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これが異世界のお約束です!  作者: 鹿角フェフ
第五章:VRMMOには妹がいるお約束

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外伝:負けるな、お兄様!

 転移者達とヴェルダート達の会談より前、丁度アリアがヴェルダート達へ掲示板の話を行なっている時である。

 "暗黒"さんと呼ばれる転移者達の"主人公"はギルドの前に居た。


(ここがギルド……僕が、僕が頑張らなくちゃ!)


 "暗黒"さんは一般的に見て、敗者に分類される人間であった。

 意思が弱く、すぐ諦め、泣き事ばかりで、学力も体力も人並み以下、目立った才能も一切無い。

 学校があわないと引きこもり生活を送り、妹に勧められたゲームをひたすらするだけの生産性の無い人間。人生に目的もなく怠惰に過ごすだけの存在。

 それが"暗黒"さんだ。


 だがしかし、同時に彼はとても心優しい人間であった。

 彼はどのような境遇にあろうとも決して人を批判したり暴力を振るう様な事はしなかった、それどころかVRMMO内では困っている人や雰囲気に馴染めずに落ち込んでいる人達に積極的に声をかけて仲良くなろうと努力さえした。


 彼は、悲しむ人を決して放っておけず、大切な誰かの為であれば少しだけ強くなれる人間であった。


(怖い……けど皆はもっと不安に思っているんだ。少しでも情報を持ち帰って皆を安心させよう!)


 VRMMOでのデスゲームは彼らにとって地獄であった。

 死亡者およそ二千人。接続者のおおよそ3分の1に近い数の脱落者を出したその世界で、彼はレアスキルを持つ者であるが故、常に最前線で戦ってきた。

 迫り来る敵、死の危険性ある罠、終わりの見えないダンジョン、プレイヤー達の死。

 折れそうになる心をなけなしの勇気で覆い隠し、常に彼らの希望であり続けた。

 常に大切な人を守り続けた。

 そうして彼はこの場に立っている。


 彼は決して立ち止まらない。

 全てが終わったと思われた先に彼らを襲った新たな苦難。

 誰しもが心折れその境遇に嘆いてる中、なおも自らを(ふる)い立たせ先陣に立つ。

 それが、"暗黒"さんと呼ばれる人間の全てであった。




◇   ◇   ◇




「あ、あの。スイマセン。ぎ、ギルドの受付はここでいいでしょうか?」

「はい、いらっしゃいませ。本日のご用件はどういったものでしょうか?」


 初めて入るギルドの雰囲気にオドオドと緊張しながらも"暗黒"さんはカウンターへと向かう。

 向かったのは若い男性職員がいるカウンターだ、健全な男子ならその隣に立つ見た目麗しいギルド嬢の所へ行くものだが、彼は知らない女性とうまく喋れる気がしなかったのだ。


「ぎ、ギルドの登録をお、お願いします」

「はい、かしこまりました」


 男性職員はギルド加入に関しての注意事項等を丁寧に説明し、手続きを進めていく。

 "暗黒"さんはその全てを聞き漏らすまいと真剣に耳を傾ける。

 手続きも終わり、冒険者としての注意点も把握した"暗黒"さんは早速クエストに関して調査を行おうと男性職員に声をかける。

 可能ならば簡単なクエストを受けて雰囲気なども掴んでおきたいと彼は考えていた。


「あ、あの。クエストを確認したいのですが。え、えっと……採集クエストは無いんですよね?」

「そうですね、昔いろいろあったみたいですからね。私は日が入って浅いのでまだ大丈夫ですけど他の職員の前では控えてくださいねその話題。気分を害されますので」


 少しだけ(とが)めるようにな口調で男性職員に注意される、"暗黒"さんは何のことやらまったく分からなかったが、重要な事であると心の片隅にしっかりと刻みこむ。

 この世界の住人との不和は自分達が帰る為にも絶対に避けなければいけない事であったからだ。

 ちなみに、この情報を知るはずのアリアは姫プに忙しくてすっかり掲示板への情報アップを忘れていた。


「は、はぁ……スイマセン、でした」

「ふむ……では貴方のレベルやスキルから判断しまして。これなどいかがでしょうか?」


 男性職員は予め用意していたのか、一枚の紙を取り出すとニコニコと人好きのする笑顔でそれを"暗黒"さんに渡す。

 この世界の文字が読めない"暗黒"さんが内容の説明を頼むと、なんとそれは近隣に発生したドラゴンの討伐依頼であった。

 依頼ランクはA、報奨金は500ゴールド、こちらの世界に来たばかりの"暗黒"さんには難しいクエストだ。


「ど、ドラゴン退治ですか!?」


 "暗黒"さんは慌ててクエストの内容を聞き返す。

 あまりにも不可能な案件に思えたからだ、彼は慎重な男だ、まだこの段階でドラゴンなどと言う強さがハッキリと分からない存在に挑戦するつもりはなかった。


「はい、実は最近この一帯を荒らしているドラゴンでして……知能の低い下級ドラゴンではありますが流石にこのレベルを倒せる人は少なくて困っているのですよ」


「え、えっと……」


 男性職員はまるで"暗黒"さんだと簡単にこなせてしまうと言わんばかりにニコニコとクエストの説明を継続する。

 はたしてどの様に断るべきか。"暗黒"さんは痛む胃を腹の上から抑えながら緊張の面持ちで慣れない返答をしようと口を開く――。


「なーんて! 冗談ですよ! どうにも緊張されていらっしゃる様子でしたので少し冗談を言わせて頂きました。流石に登録したばかりの方に紹介する案件ではありません。間違っても受けるなんて言わないでくださいよ、死んでしまいますからね」


 が、先に言葉を発したのは男性職員であった。

 彼は先程から周りからも分かるほどあからさまに緊張している"暗黒"さんを案じてわざと冗談でからかい、場を和まそうとしたのだ。

 男性職員の気遣いはあまり上手ではなかったが、過度の緊張に包まれていた"暗黒"さんをリラックスさせるには十分な物であった。

 "暗黒"さんは目に見えて安堵しながらその好意を受け取る。

 自分の力量をキチンの把握し、安全にクエストを行え。

 "暗黒"さんは彼の冗談をその様に受け取った、そうして感謝とともに今度こそ自らの口から断りの言葉を述べる。


「そ、そうですね。わ、わかりました。受けません……」


「え?」

「え?」


 キリリと"暗黒"さんの胃が痛む、謎の沈黙が二人を包み込んだ。

 お互い、相手が何で驚いているのか理解できなかった。


「えっと、こちらの依頼はお受けにならないのでしょうか?」

「あ、はい。僕も危ないと思うので他の安全な依頼をう、受けたいです」


(貴方が受けるなと言ったのでしょうが!)


 "暗黒"さんは心底そう突っ込みたかったが、気が弱くそれすら言えない。

 困ったように考えこむ男性職員を同じく困ったように見るばかりだ。


「もしや何かご紹介の際に至らない点でも? 申し訳ございません、なにぶん日が浅くてその辺りの塩梅(あんばい)がよく分からないものでして……」

「い、いえ。大丈夫だと……思い、ます」


 "暗黒"さんは未だ混乱する頭をフル回転させて、自分に落ち度はなかったかを考える。

 もちろん、いくら彼が考えた所でおかしい所が出てくるはずもなかった。


「そうですか………あ! なるほど! 失礼しました! こっそりと討伐に行かれるんですね! 私とした事がうっかりしておりました!」

「い、行かないですよ?」


「え?」

「え?」


 またもや沈黙が場を包んだ。

 "暗黒"さんの胃が加速度的に痛みを訴えだす、彼はつらそうに腹を抑えながらなぜ自分がこんな訳の分からない状況に陥っているのかと声にならない叫びをあげた。


「い、行かないのでしょうか? こっそりとですよ、誰にも知られたくないのでは?」

「は、はい。行かないです。あ、危ないので」


 ここで負けてはいけない、さすがに場の雰囲気に任せてドラゴン退治を請け負うほど"暗黒"さんも押しに弱い人間ではなかった、それは転移者達の希望を一身に背負う責任感からでもある。


「そうですか……」

「そうです………」


 沈黙が"暗黒"さんの胃を襲う。

 彼はなぜこの男性職員がここまで残念そうにしているのか理解できなかった、それよりもとりあえず帰ってゆっくりと胃を休ませたかった。


「では他の依頼になりますね。申し訳ございません、少々予想外でしたので改めて検索して参ります。それまでそちらの席でおかけになってお待ちください」

「あ、はい」


 男性職員は戸惑うようにそう告げると奥に引っ込む。

 "暗黒"さんは相手がなんとか折れてくれた事に心底安心すると、ギルドホールの端にある待合椅子まで歩みゆく。


 丁度その時である、"暗黒"さんの目の前で少女がこれ見よがしに転倒しながら手に持つ書類をぶちまけた。

 "暗黒"さんはその様子に驚きながらも困っている人を助けられずにはいられないその性格から自然と少女の書類を拾い集める。


「ああ! ゴメンナサイ! 私ったらドジばっかりで!」

「あ、いえ。気にしないで下さい。ぼ、僕は大丈夫なので……」


 少女は頭からウサギ耳の様な物を生やす可愛らしい女性であった、"暗黒"さんはその少女が話に聞いていた獣人の兎族であることを理解するとなるべく視線を合わせないようにする。女性相手では緊張してしまうからだ。


「実は私、このギルドの人員不足の為に購入された奴隷なのです。今は皆さん良くしてくださってお仕事も沢山なのですが、このままお仕事が少なくなってしまったらどうなってしまうのやら……」

「は、はぁ」


 特に聞いていないにも関わらず(せき)を切ったようにウサギ少女が話しだす。

 "暗黒"さんはタジタジだ。彼は人見知りが激しかった。


「自分で奴隷代金を支払い奴隷身分からの解放をしようにもそのお金が500ゴールドにもなるんです! こんなんじゃ何年もかかっちゃいます! うう、私はどうすれば……」

「あの、元気出してください。あ、あとお喋りばっかりだと怒られると思いますよ?」


「え?」

「え?」


 胃薬はどこかにあっただろうか?

 無難な対応をしたにも関わらず驚きの目で見られた"暗黒"さんは、迅速(じんそく)な治療が求められる自らの胃を案じながら遠くの景色を見つめた。


「あの! 私の代金である500ゴールドは丁度いま出ているドラゴンの討伐報奨金と一緒なんです! 偶然の一致なんです!」

「そ、そうですね。凄い金額ですね。で、でも諦めないで頑張ればいつか貯められますよ」


「え?」

「え?」


 "暗黒"さんは限界だ。

 もちろん、彼とて彼女を解放してやれるなら解放してやりたいと思っている。

 しかしながら500ゴールドと言う金額は少しでも金を稼がないといけない彼にとって許容できない大金だ、なんの見返りも期待できないのに払えるものでもない。

 "暗黒"さんは自分の手の届く範囲を自覚し、それを超える愚を犯すような人間ではなかった。


「うう、もしかして私可愛くないでしょうか?」

「え? いや、か、かわいいと思いますよ?」


 実はウサギ少女は"暗黒"さんのストライクゾーンど真ん中であった。

 絞り出した答えは彼の嘘偽りない気持ちである、だがどうしてそれについて彼女が質問するのか"暗黒"さんは全く理解できない。


「じゃあなんで……」

「な、なんででしょう?」


 同時に困った顔をする二人。お互い何が何やら分からなかった。


「オイオイ! 兄ちゃん! ここはギルドだぜ! 女と乳繰り合う場所じゃねぇんだよ!」


 その時である、少し離れた場所より声が掛かる。

 現れたのは獣人の男だ、着崩れた服と整えられていないボサボサの毛はゴロツキと言っても差し支えない印象がある。

 "暗黒"さんは彼が言うことも最もであると思い謝罪の言葉を述べる。


「あ、はい。そうでしたね。ご、ごめんなさい」


「え?」

「え?」


 ゴロツキとの間に謎の沈黙が出来上がる。

 またこのパターンである、"暗黒"さんの心は悲しみに包まれた。


「あの! この人いつも私に言い寄ってきて迷惑しているんです! どうしたらいいでしょうか!?」


 ウサギ耳少女が会話に割って入り、さっき会ったばかりの"暗黒"さんへと何故か助けを求める。


「えっと。ぎ、ギルドの人に相談したほうがいいですよ」


「え?」

「え?」


「おいおい! てめぇ! この俺とやろうってのか!? いい度胸だ! かかってきやがれ!」


 続いて割って入るのはゴロツキだ。


「ご、ゴメンナサイ! 暴力はやめて下さい!」


「え?」

「え?」


「大変です! 例のドラゴンがこの付近の村で暴れているらしいのです! ギルドの緊急クエストです! 皆さん、すぐに救援に向かって下さい!」


 被せるようにギルドの男性職員が駆け寄ってくる。


「ど、ドラゴンだって!? Dランクの俺にゃあ無理だ! 拒否させてもらうぜ!」

「あ、あの。僕も無理だと思うので、きょ、拒否します……」


「え?」

「え?」


「そんな! あの村には私の妹がいるのです! ああ! どうすれば! ドラゴンを華麗に倒してしまう男性がいたら一目惚れした挙句一生付いて行くような尽くすタイプの妹がいるのに! いまなら漏れ無くその姉もついてくるのに!」

「ぶ、無事を祈りましょう……」


「え?」

「え?」


「じ、実はドッキリを予定していたのですがこの場で明かします! キャンペーンにより今ならもう一人妹をお付けします! 妹は双子なのです! どっちも可愛いですよ! しかも奴隷契約に関わる金利手数料などは全てコチラ持ち! これならどうですか!?」


「え? あ、はぁ……」


「何が不満なのですかーー!」


「ご、ゴメンナサイ!!」


 遂にウサギ耳少女が爆発した。

 しかしながら全くなんの事か分からなかった"暗黒"さんは取り敢えず謝るだけ謝った。

 彼は本当に、もういっぱいいっぱいだった。

 そして、『お約束』の事などこれっぽっちも知らなかった。

姉   ・普通のウサミミ   おせっかい幼馴染系

妹その1・ロップイヤー    ツンデレ系

妹その2・アンゴラモフ耳   不思議ちゃん系

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