第一話:永久
商業都市ボルシチ居住区、その一角。
この場所は居住区の中でも特に冒険者達をターゲットにした賃貸契約式の宿屋や集合住宅が立ち並ぶ場所である。
その中の一つ、"チート主"さんの様なそれなりに稼いでいる冒険者のみが維持する事が可能なやや大きめの賃貸住居二階の自宅で、ヴェルダートはベッドの上でゴロゴロしながら自らのハーレムが甲斐甲斐しく部屋を掃除する様を眺めていた。
「ちょっと、ヴェルダートさん。なぜ貴方の部屋の掃除にも関わらずご本人がベッドの上で優雅にくつろいでいるのかしら?」
「ぐーたらですね、お兄さん!」
先程まで散らかっていたゴミを一纏めにしていたミラルダがヴェルダートの態度をみて咎める。
マオもヴェルダートの態度に思う所があるのか、伝説の掃除道具であるマ○イ棒で彼の腹をつつき出した。
「ああ、簡単な話だ。女達に自分の部屋の掃除をさせながら高みの見物をする事にかつて無い感動を感じていたんだ」
ヴェルダートは横向きに寝ながら手で頭を支え持ち上げるという「涅槃の姿勢」でマオのマ○イ棒をペシペシと叩き返しながら気楽に答える。
彼の中にはこれっぽっちも悪いとか申し訳ないとかいった感情は存在していなかった、ただただ、ヒモ的思考が存在しているのみだ。
「ヴェルってばダメダメね!」
「うう……お、お掃除しないと駄目ですよね」
隣の部屋からエリサとネコニャーゼもやってくる、二人の両手にはヴェルダートの下着が握られている。
ヴェルダートは、下着だけはちゃんと仕舞っていたはずだが? と疑問に思ったが大した問題では無いので放置する。
もちろん、この下着はエリサが嬉々としてタンスより引っ張りだした物である。
「もう、自活力の無い男性はいけませんわよ? これからは掃除位お一人でなさってください」
流石のミラルダも呆れ顔だ、ピシャリと厳しく言い放つとプイとそっぽを向いてしまった。
それを見たヴェルダートはふむと一言小さく呟くと、何を思ったのか突然縮こまって情けない表情を浮かべながら悲壮感あふれる哀れな声で語りだした。
「おいおい、そんな事言うなよ、俺はお前が居ないと掃除も出来ない駄目な奴なんだよ。見捨てないでくれよぅミラルダぁ……」
「っ!……わっ、私が居ないと駄目なのですね! この私が! もう、仕方ありませんわね! 私に全ておまかせになって!」
ヴェルダートの情けない声を聞いた途端、先程まで不機嫌あらわだったミラルダの顔に喜びが宿る、そうしてソワソワしたかと思うと急に元気よく掃除を再開しだした。
ミラルダは依存される事に快感を覚える駄目な人間だったのだ。
「極楽だなー」
平常運転に戻ったヴェルダートは先程と同様涅槃の姿勢でくつろぎだした、彼は下衆と言う言葉が服を着て歩いている様な男であった。
「ミラルダさんも順調にチョロくなっていますね! マオ皆がどうなってしまうのか楽しみです」
「むう……でもマオちゃん今日一番張り切ってお掃除してるよね?」
ネコニャーゼに指摘された通り、マオは完全装備でこの掃除に挑んでいた。
この為だけに新調した可愛らしいクマの刺繍が施されたエプロン、ピンクの三角巾、数々の掃除グッズにマ○イ棒。
全てヴェルダートを想っての事であった。
「むむむっ……そっ、それよりジト目さんは何故にベッドの下を重点的にお掃除していたのですか!?」
少々の動揺を見せたマオであったが、すぐさまビシリとマ○イ棒でネコニャーゼを指さし反論する。
「わわ!……きっ、気のせいだよ!」
反対にネコニャーゼは慌てふためきながら未だパンツをしっかりと持つ両手をブンブンと振り回して誤魔化しだした。
ネコニャーゼは部屋の掃除を開始するなりウキウキとしながら真っ先にベッドの下を掃除しだしたのだ、それはとても念入りでありチリひとつ見逃さない物であったが、何も出てこないのを確認するとひどく悲しそうにしていたのだ。
もちろん、全員見て見ぬふりをした。
「そしてドッカリと構える余裕ある本妻エリサちゃんなのであった!」
「出番が少なくなっているだけではありませんことー?」
エリサがパンツを両手に持ちながら無い胸を張ってドヤ顔を浮かべる。
ミラルダは何故エリサが当然のようにヴェルダートのパンツと思しきものを持っているのか質問したかったが、それよりもドヤ顔本妻発言にイラッとしたので少しだけ意地悪をした。
「あわわ、それは不味いわ。助けてミラルダー!」
ミラルダの発言に顔を青くしたエリサは半泣きになりながら当の本人へと抱きつく。
二人の美少女が抱き合う。その様子を見たヴェルダートが感嘆の声をあげ、もっとやれと野次を飛ばす。ミラルダはさらにイラッとした。
その時だ、玄関より微かに鈴の音が響いてきた。それは来客を知らせる呼び鈴の音色であった。
「チャンス! エリサちゃんが! このエリサちゃんが行ってきます! 皆私の活躍を応援してね!」
姦しいやり取りの中で小さく響くその音を目ざとく聞きつけたエリサは、誰よりも早く反応すると真っ先に玄関へとダッシュする。そこに出番を見つけたのだ。
その様子を何気なく見ていたヴェルダートは思いついたかの様にボソリと呟く。
「それが、俺達が聞いたエリサの最後の声だった……」
「これ以上彼女をネタキャラにしないであげて下さい!」
流石のミラルダもヴェルダートへ突っ込みを入れた。
最近あまりにもエリサがおバカキャラになっているのでこれ以上ネタキャラになっては不憫だと思ったからだ、もちろん、彼女の心配は既に手遅れである。
「ただいま! お手紙だったわ、はいどうぞ!」
「ん、サンキュー」
しばらくしてエリサが封書をもって戻ってくる、ヴェルダートはその手紙を受け取ると早速中身を取り出し内容を確認する。
だが、どうしたことか、先程まで満足気に掃除の様子を見ていた彼は手紙に目を通す内に非常に険しい表情を見せ、遂には舌打ちまでしたのだ。
その様子に堪らずネコニャーゼが何があったのかを問う。
「あう……どうかしましたか? ヴェルダートさん」
「ああ、ジト目。これを見ろ、悪い知らせだ。勇者"マコト"が永久っちまったみたいだ」
ヴェルダートは先程まで見ていた手紙をネコニャーゼへと投げよこす。
ネコニャーゼは手紙が落ちないように慌てて手を伸ばし、それを受け取ると中身を確認する、そこには大きなキッチリとした文字で「この物語は未完結のまま約半年以上の間、更新されていません。」と書き込まれていた。
「むう……マコトさん? 誰でしたっけ?」
「意外と容赦無いよな、ジト目」
ネコニャーゼの頭のなかはすでにヴェルダート達との思い出でしめられていた。
勇者マコトの事など記憶の彼方に放り投げてしまったネコニャーゼはあからさまに興味無さそうな表情で手紙をヴェルダートに返す。
「ほら、ジト目さんと昔パーティーを組んでいた方ですよ! やたら光る」
「ああ……思い出しました! 光る人ですね」
そんなネコニャーゼをニヤニヤと面白そうに見ていたマオがフォローの言葉を放つ、彼女はネコニャーゼがヴェルダート一筋であることをアピールする為に、わざとマコトについて覚えていない振りをした事にこの場で唯一気がついたのだ。
「でも永久ったなんてビックリね! それよりどうしてお手紙で報告があったの?」
「ちょっと気になる事があってな、チェックしてたんだ」
受け取った手紙を丁寧に仕舞いこみながらヴェルダートが答える。
「むう……気になることですか?」
「ああ、最近やっこさんHDDが壊れたなんて言っていたらしいんだよ」
疲れたようにヴェルダートが答える。
風の噂で勇者"マコト"の異変を聞いたヴェルダートは、彼らの先行きに不安を感じてその動向を知らせてくれるよう依頼をかけていたのだ。
「HDD? それって何なの?」
「そういう物があるんだよ、それが壊れると高い確率で永久る」
「ぶ、物騒ですね。お兄さんのHDDは大丈夫なのでしょうか?」
「……俺のは全然大丈夫だぜ、心配するな」
HDDの破損、それこそが最も分かりやすい永久フラグであった。
この症状にあった"チート主"さんは高確率で永久る。破損が事実であろうがなかろうが……、それがHDDの破損と呼ばれる最も恐れられる事象の一つであった。
「でも、そんな簡単にフラグが立つなんて怖いわね。ヴェル、フラグは他にもあるの?」
「大幅な改訂、引越し、生活環境の変化、入院、感想返しや活動報告が無くなる。いろいろあるな……」
不安そうに永久フラグを尋ねるエリサにヴェルダートが答える。
それは彼女達の予想に反して多くあった。
永久とは、決して対岸の問題ではなく、ごく身近に存在する問題であったのだ。
「意外とそこら辺に転がっているのね、永久フラグって……」
「むしろ永久らない方が珍しい位だからな、それだけ難しいんだ」
残念な事に、星の数ほども存在する"チート主"さんではあるが、彼らが永久したかしなかったかを数字として表した場合、圧倒的に永久する方が多い。
どの様に言いつくろっても、それは決して曲げれぬ事実であった。
「ヴェ、ヴェルダートさん!? 勇者"マコト"さんが永久ったって、王女は!? 王女はどうなったのですか!?」
先程まで真剣に話を聞いていたミラルダは一つの事実に思い当たると悲鳴にも似た叫びを上げる。
勇者"マコト"にはアルター王国のアリストア第三王女が付き従っていたのだ、彼女の想像が当たっていればそれは恐ろしいことになる、末端とはいえ貴族の一員であるミラルダが見過ごせるはずもない問題であった。
「知らん、一緒に永久ったんじゃないのか?」
「そ、そんな!」
そっけない返答にミラルダが顔を青くする。
彼女の予感は的中していた、アリストア王女は勇者"マコト"と一緒に永久していたのだ。
もちろん幼女聖獣ケルケノンも、少しだけ語られた猫耳ダウナー妹系キャラも、語られる事の無かった他のハーレム員も―――全て永久していた。
「伏線、恋愛の行方、ライバルとの決着、物語の終焉。全てが分からないまま、それが永久だ」
「うう……そんなのあんまりですよ」
ヴェルダートは静かに答える、それは彼がこの件に関して何も感じていない様にもとれたし、思いを押し殺しているともとれた。
「ね、ねぇ。なんで"チート主"さんは簡単に永久るの? 皆いつもあんなに元気じゃない? 凄く人生楽しそうだし良い思いも一杯してるんでしょ?」
「お気に入りが伸びない、モチベが上がらない、ネタが出てこない、物理的に書けなくなった、時間が取れない。いろいろある。基本的に"チート主"さん本人の問題だ。 まぁ"チート主"さんが"チート主"さんたるのは義務でもなんでもないからな、ある意味仕方ない部分もある」
ヴェルダートが寝転んだ体勢から起き上がり、ベッドに腰掛ける。
そうして、真剣な表情で続きを語り出した。
「だがな、俺はそれだけが全てじゃないと思っている」
女性達もすでに掃除の手を止めている。
ヴェルダートは女性達が真剣に彼に向き、その言葉を待っている事を確認する、そして……。
「『面白くない』。"チート主"さんを永久らせる言葉だ」
一言だけ、小さく、だがハッキリと呟いた。
「傍若無人で向かう所敵なしで、たとえ殺してもヒロインにズボン脱がされて下半身イタズラされそうになっただけで簡単に復活する様なトンデモ存在の"チート主"さんなんだがな。これだけは俺達を殺す毒になるんだ……」
それは誰に向けたものだろうか、『お約束』を語る時のヴェルダートはその内容はどうあれいつもイキイキとしており、誇りを持っているかの様に感じられた。
だがしかし、今の彼はいつもの様子とは違い、物哀しさにあふれている。
「この言葉はな、"チート主"さんを恐ろしいまでに蝕む。これを聞くと耐え難い恐怖と悲しみに包まれるんだ、何も考えたくない程にな。だからこの言葉は余程の事がないかぎり使っちゃいけない。この言葉で多くの"チート主"さんが永久したんだ……」
ヴェルダートの言葉は続く。
彼は今まで多くの"チート主"さんを見てきた、その中には様々な人々が居た。
そのどれもが、彼にとって思い出であり、楽しかった一時であった。
「いい奴も、悪い奴もいた。それこそ本当に面白くない奴もいた。けど永久した"チート主"さんは皆全力で頑張っていたし、これから面白くなるであろう奴も確かにいたんだ」
物語はいつか終わる。
だが、終わるべきではない人々も多くいた、終わらなくてよい人々も多くいた、ヴェルダートはその様な人々を多く、本当に多く見てきたのだ。
「この言葉はな、そういう奴らを纏めてひっくるめて、殺してしまうんだよ」
そう、締めくくると。ヴェルダートは少しだけ笑った。
それはとても悲壮感にあふれており、同時に失ったものを懐かしむ様でもあった。
「ではチート主さんは一切否定的な言葉を言っては駄目で、常にヨイショしないといけないと、いうことでしょうか?」
少しだけ遠慮がちにマオが尋ねる。
彼女は強い。苦難とは乗り越えるべきものであり、その先にこそ栄光が待ち受けていると強く信じていた。
「物は言い方だ。お前らは俺なんかよりもずっと賢いだろ? うまい言い方なんていくらでも思いつくはずだ」
ヴェルダートは少しだけ困った表情を見せると、マオにそう言い聞かせる。
マオはその言葉に納得したのか、小さく頷くと黙りこむ。
「まっ! "チート主"さんだって硝子のハートって訳でも無いんだ! その位跳ね除けてくれるだろうさ!」
空気が重くなってしまった事を感じ取ったヴェルダートは、ガリガリと頭を掻くと無理やり笑顔を作り、そう女性達に語りかける。
それはどこまであっても事実を伝える言葉ではなく、ただただ彼の望みを表していた。
こうして、ヴェルダートの話は終わる。
女性達は彼の説明に思う所があったのだろうか、それぞれ真剣な表情で考え込んでいる。
それは、今まで自分が知らなかった真実を知らされた驚きによるもの、価値観を変えられた衝撃によるもの、様々ではあった。
だが、どれもが彼女達を変えるであろう事は確実であった。
誰も、何も言えない、言葉を発すれば陳腐になってしまう、そんな空気がそこにはあった。
しかしながらである。
世の中には空気の読めない人と言うものが少なからず存在する。
エリサ本人はこのしんみりとした空気をどうにか元に戻したかったのかも知れない、だか彼女は自らが最近おバカキャラになりつつあることをまったく理解できていなかった。
そうして、衝撃の事実が彼女の口より放たれる。
「ヴェルの言う通りよマオちゃん! ものはやりよう! たとえば私なんていつも感想書く時は最低20万文字は書いて"チート主"さんがもっと面白くなる様に指導してあげてるのよ! やる気出してもらう為にお気に入りも定期的につけたり外したりしてるわ! ちなみに最近のトレンドは街と街の距離よ!」
彼女はお馬鹿キャラのランクはすでに究極の域に達していた。
そして、彼女の行動は"チート主"さんの心をガリガリと削る、わりと迷惑な類の物であった。
その場にいるエリサ以外の全員が声を出せずにあ然とする。
もう、誰かがフォローできるとか、そういったレベルの話ではなかった。
そんな彼らの心情を知らないエリサは、皆があ然としている事を、自らの行いに感心している為であると判断。
拳を腰に当てると無い胸を張り、ドヤァ、と一言だけ言い放った。
「……エリサ今から説教な、今回はちょっと本気でいくから」
「善意なのに何でーー!?」
エリサが叫びが部屋に響く。
ヴェルダートは、この日初めて自らのハーレム員にガチで切れたのであった。




