第四話:後日談
"チート主"さんの本領を嫌というほど思い知らされた聖獣鎮圧事件の後。
受け取った報酬を使い潰しながらダラダラと日常を過ごすヴェルダート達に訪問者が現れる。
特徴的な猫耳に猫尻尾、そしてジト目。
勇者マコトと共にいた少女であった。
「あ……ヴェルダートさん、えへへ」
「ん? おー、ジト目じゃねぇか? 元気か? どうした?」
ヴェルダート達の根拠地である酒場に来た少女はヴェルダートを見つけると嬉しそうに駆け寄る。腰より流れ出る美しい毛並みの尻尾がその喜びを表さんと盛大に揺れていた、猫でありながらまるで犬の様相だ。
「えと……実は勇者マコトさんのパーティーから離れることになりまして」
「おお? お前遂に戦力外通告出されたんだな。 やっぱケモ幼女に出番取られたのか?」
事情を語るジト目の少女は気恥かしそうだ。猫耳をピコピコと動かしモジモジと何処か落ち着かない様子で時折ヴェルダートの顔色を伺う。
「いえ……猫耳ダウナーな妹系キャラが新しく現れまして。あ、これキャラかぶってるなと思ってたら一瞬でした」
勇者マコトは着々とハーレムを築き上げていた。
そうしてある程度メンバーも充足した為、既に戦闘要員でしかなかったジト目少女はやんわりとパーティーからの除外を伝えられてしまったのだ。
興味がなくなれば容赦なく切る。"チート主"さんの恐ろしさここにあり、と言った所である。
「そうかー、強く生きろよ」
「あう……ですから、えへへ」
自分をパーティーに誘って欲しい少女はキラキラと期待した目を向ける。対するヴェルダートは優しげな笑みを浮かべると少女の前途に幸あれと激励の言葉を述べるだけだ。
「ん? どうした? なにかあるのか?」
「えと……えと……」
何処か不安気にチラチラとヴェルダートの顔を伺う少女を他所にヴェルダートは訝しげに顔を傾げる。
その様子をどう捉えたのか、少女の顔より笑みが消えていき悲しげな表情が浮かぶ。今やその毛並み美しい猫耳と尻尾は地に付かんばかりに垂れ下がっている。
「ちょっとヴェル! 察しなさいよ! ジト目ちゃんが可哀想だわ!」
「安心しろエリサ、察している上で焦らしていじめているんだ」
「外道ですね! マオそういうの大好きです!」
いたたまれずにあげられたエリサによる抗議の声。間髪入れず答えが返る。
ヴェルダートはこのいじらしい少女が何を求めているかを完全に理解していた。そしてその上でわざとつれない態度を取り少女が悲しむ様子を楽しんでいたのだ。
いじめてオーラが出ていたので少し楽しませてもらった。
この様に平然と自らの欲望を実行に移すヴェルダートは本日も平常運転で下衆い。
「うう……ヴェルダートさん」
「まぁそういう訳だ、お前が俺たちとつるむのは何ら問題ない。歓迎するぞ」
「わぁ!……嬉しいです! ありがとうございます!」
「魔王軍へようこそジト目さん!」
「良かったわね! ジト目ちゃん!」
新たな友人に対し歓迎の言葉を述べる一行、対する少女も先程とは打って変わって喜色をあらわにする。
もう一人でご飯を食べなくて済む。
今や少女は幸せの絶頂にいた、天上の幸福というものが存在するのならばこの少女にとって今が正にその瞬間だろう。
「だが重要な問題がある、ここをハッキリとさせておかなければいけない」
「はい?……何でしょうか?」
歓迎の言葉も終わらぬ内にヴェルダートがその様相を真剣なものへと変化させる。同席する少女達も不思議そうな様子で彼を見やる。
「お前は中古か?」
「中古……それは何でしょうか?」
新キャラは中古かどうか? 皆さんが非常に重要視されご心配される箇所。
ヴェルダートはいち早くその問題に切り込む。兵は拙速を尊ぶ。彼の信念であるがおよそ面と向かって女性に聞く言葉ではない。
「男性経験がある女性の事です! お兄さんは気持ち悪い童貞野郎なので女性のそういう部分が気になるのです!」
「うっせぇマオ! 重要な事なんだよ!? ハッキリさせておかないと最悪荒れるんだよ!」
ヴェルダートの語る通りである。ヒロインが処女であるか否か。これは物語において非常に重要かつ重大な意味を持つ。
過去多くの物語において、ヒロインが無意味に非処女であった為に読者の怒りを買い、盛大な炎上の果てに叩き潰されるという悲劇があった。
非処女は荒れる元である、読者は主人公を通じてヒロインの全てを独占したいのだ。この事を理解せずに無意味にNTR設定を入れてみたり過去にレイプされた事を示唆してみたりすると悲しき結末しか迎えない。
もっとも、この問題を重く受け止めるあまり主人公の母親すら処女にしてしまう意味の分からない物語などもごく希にあるがこれはこれで問題である。
この様に、ヒロインの清純性は物語において重要な意味を占める。ヴェルダートが品のない質問を真剣な表情で問うのも無理からぬ事であった。
「あう……大丈夫です」
「そうか! いやぁ! 疑って悪かった! これから仲良くしようぜ!」
公衆の面前で男性に向かって自身の"男性経験"を語らせるなど言語道断の行いであるが少女は嫌われたくないのか顔を真っ赤にしながらもか細い声で答える。
その様子に満足したヴェルダートはニコニコと人好きのする笑顔を少女に向けると内心こいつチョロいなとほくそ笑む。二度目であるがヴェルダートは本日も平常運転である。
「ねぇヴェル。 ちなみにその男性経験ってどこまでなら大丈夫でどこまでなら駄目なの?」
あまりにも童貞臭い質問に引いていたエリサだが疑問に思ったのかご機嫌のヴェルダートへと質問を投げかける。
「基本的にベッドインは完全アウトだな、これは分かりやすい。もちろんキスも駄目だ、ここら辺は嫌がる奴が殆どだ。あとハグや手をつなぐは微妙なラインだ、人によっては手をつないだだけで中古認定する奴もいる」
「とんでもないわね……」
呆れたようにエリサが呟く、想像以上にシビアだ。エリサは過去にヴェルダート以外の男性と手を繋いだ事があるかどうか少しだけ回想すると人知れず安堵する。
「あの……ヴェルダートさん、私は全部した事ないです」
先程より変わらず頬を紅潮させ少女が答える。
無理をせずとも良いにも関わらずに紡がれる告白は少女が精一杯の勇気を持って挑む健気なアピールである、もちろんヴェルダートはその想いに気付きつつもスルーした。
「へぇ、あの勇者の事だ、キスぐらいはあるかと思ったが違うんだな」
「はい……そういう事は全部結婚してからって決めていますので」
「だからお前はハーレムから追放されるんだよ」
「あう……ごめんなさい」
少女は鉄壁の貞操観念であった。これではさしもの"チート主"さんも根を上げる。
彼らが好きなのは自分以外に貞操観念が高い女性であって別け隔てなく貞操観念が高い女性ではないのだ。
自分にとって都合の良い女、それこそが彼らが求める女性である。
「まぁいいや。んで結局お前の名前はなんて言うんだ?」
「はい……ネコニャーゼと申します」
「……両親とちゃんと話し合ったか?」
猫耳少女だからネコニャーゼとかでいいんじゃね? 僅か3分で決定された名前。
インパクトを重視し読者にイメージしやすい特徴的な名前だ。
この様に分かりやすい名前もまた、『お約束』である。
こうして、ヴェルダートはさほど真剣に戦いもせずに自らのハーレムに『お約束』を説明し、勇者一行に満足いくまでツッコミを行った挙句猫耳少女を手に入れたのだ。
まさに、驚きを禁じ得ない見事な手腕であった。