閑話:『神様』
「む? ここは……」
ヴェルダートが気が付くと、そこは一面が白の世界であった。
周りも、上も、地面でさえも白の不思議な世界。
本来ならば就寝中でベッドの中である筈のヴェルダートはこの世界に見覚えがあるのか訝しみながらもキョロキョロと辺りを見回す。
「やっほーい! 久しぶりじゃのう、ゆうちゃん!」
現れたのは老人だ、足元まで伸びる白い顎髭にこれまた白いローブに身を包んでいる。
老人はニコニコと心底嬉しそうな顔を浮かべながらゆっくりとヴェルダートへの方へと歩いてくる。
ヴェルダートはその姿を確認すると軽く手を挙げながらも開口一番文句を放つ。
「おいこら、その名前で俺を呼ぶな」
「まぁまぁ、良いではないか良いではないか。ワシとゆうちゃんの仲じゃて!」
老人はヴェルダートの文句もなんのその、まるで古くからの友人に久しぶりに出会ったとでも言わんばかりの様子で嬉しそうにヴェルダートの肩を叩いている。
普通なら続けて文句を言うであろうヴェルダートであるが、老人の言う通り二人は浅からぬ仲であり、またヴェルダートは老人に頭が上がらない為それ以上突っ込む事を止めた。
「……まぁ、それもそうだな」
「じゃろう!? ワシとゆうちゃんはマブダチだからのっ!」
老人のテンションは留まることを知らず上昇する、遂には嫌がるヴェルダートと肩を組み始めた。
そんな老人に大きなため息をつきながらも、決してそれを振りほどこうとはしないヴェルダートは老人に一言だけ突っ込みを入れんと口を開く。
「なんか全体的にセンスが古いよな――」
「―――『神』さんよ」
◇ ◇ ◇
白の世界に場違いなちゃぶ台が置かれている。その上に当然の様に置いてある煎餅の入った皿に手を伸ばしながらヴェルダートは神へと今回の呼び出しの目的を問う。
「んで、今回は何の用で俺を呼び出したんだ? 茶飲み話なら他の神に頼んで欲しいだが」
「いやいや、茶飲み話でもあるが実は今回相談があってのう、ゆうちゃんの意見を聞きたいのじゃ」
ヴェルダートがこの様に呼び出されるのはそう珍しい事ではない、だが大抵は下らない内容である。彼は神が気まぐれを起こす度に付き合わされているのだ。
「んー? なんだよ?」
どこから現れたのか、湯のみに入った茶を飲みながらヴェルダートが何かを捻る仕草をする。
それを見た神が手を振るとこれまたどこからともなくテレビが現れた。
流れているのは昼のバラエティー番組だ、ヴェルダートは完全にこの空間に馴染んでいた。
そうして、ヴェルダートがテレビに向けていた視線を戻したのを見計らい、神が本題を切り出す。
「最近トラックで撥ねた転生者候補が尽くワシに暴言吐くんじゃがあれなんで?」
「ゆとり教育の弊害だ」
ヴェルダートは言い切った。
神は最近暴言を吐きまくる"転生者候補"に悩んでいた。
教育現場崩壊の影響がこのような場所にも波及していたのだ。
「ちょっと酷くね!? 試しにトラックじゃなくて病死とかの子も呼んでみたんじゃが変わらず暴言吐かれたぞ! ワシ神じゃぞ! 酷い時なんて『ダメ神』とか呼ばれるんじゃぞ! 目上への敬意ゼロじゃろ!」
「しゃーねーだろ、『お約束』なんだからよ。つーかそんな事あんたらが一番良く知っている事じゃねぇか、自分達でなんとかしろよ」
ヴェルダートがいつも通り突っ込みを入れる。
そもそもヴェルダートに『お約束』を教えたのは彼ら神々だ、『お約束』を熟知する彼らがその点について理解していないはずが無いのだ。
「そのなんとかする方法が思いつかばないからゆうちゃんを呼んだんじゃろうが!? 分かったなら解決方法を一緒に考えてくれい! できるだけ面白い方法でな?」
神の目的は最後の一言に全て集約される。
つまり、彼は面白おかしく"転生候補者"で遊びたいだけであったのだ、ヴェルダートはそれに巻き込まれたに過ぎない。
「案外『ダメ神』も間違っていないと思うがな。ん? そう言えば他の『転生神』はどうしてるんだ? 特に金髪ロリ女神とかそういうのにうるさかったんじゃないか?」
この老人以外にも『転生神』は数多くいる。ヴェルダートはその全てと友人であった。
『神々との対話』。中二病真っ盛りで、世界の真理を紐解くなどと息巻いていた当時のヴェルダートが選択した、少しだけ恥ずかしくなる転生特典であった。
そんな神々の中でも金髪ロリ女神はヴェルダートと特に仲の良い神の一人だ、彼が最初にフラグを建てた人物でもある。
「アヤツは暴言吐かれすぎて泣きながら引きこもっておるぞ」
「ちょっと後で慰めに行ってくるわ」
ヴェルダートは、煽り耐性が低く何かあるとすぐに泣きながらひきこもる金髪ロリ女神の事を思い出し小さなため息を吐く。
「と言うわけでトラクエルに連絡して早速転生者を召喚するぞい! さて、今日のワシにはゆうちゃんがついておる、年貢の納め時じゃぞ転生者!」
「まてまて、そのトラクエルってなんだよ?」
神は元気だ、ヴェルダートがいる事で勢いづいたのか、向かう所敵なしと息巻いている。
ヴェルダートはそんな神と冷静に向き合いながら取り敢えず突っ込める所から突っ込む事にした。
「トラクエルはトラックを司る天使じゃ! 何の咎も無い人に罪を負わせるわけにはイカンからの! ちゃんと美少女にも人化するぞ! 紹介しよか?」
「……いらねぇ」
大抵の"チート主"さんはトラックに轢かれて転生を果たすが、その正体がこの天使であった。
彼女は「転生者を撥ねたトラックの運転手って可哀想じゃね?」と言う意見より生み出された悲劇の天使であった。
「そうか、心優しい良い子なんじゃがの。いつもゴメンナサイって泣きながら人轢いておるし」
「アンタ本当は邪神か何かじゃねぇのか?」
呆れ顔のヴェルダートより突っ込みが入る。
神はトラクエルが嫌がっているのを知りつつ敢えて人を轢かせるドSであった。
「んじゃさっくりと呼び出すかの。とりあえずワシいつも通りやってみるからゆうちゃん適当な所で面白おかしく介入してくれい」
「あいよー」
腕の一振りでちゃぶ台等を片付けた神がこれまた軽く手をふると弱い光と共に一人の男性が現れた。
彼は突然の事態に混乱しているのか唖然としながらあたりを見回している。
「あれ……ここどこだ?」
「す、すまんかったーーーーーーーーーーー!!!!!」
神は突然大声で謝罪の言葉を発したかと思うと、見事なスライディング土下座を決めた。
これこそ転生における基本中の基本である。
ヴェルダートは『お約束』的土下座を決める神を白々しく見つめる。
「え? えっ!?」
「ワシは神じゃ! お主は死ぬ予定では無かったんじゃが手違いで死んでしもうたんじゃー! あのトラックに轢かれるのはお主じゃなかったのじゃ! まことにすまぬ!」
混乱する男性を前に神が早口で説明する。
もちろん出来レースだ。手違いでも何でもない、この男性は明確な意思によってトラクエルに轢かれている。
「ハ、ハィィィィイイイイィィィーーーー!!!!!?」
「長音符と感嘆符がウザいな……」
無駄に大げさな叫びが白の世界に響く、若干の寒々しささえ感じるそれをBGMにヴェルダートは静かにダメ出しをした。
「ふっ! ふざけんな! 今すぐ生き返らせろよっ!!」
「すまぬ! 神々の掟でそれは出来ぬのじゃ! 代わりにお主には異世界に行ってもらう!」
男性が激昂して神に詰め寄る、対する神は土下座のままひたすら謝罪するだけだ。
「はぁ!? そんなんでハイそうですかって言えるわけねぇだろうが!!」
「すまぬ! すまぬーーー!!」
茶番とも思えるやり取りが行われる。
神の威厳をどこにやったのか、神は情けないほどに白の地面に頭をこすりつけている。
何千、何万と様々な場所で繰り返されたやり取りだ。
「そうやって無駄に下手に出るから駄目だと思うんだがなー」
ヴェルダートは二人のやり取りを観察しながらボソリと呟く、しかしながら『お約束』的にこのやり取りを外すことは決して出来なかった。
「お詫びにお主にはチートスキルを授ける! 容姿も若くてイケメンじゃ! 異世界でも十分生きていけるようにな!」
「当たり前だ! この『ダメ神』がっ!!」
男性は怒髪天を衝かんばかりだ。
しかしながら、意図せぬ死であると説明されたとは言え神に対するあまりの態度にあきれ果てたヴェルダートはそろそろ介入するタイミングであると判断、パンパンと手を叩きながら二人の間に割って入った。
「はーい! ちょっとここで一旦ストーップ!」
「は?」
「むむっ!」
二人のやり取りが止まる。
神は待っていましたと言わんばかりに顔を輝かせている、反面男性は不思議そうな顔だ、彼は今までヴェルダートに気付いていなかった。
「なぁ、お前生き返りたいんだよな?」
「決まってるだろうが!? ってかお前誰だよ!?」
ヴェルダートの馴れ馴れしい問いにも男性は威圧的に答える。
彼はヴェルダートの事も完全に舐めきっていた、もちろんこれは後々彼にとって悪い方向に響いてくる。
「んじゃ生き返らせるわ、悪かったな」
「え?」
「いや、生き返らせるって言ったんだよ。実は出来るんだよな、なんて言ったって『神』だぜ? なぁ?」
「んー? まぁ出来るがのう、何じゃ生き返らせてしまうのか?」
ヴェルダートに話を振られた神がつまらなそうに答える。
異世界転生とは初めから予定された流れなのだ、神と呼ばれる存在が復活程度出来ないはずもなかった。
「え? いや、だからお前誰?」
「ゆうちゃんじゃ! お主の先輩だと思っておけば良い!」
「いいからサッサと生き返らせるぞー」
男性の問いに神が代わりに答える。先ほどの心底申し訳無さそうな態度はどこにいったのやら、ヴェルダートが介入し始めた途端、神はいつもの調子で振舞っている。
「か、神々の掟は……?」
「どうにでもなるに決まってるだろ? ルールってのはいつだって作り手に都合の良い物なんだよ、一つ賢くなったな」
慌てて男性が反論するもヴェルダート達はまったく気にした素振りも見せずに真実を告げる。
ぶっちゃけ、ルールなんて無いに等しかった。
「か、勝手に殺して! 生き返らせて納得できるか!?」
「世の中納得できる事の方が少ないぞ? 記憶もちゃんと消してやるから安心しろ、じゃあ現実世界でこれからも頑張れよー」
先程から黙ってやり取りを見守っていた神がニヤリと邪悪な笑みを浮かべる、ここに来てようやくヴェルダートがどうやって話を持って行こうとしているのか理解した為だ。
そしてそれはとても神好みの展開であった。
神はヴェルダートを援護する為に、その強大な能力を持って知り得た情報を伝える。
「ちなみに、彼は現実に戻ったら職歴、学歴無しの30歳無職童貞じゃ!」
「そっか、11歳から18歳までのハーレムがいて金にも困ってない俺とはえらい違いだな。でも女にベタベタとまとわりつかれるのも疲れるんだぜ? あ、お前には関係ない話だった、じゃあさようなら」
「ゆ、ゆうちゃんいつになく煽るスタイルじゃのう……」
ウキウキとした神より告げられる真実にヴェルダートがさらに追い打ちをかける。
ヴェルダートはこの哀れな男性の心を完全にへし折るつもりでいた。
「ちょ、ちょっと待て! いや、待って下さい!!」
「……なんだ?」
声はすぐにあがった、ヴェルダート達の思惑通りに男性は待ったをかける。
二人は同時に下衆い笑みを浮かべた。
「あ、あの。異世界に転生してやっても、い、いいぞ」
「なんだか敬語の使い方が間違っている気がするんだけど『神』さんどう思う?」
「全然駄目じゃな! ワシ酷い事言われて傷ついておる!」
「いやー、神には逆らえんわー! 神の言うことは絶対だわー!」
「ほっほっほっほ!」
笑顔だ。
人はどれほどの喜びがあればこれほどの笑顔を浮かべる事ができるのであろうか?
ヴェルダートと神はいまや太陽が輝くかの様にサンサンとした笑みを浮べており、その様子から二人が幸福と興奮の絶頂にいる事を表していた。
端的に言うと、二人はドSであった。
「す、すいませんでした……」
「よし、じゃあ取り敢えず土下座かな?」
笑顔のまま、ヴェルダートは何の気負いもなしにそう答えた。
◇ ◇ ◇
「ゆうちゃん、お主本当は悪魔か何かじゃないのかのう?」
呆れたように神が呟く。ヴェルダートはほっこりとした表情だ。
彼ははあの後、男性に対して土下座をさせた挙句、反省文を100枚書かせた上その場にて大声で全文を読ませるという無茶ぶりを命じたのだ。
男性はなんとか異世界に転移したい一心で涙目になりながらもその課題をこなすが、作業中延々とヴェルダートが自らのハーレムとのイチャイチャエピソードを楽しそうに語る為、終わる頃にはその表情から完全に感情が消えていた。
「社会ってのは厳しいんだよ。それをただで教えて貰えるんだ、感謝はされこそ非難される筋合いはないなー」
「ブラック気質じゃのう……」
ヴェルダートの仕打ちに流石の神もドン引きする。
神の想像以上にヴェルダートが全力で相手の心をへし折りにかかったからだ。
「んじゃあ、俺も『神』さんも十分楽しんだことだし転生すっか! スキルはこっちで勝手に決めておくぞ」
「あ、出来れば"王の財――」
「没個性だから駄目だ」
男性の提案は即座に却下された、それは没個性かつ二次創作許諾的にアウトであり、とても永久りやすい選択だった。
「まったく、どいつもこいつも同じスキル希望しおってからに、ゆうちゃん位珍しい特典を言って欲しいものじゃのう。まぁ無難に『幸運EX』とかかの? 地味じゃが生きる上では最強の能力じゃて」
不満顔の神をよそに男性が手を挙げる、彼は一方的な能力決定に疑問があった、普通は何らかの能力決定システムがあるのが彼の認識であったからだ。
「能力決定ルーレットとかは使わないんですか?」
「使ってもいいけど外したらガチで"タワシ"だぞ? お前"タワシツエー"で異世界やってく自信ある?」
ヴェルダートは冷静に返答する、もちろん今までの流れからルーレットを行った場合確実にタワシに当たる、それは決定事項であった。
もちろん、ヴェルダート達にとってはそっちの方が楽しくはある。
「ないです……」
「じゃあ幸運でいいだろ、まぁ多少イジメちまったがが後はヌルゲーが待っているんだ。許してくれや」
「じゃあサックリ転生さすぞい! ほいさっさ!」
男性がタワシを拒否した事を確認したヴェルダートは神へと合図を送る。
そうしてあまりにも気合の入っていない神の掛け声と共に男性の足元に巨大な穴が開く、転生で『お約束』の展開だ。
男性はギョッとするも一瞬にして穴の中へ吸い込まれていく。
「お~~~ぼ~~~え~~~て~~~ろ~~~!!」
「ふぉっふぉっふぉ、こうなっては穴に落ちる時に『お約束』の捨て台詞も気持ちよく聞けるのう!」
穴の中から捨て台詞が聞こえて来る。
それを聞いた神は非常に満足した表情で穴の中を覗きこむ、反面ヴェルダートは不満気な様子だ。
そして彼はしばし考えこむ様子を見せたかと思うと神に切り出す。
「捨て台詞とかなんか反省してないっぽいな、オイ『神』さん。アイツのスキルやっぱタワシにしようぜ!」
「ほんとお主悪魔じゃの!!」
神のツッコミが白の世界に響き渡る。
結局、男性のスキルはタワシになった。




