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これが異世界のお約束です!  作者: 鹿角フェフ
新第一章:新章は唐突に始まるお約束

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34/55

新章はドラマティックに始まるお約束

 回想が終わる。

 もちろん、これはシズクとヴェルダートによる主観に基づいた美化が入っている為、非常にドラマティックな演出となっていた。

 ヴェルダートが思わせぶりに空を見上げてからさほど時間は経っておらず、木々の合間を駆け抜ける小鳥達のさえずりが心地よく耳に届いてくる。

 唐突に入った回想にシズクは戸惑いを隠せない。

 ふぅ……と満足気な表情でシズクに向き直り微笑みを向けるヴェルダート。

 だがシズクは怪訝そうな表情でキョロキョロと辺りを見回すと、何やら不思議そうな表情でヴェルダートの側へ駆け寄り尋ねる。

「……ヴェルダート。今なんだか私達が出会った頃の光景がありありと浮かんできたんだけどこれはなんだろうか?」

「ああ、これは『お約束』なんだ。新章を始める時は大体回想を入れてこれまでの経緯を読者さんに説明してあげる必要がある。そうやって物語の空白部分を埋めるんだな」

 ヴェルダートは久しぶりに『お約束』について語ることが出来たのかとても良い表情をしている。

 反面はシズク終始困惑している様子だ。

 シズクは『お約束』のことを全く知らない。知らないどころか中二病とは言え、ごく一般的な常識の世界で生きてきた為この様な状況に出くわすことは初めてなのだ。

 先ほどの回想も彼女にとっては奇異なことでしか無く、ヴェルダートの説明も何が何やら分からずしきりに首を傾げる。

「……『お約束』? 読者さん? つ、ついに組織が動き出したのだろうか? もしかして世界が滅びるとか?」

「組織じゃない。世界も滅びないし念の為に言っておくが前世も関係無い」

 ヴェルダートの発言にどの様な浪漫を見出したのか、シズクは途端にウキウキとした表情で自らの妄想を披露始める。

 ニコニコと屈託の無い笑顔で語られる痛々しい設定にヴェルダートは少々辟易とした様子を見せながらも彼女の言葉を否定する。

 このままでは前世だの光の戦士だの言い出して彼を困惑させることが明らかだからだ。

 ヴェルダートが彼女の話にノッているのはあくまで振りである。

 本心からその様なことを思っている訳でもないし基本的にはそれっぽい雰囲気を出してシリアスな物語を演出したいだけなのだ。

 ことさらシズクの設定に合わせて彼女の類まれなる妄想力を刺激し続けてやることも無い。

 それがヴェルダートの基本方針だった。

「じゃ、じゃあ何? もしかして、もっともっと凄い秘密が隠されているとか?」

 そんな彼の思惑とは裏腹にシズクのテンションがどんどん上がってくる。

 彼女はもはや自分の世界に入りきっており自らが腰に携える『KATANA』に話しかける有り様だ。

 もちろんシズクが周囲を警戒する様に仰々しく命じている『KATANA』が何の変哲も無い一品であることをヴェルダートは知っている。

"チート主"さんが使用する武器の様に精霊が宿っていたり人格が宿っている物ではないのだ。

 ヴェルダートは突如始まった一人芝居に文句を言いたげな表情を見せたが、何やら閃いたらしく彼女のやりたいままにしておく。

 その代わりヴェルダートはこっそりとその様子を都合よく所持していた録音用魔道具で記録し始めた。

 後々彼女が中二病から卒業した時にからかってやろう。表情に出さずその様に企むヴェルダート。

 彼女の悲劇は既にこの時から始まっていたとも言える。

 しばらくシズクによる一人芝居が続けられ、やがてそれも終わりが来る。

 じぃっと真剣な表情で自らを観察するヴェルダートに気づいたのか、シズクは自分が愛刀との会話に没頭していたことに少々恥ずかし気な表情をしながら謝罪の言葉を述べる。

 だが、それも彼女流だった。

「――っ!? ああヴェルダート、すまない。私の愛刀""に周囲の警戒をお願いしていたんだ。奴らがどこで聞いているかわからないから……。それで、実際その『お約束』とやらはどういう物なのかい? ああ! わかった! 太古の神々との契約のあれだね! 光と闇の戦いで世界がいろいろあれしてそれなんだね!」

 一人で盛り上がった挙句盛大な勘違いを始めたシズクはウキウキと自らが思い描くかっこいい設定を即興で練り上げる。

 非常に痛い子ではあるがヴェルダートは根気よく彼女の話に頷き同意する素振りを見せる。

 ヴェルダートとしては既にシズクを新ヒロインとして認定しているのだ、そもそも根はとても良い少女なのであまり無碍にするつもりも無かったという点もある。

 もっとも、それに気を良くしたシズクが大量の設定を披露しまくり、それらを全て記録したヴェルダートの手によって後の悲劇が生み出されるのだが……。

「まぁ『お約束』についてはまだいいじゃないか。いつかその時が来たらお前にもわかるよ」

「そうなの……まだそのが来ていないということ」

 うまくはぐらかされたにもかかわらず持ち前の妄想力で都合よく補完するシズク。

 彼女は自らの『KATANA』……"煉獄ノ皇"を抱きしめ、撫で上げながら物憂い気な表情で自分の世界に浸っている。


 ちなみにこの"煉獄ノ皇"だが、地獄に存在する66の魔王が666の魂を材料に6666日間絶えず魔力を込め作り上げられた逸品であり、シズクの様な悲劇に見舞われて感情を無くしてしまった人間でなければ使うことはおろか触れることすら叶わない恐ろしい力を秘めた逸品――。


 ――という設定で作られている。

 もちろん全てシズク創作であり実際は彼女の実家で倉庫に眠いっていただけの錆びた『KATANA』を彼女が手入れしただけだ。

 更に言うなれば彼女の人生において悲劇なんて一度もなく、両親も家族も村の人々も健在。更には感情を失ったと主張しつつもシズク本人は非常に感情豊かな人間であった。

 そう、彼女はどこまでいっても設定にこだわる人間であり、それ故痛い物語を作るのが大得意だった。

 そしてこの説明文を読んで心を痛めたり辛い気持ちになった人はどうか彼女のことを責めずにそっとしておいてやって欲しい。

 誰にだって忘れたい過去があるのだ。現在進行形でシズクがその過去を作り上げているだけだ。

 若さと無知による暴走は容易に悲劇を生み出す。

 誰もその悲劇を止めることは出来なかった。


 その様なシズクの悲劇を目の前で眺めながら一切の注意を行わないヴェルダート。

 彼女のことをそれなりに気に入っているとはいえ、彼は何を思ってシズクが撒き散らす悲劇を傍観しているのだろうか?


 ……中二病と"俺ツエー"は実際の所紙一重だ。

 想像力溢れる設定、そしてキラリと光る台詞。

 それらは普段であれば妄想の類であると切り捨てられ、場合によっては嘲笑されるものかもしれない。

 だがそれは物語、特に"俺ツエー"要素がある話に置いては必要不可欠であった。

 かっこいい台詞やかっこいい名称の無い物語など凡庸以外の何物でもない。

 読者さんを強く惹きつける要素があるからこそ物語は映えるのだ。

 故に、その大小の差はあれど中二病では無い物語などこの世には存在しないとも言えた。

 そう。中二病とは料理の仕方によっては最高の美食にも最低の残飯にもなりうる扱いが非常に難しい要素だった。

 だからこそヴェルダートも彼女に対してその言動を注意することを控えたのかもしれない。

 それがどうであれ、読者さんを惹きつける要素とは重要であるからだ。

 たとえシズクが放つ台詞のセンスが非常に微妙な物であったとしても、それはそれで物語を盛り上げる要素となる可能性があった。

 だからこそ、ヴェルダートも真剣な表情を続けているのかもしれない……。

「シズク、ようやく街が見えてきたぞ!」

 やがて物語の進展を告げるかのようにヴェルダートが少しばかり喜びを含んだ声で叫ぶ。

「あの街に……私達のがいるのね」

 ヴェルダートの言葉を証明するかの様に先ほどまで遠くの視界を遮っていた木々は開け、見通しが良くなった遥か彼方に街らしきものの影がみえる。

 シズクは何やら難しい読み方をする台詞を言いながら、自らを待ち受ける敵に思いを馳せた。

 自由に大空を回遊する鳥が歓迎するかのようにけたたましく鳴き声を上げる。

 二人はお互いの顔を見つめ合い、どちらとも無く頷くと歩みを止めた足に再度力を入れる。

 如何にもカメラが空に移動してタイトルが表示されそうなこの茶番。


 こうして二人の物語はようやく始まりを告げる。


「ああ、世界を覆い尽くさんとする邪悪なる影。俺達が倒すべきの所へ……」

「行きましょう……私達のの為に……」

 意味不明な読み方をさせる単語が飛び交う中、ヴェルダートとシズクはまるで死地に向かう戦士の如き表情で遠くに見える街――帝都へと向かう。

 これからどの様な事件、障害、そして悪が彼らを待ち受けているのだろうか。

 そのことを理解したシズクは己の内に微かな興奮と不安を感じる。

 だが、不思議と恐れは無い。

 なぜなら、彼女には心強いパートナー、ヴェルダートがいるからだ。

 仲間を、そして理解者を得たシズクにはもはや敵はいない。

 どの様な問題さえ二人で力を合わせれば解決することが出来るだろう。

 痛々しい大量設定の中、彼女は力強く自らの宿命に立ち向かうことを決意する。


 しかしながら、非常に残念なことにシズクはある問題点に気づくことが無かった。

 ヴェルダートが彼女に隠れて非常に悪どい笑みを浮かべていることに。

 その表情が彼女の知らぬ――だがいつも通り良からぬことを企む時に浮かべているそれであるということに……。


 ……そう、もはや語る必要も無いかもしれない。

 ヴェルダートはあれだけ感動的な完結を迎えたにもかかわらず、新しいヒロインと共に冒険に繰り出していたのだ。

 完結、さらにはハッピーエンド。考えうる限り最高に綺麗な終わり方だった。

 にもかかわらずヴェルダートはあっさりと冒険を再開する。

 つまり、彼はまだまだ『お約束』をやり足らなかったのだ。

 だからこそ新しい冒険を始めた。

 そう、勝手に。

 誰にも断りを入れずに。

 ちなみに、エリサ達はアルター王国に置いてけぼりにしてあるしそもそも彼は新しい冒険については彼女達に伝えてすらいない。

 この唐突に始まる違和感のある展開こそが新章の『お約束』である。

 基本的にテコ入れで行われるこの展開。

 これからヴェルダートの物語はどう変わっていくのだろうか。


 さぁ、新しい冒険の始まりだ!


 爽やかな煽り文句とは裏腹に彼の物語に立ち込める暗雲は分厚く淀んでいる。

 改めて伝えておく。

 この新章を始めるにあたってヴェルダートはエリサ達をアルター王国に置き去りにしている。

 そしてシズクには別の女がいることを一切伝えていない。

 もちろん、以前に感動溢れるシチュエーションで完結したのもぶん投げているし今後の方向性について何かを考えている訳でもない。


『完結したからといって続きをやったらダメって法律はないよね!』


 そんな無謀とも思える超論理によって再開されたヴェルダートの新しい冒険。

 嫌なフラグが乱立する中、こうして新章が始まるのであった……。

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