第二話:掲示板
「老騎士の休息亭」。
先程から『VRMMO』のウィンドウを開き、何やら操作していたアリアが顔をあげる。
常に閑散としている「老騎士の休息亭」には珍しく、その日は多くの人々に満ち溢れていた。転移者達がこの場所を仮の活動拠点の一つと定めだ為だ。思いがけない人入りに親父の顔もほころんでいる。
「つまり、私達はこの街の公爵様から支援していただいているお金を全て返さないといけないと言うわけですね」
アリアの声がガヤガヤと騒々しい酒場に溶け込む。
「そういうこったな、こっちも慈善事業じゃないしな」
「一応、高位神官と調整しながら召還儀式魔法の準備も行なっておりますので皆さんの帰還についてはご安心を。しかしながらこちらも最低限必要経費は支払ってい頂きたいですわ」
「聞いたことあるわ! あれってお金掛かるのよね!」
アリアの問いにヴェルダート達が答える。
様々な技術体系が存在するこの世界において、召還魔法はそれ程困難なものではなかった。それを実施するにあたって膨大な費用が必要な点を除いてはであるが。
バールベリー公爵も無限に金銭を有しているわけでも善意だけで彼らの支援を行なっているわけでもない。
最低限、受けた援助を返還する必要がアリア達にはあった。
「分かりました、では今の私達に出来る仕事などはありますでしょうか? 取り敢えずこちらの世界で生活の基盤を作らないことには何も始まりませんので」
「んー、ミラルダに聞いたんだけど皆戦いは素人さんなのよね? じゃあ戦闘系の仕事は難しいわね! 街中での雑用依頼をこなしつつギルドで戦闘指南を受けるのがいいんじゃないかしら!」
「そうですわね、一番無難なルートですわ。転移された一部の"チート主"さんはいきなり強力な魔物に挑戦したりしますけど、皆さんではそれも無理そうですしね」
実践ではまったく使いものにならない。
それが転移者達と戦ったミラルダとマオが下した評価であった。
戦闘においてシステムの補助があった『VRMMO』と違ってこちらは曲がりなりにも現実の世界なのだ。
全てにおいて勝手が違う、転移者達にいきなり戦闘を行わせるのは無謀以外の何物でもなかった。
「わかりました。あと採集依頼や私達でも安全に倒せるような魔物の討伐依頼等は無いのでしょうか? 出来ればそういった実践を踏まえつつ経験を積みたいのですが……」
「……無いわよー」
「え? 無いのですか?」
「……無いですわね」
この世界に慣れるには何よりも実践が一番である、安全マージンを多く取り危険性を限りなく排除すれば大丈夫なのではと考えたアリアはこういったギルドにありがちな初心者向け依頼の有無について問う。
だがしかし、もたらされたのは意味ありげな否定であった。
「そうなんですか、採集系は定番の依頼だと思っていたので期待してたのですが……」
「「…………」」
残念そうに呟くアリアであったが、エリサとミラルダが黙りこむ。
「……あの、何かいけない事を言ってしまいましたか?」
何か良くないことを聞いたのかと不安になったアリアは遠慮がちに質問する。
その様子を見かねたのか、ヴェルダートがため息混じりにアリアの疑問に答えた。
「あのな、採集や雑魚魔物の駆除も昔はあったんだ。だがな、"チート主"さん達が調子ぶっこいて"俺だけが知っている穴場"を狩りつくしちまったせいでな、全部絶滅したんだよ……」
そう、"チート主"さん達である。
彼らはギルドデビューするやいなや『お約束』の初心者クエストで穴場の採集場所や狩場を見つけ、俺スゲーをしだしたのだ。
もちろん、これだけなら絶滅などもしない。しかしながらこの街だけでも数多くの"チート主"さんがいる、彼らが一斉に"高品質なクエスト対象物を余裕で集める俺スゲー"を行った為、遂に近隣の採集対象生物は絶滅したのであった。
「サヒリ草、ガダル花、キラービー、フォレストウルフ、ホーンラビット、ゴブリン。昔はこの辺りも賑やかでしたわね……」
「今は何もないものね、人の業って本当に深いわ……」
「"チート主"さんと言うのはイナゴかなにかですか……?」
呆れたようにアリアが突っ込む。
限りある資源を食い尽くした後でも移動せずに居座る辺りイナゴより質が悪い。もっとも、他所の街でも似たような惨状であるが。
「いい例えだ。あとギルド職員の前でこの話題はするなよ? ガチギレされるからな」
「は、はぁ……」
アリアが気のない返事をする。
ギルド職員達は数年前に、とある"チート主"さんが用量無制限の『お約束』で有名なアイテムボックスを最大限に利用して、十数トンに及ぶ薬草をドヤ顔で採集してきた時の怒りを未だ忘れていないのだ。
この時より、この地一帯の栽培方法が確立されていない薬草は図鑑の中だけの存在となっている。
悲劇としか言い様がない事件であった。
「そう言えば、噂の"チート主"お兄様はどうしていらっしゃるのでしょうか?」
「はい! お兄様は今頃ソロでお金を稼いで来てくれています! 皆が苦労しないようにと頑張ってくれているんです!」
ミラルダの問いにアリアが答える。嬉しそうな表情だ、先程の真剣な様子とは違い歳相応の表情が表れている。兄が大好きな事が言葉にせずとも分かるその様子にミラルダも笑顔で頷いている。
「いい兄貴だなー、ヒッキーとは思えん。でもソロで大丈夫か?」
アリアの兄は彼らにとっての"主人公"である。他の人々と違って特別な存在である彼がそうそう遅れを取ることも無いが念のためにとヴェルダートが問う。
「もちろんです! お兄様はなんと! レアスキルである『一刀流』を取得しているんですよ! これは私達がいたゲーム内でもお兄様しか持っていなかった強力な派生型レアスキルなんです! この世界でも一歩抜きん出ていますよきっと!」
まるで自分の事のように兄を自慢するアリアの言葉をふむふむと聞いていたヴェルダートであったが、レアスキルに思う所があったのか突然酒場全体に響き渡るように声をあげる。
「おーい、レア系統のカタナスキル持っている奴、すまんが手ーあげてくれー」
酒場にいる人々の中から何人かが手を挙げる、彼らは数少ないこの酒場の常連だ。カタナ使いのゴリラも手を上げている。
「あっ! ゴリラったらカタナ系のレアスキルゲットしたんだ! おめでとー!」
「わざとピンチになったら覚醒余裕だったぜ! ガハハハ!」
基本的にピンチになったらレアスキルはゲットできる、この世界におけるレアスキルは実のところあまりレアではなかった。
「な?」
「あ、はい……」
ヴェルダートが言い聞かせるようにアリアへと現実を突きつける。
アリアは自らの価値観が盛大に崩れ去る音を聞きながらなんとか返事を絞り出した。
「そりゃそうと、兄貴と連絡はちゃんととっているのか? "チート主"さんだから多少の事は問題ないが『お約束』を理解しないといろいろキツイぞ?」
"主人公"は物語に置いて重要な位置を占める。
アリアの兄に万が一があった場合は転移者全員が永久ってしまう可能性もある為、ヴェルダートはしつこいまでに彼の近況をアリアに尋ねる。
彼のキャラ設定に明らかな不安があった為だ。
「そこは大丈夫です。私達の『VRMMO』システムには『掲示板』という物がありまして、これでリアルタイムにいろんな人達の情報を集約する事ができるんですよ、お兄様も確認しています」
「へぇ、便利ですわね。どのような仕組みでできているのでしょうか? 解析してみたいですわね」
『掲示板』はVRMMOに見られる『お約束』の一つである。
有名な掲示板群を参考にして作られるそれはゲーム内一般プレイヤーが匿名で書き込めるという設定上、第三者視点での"チート主"さんを描写でき"俺スゲー"を演出しやすい。
そうして、当初は画期的なアイデアだったにも関わらず、いつの間にかキノコのごとく乱立した『掲示板』は鬱陶しいまでに"俺スゲー"と馴れ合いを演出し、読むものを疲れさせる代物と化したのであった。
「まぁ、『お約束』だわな。どんな風になっているんだ? ちょっと見せてくれよ」
「はい、少々お待ちください――」
ヴェルダートが興味深そうに言うと、アリアがシステムウィンドウを操作し始める。
そうして、こちらにも見えるように大きめのウィンドウが彼らが囲むテーブル上に表示された。
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【異世界転移対策スレ 18スレ目】
1:巫女/回復/R無/L75/T4(掲示板管理者)
異世界転移対策本部です
今後の方針の検討や情報の収集等の話題がメインです
過去スレ等の詳細は>>2以降
雑談・無駄な話は雑談スレへ
暴言・誹謗中傷はBAN対象です
諦めずに現実世界へ帰還しましょう!
※書き込み時は名前欄に↓の通りキャラデータ記載を徹底して下さい!
【職業/担当(武器)/レアスキル有無/レベル/所属チーム】
203:名無しの冒険者
冒険に着ていく服を買いに行く服が無い
204:名無しの冒険者
>>203 ワロタw
205:名無しの冒険者
つーか冒険どころか特定チーム以外は活動制限されてるんだろ
フラグ立てるとガチで死ぬとかマジこの世界どうなってんの?
206:聖騎士姫@お兄様大好き
どうしよう。採集クエとか無いんだってo(T◇T o)
207:名無しの冒険者
姫キター!
208:名無しの冒険者
姫ペロペロw
209:名無しの冒険者
俺も姫ペロペロw
210:名無しの冒険者
おまいら自重しるwww おれもペロペロwwww
211:名無しの冒険者
>>206 え?マジ? やばくない?
212:名無しの冒険者
姫ちゃんkwsk あとペロペロ
213:聖騎士姫@お兄様大好き
なんだか採集され尽くしたとか?弱い魔物もいないみたい><
私達に出来るのは簡単なお使いクエばっかりだって、どうしよう!
これじゃあ何時まで経ってもお金返せないよ
え~ん お兄様助けて~(/□≦、)エーン!!
214:名無しの冒険者
泣いてる姫ちゃんカワイスwwww
215:名無しの冒険者
ペロペロしたいwww
216:名無しの冒険者
ペロペロしたwwww
217:暗黒/K使/R有/L210/T1L
今ギルド前にいます、これからクエ関係の話聞いてきます。
情報随時あげますので収集担当さんお願いします。
皆諦めずに頑張りましょう!
218:名無しの冒険者
暗黒さんキタコレ! これで勝つる!
219:名無しの冒険者
さすがの暗黒さんやでぇ
220:聖騎士姫@お兄様大好き
わーい! お兄様だ~ ちゅ~(^・^*)゜+
221:鍛冶/生産/R有/L98/T1
>>217
T1はベースキャンプで情報整理&各消耗品再確認中です
私にも手伝えることあったらなんでも言ってね、皆で必ず帰ろうね!
222:僧侶/回復/R無/L130/T1
>>217
ギルド関連の情報不足しています。どんな些細なことでも良いので
情報あればあげてください、私達で纏めます。
無理しないでくださいね、貴方の帰りを待っています
223:名無しの冒険者
姫はお兄様好きすぎワロタwwww
ワロタ……
224:名無しの冒険者
俺達が入る隙が微塵もねぇw
225:名も無きスネーク
暗黒さんギルド前で発見した、姫はいない模様
引き続き監視を行う
226:名無しの冒険者
スネークいつも乙!
227:名無しの冒険者
姫ちゃん使わなくなったレアアイテムプレゼントするよww
228:聖騎士姫@お兄様大好き
>>227 さん
わーい! ありがとー! アリアうれしいなっ♪
★⌒(●ゝω・)b
229:名無しの冒険者
俺もプレゼントするしwwwww
230:名無しの冒険者
じゃあ俺もwwwww
231:名無しの冒険者
え? 皆プレゼントすんの? じゃあ俺も!
232:名無しの冒険者
>>231 どうぞどうぞw
233:名無しの冒険者
>>231 どうぞどあうぞww
234:名無しの冒険者
>>232 >>233 お前ら結婚しるwww
235:名無しの冒険者
俺らも暗黒さん手伝った方がいいのかな?
236:名無しの冒険者
お兄様が全部やってくれるからいいんじゃね?
237:名無しの冒険者
じゃあ取り敢えず姫ペロペロ
238:巫女/回復/R無/L75/T4(掲示板管理者)
>>ALL
レスが流れるので雑談を控えてくれるようお願いします
239:名無しの冒険者
姫ペロペロwwww
240:名無しの冒険者
姫ペロペロw
241:名無しの冒険者
姫ペロwwww
242:名無しの冒険者
姫ペロペロwwwwwww
wwwwwwww
~以下ペロペロレスが続く~
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「慣れ合いがうぜぇ!」
ヴェルダートは思わず突っ込んだ。
掲示板は一部の有志を除きアリアの取り巻き達による慣れ合いの場と化していたのだ。
「そ、そうでしょうか?」
自覚があるのか気まずそうにアリアが答える。
「しかも姫プかよ! チヤホヤされていい気分味わってるんじゃねぇよ!」
「え、えーと。皆さんとても褒めてくれるのでつい……」
姫プレイ。それは『MMO』において女性である事を最大限に利用した禁断のプレイスタイルである。
究極の姫プ体現者であるアリアの装備は、その全てが愚かな男性プレイヤーに貢がせたレアアイテムであった。
「その上何で掲示板内だけこんな軽い空気なんだよ! お前ら現実に帰りたくて切羽詰まっていたんだろうが!?」
ヴェルダートは続けて勢い良く突っ込む、だが『掲示板』という物は基本このような感じだ。
大抵は物語との空気が大幅に違って違和感を感じさせる。
「あっ! この顔のマークかわいい! エリサちゃんも使ってみたい!」
「件のお兄様らしき人も書き込んでいますわね、返信もいくつかあるようですわ。コミュ障なのに大丈夫なのですか?」
ミラルダが掲示板の書き込みを見ると不安そうに尋ねる。
エリサは既に転移者達への興味が消えたようで全く別の箇所に食いついていた。
「お兄様はネットだと饒舌なので大丈夫です!」
「典型的だなオイ……」
アリアの兄こと"暗黒"さんはネット上では虎のように勇猛果敢な男であった、もちろん現実では借りてきた猫のように大人しい。
「さて、それではそろそろ失礼して情報収集の為ギルドに顔を出しに行きます。他の転移者クランの人達とも打ち合わせがありますし。本日はありがとうございました、またよろしくお願い致します」
アリアはどこかそわそわした様子でそう告げると返事を待たずに勢い良く席を後にする、どう考えても個人的な理由であった。
「あいよ、気をつけてなー」
「どうぞお気をつけて」
「バイバーイ!」
ヴェルダート達の挨拶が酒場に響く、アリアが完全に酒場より出たのを確認したヴェルダート達は思い思いに語りだす。
「不安だなオイ……」
「あの子完全にお兄ちゃん目的でギルド行ったわね……」
「ところでヴェルダートさん。例のお話、覚えておいででしょうか?」
ミラルダが真剣な表情でヴェルダートに語りかける。今回の転移者支援であるが秘密裏にバールベリー公爵より命じられた指令があった、彼女はその事を言っているのだ。
「アイツラを引き止めるって話だろ? もちろん覚えているぜ」
「ふふふ、頼りにしていますわよ」
転移者達の引き止め。
バールベリー公爵は初めから転移者達を元の世界に戻すつもりなど一切無かった。
転移者達は時としてこの世界には存在しない技術やアイテムを有している事がある、アルター王国はそれらを積極的に取り込む事で周辺国家に覇を唱えていたのだ。
もっとも、あまり悪役っぽい行動を取ると『お約束』的に潰されるので引き止めに関してはもっぱら袖の下とゴマすりが行われる。
「何!? なんだか面白そうな話ね! 悪巧み? エリサちゃんも混ぜて!」
「駄目だ。エリサはなんだかボロを出しそうな雰囲気があるからな」
「ケチー!」
途端に機嫌を悪くしたエリサが文句を言う。ヴェルダートとしては彼女も混ぜてやりたかったが最近はおバカキャラが進んでいる為この様な事へ参加させるのははばかられたのだ。
「さーってと、どうやって引き止めるかな? まぁそんなに難しくも無いだろうがな」
いつも以上にあくどい笑みを浮かべたヴェルダートはそう静かに呟く。
転移者達の思惑とは裏腹に事態は進行する。
果たして彼らは無事にこの試練を乗り越えて現実世界への帰還を果たすことができるのだろうか。
もちろん、この様な演出が入る場合は十中八九上手く事が運ぶのが『お約束』であった。




