目にも留まらぬ早さで再度別の"転送石"を取り出し砕く。
だが"転送石"は効果を発揮しない。常識外のことに混乱をきたしたテッシータは恐慌状態に陥る
「なんだこれは! "転送石"が発動しない!? どうなっているんですか!」
「ボス戦は逃げられない『お約束』なんだよ! 今回は俺が転送不可領域の結界を張らせてもらった! いつもはお前の仕事なんだからちゃんとやれよ!」
そう、原因はヴェルダートだ。
彼はテッシータが逃げ出そうとしていることを把握すると、自らの『お約束』達成の為絶対に逃すまいと強者とのバトルで『お約束』の転送不可領域を創りだしたのだ。
ちなみにこれは魔王マオの四天王としての能力の一つでありこの世のありとあらゆる逃走手段が完全に封殺されてしまうというガチ目な設定なので如何なる者も逃げることは叶わない。
完全に悪役の所業であった。
「なんで貴方がそんなことできるのですか! それは高位の魔獣や魔王様の加護を得ている者しか使えない特殊魔法のはず!」
「そ、そうだよ! それは邪法! どうして!? ヴェルダートも闇の力に飲み込まれてしまったのかい!? キミなら闇の力と光の力を両立させて新たな世界を生み出す選ばれし者になると思っていたのに!」
「シズク。俺の目を見てくれ。そして俺を……俺の魂を信じてくれ」
「う、うん……その、信じる」
都合が悪くなったらすぐ情に訴えかける。ヴェルダートはどこまでいっても下衆い男だ。
そしてそんなヴェルダートのヒロインであるシズクは昨今のヒロイン需要に基づいて当然の様にチョロいヒロインだった。
「そこの少女! 貴方完全に騙されていますよ!」
「だまりなさい魔王の手下! 真実の愛を知らない邪悪な存在には私達の絆がわからないよ!」
恋は盲目であると良く言うが、彼女の場合は盲目どころか耳すら聞こえていない状態であると言える。
今のシズクにとってヴェルダートの言葉以外は存在しないに等しい。
ちなみに、シズクはこれらのやりとりを通じてヴェルダートに対する想いを再確認。さらにお互い一途に相手だけを想っている前世から魂で結ばれた存在であるとその幸せな脳で考えているが、彼には既に多くのヒロインがいる。哀れな女だった。
「貴方絶対男関係で不幸になりますよ!」
「ヴェルダートのことを何も知らないくせに! 彼が抱える闇を! そして悲しみを何も知らないくせに!」
何をどう判断すればその様な評価になるのだろうか、シズクの中ではヴェルダートは光と闇を兼ね備えた新人類でありやがて新たな世界で頂点に立つ選ばれし者だった。ちなみに超が付くほどのイケメン設定である。
そんなシズクの評価にヴェルダートもどんどん調子に乗る。
もはやあくどい笑みを隠そうともせずにシズクを突き出すと、無理やりピンチを演出しようとしたのだ。
「おら! わかったならさっさとシズクを襲えよ! 見ててやるからよ!」
「助けてヴェルダート!」
「おい! いいのかそれで! 闇抱えすぎだろ!」
テッシータは既に当初の様な飄々とした態度は無く、ただひたすら理不尽な展開にツッコミを入れるだけの機械と化している。
こんなことならもっと早い段階で逃げておくんだった。ヴェルダートに無理やりシズクを押し付けられた彼は涙が溢れ出しそうになるのを必死にこらえながら何とかこの状況を切り抜けようともがく。
もちろんその様な無駄な足掻きもヴェルダートを喜ばせるだけだ。
気がつけば満面の笑みを浮かべたヴェルダートが眼前に迫るところだった。
「うおー! シズクを離せー!」
「離すも何もそもそも襲ってな――ぐわーっ!!」
モルゲンステルンによる強烈な一撃がテッシータを襲う。およそ一冒険者の物とは思えない強烈な一撃は彼を打ち砕くには十分な物だった。
そんなこんなでテッシータは倒された。
『お約束』を知らない哀れなテッシータは、ヴェルダートに都合よく倒され光となって消え去る直前まで終始困惑した表情であった。




