最終話:完結
完結させる――。
静かな室内に、その言葉だけが響き渡る。
「え? え? か、完結!?」
驚いたようにエリサが問う。
他の女性達も同じだ、あまりにも突然の発言に言葉が出ないようであった。
ヴェルダートはその言葉に静かに答えた。
「ああ、完結だ……」
「それって……」
誰も言葉がでない。
それはあまりにも突然の出来事だった。
「今日、お前達を呼んだのも実はその話をする為だったんだ。もう十分に『お約束』をやった。ここらへんで終わらせるべきなんだよ、俺の物語は」
彼女達が呼ばれたのはその為だったのだ。
掃除は、ついででしか無い。
すべては、ヴェルダートがその物語を終わらす為に用意された舞台であった。
「う、うそよね? いつもみたいな冗談よね……?」
「冗談じゃない。今日、ここで俺の物語は完結する。完結させる」
戸惑う声にもヴェルダートは躊躇しない。
彼は真剣な眼差しで彼女達を見つめる、それは彼らの物語が終わってしまう事を表していた。
「ま、まだまだ『お約束』は一杯あるじゃない!? 私もっと『お約束』の事教えて欲しいわ!」
「ちょっとずついろんな『お約束』出せばまだまだ物語は続きますよ! 外伝とかももっとやりましょう! 皆きっとそっちの方がいいと思っていますよ、お兄さん!」
「駄目だ、それだと冗長でつまらない話が延々続くだけになる。限度があるんだ」
エリサとマオが慌てて声を上げる、彼女達はまだまだ『お約束』の話が続くと思っていた、まだ終わるべきではないと思っていたのだ。
だが、得られた返答は冷たい物であった、ヴェルダートは初めからこの日を完結の日と定めていたのだ。それは、彼女達に出会うより前の話であった。
「どうしても、どうしても完結させると仰るのですか?」
「うう……意思は曲がらないのでしょうか?」
「物語はいつか終わるんだ。形はどうあれな。例外はない、それが『お約束』だ」
ネコニャーゼとミラルダが問う。
それはエリサ達とは違い、引き止めると言うよりは相手の意思を再度確認すると言うどこか諦めに似た物であった。
そして、彼女達の考えた通り、ヴェルダートの意思は固かった。
「ううっ……」
「エリサ?」
不意にエリサが俯く、ポロポロと零れ落ちるのは涙だ。
ヴェルダートは何事かと、エリサを心配して声をかける。
「ごめんなさい……」
「は?」
「ごべんなざい。もっといい子にするから捨てないで下さい」
「いや、オイ。まてまて、違うぞ。困ったやつだなお前は」
返された言葉は謝罪であった。
ヴェルダートは一瞬、なんのことか分からなかったが、エリサが嗚咽混じりに懇願する様子を見て、彼女が完結を永久と同じような物と考えているのだと理解した。
そうして、やや慌てながらもエリサに近づき言い聞かせる。
それは、普段のエリサに対する態度とは違い柔らかいものであった。
「誰が捨てるなんて言った? 早とちりするな、完結は永久とは違うぞ? 俺が何処かに行くわけでもないし皆が消えるわけでもない。なぁ、マオも言ってやってくれ」
そう、マオの方へと振り向きながらヴェルダートは言う。
彼に次いで『お約束』に詳しいマオならば、完結について理解しているだろうと判断した為だ。
しかしながら、マオの瞳から涙が止めどなくあふれている事に気付いた時にはすでに遅かった。
「びぇーーーん!!」
「うぇ!?」
マオが大声で泣き出す。およそ魔王とは思えない振舞いだ。
この時だけは、彼女はただの少女であった。
その様子にヴェルダートも驚きを隠せない、彼には珍しくあたふたとしながらも今度はマオを慰めようと近づく。
「まったく、びっくりさせないで下さいヴェルダートさん。先程からあのような話をしていては皆さん勘違いされるでしょう?」
「うう……皆いなくなっちゃうって、いなくちゃっちゃうって思いました」
「そっか、そうだな。俺が悪かった、配慮が足りなかった」
ネコニャーゼとミラルダはエリサ達ほどの動揺は無い、しかしながら彼女達の瞳にも涙が浮かんでいる事を見て取ったヴェルダートは自分の気の利かなさを恥じながら全員に謝る。
「皆さん、貴方の事が大好きなのですよ? あんまり不安にさせてないで下さい」
「ああ、悪かった……」
いつになく、真剣な表情でヴェルダートが謝罪する。
それは彼が心から反省をしており、申し訳なく思っている事の現れのようであった。
少なくとも、彼が今まで誰にも見せたことのない表情であった。
「そう言えば、今まで一度も言ったことがなかったが、完結の前に言わせて欲しい事があるんだ」
ふと思い立ったようにヴェルダートは呟く、そうして彼は居住まいを正すと今までにない柔らかい笑みを浮かべ語りだす。
「エリサ、ミラルダ、マオ、ネコニャーゼ……」
そうして、再度全員を見つめるとハッキリとした声で告げる。
「お前たちを愛している」
少女達は驚いた様子だ、一様に目を大きく開き、ヴェルダートを見つめ返している。
だが、それもつかの間だ次第に頬を染めると、頷いたり俯いたりそれぞれいじらしい反応を取る。
「酷い事も言って悪かった、気のない振りをして悪かった。ダメ人間を装って悪かった」
「もっと気を使ってやるべきだった、優しくすべきだった、大切にすべきだった」
「今の今まで待たせてしまってすまなかった。ずっとヘタレていた俺を許してくれ」
「これからもずっと一緒にいよう、皆で、ずっとだ。俺もこれからはしっかりするよ。お前達を決して悲しませない」
それはヴェルダートの懺悔であった、今まで大切にしてやれなかった事、時として辛い態度を取ってしまった事、その全てのの後悔、それを完結する前に述べたのだ。
そして同時に決意でもあった、これからは心を入れ替えて彼女達を大切にすると、決して裏切らないと、そうした想いが語られた言葉に込められていた。
ヴェルダートはそっとは手を差し出す。
少女達は釣られる様に差し伸べられた手を掴もうと自らも手を延ばす。
「だからさ、これからも俺についてきて欲しいんだ……」
「「「はい」」」
少女達は全員、小さくだが、ハッキリと答えた。
そして、引かれるようにヴェルダートへと近づくとそのまま寄り添う。
少しばかり窮屈ながらも少女達全員を抱き寄せたヴェルダートは、決して彼女達を離すまいと、強く、強く抱きしめ、少女達が自分を見ていない事を確認すると……。
(くくく、完全勝利だ……)
これまでにない下衆な顔をした。
そう、全てはこの時の為であったのだ。
彼は、この日、この時、この瞬間の為に今まで全てのフラグ管理を行なってきたのだ。
告白イベントの『お約束』。
ヴェルダートはあえて自らのハーレムとの距離を取り、その関係を調節する事によって最高のタイミングで彼女達への告白イベントを持って来たのだ。
なんだかそれっぽい悲しげな雰囲気を出して少女達をナーバスにさせた上で突然の告白。
雰囲気に飲まれた女性達がハーレムという常識的に考えて不満が出てくると思われる行為を自然に許してしまうような、そんな空気を作り出したのだ。
完全に計算しつくされた上での行為であった。
この告白イベントは非常に扱いが難しい『お約束』である。
早すぎると、ヒロイン同士の衝突に繋がってしまうし、遅すぎるとヒロイン達を正式にゲットする前に腐れ縁のまま永久や完結になってしまう。
特定のヒロインとだけ先にくっつくのも問題だ、他のヒロインを推す読者さんが悪鬼のごとく怒り狂って抗議してくる。それゆえ永久る"チート主"さんすらいるのだ。
だからこそこのタイミング、完結直前での告白であった。
そう、これこそがヴェルダートにとって一番理想の状況となるものであったのだ。
(苦労したかいがあったぜ、ここまでヘタレキャラを装うのは辛かった)
ヴェルダートは心中でほくそ笑む。
もう『お約束』のヘタレキャラも、『お約束』の中々進展しない関係も、『お約束』の餌をやらない主人公も、全部演じる必要はなかった。
今後ヴェルダートは全力で行くつもりだ、彼は肉食系であったのだ。
(こりゃもうノクターン行きか? テンション上がってくるな! さらば童貞よ、お前とは長い付き合いだったな……)
彼の脳裏にバラ色の生活が映し出される。
夢にまで見た黄金のパターン、奇跡のサイクル。それが今まさに手に入らんとしていたのだ。
「ヴェル?」
「ど、どうした、エリサ?」
と、不意にエリサが顔をあげてヴェルダートを見つめる。
ヴェルダートは内心恐ろしいほどの動揺があったが、努めてそれを表に出さないようにしながら穏やかな表情を見せる。
「どこにも行かないでね?」
「もちろん、皆ずっと一緒だ」
ヴェルダートは、そう優しく微笑むと、再度自ら愛する女性達を抱きしめる。
そこには先程の下衆じみた表情は無く、何かをやり遂げた安堵と何かを手に入れた幸福があった。
(さーってと、本格的にコイツら幸せにしないといけないし、忙しくなるな)
完結後もヴェルダート達の人生は続く、ある意味でこれは始まりでもあるのだ。
その準備をするのは当然とも言えた。
(『お約束』の幽霊屋敷は何処にあったかな? 急いで契約しとかないとな)
彼はあれこれと頭を巡らす。
現実的な問題はいくらでもあった、ダラダラと日常を進める必要も無くなった為それらも解決しなければならない。
(貯金は足りるか? 流石にこいつらに出させる訳にはいかねぇし、まぁなんとかなるか、金に困ったら『お約束』が解決してくれるだろ)
ヴェルダートは、これからも変わらず『お約束』を説明しながら様々な"チート主"さんに突っ込みをしていくだろう。
だが、それは彼と、彼が愛し愛される女性達だけのものだ。
それが、完結と言うものであった。
(じゃあな、"チート主"さん。俺は一足先に俺の物語を完結させるぜ)
この世界には『お約束』がある、そして"チート主"さんがいる。
彼らは多種多様だ、彼らは様々な物語を紡ぎ、様々な生き様を見せてくれる。
だが、永久ろうとも、完結しようとも、彼らは全力で生き、そして終わり行く。
そこに例外は無い。
(俺の勝ちだ、俺の物語は――)
物語は必ず終わりを迎える。
だがそれでも、彼らはこれからも生き続けるだろう。
彼ら自身の手で、彼ら自身の新たな物語を。
(――無事完結だ)
この日、一つの物語が完結した。
彼と彼が愛する女性達はこれからもこの世界で生き続けていく、そしてそれは幸福に満ちあふれ、輝かしきものであるだろう。
こうして、ヴェルダート達は末永く幸せに暮らしたのであった。
――ハッピーエンド。もちろん、これも『お約束』である。
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