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これが異世界のお約束です!  作者: 鹿角フェフ
第四章:転生魔物は成り上がるお約束
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第一話:魔物の町

 (こけ)むした樹木が林立する薄暗い森林。

 獣道かと見間違うほどの荒れ道を歩く者達の姿が見える。

 この日、ヴェルダートはミラルダより依頼を受け、"魔物達に作られた町"の調査に訪れていた。


 どれ程歩いたのであろうか? 肌に浮き出る汗が流れ落ちやや不快感を感じる頃であった、唐突に道が開け明らかに人工的に作られたと判断できる建物が彼らの視界に入る。


「見えてきたな……」

「わぁ……大きな町ですね」

「へぇ、しっかりした作りね!」


 それは木と土で出来た巨大な壁であった。どの様な事態を想定しているのか、天を()かん程の外壁に見上げる程の門が取り付けられている。

 また外壁の周りは深い堀になっており生半可な戦力では攻略を考える事すら馬鹿らしいと思わせる威風があった。


「こっ、こんな所に街があったなんて!?」


 興味深げにそのあり様を眺めていたヴェルダートであったが、懐より取り出した手ぬぐいで汗を拭き、ひとしきり落ち着くと途端に何かに驚いたように後退(あとずさ)り叫ぶ。


「ねぇヴェル。 私達はそれを知っていて調査に来たんだけど?」


 エリサが毎度行われるヴェルダートの奇行に半ば呆れた様子でツッコミを入れる。

 同行しているネコニャーゼはよく分かっていないのか、頭にはてなマークでも浮かんでいるかと思われる様子でキョロキョロと二人を見比べている。


「ああ、『お約束』だ。 こういう場合、迷い込んだ冒険者が偶然発見した感を演出しないといけないんだ」



 "魔物達が作った町"。

 ほぼ確実に『転生者』が絡むこの町は『お約束』の宝庫である。

 大抵の場合、偶然町を発見した冒険者のパーティーがなし崩し的に友好的な関係を築く。この『お約束』に基づいてヴェルダートは大げさなリアクションを取ったのだ。

 もちろんこれは完全に彼の趣味である。



「毎回言うけど………いや、もういいわ。私あきらめた」

「あれ……この町で、いいんですよね?」


 エリサが遂に『お約束』に屈する。ヴェルダートにいくら言ったところで彼がこの奇行をやめないと理解したのだ。あまり口うるさい女だと思われたくなかったという思いも密かにある。

 ヴェルダートはそういった事情も全て把握しながらまるで気付いてないと言わんばかりの表情で彼女達の頭に手を乗せ明るく話しかける。


「まぁいいじゃねぇか? それより、『お約束』とは言え一応魔物が支配する町だ、気を抜くなよ」




◇  ◇  ◇




「ようこそいらっしゃいました、俺がこの町の首長をしています。グランナールです。お気軽にグランと呼んで下さい、皆もそう呼んでくれていますので」


「ああ、丁寧な挨拶感謝だ。俺はヴェルダート、今回は突如現れた"魔物達に作られた町"について調査を依頼されたんでやって来た」


 魔物の町は不思議な建造物にあふれていた。

 魔物独特の感性であろうか? 木や土、糸のような物質で作られた円形状(えんけいじょう)の家が町中に立ち並ぶ木々の至る所へ立体的に配置されており、それらを縫うように大小様々な橋がかかっている。


 ヴェルダート達はその中で一際存在を主張する貴族の屋敷程の巨大さを持つ家に招待されると、この独創的な町の代表であるグランナールと会談を行なっていた。


「調査ですか、確かに俺達の様な魔物だけで作られた町と言うのは危険視されるかと思います。でも俺達は人間と争うつもりはありません、むしろ友好的に接したいと考えています」


「こっちも同じ感じだな。友好的に接することができるならそれに越したことはない。むしろ可能なら商業取引とかもやって欲しいみたいだ。有るんだろ? 特産品が」


 グランナールは強い意思を感じさせる瞳を持ち、浅黒い肌が特徴の男であった。

 独特の民族衣装に身を包み流暢(りゅうちょう)に話す理知的なその姿は魔物の長というよりはどこかの地方都市を支配する人物にも見られる。

 対峙するヴェルダートも特に気負いするわけでも無く目的を話している。彼は主人公が偉い人にも何故かフランクに話す『お約束』を使用していたのだ。


「特産品の取引ですか? ええ、もちろん歓迎致します。我々にしか作れない特産品がこの町には数多くありますので。逆にこちらが用意できない物も多くあるのでこのご提案はありがたいですね」


「まぁ確かにそうだろうな。魔物しかいない『魔物成り上がり』の『お約束』では人類側との友好的な取引は山場と決まっているしな」


「あれ!? ごめんなさい、グランさんって人族だと思っていたんだけど違うのかしら?」


 話を遮るのを申し訳ないと思ったのか、エリサが少し遠慮がちに問う。

 代表者同士の会話を遮るのは本来ならあまり褒められる事ではないが、基本的に『お約束』の世界においては礼儀作法よりも状況説明の方が優先されるので彼女の行動は特に問題視されない。

 ヴェルダートとグランも待っていましたとばかりに彼女への状況説明に移る。


「ああ、グラン殿の見た目は『お約束』なんだ。『成り上がり魔物』は必ず人間っぽい格好を取るようになるんだよ」


「彼の(おっしゃ)る通りです。俺はもともと弱い魔物だったんですけど進化して人化のスキルを手に入れたんですよ」



 そう、『お約束』なのである。

 『成り上がり魔物』は敵を倒すごとにその能力や力を吸収し進化を果たすが、必ずといっていい程人間形態を取るようになる。

 "魔物"であるという個性を全部殺すその愚行は彼らの特徴だ、魔物でありながら心の奥底では魔物になりきれず人に(あこが)れる。


 悲しき彼らの願いが―――感じられる様であった。


 もっとも、ほとんどの『成り上がり魔物』さんは女キャラとイチャイチャしたいが為だけに人間になるのであってそれ以外に意味は大してない。

 結局、彼らもハーレムを築きたいだけなのであった。



「そういえば、グラン殿はもともと何の魔物だったんだ? 高位に進化しすぎて元がわからないんでな」


 話の流れから疑問を感じたヴェルダートがグランに質問を投げかける。

 グランの見た目は完全に人間であり、元の魔物が何であるか想像すらつかなかった。


「ああ、実は俺はもともと"ゴブリンスケルトンスライム"と言う種族の魔物だったんですよ。ははは、ザコでしょ?」


「いや、ザコよりなにより何だよその種族は。流行(はや)りどころ全部持ってくりゃいいってもんでもないぞ………」


 グランナールは特殊な魔物だ、最近の流行(はや)りをまとめて持ってきたそれは没個性を通り越して浅ましさを感じる。基本的に『成り上がり魔物』はこの三種が鉄板であった。


「いやー、初めは凄く弱くてですね。苦労したんですよ本当に……」


「スルーするんじゃねぇよ! ちっとは個性をだそうとしろよ!」


「ちなみに今は"アルティメットウォーロードカオスエンドゴブリンスケルトンスライムロード"に進化しています」


「種族名が長すぎるだろ! もはや何か分からねぇぞ!」


 進化するに従いやたら長くてどういう生物か想像がつかない種族になるのが彼らの特徴である。そうしてそれらには必ず"究極(アルティメット)"や"(ロード)"と言ったカッコよくて特別感がある接語(せつご)が付けられるのであった。


「まぁ種族についてはいいじゃないですか、俺もなりたくてなったわけじゃないですし」


「まぁ、そうだよな………」


 やや不満と言った表情が顔に残るヴェルダートではあったが、それを押し込め会談を続ける。本日は互いの友好の為に来たのだ、この場で『お約束』について無闇に語らない分別が彼にもあった。



「そうだ! まだ皆を紹介してなかったですね。 さっそく紹介しますよ!」


「展開が強引すぎるな………」


 話題を探していたグランナールが思いついたとばかりに声をあげる。

 魔物達のリーダーである彼の周りには護衛として多くの付き人が付き添っていた。背丈はヴェルダートとそう変わらない。しかしながら緑色の肌に牙と角、はち切れんばかりの筋肉と凶悪さを感じさせる武器を持つ彼らには人とは違う威圧感があった。


「俺の大切な家族である、ゴブリンの精鋭達です!」


 グランが手を広げ自慢げに紹介する、紹介される側もどこか誇らしげだ。


「へぇ! オーク族かオーガかと思っていたけどもしかして皆さんゴブリンなのね!?」


「この町は現在ほとんどがゴブリン族が占めているんですよ、他の種族も居ますが元々はゴブリンの集落から始まりましたからね」


「ほお、『お約束』の仲間強化か、皆かなり強そうだな」



 ヴェルダートが感嘆の声をあげる、エリサやネコニャーゼも驚きを隠さない。

 彼らは『成り上がり魔物』さんにお約束の仲間強化による恩恵を受けた者達である。

 この様に自分だけでなく仲間達をも強化の対象に加えることによって一大勢力を築きあげ、結果"俺の軍団ツエー"を為すのが『成り上がり魔物』さんの特徴であった。

 もちろん、彼らの種族もよく分からない長ったらしいものになる。



「俺の固有スキルによる強化なんです。それぞれその能力を引き上げる形で強化するんですよ。例えば彼、幹部の一人である"ゴブエル"なんて俺より力持ちなんです!」


 自慢げにグランが語りだす。

 俺の"軍団スゲー"! グランの自分語りが始まろうとする。

 グランの背後に控えるようにたたずむ大柄な男が会釈をした、彼こそが"ゴブリエル"、グランの右腕兼ライバルを任される『お約束』的人物であった。


「オレ、ゴブエル、ヨロシク」

「エリサよ! よろしくー!」

「はい……よろしくお願いします」


「ああ、力持ちの片言役か、大変だなアンタも」


 続けてグランが背後に控える者達を紹介する。その瞳は喜びにあふれている、まるで自分のオモチャを自慢する子供のようだ。


「そしてその他の幹部、"ゴブール"、"ゴブストイ"、"ゴブリーナ"になります」


「「「よろしく」」」

「あう……よろしくお願いします」

「はぁい! よろしくー!」

「…………」


 幹部であると紹介された者達がゴブエルと同じく会釈をする。中には美しい女性もいる。

 魔物にも関わらず進化すると美人になるのは当然のごとく定められた『お約束』であった、もちろんハーレム要員である。


「そして後ろに控えるのが俺達が誇る親衛隊"闘鬼戦団(とうきせんだん)"に所属する"ゴブア"、"ゴブイ"、"ゴブウ"、"ゴブエ"、"ゴブオ"―――」


「………なぁ、グランさんよ」


 ヴェルダートは静かにグランの紹介を聞いていたが、突然彼を遮り話に割り込む。


「――"ゴブカ"、"ゴブキ"、"ゴブク"になりま………はい?」


「もう少ししっかりと名前決めてやろうや、明らかに適当だろうが」

「あう……こっちがゴブオさんで、こっちがゴブアさんで……」

「ごめん、私パス、覚えきれないわ」



 そう、これこそが『魔物成り上がり』の弊害。"適当な名前"である。

 多くの魔物を率いるという性質上、膨大な数のキャラクターを出演させなければいけないこの『お約束』ではキャラクターの名称がどんどん適当になっていく問題があった。

 幹部級ならまだしもモブキャラに付けられる名前など哀れみを覚える程に適当かつ無個性である。



「ははは、まぁ確かに分かりにくいかもしれませんね、けど本人たちはとっても気に入っているし俺も考えて名付けたんですよ、なぁゴブウ?」


「首長、オレはゴブキです……」


 嫌な沈黙が場を支配する。適当な名前は付けた本人すら覚えきれない物となっていた。

 たまらずヴェルダートがツッコミを入れる。


「お前だって覚えきれてねぇじゃねえかよ! 自分だけカッコイイ名前つけてる癖に可哀想じゃねぇか! 一生ものなんだぞオイ!」


「い、いや、これだけ数が多いと流石に名前が出てこなくて………」

「だからって連番はヒデェだろうが! "ゴブン"まで使い切ったらどうなるんだよ!?」

「あ、えーっと……」

「"ゴブ0"、"ゴブ1"という者になっております、お客人」


 あからさまに動揺しながら言いよどむグランの代わりに背後のゴブリン戦士が控えめに答える。グランは無限に使えるからと他人の名前に数字を使用する暴挙に出たのであった。



「哀れすぎて何も言えねぇ!」



「な、名前に数字が入っているなんて独創的ね……」

「うう……だ、大丈夫ですよ、変じゃないです。多分……」


 エリサ達が精一杯のフォローを入れる、背後に控えるゴブリン達の気まずそうな顔を見る限りそれも失敗した様だ。


「だ、大丈夫! 皆納得しているし、たまたま勘違いしただけです! そうだよなゴブエ!?」


 グランは慌てて背後に同意を求める、そこには後ろに控える者達の中でも他とは違いまだ可愛らしさの残る女性ゴブリンがいた。

 だがゴブエと呼ばれた女性は少しだけ手を挙げると申し訳そうな表情で答えた。


「あの、言い出せなかったんですけど私"ゴブ5B"です……」


「ゴブエは!?」


「先月"ゴブソ"と結婚して寿退団しました、報告しましたよ首長」


 幹部級のゴブリンの一人が静かに答える、その声色にはややトゲがある。


「それ"ゴブ17"じゃなかったっけ!?」


「彼女は産休取得です」


「マジでっ!?」


 グランは適当に名前を付けすぎたため、もはや自分でも誰が誰かわからなくなっていた。

 その恐ろしいまでの適当さと無配慮さは『お約束』によりこの状況が起きることを理解していたヴェルダートをも(あき)れさせている。


「あまりにもひでぇ……」


「女の子になんて名前つけてるのよ……」

「あう……ゴブ5Bさんは怒っていいと思います」


 先程までフォローに回っていたエリサとネコニャーゼがゴブリン達を援護する。

 流石に女性に対して16進法で連番を付けた事は見逃せなかったのだ。


「だ、大丈夫! 皆納得してくれてる! そうだろ皆!?」


「「「…………………」」」


 慌ててグランがゴブリン達に同意を求める。

 示し合わせたかの様に全員が目を()らした。

 偉大な首長であり恩もあるグランを思って今まで何も言わなかった彼らだが、こと名前に関しては認めるわけにはいかなかった様だ。



「みんなーーーー!!」



 その後の調査により、幹部級を除くほとんどのゴブリン達がその名前に不満を持っており、人前に出ても恥ずかしくのない名称を希望したため一斉に再命名を行うこととなった。

 そうして、グランに泣きつかれ、何故かゴブリン達の命名に付き合わされる事となったヴェルダート達は深夜遅くまで彼らの新しい名前に頭を悩ませるのであった。

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