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これが異世界のお約束です!  作者: 鹿角フェフ
第三章:勇者は世界よりも女が大切なお約束
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第一話:男の娘

 アルター王国では日々大小様々な事件が起こる。

 大抵は地域の冒険者や"チート主"さんによって解決されるそれも極(まれ)に大規模な討伐隊を組む必要性がある事件が発生する場合がある。


―――聖獣の暴走


 竜と並ぶとも劣らないとまで言われる強力な魔物に起きた異変。

 アルター史上類を見ない程危険性のある事件がある日唐突に発生した。




「あー! 緊張したー! 王様に会うなんて私初めて! これって凄いこと何じゃない?」


 珍しく緊張したのだろうか、微かに疲労が見えるエリサは背筋を伸ばす。

 ここはアルター王国の王宮にある控え室。

 他にも幾人かの冒険者達が各々あれやこれやと雑談に興じている。

 聖獣の暴走に伴い、大規模に集められた冒険者達。その一員としてエリサ含むヴェルダート一行は王宮にてアルター王の下知(げち)を受けていたのだ。



「『お約束』的に王様は冒険者によく会うんだよ、結果さえだせば意外と簡単に会えるぞ」

「隙だらけでしたね! この王城の警備体勢はどうなっているのでしょう! マオ他人ごとながら心配になってきました」


 『お約束』において王は本当によく冒険者達に会う。

 その頻度たるや「お前いつ仕事しているんだ?」と疑問に思われるほどだ。

 会うだけならばまだマシで酷い場合など突如"チート主"さんと漫才を初めたりやたらフランクに話しかけてりして王の存在意義を根本から疑問に思わせてくれる。

 そして大抵の場合において王の暴挙に胃を痛める宰相と悪巧みをする貴族がセットで出てくる、正に『お約束』の為だけに(あつら)えたと言わんばかりの設定とラインナップである。


「いままでこの王国は平和でしたからね、だからこそ今回の聖獣暴走にもこれだけ血相を抱えて実力のある冒険者達を集めているのでしょう。実は"勇者"まで動員しているらしいですわ」


「まー、確かに俺達も何処かの魔王様のお陰でかなりの戦闘能力あるしな。A級位はあるのか? 今まで一切戦闘描写なかったのに凄いインフレだなおい」


 ヴェルダート達を今回の討伐隊へ推薦したのはミラルダだ。

 魔王マオを初めとした一連の魔王事件について話を聞いたミラルダは彼らの能力が有事の際に非常に役立つ事を理解したのだ。

 ミラルダはいまや仕組まれたのかの様に厄介事を持ってくる担当となっていた。


「そう! それ! 四天王! ねぇマオちゃん! いつの間に私四天王になっちゃったの!? 何を司るの!?」


 エリサはヴェルダート同様いつの間にか四天王と化していた。

 疑問の声を上げた彼女は当惑した様子だ、だがしかし司るものを聞く辺り満更でもないらしい。


「お姉さんは腐敗と憎悪を(つかさど)ります! 相手の精神・肉体共に腐らせる強力な固有スキルですよ!」

「気軽に聞いたけどグロすぎるわ! ガチ戦闘特化じゃない!?」

「四天王に甘えは許されません! 敵対する人は皆殺しにしてください!」


 マオはいつだってガチである。



 その時だ。

 冒険者風の男性が入室してきた。パーティーメンバーだろうか? 二人の女性を伴っている。

 華奢(きゃしゃ)な男だ、腰まで有る長い髪に黒い瞳が目立つ。

 銀色のレザーアーマーは裾が長く特殊な構造をしており一見するとスカートの様にも見える。

 気をつけて見なければ、いや気をつけて見たとしても女性と見間違う容姿であった。


「はじめまして皆さん。ボクが今回の聖獣退治を任された勇者です」


「はっ、こんなお譲ちゃんが勇者だなんて。本当に大丈夫かよ!?」


 静かに自己紹介をする男に控え室にいた冒険者の一人がからかいの言葉を投げかける。

 控え室にいた殆どがこの華奢な勇者を女性だと思った、一部を除いて。


「いや、コイツ男だぞ? ってかお前いま死亡フラグ立ったから気をつけたほうがいいぞ」


 基本的に先ほどの冒険者の様に雑魚い発言をする冒険者はすぐ死ぬ。

 『お約束』にとって不用意な発言はすぐに死へと繋がる。


「あ、ああ! 貴方は、ボクが男だって分かったんですね!?」


 感極まったように勇者マコトがヴェルダートに駆け寄る。

 彼は初対面の相手には必ず女性と間違われる為に唯一間違わなかったヴェルダートに感激したのだ。


「いや、わかるだろ。ありきたりすぎる男の娘って奴だからな」

「なーに? 貴方ってば男の子に見られたいわけ? じゃあ何で髪伸ばしてるの? 服装も女の子か男の子か分からない微妙なものじゃない」


 エリサが空気を読まずに正論を吐く。

 男の娘に決して言ってはいけない言葉である。『お約束』的に異世界にやってくる男の娘は男と見られたい癖に女の子の様な格好を好むという矛盾した性質を持つ。

 ぶっちゃけ『可愛い俺スゲー』でしかないのだ。

 ヴェルダートはやれやれといった表情で肩をすくめる。お得意の『お約束』説明が始まろうとしていた。


「男の娘ってのは大抵こんな感じなんだよ。あからさまに誤解を生む風貌装いながら女に間違われると途端に憤慨するんだ、内心はしたり顔だろうけどな」


「現世での容姿に関するコンプレックスが男の娘という歪な性状態で表れているのですね! 女の子みたいに可愛らしくていろんな人にチヤホヤされたい! そんな欲求が生まれるなんてどんな悲惨な顔だったんですか!? マオに教えてください!」


 「まっ、マオさん、相手は勇者様なのですよ?」


 この中で比較的常識があるミラルダが血相を変えて小声でマオに注意する。

 しかしマオはそんなミラルダに満面の笑みを向ける。

 マオは悪い事だとは欠片も思っていなかった。


「相手が勇者さんである事を踏まえて発言しました! 男に見られたいと言う割には女っぽい雰囲気を漂わせる構ってちゃんみたいなので精一杯構ってあげたのです!」


「ちょっと! このガキ酷いんじゃない! マコトになんて言い草なの!?」


 勇者マコトが連れた女性の一人より抗議の声があがる。

 今まで空気だった女性だが気は強い方らしい、不機嫌だと言わんばかりにマオを睨んでいる。


「フレイヤ、落ち着いて。小さい子の言うことなんだよ」

「おや? こちらの方はどちら様でしょう?」

「そういえば、自己紹介がまだだったね。ボクは"マコト"。何の因果か勇者なんてものをやっている。そしてこっちが――」

「フレイヤよ! フン! アンタ達と仲良くやるなんてゴメンなんだからね!」


 フレイヤと呼ばれた女性は何やら大層な装飾の施された装備を着ており腰には同じく装飾過多の剣をつけている。

 その端正な顔立ちと容姿より勇者のハーレムだと思われた。


「マオは魔王マオと申します! こちらが四天王のヴェルダートさんとエリサさんです」

「こんにちは! 腐敗と憎悪を司るエリサよ!」

「うっす、よろしくー」


 マオはフレイヤより投げつけられる厳しい言葉にも一向に耐えた様子は無い。

 それどころか興味深そうにフレイヤを観察する始末だ。

 ヴェルダートは流石にこれ以上はトラブルの種になりそうなので誰か止めてくれないかなと人知れずに他力本願極まる考えを抱く。


「ぷっ! 魔王って! ごっこ遊びはお家だけにしておきなさいよお譲ちゃん」


 フレイヤが吹き出す、小馬鹿にした様子を隠しもしない。

 勇者マコトもそれに対して注意はすれど訂正はしない。

 マオは相手の力量さえ満足に見きれぬ彼らに心底失望した。勇者と聞いて少なからず期待していたからだ。


「お兄さん? 勇者一行ってこの程度なのですか? あとフレイヤさん、貴方の一番大切な人を教えて下さい! マオ良い事思いつきました!」

「落ち着け落ち着け、こんなもんだよ。間違ってもこの世界にマオが求めるような勇者は居ねぇよ」


 この物語はギャグなので基本的にマオが望むようなガチ勇者は居ない。

 それどころか例えマオの力量を見抜く勇者がいたとしてもマオに対する対応はさほど変わらないであろう。

 何故ならロリ魔王とはそれだけでハーレム要員として認識され舐められる存在だからだ。


「でも勇者様とはご大層なもんまで招集したんだな、聖獣になんかあるのか?」


 絶妙なタイミングで話題の転換がなされた。

 聖獣とは聖なる属性を持つ魔物の中で知恵があり人々に恩恵を与える魔物の総称である。実はチュヴァーシも広義の意味ではこの聖獣に分類される。

 いくら暴走しているとは言え人々に恩恵を与え、信仰される聖獣に勇者をぶつけるのは体面が悪い。王国の常備軍などを参加させずに冒険者で討伐隊を組むのもその為だ。

 なんらかの思惑があると思われた。


「聖獣自体に用事はありません、ただ聖獣の暴走に何かきな臭い物を感じまして。ボクが帰るヒントが何かないかと無理を言って参加したんです……」

「マコト………」


 暗い表情だ。何かあるのか、半ば諦めの様子も浮かんでいる。

 そんな勇者マコトの表情を心配し、フレイヤも彼に寄り添う。


「帰る? マコトさんの実家はどちらにあるのですか? 大切な家族はいらっしゃいますか?」


 何の気負いなしにマオが質問する、何気ないそれには物騒な意図が含まれていた。


「家、家か。遠い所、そう………遠い所だよ」

「マコト。 まだ帰りたいと思っているの?」

「もちろんだよ! 帰りたい! 俺は帰りたいんだよ!」

「私じゃ駄目なの!? 私が貴方の帰る場所になるわけにはいかないの!?」

「フッ、フレイヤ………」

「マコト………」


 突如茶番が始まった。

 二人は何やら既視感のある芝居がかった大げさなやり取りをしお互い見つめ合う。

 顔が紅い、見つめられた瞳はやがてその距離を縮め、二人の絆を確かめんとする。

 ヴェルダート一行はつまらなそうにそれを見つめている。


 しかしながらその様子を見ながらおたおたと所在無さげにする少女が居る。

 今まで忘れていた勇者マコトの同行者最後の一人だ。

 頭から生える猫耳と腰の辺りに見える尻尾から猫族であることが分かる少女は特徴的なジト目の上に乗る可愛らしい眉を困ったように曲げながら口づけをせんとする二人の顔を交互に見つめている。

 その様子を見たヴェルダートは大きくため息をつくと猫耳の少女に手招きをする。


「おい、そこのジト目。お前だ、そう、こっちにちょっと来い」

「あう……なんでしょう?」


 先程まで不安げにしていた少女は構ってもらえるのが嬉しいのか少しだけ笑顔を見せるとトコトコとヴェルダート達の所にやってくる。

 勇者たちは相変わらず見つめ合っていた。


「なんでさっきの自己紹介で割り込まなかったの? 話進んじゃったじゃん。 もっとガンガンいかなきゃキャラ薄くなるよ?」

「えと……皆盛り上がってて中々入り込めなくて」

「よその女にあんまり手間かけたくないから一度しか言わないがクールキャラでも押すとこ押さなきゃハーレムから放り出されるぞ? お前あの勇者と一緒に居たいんだろ?」

「はい……ごめんなさい」

「分かったなら行った行った!」


 少し名残惜しそうにしながらトボトボと勇者達へと歩く少女。

 このジト目の少女はクール系と呼ばれるタイプのハーレム要員である。

 クール系は会話時に極力文字数を使わない事が特徴で、その内容も短文に終わることが多い。一見人付き合いが苦手なのかと思わせる可憐な儚さが売りのキャラだ。

 しかしながらコミュ症であるかと言われればまったくそんなことがなく一旦惚れた相手ができれば獲物を狙う肉食獣のごとくアプローチをかける特徴がある。貞淑で大人(おとな)しいキャラでありながら向こうから告白してくれるというチート主さんが尻尾を振って喜ぶ人種なのである。


 そんな都合の良い女いるのかよ? そう思われるであろうが安心して頂きたい、二次元では普通にいる。

 もちろん三次元には一切いない。三次元には一切いないのだ。


 そんなクールキャラであるがジト目の少女はコミュ症だったので自分から輪に入るのがとても苦手だった。

 気持ちは非常によく分かる。



「なんだか内気な方です! マオお話ししてみたいです!」

「いじめちゃ駄目よマオちゃん。 ほらあの子も頑張ってるんだから」

「気の弱い方ですと中々あの間には割って入れそうに無いですわね」


 マオは容赦なく新たなターゲットを決めていた。

 そんなマオが視線を向ける先のジト目少女は相変わらずオロオロと挙動不審気味に見つめ合う勇者達の周りを彷徨(さまよ)っている、割り込む勇気がでないのか時々悲しそうな表情をこちらに向けてくるのが哀愁を誘う。


「………ヴェル、私今度あのジト目ちゃんにパフェをおごってあげようかと思うの」

「奇遇だな、うまいもん食わせてやろうぜ」

「その時は是非私もお呼びください、貴族の招待がないと入れない有名店へ招待致しますわ……」


 ジト目の少女は既にその瞳に涙を浮べている。

 必死に助けを求める視線を投げかけており、流石のヴェルダートもいたたまれなくなったのか、助け舟を出すために勇者マコトとフレイヤが作り出す桃色空間に躊躇(ちゅうちょ)なく突入して行く。


「ほらほら! 乳繰り合ってねぇで聖獣鎮圧の打ち合わせするぞ!」

「ひゃあ!」

「わっ!」


 ツッコミが入ったことでようやく自分達がしようとしていた事に気がついたのか、二人は慌てたようにお互いの距離を取る。

 この様に強制的に割り込まないと自体が進展しないのがこの『お約束』の難点だ。

 なかなか厄介だがコツさえ覚えれば対処は簡単。そうジト目の少女へお手本を見せるように対処したヴェルダートであったがジト目の少女はキラキラとした尊敬の瞳でヴェルダートを見つめるだけでまったく理解していない。

 ヴェルダートはもうなんだかどうでも良くなってきた。


「はいはい、ご馳走様。ここは宿屋じゃありませんよ? 子作りは(しか)るべき所でどうぞ」


 被せるようにミラルダが注意に来る、実際ヴェルダート達だけではなく他の冒険者からも鋭い視線を向けられている。

 聖獣鎮圧という重大任務の打ち合わせにおいてラブ空間を出していた二人は完全に(はり)(むしろ)となっていた。チート主さんの悪い癖である。


「ちっ、ちがうわよっ! これはマコトが!」

「そんな! アリストアだって………あっ! しまっ!」

「まっ、マコト! も、もう。私の名前を間違えるなんておっちょこちょいね!」

「そ、そうだね。 ボクったらうっかりしていたよアハハハハハハ!」

「えと………えと、うっかりですね、えへへ」


 慌てたように名前をごまかすフレイヤ。

 アルター王国第三王女アリストア。それこそが彼女の本当の名前である。

 皆さんご存知勇者にくっつく姫だ、明らかに怪しい上に頻繁に正体が分かるような発言をするが物語に必要ない場所では『お約束』的に誤魔化し通す事ができる不思議な存在である。

 もちろんヴェルダート達はそんな『お約束』を守る気はまったくない。


「今完全にこの国の第三王女の名前が出たわ。何あれ、そうなの?」

「はい、実はお忍びで。まったく、内密なのにペラペラと……。困ったお方ですわ」

「姫は大抵勇者を召喚する巫女だからな、当然の如くくっついて来る。見たところ騎士っぽさもある。性格もツンデレだし言うなれば"ツンデレ姫巫女騎士"ってところか? もはや何がなんだか判らんな」

「ジト目さんが全然入り込めてなくて見ていて楽しいです!」

「おーっし! 適当に作戦会議するぞー! おらー! 集まれー!」


 ヴェルダートの号令で室内に散り散りだった冒険者達が集まってくる。

 こうして聖獣討伐の概略が纏まる。

 あとは予定通りに聖獣の住処へ赴くだけだ。

 ヴェルダートはいつの間にかまたラブ空間を創りだしていた勇者マコトとフレイヤを見ながら一抹の不安を感じるのであった。

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