第三話:戦争
事件とは時として予兆なく訪れる。
その日、グランナールが治める町を訪れていたヴェルダート一行を襲うであろうそれもまた唐突なものであった。
「たっ、大変だ!」
魔物の町でミラルダより依頼された取引に関して話し合いを行なっていたヴェルダートだったが、突然の叫びとともに慌てて首長の元へと走りゆくであろうゴブリンの警備兵を確認するとその眉をひそめる。
「ん? 何かあったのかしら!?」
「あう……なんだか騒がしいですね」
「んー? なんだろうな? ちょっと見に行くかー」
同行していたエリサとネコニャーゼも心配気な様子だ、ヴェルダートは何か嫌な予感を感じながらも何事かと確認に向かう。
町の中央にある広場、そこで先程の警備兵より説明を受けるグランを中心として広場は緊張した雰囲気に包まれていた。
ヴェルダートは広場に集まり固唾を飲んでグラント幹部達のやり取りを見守るゴブリン達をかき分けながら近くへ歩み、耳をすませる。
「そんなっ!? 人類側の軍隊が押し寄せてきてるだって!?」
「はい、首長。このままではおおよそ2刻程でこの街に来るかと……」
「どうしてっ!? 俺達は平和に暮らしていただけなのに!?」
警備兵の話によれば人類側の軍隊がまもなくここを攻めてくる、突然の事に流石のグランも驚きを隠せていない。
自分達を率いる首長の動揺が伝わったのだろうか? 周囲のゴブリン達にもその焦りが伝わると次第に混乱が場を支配し始める。
そんな中、ヴェルダートはいたって冷静であった。
「ん―? なんだ、人類が攻めてくる『お約束』か、期待して損した」
ボソリと呟く。
そう、『成り上がり魔物』では常に人類側から一方的に攻められるのが『お約束』でありこの流れは既にヴェルダートの中では予定調和であった。
面倒臭いなぁ、帰ろうかな?
仮にも友人といえるべき者達の苦境に無慈悲な感想を抱きながら考えこむヴェルダートに少女達がつめ寄る。
「ちょ、ちょっと!? それって一大事じゃない! なんでそんな平然としているの!?」
「うう……そうですよ! どうしよう、止めなくちゃ!」
つまらなそうに棒立ちするヴェルダートにエリサとネコニャーゼが慌ててに突っ込む。
流石に少女達は常識人であった、無慈悲な男とは違い友人達を裏切る事はなかったのである。
「はは、大げさだな。安心しろ。どうせグランが相手側を皆殺しにした挙句『殺す覚悟』でもやらかして終息するから」
結局のところ、そうなのだ。
『成り上がり魔物』における人類側の侵略と言うのは"チート主"さんを彩る華でしかない。
軍隊と言えども散々もったいぶった挙句あっさりと皆殺しにされ"俺の軍団ツエー"のダシにされるのがオチであった。
「全然アウトじゃない! 何考えてるのよヴェル!?」
「あう……でもどんな軍がやってくるんですか? ミラルダさんはそんな事しないですよね?」
ミラルダのローナン家やその上司にあたるバールベリー公爵が軍を派遣する事は考えにくい、ヴェルダートより『成り上がり魔物』に関する『お約束』を聞いたミラルダがその情報を全て報告し問題なしとの判断されていた為だ。
よって、今回の派遣は別の組織によるものかと思われた。
「ん? んー、そうだな。どっかの貴族の一派が持つ私有軍とかどっかの宗教の神殿騎士団とかが暴走してとかそんな感じじゃないか? 大抵そういうヤツラが悪者扱いされる、『お約束』的にな」
「適当すぎるわ! もっとこう、深い考察とか政治的かつ宗教的背景はないの!?」
「無い。だってそんなの必要ないだろ? 必要なのは明確な敵だ、それも雑魚い奴らだ」
「うう……噛ませ役というやつなんですね」
平和に暮らす魔物達を襲うのは大抵こういった一方的にこちらを悪と決めつけたり、私利私欲に走ったりする愚か者達である。
なぜならばその様にヘイトを稼ぎ圧倒的武力をもって蹂躙、その後カタルシスを得るのが"チート主"さんの常套手段だからである。
余計な事情や同情は雑魚には必要なし、噛ませ役とはどこまでいっても不運な存在であった。
「まぁ俺達は人類と魔物の間で葛藤しながらも結局魔物側に味方する冒険者ポジションにいるし別に被害は無いから安心していいぞ。 あ、でもヨイショだけはちゃんとやれよ、重要な役目だからな」
こういった場合、仲の良い冒険者達は基本的に魔物側に付く、そうして圧倒的な武力を見てヨイショの言葉を添えるのだ。
それが『お約束』であった。
「もう! そんな悠長に! ねぇヴェル、なんとか回避する方法は無いの? 噛ませで死ぬのは流石に可哀想よ……」
「ん? うーん………」
「うう……ヴェルダートさん、私からもお願いします」
「うーむ………」
下らない『お約束』で血が流れる事を嫌ったのか、少女達がヴェルダートへ懇願する。
普段なんだかんだ言いつつも少女達の願いを無視することができないヴェルダートは良い方法はないかと悩みだす。
「ヴェル………」
「……ヴェルダートさん」
距離が近い。
少女達はいつの間に覚えたのか、あざといまでに上目遣いであった。
「仕方ないなぁ、じゃあグランの所に行ってみるかー」
「「やったー!」」
ヴェルダートはそもそも何で自分が行動すれば解決する的な流れになっているのか疑問に思ったが、嬉しそうにこちらを見つめる少女達に強く出ることができず、とりあえず雰囲気に流される事にした。
◇ ◇ ◇
魔物の町を囲む森林の出口付近、グランの軍隊は既に地の利を生かした形で森の中に布陣を終えている。
そう遠くない場所より人類側の軍隊が進軍してくる様子を横目で見ながらヴェルダートはグランの所へ歩みゆく。
「おーい、グラン。盛り上がってるところ悪いが今回は引いてくれないか?」
何の気負いなしにヴェルダートが要件を伝える。
彼は何時だって直球だ、基本的に人生を舐めて考えていた。
「ヴェルダートさん、どういうことですか? 流石にこの場で言うべきことではないと思いますけど?」
「いやー、うちのお姫様達が戦いは止めてくれって五月蝿いんだよ、だから止めてくれ」
女が五月蝿いから戦争やめろ、一見暴挙にも見えるこの要望。
しかしながら数多くの"チート主"さんが跋扈するこの世界ではわりと一般的であった。
「はぁ……。いいですか? 俺達だってそうしたいのは山々です、だが相手がそれを許してくれない。やらなければこちらがやられるんです! 俺には仲間の安全を守る義務があるんですよ?」
もちろん仲間の安全を守ることは建前であり、本音は"俺の軍団ツエー"をやりたいだけである。仲間が犠牲になってもさしたる感傷もないし重要なキャラならばなんだかんだと理由をつけて復活する。
「うーん、全員を無血で捕獲するスキルとか持っているんじゃないのか? それを使ってはどうだ?」
「確かにそういうスキルは先日入手しました。ですがそれを使ってこの場を収めても相手を調子づかせるだけです、徹底的にやるべきだと判断します」
何度も言うが、彼が欲しているのは平和ではなく"俺の軍団ツエー"である。
「まぁ、ある程度は正論なんだよなー。なんとかならないか? 人類側と揉めると他の"チート主"さんも黙っていないぞ?」
「クドイですよ! 俺達の意思は変わりません! これ以上邪魔するなら貴方達と言えども拘束することになりますよ!」
「わかった、わかった。もう何も言わねぇよ」
流石のヴェルダートもこの場は引く。
『お約束』の流れとはいえ、この場合敵側が一方的に攻めてくるのである。
それを魔物側で平和的におさめる事は難しかった。
ヴェルダートは先程から後ろで心配そうに事の成り行きを見守っていた少女達に向き直ると済まなそうに謝罪する。
「悪いな、何ともならねぇわ、今回は攻めてくる方に非があるからな。説得も難しい」
「そんな………。女の子が沢山いるのに、全員死んじゃうなんて酷いわ……」
先ほどのやり取りの間に確認したのであろうか、手に望遠鏡を持ったエリサが悲痛な面持ちで呟く。
ピクリと、グランナールが反応した。
「ん? 相手はどんな奴らなんだ?」
「えと……あの旗はたしか聖堂教会のボナーレ枢機卿直属、聖乙女騎士団ですね。全員が高位のシスターさんで構成されている珍しい女性部隊らしいです」
「魔物と人類の平和の為には対話が必要だと思います、ヴェルダートさん」
「………おい」
グランナールがいつの間にか会話に混ざっている、光の如き速さであった。
平和よりも何よりも女が大事、"チート主"さんのお手本の様な存在であるグランナールは自らの欲望に忠実な男であった。
今や彼の頭の中は"戦争+勝利した魔物+敗北した女性達"によるピンク色の妄想でいっぱいだ。
「幸いな事に俺は相手を無力化出来るスキルを持っています。まずはこれを使って相手と話し合ってみます!」
「女と聞いて手のひら返しか、すげー変わり身だなオイ」
女は生かし、男は殺す。文章だけ見ているとそこらの野盗となんら変わらない行動原理を持つのが"チート主"さんである。違いは力を持っているか持っていないかでしかない。
「なーに! 速攻で拘束して圧倒的な力量差を見せつければ相手もわかってくれますよ」
「んであわよくばハーレムゲットする気なんだな……。まぁそれが平和的でいいと思うが」
ヴェルダートが呟く、彼は既に突っ込む気力も失っている。
「普段はツンツンしながらも、お互い交流する内にデレる女騎士団長とかだったらいいなー」
「まぁ、頑張ってくれや……」
本音が漏れる、グランナールの狙いは女性騎士団長にあった。もちろん、彼の要望通りツンツンである。
「よーし! 皆っ! 捕獲作戦に移るぞ!」
「「「おーっ!!」」」
◇ ◇ ◇
戦争は一瞬にして終了した、正に予定調和かと思われる速さであった。
エリサとネコニャーゼもほっとした様子で拘束されている無傷の女性騎士団達を見ている。
「結局、平和的に終了できたわねー」
「あう……グランさんと女騎士団長さんを見かけないのですがどうしたのでしょうか?」
「ご休憩中なんだろ? そっとしておいてやれ」
グランは欲望に忠実な男である、彼と女騎士団長は2時間ほど前から行方不明だった。
「休憩!? 仮にも軍を率いる人が悠長に休憩だなんて呑気なものね! そんなに戦闘が疲れたのかしら?」
「いや、疲れていないから休憩しているんだろ?」
「ほえ? なにそれ? どういう意味なのヴェル?」
「エリサはそのままでいてくれって事だよ」
ヴェルダートは首をかしげながらしきりに質問を投げかけるエリサに対して苦笑いを浮かべながらもその美しい銀髪を撫でる。
反面ネコニャーゼは顔を真っ赤にして俯いていたが、ヴェルダートは気づかない振りをした。
「でも……一件落着でよかったです!」
「そういう訳にもいかないと思うけどな」
誤魔化すように声を上げるネコニャーゼにヴェルダートは困ったように答える。
その意図が汲み取れずネコニャーゼも堪らず質問を返す。
「え?……何故ですか?」
「『成り上がり魔物』ってのはな、常に"進化"と"俺の軍団ツエー"を繰り返していないと駄目な生き物なんだよ。この後はしばらく新しいハーレムとのイチャコラパートと進化パートに入るだろうがそれが終わるとまた何処からともなく軍団が攻めてくる……」
走り出したら止まれない。止まる時は死ぬ時。
正にマグロの様な生態を持つことが"成り上がり魔物"さんに課せられた過酷な運命である。
「なんてはた迷惑なの……。もし無理やりそれを止めさせたらどうなるの?」
「永久るな……。そういうサガなんだよ」
『成り上がり魔物』さんが永久る時は大抵ネタが無くなった時である、延々続く同じ流れに本人が終わりを見いだせなくなるのだ。
「あう……でも皆さん平和に暮らしたいって言っていましたよ?」
「チラ見なんだよ、そう言いつつも"俺の軍団ツエー"する機会を伺っているんだ」
平和に暮らしたいアピールをする者ほどトラブルを求めている。これは全ての"チート主"さんに言える事であり、大抵チラチラが激しすぎてウザがられる事柄でもあった。
「もうそれ永久した方がいいんじゃない……?」
「………さぁ、どうだろうな?」
少しだけ、皮肉な笑みを浮かべながらヴェルダートは答えた。
グランナールはその後4時間ほど経過してから戻ってくる。
つい先刻まで戦争をしていたはずのグランと女騎士団長が驚くほど仲睦まじくなっているのを見たネコニャーゼはさらに顔を赤くさせ、心配して声をかけようとするエリサを押しとどめるヴェルダートを困らせたのであった。




