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これが異世界のお約束です!  作者: 鹿角フェフ
第三章:勇者は世界よりも女が大切なお約束
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第三話:聖獣

 聖獣ケルケノンは憎悪の(こも)った(ひとみ)で冒険者達を見るとおぞましい咆哮(ほうこう)を上げた。

 ヴェルダート達は聖獣がもたらすであろう暴虐に備えそれぞれ武器を構える。


「エリサ! 戦闘に参加する全員に防御魔法をかけろ。後衛型は前衛の後ろから出るなよ。おい勇者、俺達は―――」


「聖剣スリザースよ! 俺に力を! はぁぁああ!」


 勇者マコトはヴェルダートの指示を無視すると一気に聖獣へと躍りかかる。

 両者の間で鋭い攻防が繰り広げられる、その様は正に英雄譚の一幕だ。

 そして両者の力量は聖獣にやや軍配があがっている様子、雄々しく向かったが勇者の顔が彼自身想像だにしない暴力により歪む。


「ちょっと勇者さーんっ!? 話聞いていました!?」


 ヴェルダートのツッコミが()え渡る。

 いま流れ的には確実にヴェルダートによる指示の元、皆で力を合わせる感じであったはずだ。

 もちろん、勇者がヴェルダートの指示を無視したのは出番を持っていかれたくないが故である。

目立ちたい。"チート主"さんの迷惑な習性がここに来てハンデとなっていた。


「ぐっ! なんて力だ! ここは皆で力を合わせないと!」

「でもどうするのよマコト!? 他の冒険者なんて使い物にならないわ!?」

「大丈夫! 皆の勇気を合わせればきっと勝てる!」


 先ほどのヴェルダートの話がなかったとでも言わんばかりに聖獣と距離を取った勇者が勝手に話を進める。

 彼は自分が物語の中心となるために強引に話の流れを持って行こうとしていた。


「話を聞けよ! ぶっ殺すぞ!」

「えと……力を合わせましょう!」

「ああ! 微妙にタイミングのずれた会話が素敵ですよジト目さん!」

「ヴェル! 防御魔法の準備が出来たわ!」

「俺達だけにかけろエリサ! いいか、俺達だけだぞ!」

「らじゃあ!」


 白金のヴェールがヴェルダート、エリサ、そしてマオを包み込む。よく見ればなぜかジト目少女も包まれている。今や彼女は完全にこちら側のキャラと化していた。

 彼らが戦闘準備をおこなっている際も勇者カップルと聖獣の戦いは続いている、それどころか聖獣はこちらに見向きもしない。

 どうやら勇者マコトが話の流れを持って行った為、聖獣も彼らと戦う事にしたようだ。


「あ、なんかこっちはいない事になっているぞ。 このまま帰るか?」

「一応依頼なんだから最後まで頑張りましょうよヴェル」

「それにしても不思議ですね。あの聖獣さんとやらから邪悪な思念を感じますよお兄さん。何かに取り憑かれているのでは?」

「えと……もしかしたらアレの可能性があります、ヤツラが動き出したのかもしれません」


 ジト目少女が猫耳をピンッと立てながら自慢げに説明する。

 ヴェルダートはなぜか当然の様にこちら側にいるジト目少女を無視しようかとも思ったがそうすると泣いてしまうであろう事が確実であったので構ってやることにした。


「なぁ、思わせぶりにアレとかヤツラとか言うの止めようぜ、どうせ回収できないだろ? あとジト目、お前普通にこっちいるんだな」

「あう……皆私とお話ししてくれるので」

「ジト目ちゃん! 今度一緒に遊びに行きましょうね!」


 たまらずエリサがジト目少女を抱きしめる、ジト目少女は驚いてはいるがその顔からは喜びがあふれている。


「良かったですね! お友達ができましたよジト目さん!」

「わぁ!……嬉しいです」


 ジト目少女とエリサによる友情物語の一方、勇者マコト達も着々と英雄物語の攻略を進めていた。

 マオ同様異変に気付いたのか? 巫女でもあるフレイヤがマコトに警告する。


「マコト! これはアレよ! 違いない!」

「なんだって!? アレによってコレがソレしているのか!? くそっ! ヤツラめ!」


「もう何も言わん……」


 ヴェルダートが疲れたように(つぶや)く。

 無駄な代名詞の使用。

 思わせぶりに代名詞を使いたがるのも"チート主"さんがよく陥る悪い癖である。

 特に過去に何かありました系の"チート主"さんは本当によく代名詞を使う、そうしてチラチラとこちらを見て反応を伺うのだ。鬱陶(うっとう)しいことこの上ない。


「そこの冒険者! 今から僕が勇者専用固有スキルを使う! その間だけ聖獣を抑えてくれ!」


 いつの間にかヴェルダートの側まで来ていた勇者マコトは一方的にヴェルダートに命令する。

 (いささ)か無茶な命令だ。

 自分以外の男は全て演出の小道具位にしか考えていない事も"チート主"さんの悪い癖である。その為捨て駒にされる人達からはすこぶる評判が悪い。


「普通に嫌だし、自分でやれよ」

「そうよそうよー! 協調性のない人とは戦えないわ!」

「噛ませ役なら他の人に頼んで下さい! 他人を頼るのはザコの証です!」

「えと……えと」


「よし! 頼んだぞ! はぁあああ! 術式・開始(サーキットスタート)―――」


 ヴェルダート達による否定の言葉はナチュラルに無視された。

 勇者マコトはどうしても自分の思うどおりの流れにしたかったのだ。


「おい! 勝手に話を進めるな!」

「ヴェル! 来るわよ!」


 空気を読んだのか狂える聖獣が前衛であるヴェルダートを狙い襲いかかる。

 なんとかその攻撃を受けきったヴェルダートではあるが流石にキツイらしい。防御に徹するのがやっとだ。


「くっそ! 重てぇ! 俺も四天王専用固有スキル使うか!?」

「グロい能力なので青少年健全性保護の観点からきっと発動しませんよお兄さん!」

「使えねぇ!」


 聖獣と四天王の闘争は続く、ヴェルダートが押し切られない様に残る女性達も支援攻撃や魔法をヴェルダートにかける。

 数秒が体感で数刻にはなろうかという緊張の中、怒涛の猛撃をいなし、打ち払う。

 既に宣言に十分な時間が経過している、勇者の固有スキルも当然準備完了している頃と思われた。


「もうそろそろいい頃だろう! 勇者の様子はどうだ!?」


円環(えんかん)の理に導かれて無限の平原にて剣を抜く―――

 喜劇はやがて悲劇になりて遂には終劇へと至る―――

 ああ、俺の人生は果たして意味があったのだろうか?―――

 やがて来る終末の日に鳴るラッパの音色を子守唄に俺は―――」


「宣言文がなげぇ!」


 勇者の宣言文は致命的に長かった、そして致命的な既視感を感じさせた。

 カッコつける為にインパクトを重視した弊害だ。いくら『お約束』とは言え、これほどまでに長ったらしい宣言文は珍しかった。


「ああ! お兄さん! バックミュージックが! バックミュージックが聞こえます!」

「何これ!? やたらハイテンションでカッコイイわ!」

「あ!……これは勇者マコトさんのテーマですね。良い感じの所で流れます」

「俺らは全然良い感じじゃねぇよ!」


 とこからともなくアップテンポの曲が流れ出す。

 固有スキル発動の時のバックミュージックは必要不可欠である。

 この様に過度とも思われる演出の果てに"チート主"さんは"俺ツエー"をするのだ。

 そして、ひとしきりの宣言の後に勇者が叫ぶ。


「――翼折れた天使の挽歌(ばんか)(ラメントオブセイントエンジェル)!」



 強烈な閃光(せんこう)が森を照らしだす。

 (つい)に意味のない演出だけの長ったらしい宣言文を経て勇者の固有スキルが発動されたのだ。

 聖獣はその光を浴びると途端に苦しみだす。

 "翼折れた天使の挽歌"。センスも(ひね)りもないその能力の真価は"浄化"にある。

 ありとあらゆる不浄の存在を消し去るのだ。

 何を持って不浄と判断するのか? もちろんその様な無粋極まる質問はしてはいけない。

 全ては勇者マコトの主観によって為されるのだ。

 だが皆さん覚えておいて欲しい、"チート主"さんはどれも大体こんな感じだ。彼らは常に俺ルールで動くはた迷惑極まりない存在なのだ。


「うぉ! (まぶ)しい!」

「凄い光量です! 意味はあるのですか!?」

「はい……勇者マコトさんは大技を使う時には必ず光ります!」

「それだけ!? 目が痛い! 目が痛いわ!」


 ヴェルダート達の非難が光り輝く森に響き渡る。

 大技は光る、"チート主"さんは目立つ演出が大好きなのだ。必殺技が無駄に光るのは必然であった。

 暴れ狂っていた聖獣も浄化されたのか遂に崩れ落ち動かなくなる。

 閃光は終わらない、薄暗く夜かと錯覚される大森林も今や太陽に燦々(さんさん)と照らされる平原の様相だ。

 その強烈な光は何処までも続く、それはいつの間にか完全な空気と化していたモブ冒険者達へも届くものであった―――




――【SIDE:とある冒険者】――


 俺はしがない冒険者だ。Bランクになるがうだつのあがらない仕事ぶりで仲間に迷惑をかけちまっている。

 今回の依頼だって金に目が(くら)んだ俺が無理を言ってこのザマだ。

 長年連れ添った戦士のゴンザレスもさっきの巨大蜘蛛襲撃で()っちまった。

 次は俺の番か? でっけぇ犬のバケモノが現れた時点で俺は既に諦めてどうやって苦しまずに死ぬかだけを考えちまっていた。

 だがどうだ? あの二人はそれでも諦めなかった。

 しかもゴンザレスが馬鹿にした男女(おとこおんな)だ! あいつは俺なんかの目にも止まらない凄まじい剣技でバケモノを一旦退けると強烈な光を持って遂にはバケモノを倒しちまった!


 ああ、あれが本物ってやつか。


 圧倒的な差っていうのを見ちまった俺にはもう冒険者としてやっていく気なんてこれっぽっちも起きなかった。はぁ、冒険者家業もこれで終わりかね?

 こうして俺は田舎に帰って実家の農業を継ぐ事を決心したわけだ……。



…………

………

……



「余計なサイドを入れるんじゃねえ!」



 ヴェルダートが見えない場所に対して盛大に突っ込む。

 だが待って欲しい。"チート主"さんが活躍した際のモブ視点でのあいつスゲー演出は必要不可欠な要素なのだ。

 これを行うことによってより"チート主"さんの行為が栄え、凄さが際立つのだ。

 故に決して外すことが出来なかった、禁断の"SIDE"を使用してまでもである。



「殺したくなかった! 殺したくなかったのに!」


 聖獣は倒れた。地に伏し動かぬ物体となった聖獣を前に勇者が嘆き崩れる。

 皆さんご存知『殺す覚悟』である。

 殺した後もこの様に、実は殺したくなかったんだけど自分の無力故にそうせざるを得なかった的な演出を入れるのだ。

 もちろん周囲の同情を買うためである。『殺す覚悟』関連は外道の法にまみれていた。


 勇者マコトの邪な願いが通じたのか? 不意に聖獣の死体がピクリと動いたかと思うと先程と似たような閃光を発し(しぼ)んでいく。

 光が弱まり人影が見える。聖獣が消えた後の現れたのはなんと犬耳犬尻尾(しっぽ)を付けた幼女であった。


(あるじ)っ!!」


 幼女は勢い良く勇者マコトに飛びつくとその胸に顔を埋める。

 尻尾は盛大に振られており彼女の喜びをこれでもかと表していた。


「きっ、君は!?」


 事態の展開についていけない勇者マコトが驚きながらも幼女を抱き上げると質問を投げかける。


「ボクは聖獣ケルケノンだよ! 主の為に生まれ変わったんだ!」



 これこそが『お約束』の一つ、"物語に関わる生き物は唐突に幼女になる現象"である。

 そう、ペットや聖獣は必ず幼女になるのだ。

 なんだか面白そうな設定で狼やドラゴンがパートナーとして現れ、興味をそそられるなぁと思っていてもある日突然彼女たちは幼女になる。

 幼女にならなくても物語的にはなんら問題がなくても幼女になる。

 別にハーレムは十分いるし動物分が居てもいいんじゃね? と読者に思われようが幼女になる。

 魔術・科学的背景がなかろうが強引に幼女になる。

 そう、"チート主"さんに関わる動物は必ず幼女になる。これは宇宙開闢(かいびゃく)より決められし真理であった。



「そうか。ありがとう……。生きていてくれて……ありがとう!」


 "死なせたくなかった"からの"生きていてくれてありがとう"コンボ。これも既に幾万回繰り返された『お約束』である。

 マコトは幼女を強く抱きしめるとむせび泣く。

 ちなみに、幼女は現在全裸である。

 見様によってはお巡りさんの出動をお願いせねばならぬ状態ではあるが"チート主"のイケメン補正は全てにおけるセクハラを許すのであった。


「あっ……主。恥ずかしいよっ、でも主になら………」

「ちょっと! マコトから離れなさいよ!」


 事態を見守っていたフレイヤがマコトから幼女を引き離さんと声を荒らげる。

 唖然(あぜん)とそれを見守っていたヴェルダート達は嫌な予感が沸き起こるのを抑えることができない。


「へへーん! 主は渡さないもんね!」

「ムキー! コイツったら!」

「ふっ、二人共おちついてー!」


 ヴェルダート達の予想通り、ラブコメが始まった。

 先ほどの張り詰めた空気はどこにいったのか? 今や空気はピンク色である。



「これきっついなー」


 疲れたようにヴェルダートが一言(つぶや)く。

 ゲンナリとした表情は彼だけでない。マオやエリサ、ジト目少女までもが疲れきった表情を見せていた。


「……ねぇヴェル。なんで聖獣が幼女になってるの?」

「多分闇の力で暴走していた聖獣が勇者による光の力で呪いから解き放たれて幼女になったんだよ。久しぶりにきっついわこれ」

「お兄さん? 呪いから解き放たれたまではわかりますがその後がまったく理解できません……」

「俺だってよくわかんねぇよ。『お約束』では聖獣とかそういう存在は絶対に幼女になるんだ、決まってるんだよ。 これ以上言わせるな。 俺もきついんだ」

「あの……どうしよう、入り込めそうにない」

「知らねぇよ、流石の俺もあれには入れねぇよ……」



 少なくない死者が出ているにも関わらず呑気にラブコメを展開する勇者達。

 "俺の女の為なら冒険者の命など路傍の石"。そう言わんばかりの行動にさしものヴェルダートも戦慄(せんりつ)を隠せない。

 結局、今回の事件において一番の美味しい思いをしたのは勇者マコトであった。

 彼は大して戦いもせずに冒険者達に『SEKKYOU』をかまし、散々"俺カッケー"な宣言文を詠唱し、挙句(あげく)ケモノ幼女を手に入れたのだ。恐ろしいまでの手腕である。


 多くの読者達が度々指摘する"チート主"のご都合主義展開。

 その異常性と恐怖を目の当たりにし改めて理解したヴェルダートはこれからも『お約束』の研究を怠らない事を心に誓う。


 その後も勇者はドヤ顔で凱旋(がいせん)し王より直々の言葉と褒章を賜る。

 あまりに出来過ぎたその展開にヴェルダートは腸が煮えくり返る思い出あったが報奨金がたんまりと出たので良しとする事にしたのであった。

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