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これが異世界のお約束です!  作者: 鹿角フェフ
新第一章:新章は唐突に始まるお約束

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32/55

お知らせ:続刊

 日も落ち、月が空に高く上りきったとある夜。

 ヴェルダートは『夜の休息亭』のカウンターにて一人酒をあおっていた。

 人の入りは少ない。時間もさる事ながら、彼の物語が終わってしまったという事実が大きい。

 対面するカウンター内には、細々とした片付けを行う酒場の親父。

 酒場の親父というただそれだけの為に"オヤジ"という名前を付けられた哀れな男だ。

 目の前に広げた何らかの広告を忌々しげに眺めながらヴェルダートはため息を漏らす。


「やばい……」


 彼が眺める広告には様々な冒険者らしき者達がポーズを取る様子が載っている。

 煽り文句はどれもこれも心に響く物で、可愛らしく魅力的な女性や、頼もしい男性等の絵も相まって非常に興味をそそられる内容になっている。

 絵の下部にはデカデカと書かれた発売日。

 その他にもやや小さめだが、他のラインナップと思わしき絵と発売日が記載されている。


「ライバルはどんどん増えていって、面白い物語も山の様に増えてきている。書籍化するチート主さんも一昔前とは違って無数に存在する。このままだと俺の存在はやがて忘れさられてしまうぞ!」


 頭を抱え、机に突っ伏してしまうヴェルダート。

 勢い余って彼が手にする木製のコップより酒がいくらか零れ落ちる。

 ヴェルダートが眺めていたのは新しく書籍化される"チート主"さんの物語、その広告だった。

 昨今の書籍化ブームは凄まじく、面白い物語は恐ろしい速度で書籍化――発売の流れを取る。

 自分の物語が終わって一段落付いたのも束の間……。

 気がつけば自らのライバルがどんどん増え、自分がその流れに取り残されている事を理解したヴェルダート。

 焦燥感はあるが、だがどうする事も出来ずに酒場で一人嘆くだけだった。


「なぁにをグチグチ言ってやがるヴェルダート。……盛者必衰の理。お前さんだって今でも応援してくれる読者さんはいるんだろう? ありがたい事じゃねぇか。何も上に行くことだけが全てじゃねぇさ」


 珍しくオヤジは慰めとも取れる言葉をヴェルダートにかける。

 一応の書籍化主人公として羽振りの良くなったヴェルダートに全てのツケを払って貰えたという理由もあるかもしれない。

 だが、ヴェルダートとオヤジは長い付き合いだ。

 打算だけでは無い、心からの心配と応援の気持ちが少なからずあった。


「そういう綺麗事は頂点取ってから言ってくれます? 俺はまだ頂点取ってねぇんだよ!」

「けどお前さんの冒険はもう終わっちまったんだろ? ならそれでいいじゃねぇか。なーに、チャンスはまたすぐにでも来るさ、諦めなきゃあいいんだよ」

「そんな悠長な事言ってられっか! 大して物語に関わってこないオヤジには分からねぇだろうがな! 人気が落ちるってのはチート主さんにとっては致命的なんだよ! 決して看過できる事じゃねぇんだよ!」


 ダンッと力強くカウンターを叩くヴェルダート。更に勢い良くカップより酒がこぼれ落ちる。

 カウンターのテーブルが段々と汚れていく様を見せ付けられ眉を顰めるオヤジ。

 だが、件のヴェルダートに言ったところで素直に聞く可能性など皆無に等しい。

 それどころか機嫌を悪くして面倒な事になるのはわかりきっている。

 もはや本人の気が済むまでやらせないと解決しそうに無いことを悟ったオヤジは、店内を見回し客がいない事を確認するとトコトン付き合ってやる事にする。


「何がなんでも人気を取り戻してやる! ポイントもだ! お気に入りももっともっと欲しい……」


 ヴェルダートは貪欲だった。

 冒険が終わったにもかかわらず、まだポイントとお気に入り数に執着を見せている。

 しかしながら、今更どの様にそれら人気の指標を獲得しようとするのか?

 ふと、オヤジに一抹の不安がよぎる。


「はぁ、ご苦労なこったな。……んでも実際どうするんだよ? 冒険が終わってる以上、何も手がねぇだろ? まさかお前、碌でもない工作とか考えてるんじゃねぇだろうな?」


 オヤジは礼を失した行為であると理解しつつも、思わず不正を企んでいるのではないかと尋ねてしまう。


「いや待って下さいよ。俺がそんな事するわけ無いでしょう? 失礼な人だな。俺にだって最低限の矜持はあります。こう見えても綺麗な主人公で通ってるんですよ?」

「なんだ気持ち悪い。お前なら喜んでやりそうじゃねぇか? どうせやってるんだろ? 白状しろよ」


 途端にキラキラと晴れやかな表情で気持ち悪い台詞を並べ始めるヴェルダート。

 あまりにも白々しい言葉にオヤジも思わず距離を取ってしまう。

 普段の行動が完全に裏目にでた形であったが、とうの本人は全くその事を理解しておらず抗議の声を上る。


「やってる訳ねぇだろ! つーかその話題は本当に繊細なんだから不用意に触れるのやめろよ! ギリギリなんだよ! 何もかもが! ってかそんな事する位ならダンジョンの一つでも攻略するわ!」

「ふーん。まぁお前さんが珍しく正論言ってるって事で良しとするわ……。俺は信じてないがな」

「なんでそこまで頑なに信じねぇんだよ! やってません! 俺は無実です! ってか意味も価値もねぇ! 本当、流石にそれ以上はキレるぞ!」


 不愉快だと言わんばかりに怒鳴り上げるヴェルダート。

 どうやら本当に憤慨している様子だ。

 普段から面倒事しか起こさない彼であったが、最後の一線を超える事は無いらしい。

 その事を理解したオヤジは言葉では信じていないと言いつつも態度を和らげる。

 珍しく機嫌を良くしている事がどうにも隠せずにいた。


 やたら上機嫌になったオヤジに今度はヴェルダートが眉を顰めながら距離を取る。

 今は男性二人きりだ。そしてヴェルダートは主人公で、オヤジはガッチリとした筋肉質の大男。

 明らかな危険が身に迫っている。先ほどまで酒で赤らんでいた顔を面白いほどに青くしたヴェルダートは、物語のジャンルがBLになる前にこの場から逃走しようと勢い良く席を立つ。



 カラン――と入店を知らせる鈴が入り口より鳴った。


「……っと。お前さんに客だぜ?」

「――ん?」


 もう時間は深夜になろうかとしている。

 珍しい時間の来客にチラリと視線を向けたオヤジはやや驚いた表情を浮かべ、自分の荷物を必死にかき集めていたヴェルダートを呼び止めた。


 ………

 ……

 …


「えっ! 冒険を続けるんですか!?」


 オヤジは新たな入店者にペコペコと頭を下げるヴェルダートを眺める。

 彼についてはオヤジも知っている。ヴェルダートが"書籍化"をするにあたってやりとりをしている担当者だったはずだ。

 どうやらその話しぶりからヴェルダートの物語が新しい局面に入ったらしい。


「いやぁ、最近いろんなチート主さんが増えて正直焦ってたところなんですよ。本当にありがとうございます! もう、俺に任せてください!」


 聞き耳を立てるのは良くない行為だと思いつつも、その内容に聞き入ってしまう。

 普段ならともかく、この時間帯とこの人数だ。

 自然の会話は耳に入ってしまうのは当然だった。

 だがしかしどういうことだろうか? ヴェルダートの冒険は確かに終わったはずだ。

 その事についてはオヤジも本人達より虚実交えて武勇伝として語られている。


「っと、あの、ところで、俺の冒険は終わったはずじゃ……」


 当然、オヤジの疑問はヴェルダートも同様だった。

 喜びを押さえ、代わりに困惑の表情を浮かべながら恐る恐る担当者へと切り出す。

 何やら説明を始める担当者。

 打って変わって真剣な表情で彼の話を聞き漏らすまいとするヴェルダート。

 夜半の静かな時間帯にもかかわらず、どこか熱狂的な雰囲気が酒場を支配している。


「はい、はい……そういう事ですね。わかりました。もちろんやりますよ! 冒険も再開します!」


 吉報とはまさにこの様な話を指すのだろう。

 ヴェルダートの書籍はなんと幸運な事に次巻の発売が決定していた。

 つまりそれは物語の再開を意味する。

 酒場でふて腐れ、このまま消えていくっかと思われた男に訪れたチャンス。

 多くの人びとの支えと応援によって、この奇跡は成し得た。


 オヤジはそっと酒が入ったカップをカウンターで盛り上がる二人に差し出す。

 それはオヤジからの無言の祝福だ。なんだかんだ言っても、オヤジがヴェルダート達に目をかけている事がよく分かる。

 ヴェルダートはごく自然にカップを取ると、軽く掲げ礼の代わりとする。

 オヤジは頷くだけ、それ以上はお互い必要なかった。


 興奮も落ち着き、時間相応の雰囲気が戻ってくる。

 時刻はすでに深夜だ。

 オヤジは重くなる瞼をしきりに瞬かせながら、ふと肝心の問題についてどうするのか聞いていなかった事を思い出した。


「……でもどうするんだヴェルダート? お前さん。すでに冒険の方も一段落していたよな?」


 しばし呆け、我に返った様に顎に手を当てて悩み始めるヴェルダート。

 やがて……。


「よし、今までのヒロインを切り捨てて、新天地で冒険でも始めるか!」


 ポンと手を打ち、何かを決意したその顔はやけに晴れ晴れとしてた。


「本当にお前は懲りない男だなぁ……」


 何やら嫌な予感を全身に感じるオヤジ。

 忘れていたが、ヴェルダートという男は物語に主人公らしからぬゲスさを持っている。

 今回の決断も特に深くは考えていないのだろう。

 これは今後も荒れるな……。

 言葉にならない呟きがオヤジの胸中を占める。


 爽やかに放たれたヴェルダートの言葉。

 この時点ですでに物語が普通に進まないであろう事がありありと分かる。


 強引なまでに進められる『続刊のお約束』

 こうして、物語は新しい局面に入るのであった。

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