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これが異世界のお約束です!  作者: 鹿角フェフ
第三章:勇者は世界よりも女が大切なお約束

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第二話:SEKKYOU

 ウル=バル大森林。

 アルター王国西部に位置するこの広大な森林地帯は街に小さな城ほどはあろうか思われる高さの樹木が林立しており、青々と生い茂る樹葉により年中冷たく薄暗い雰囲気が漂う場所だ。

 見通しの悪さと凶暴な魔物が多く生息する事から必要時以外に入る事が禁止されているこの場所こそが聖獣の住まう聖域が存在する場所である。

 聖獣鎮圧の一行はこのウル=バル大森林の入り口においてベースキャンプをはり一夜を明かした後、早朝より森へと進もうとしていた。



「それでは皆さん。ここより先は冒険者と勇者の方々のみでお願い致します。我々王宮側の人間も一旦付近の街へ退避いたしますので依頼に関する報告はそちらへ。では、ご武運をお祈りします」


 王宮より案内役として随伴していた文官は自らがすべき事柄が終了したことを確認すると冒険者達へと大声で連絡を行う。

 彼らの目的な王宮の依頼が無事遂行するかどうかを見届ける事にある。

 もちろん、冒険者達が依頼を放棄しないかどうか、失敗したかどうかを確認する監視役の名目も有った。

 そんな文官の心の篭っていない激励に勇者マコトが軽く手を上げ答える。


「分かりました、王宮の皆さんも同行ありがとうございました、必ずや聖獣を鎮圧して見せます」


 そうして、聖獣鎮圧隊の一行は森へ足を踏み入れる。

 総勢26人、どれもがBランク以上の腕に覚えの有る冒険者達だ。

 果たしてこの中の何人が無事生きて帰ってこれるのであろうか? 死亡フラグがあからさまに見え隠れする雰囲気を醸し出しながら物語は進むのであった。




◇  ◇  ◇




「ぎぃやぁぁぁああああ!」


 静寂に包まれた森林に絶叫が木霊する。

 襲撃は突然だった。

 聖域への専用道なのか、人が数人通れる程度に切り開かれ砂利が敷き詰められている薄暗い道を歩いている時であった。

 もちろん彼らとて冒険者である、警戒は怠っていない。しかしながら冒険者の一人がチョロい仕事だぜ的な発言をしたのが不味(まず)かった。フラグは回収される。迂闊(うかつ)な発言をした冒険者は森の上部より突如降りてきた牛ほどもある巨大な蜘蛛に頭をかじりつかれるとそのまま引き上げあげられた。

 彼こそ前話にて勇者に対し暴言を吐いた人物である。


「なんてこった! イビルスパイダーだ! 多いぞ!」

「散開しろ!」


 襲撃相手を視認した冒険者の一人が上を指差し血相を変えて叫ぶ。

 いつの間に現れたのであろうか? 森の上部には先ほどと同様の巨大蜘蛛が数十匹、こちらに無機質な視線を向けていた。

 イビルスパイダーはランクB+のランクを持つ凶暴な魔物だ、討伐には最低Bクラスの冒険者がパーティー単位で当たらなければいけない。それが数十匹、冒険者たちに動揺が走る。

 巨大蜘蛛による突然の襲撃に動けない冒険者達を他所に勇者マコトは冷静に指示を出す。しかしながらこの場合密集することの方が正しい選択であった。



「いや、ここは纏まったほうがいいんじゃねの? まぁいいか。おいマオ、真上に三だ」

「把握しています。なかなか歯ごたえありそうですね。お兄さん、あれの弱点は?」

「頭胸部全体だな。神経が張り巡らされているから頭潰しても動くぞ、気をつけろ」

「分かりました! お姉さん、取り敢えず一匹射落としてくれますか?」

「おまかせー! エリサちゃんの弓術をとくとご覧あれ!」


 エリサが絶妙な弓術を持って巨大蜘蛛の一匹を射落とす、同時にマオが爆発魔法で頭胸部を破壊した。見事なコンビネーションだ。


「おー、ナイス! でもミラルダの火炎魔法あればもっと楽だったんだがな」

「森が燃えちゃうわよ!」


 今回、昆虫系魔物に絶大な威力を誇る火炎魔法の使い手であるミラルダは王宮への付き添いのみで聖獣鎮圧に参加していない。貴族であるため体面を気にする王宮側が難色を示したのだ。

 もっとも、魔王と四天王である二人がいる時点でミラルダがいなくとも十分な殲滅力はある。

他にも頼りになる冒険者達が潤沢に居る。巨大蜘蛛の退治は時間の問題かと思われた。



「ひぃ! 勝てるわけない! 逃げようぜ!」

「死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!」

「いやー! 助けてー!」


 そんな頼りになる冒険者達は何故か恐慌状態にあった。

 これこそが主人公と一緒の際に敵と出会った冒険者達が無意味に使えない人である『お約束』だ。

 この『お約束』では強大な魔物に遭遇すると必ず冒険者(たち)が恐慌を起こし主人公達の足を引っ張る。

 いくら予想外の強大な敵が現れたとはいえプロに在るまじき情けない姿だ、だが彼らを攻めてはいけない。主人公が"俺スゲー"を演出する為には愚かで使えない者が必要なのだ。

 よってこの様な自体において冷静に防衛・撤退戦を行う冒険者達はいない、ただ慌てふためくのみである。


「何をやってる! 剣をとれ! 戦わなければ死ぬぞ!」


 勇者マコトが巨大蜘蛛を切り払いながら冒険者達を叱責(しっせき)する。

 この様な事態になった際に冒険者達を奮い立たせるのは"チート主"さんの御役目だ。

 戦力どころか足手纏(あしでまと)いにしかならない冒険者達を叱責(しっせき)し、冷静に状況を把握する"俺スゲー"を演出するのだ。

 故にお手軽に無能な冒険者が配置される、有能な冒険者を更なる有能さで圧倒するには"チート主"さんの発想力が足りないからだ。

 もちろん、幾ら勇者が言葉を投げかけようと彼らが剣をとることはない。

 いつまでも使えない、それが彼らの役目であるからだ。


「そんな事言ったって! 勝てるわけねぇ! 俺達はあんたみたいに才能があるわけじゃねぇんだよ!」


 冒険者の一人が勇者に罵声(ばせい)を浴びせる、足は震えているくせに放たれる声はハッキリとしている。

 "チート主"さんに愚かにも反抗する冒険者の役だ。

 勇者マコトは彼の方を向き直ると唐突に剣を納め歩み寄る、そうして彼の胸ぐらを(つか)むと思いっきり殴り飛ばした。


「馬鹿野郎! 誰だって初めから強いわけじゃない! 努力をして力を得たんだ! 現状に愚痴るしかできないならそのまま腐っていろ!」


 勇者マコトの叱責(しっせき)が飛ぶ。これこそが"チート主"さんが大好きな『SEKKYOU』だ。

 自分の事を棚の上の上に放り投げて相手を罵倒(ばとう)する、彼らは他人を(おとし)めて自尊心を満たすことが大好きなのだ。

 そして殆どの"チート主"さんが努力をせずに現状に不満を漏らす人物に対して罵倒(ばとう)とともにご高説を垂れる。だが思い出して欲しい、"チート主"さんの殆どが努力もせずに神やら何やらに貰った能力で"俺ツエー"を成しているという事実を。

 同じ穴のムジナなのだ。



 そして、そんな勇者を持ち上げる為だけに配置された冒険者達は勇者が戦闘に参加せず『SEKKYOU』をしていたが為にいまや壊滅の危機に(ひん)していた。


「おーい、エリサ。適当にヤバそうな冒険者の所にいる蜘蛛の注意を取れ」

「あいあいさー! 少し纏めるからマオちゃんよろしくね!」

「横殴り上等とは実にマオ好みです! 流石マオの四天王です!」

「あ、女は余程じゃない限り助けなくていいぞ。『お約束』的に女はモブでも死なない事が多いからな」


 冒険者達は恐慌状態で数を減らし勇者も『SEKKYOU』中、使えない者が多い中ヴェルダート達は順調に巨大蜘蛛を倒していく。

 勇者の仲間であるフレイヤとジト目少女の奮戦も犠牲者を減らす一因となっている。

 大体これ系の襲撃イベントは構成人数を大幅に減らした上で"チート主"さん達の奮戦のかいあって収束する事が多い。

 今回はヴェルダート達が大幅に削っていたが本来なら多大な犠牲を出した上で勇者達が『SEKKYOU』と共に収めていたことだろう。



 巨大蜘蛛最後の一匹にモルゲンステルンを振り下ろしその巨体ごと叩き潰したヴェルダートは一息付くと辺りの状況を確認する。

 出立時にはあれほど勇ましく雄々しさに(あふ)れていた冒険者達も今や満身創痍(まんしんそうい)だ。

 人数も大幅に減少しており半分程度しかいない、もちろん女性冒険者達は全員無事だ。

 そして先程から変わらず冒険者の一人の胸ぐらを掴みながら『SEKKYOU』をかます勇者。 いや、少し違う。今はフレイヤが勇者を(なだ)めている。どうやらまたラブ空間を演出する腹づもりの様だ。


「しっかし、こんな凶暴な魔物が出るのか? 森林深部ならまだしも聖域に続く道だぜ?」

「どうやら聖獣の加護が消えているみたいね、人の匂いを()ぎつけて魔物が寄ってきているわ」


 通常であればイビルスパイダーなどという凶暴な魔物と神域に続く道で遭遇することはない。

 エリサが語る様に聖獣の暴走によって神域周辺の加護が消失している事が原因であった、彼女は森に親和性のあるエルフであるが故異変に気付いたのだ。


「めんどうな事だな、聖域に着くまでに他の奴は全部死ぬんじゃね?」


 ヴェルダートが辺りを確認すると数を減らした冒険者達が一箇所に集まり傷の治療などを行っている最中であった、少し離れた場所に抱きあう二つの影がある。

 その近くにジト目少女を見つけたヴェルダートはそこらかしこでラブ演出をしたがる勇者とフレイヤの側で相変わらずハブられウロウロと所在無さ気にしている彼女を呼ぶ。


「はい……なんでしょうか?」


 ジト目の少女は前回同様呼ばれて少し嬉しそうだ。


「なぁ、ジト目。俺前に出ろって言ったよな? さっきの蜘蛛の襲撃凄いチャンスだったじゃねぇか? 何でピンチにならないの? そういう所で助けてもらったりしてポイント稼がなきゃ」


 ジト目少女は困ったような顔でヴェルダートを見つめるばかりだ、よく見ると可愛らしい猫耳と尻尾も垂れ下がっている。


「ピンチの時に助けてくれる男性とか素敵ね! 憧れるわ!」

「お兄さんはマオ達がピンチでも平気で見捨てそうですけどね!」


 二人の話を目ざとく聞きつけたのか、巨大蜘蛛の死体を蹴って遊んでいたマオとエリサも会話に混ざってくる。

 ジト目少女は悲しそうに眉尻(まゆじり)を落とすばかりだ。


「そんな……迷惑にならないようにと思って精一杯頑張ったのに」

「いいか? 今の時代な、影から尽くすなんて流行らねぇぞ? "チート主"は全員童貞だから基本的に分かりやすいアピールをしないと捨てられる。 次は必ずピンチになれよ?」

「あう……わかりました、頑張ってみます」


 うんうんと満足そうに(うなず)くヴェルダートの服を笑顔のマオが引っ張る。


「童貞とは何でしょうか? お兄さん教えてください!? お兄さんは童貞なのですか!?」

 「止めてあげてマオちゃん、わかって聞いているんでしょう?」

 「ねぇ、魔王様は俺の事が嫌いなの? 大嫌いだから虐めるの?」


 返事はしたもののジト目の少女は勇者達の所へ戻る様子がない、ニコニコとヴェルダート達のやり取りを楽しそうに聞いている。

 彼女はなんだかんだで構ってくれるヴェルダート一行に居場所を見つけつつあった。

 ぼっちは構ってあげると尻尾をふって喜ぶ。

 ヴェルダートの大きな誤算であった。


「む? 丁度いい所に魔物の反応がありますよお兄さん! んー、地面を移動してこちらに向かっていますね、猪っぽい反応です!」

「いや途端に話を変えるなよ。まぁいいか、それにしても丁度いいなそれ。猪って事はグランボアか? おいジト目。勇者の近くで不用意に警戒を緩めろ。フラグが立つぞ!」

「はっ、はい……やってみます!」


 グランボアはランクCに位置する魔物である。凶暴ではあるが注意さえすれば命の危険に関わることはない、ピンチを演出するには最適だと感じたヴェルダートの指示は早かった。

 指示を受けたジト目少女も構ってもらえたのが嬉しいのか決意新たに勇者の近くへ駆け寄ると未だ抱き合って見つめ合う勇者マコトとフレイヤの近くで無防備に呆け始める。


 丁度その時だ、彼らの右後方にある木の影より巨大な猪が現れる、グランボアだ。

 グランボアは呆けるジト目少女を視界におさめるとヴェルダートの思惑とフラグ通りに突進する。

 勇者はまだ気づいていない。ジト目少女もだ、それどころかヴェルダート達の様子を伺うかのようにチラチラと照れた様子で彼らに視線を向けている。

 猪の狂牙が少女の命を狩り取らんと突き出される、少女の命運正に尽きたかと思われたその時。



 ―――勇者とフレイヤが熱い口づけを交わした。



「きっ、きゃぁぁあああ!」


「ジト目ーーー!」



 ジト目の少女は天高く突き飛ばされた。

 クルクルと回転しながら弧を描くその姿は軽業師顔負けの見事な曲芸だ。

 そうして(しばら)くの空中遊泳を楽しんだ彼女は重力にそって地面に激突すると、ふぎゃ! と小さな悲鳴をあげ黙りこくる。


「だ、大丈夫かしら!?」

「迂闊ですねお兄さん! ギャグフラグの方が立ったみたいですよ!」

「言ってる場合か! おい勇者! お前何やってるんだよ!? 助けろよ!」


 ヴェルダートの誤算はジト目少女が未だに勇者の攻略対象であると考えていた所にある。

 勇者は自分の事を想っているのかどうかまったく分からないジト目少女に対してその攻略を早々に諦め、手頃に好意を示すフレイヤとのイチャコラに徹していたのだ。

 そう、ジト目少女は既にハーレムを追放されていた。


「え? わ! グランボア!? 魔物の襲撃!?」

「そっちじゃねぇよ!」


 勇者は自らの近くに居座るフラグを回収してドヤ顔のグランボアを見つけるとすぐさまフレイヤを(かば)うような位置取りを取り抜剣する。

 これがハーレムであるかないかの違いである。ジト目少女は何処までいっても哀れな役回りであった。

 ヴェルダートは道から少し()れた木々の間に倒れこむジト目少女を見つけると急いでかけより抱き起こす。


「おい、ジト目。大丈夫か!? しっかりしろ!」

「うう……なっ、なんとか」


 涙目で目を回す少女の頭には巨大なタンコブができていた、ギャグにありがちなアレである。

 ジト目少女はギャグ時空によって救われたのだ、普通なら死んでいた。


「よかった、ギャグ時空で良かった。本当に良かった」




 その時である、不意に二人を影が覆う。

 ヴェルダートがその判断力をもって咄嗟(とっさ)にジト目少女を突き飛ばすと視認及ばぬ相手に対し自らの武器を両手に構える。


「ッ! お兄さん!」


 ヴェルダートの耳がマオの警告を捉えた、刹那(せつな)の内に両手を重い衝撃が襲い掛かる。


「ぐ! おらぁあっ!」


 身体中の筋肉を酷使するかの様に荒々しく衝撃をいなすと未だ目を回すジト目少女を抱きかかえる。

 支援の為矢と爆裂魔法が放たれた、それらを後ろに舗装道へと急いで駆け出る。


 慌てて体勢を整えるヴェルダート達の前に悠々と現れたそれは巨大な狼であった。

 小さな家ほどあろうかという巨体は薄汚れた灰色の毛に覆われている。

 反面、絶えず(よだれ)(こぼ)れ落ちる口腔(こうくう)は血のように真っ赤だ。

 口からは漆黒の牙がはみ出すようにつきでており両足より生える不揃(ふぞろ)いな爪と合わせて死神の刃を想起させる絶望感がある。

 おおよそ生き物のものとは思えない醜悪な(うな)りが響く。

 この狼こそ、聖獣ケルケノン。今回の目的そのものであった。


「聖獣!? まさかこんな浅い所まで出てくるなんて!?」


 グランドボアを倒し聖獣を視界に収めた勇者が叫ぶ。


「ヴェル! 大丈夫!?」

「危ねぇ! 完全に今死亡役だったぞ!」

「皆さん注意して下さい! 中々に強いですよ!」


 先ほどのイビルスパイダーの時とは違いマオやエリサも真剣な表情だ。

 勇者パーティーと位置を合わせるように陣を組む。

 予想だにしない邂逅(かいこう)を経て、今まさに聖獣と勇者達の戦いが始まろうとしている。


 勇猛果敢な彼らを他所にモブ冒険者達は(つい)ぞ空気であった。

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