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これが異世界のお約束です!  作者: 鹿角フェフ
第二章:最近の魔王はハーレム要員なお約束
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閑話:『卵かけご飯』

 代わり映えのない日常、代わり映えのない舞台。

 相変わらず意外性のないここ『老騎士の休息亭』で暇を潰しているヴェルダート達。

 こいつらいつ働いているんだ? と周囲の冒険者達に疑問を抱かせる彼らに本日も騒動が舞い込んでくる。


 酒場の扉を勢い良く開けて現れたるは『三歳児』ことラインハルト。

 前話からの引き続き出演。本物語ちょいキャラ史上最大の成果である。


「ヴェルダートさん! 三歳児的にやりたい事がみつかりました!」


「ねぇ、ヴェル。 この子は誰かしら?」

「その歳で単身魔王城にやってくるとはいい度胸です! 滅びこそ我が喜び! さあ! 息絶えるが良い!」


 エリサが疑問の声をあげる、マオは相変わらず物騒な発言だがもう慣れたのか(だれ)もツッコミを入れない。そして酒場はいつの間にか魔王城になっていた。


「コイツは三歳児だ、説明は面倒臭い」

「ラインハルトと申します。三歳児です」


 エリサ達とラインハルトが挨拶を交わす。本来ならヴェルダートが間に入るべきなのだが彼は面倒な事はやらない主義であった。


「んで三歳児、やりたい事とはなんだ? 何がみつかった?」

「こちらを御覧ください。三歳児的に考えてこれが残っていた事に気が付きました」


 ラインハルトは背負い込んでいた大きめのリュックより何やら取り出す。小さな鍋、卵、小瓶、そして食器。どこにそんな量が入っていたのか、かなりの量だ。


「これからお見せする料理こそ東方が生み出した神秘の美食!『卵かけご飯』です!」

「あー、そっち方面に手をだすのか。ってかお前酒場に飯を持ってくるとか度胸あるのな?」

「三歳児ですからね!」


 ラインハルトが自信満々の様子で宣言する。彼は『三歳児』のお約束に則って日本料理をこの世界に普及させるつもりであった。

 酒場でいきなり料理道具を広げて料理を開始しようとするラインハルトに酒場の親父は難しい表情を浮かべていたが、相手が貴族と知ると知らない振りをする。親父は権力に弱かったのだ。


「ねぇ、それで卵かけご飯って何かしら?」

「ホカホカに炊けたご飯の匂いがします! 珍しいですね!」


 エリサが興味深そうにラインハルトが並べた器具を見る。その中の(なべ)からは炊きたてであろう白米の食欲をそそる香りが漂ってくる。マオも思わぬ美食の予感に喜色をあらわにしている。


 この世界での米は量はそこまで多くないものの普通に流通している。

 これは過去の転生者がその生涯をかけて普及を図った為である。ちなみにその転生者がラインハルトと同様に日本料理普及を図らなかったのは、米の普及に伴い莫大な資産が転がり込んできてそれ以上金を稼ぐ必要がなかった為である。

 金と女があれば冒険なんて興味なし、転生者など所詮そんなものであった。


「では早速実践してみます。まずはこちらにある卵をかき混ぜて……」


 ラインハルトが早速『卵かけご飯』の製作にとりかかる。卵を取り出し小皿に割り落とすと(はし)を使い器用にかき混ぜる。

 その所作は完全に日本人だ。既に隠す気もない。


「そして次にこの"ショウユー"を適量たらします」

醤油(しょうゆ)だ。お前元は日本人だろ、エセ外人っぽく日本用語をカタカナ表記するのは止めろ」


 日本料理を異世界で再現しようとすると必ずぶち当たるのがこのカタカナ表記だ。

 ショウユー、ナットゥー、ミソゥ。何故か日本料理を知ったヒロインや異世界の人々は日本料理や日本食材をカタカナ表記で呼ぼうとする。

 異世界と現実の言語差を出したいのか、途端にエセ外人ぽい雰囲気を醸し出す彼らだが決して責めてはいけない。これもまた『お約束』なのだ。


「これが『卵かけご飯』です! 三歳児的渾身(こんしん)作をどうぞ!」


 出来上がった『卵ご飯』を得意げに差し出すラインハルト。

 簡素な料理にも関わらず中々の出来であり見る者の食欲をそそる。

 しかしそんな料理にヴェルダートは拒否の言葉を返した。


「いや、いらねぇ」

「ええ! 三歳児的になぜ!?」


 ラインハルトが疑問の声を上げる、その顔からは困惑が隠せていない。

 マオとエリサも同じ感想の様だ、同じくヴェルダートに疑問を投げかける


「どうしてですか? お兄さん。中々に美味しそうですが」

「ヴェルがいらないなら私が貰っちゃおうかしら!?」


 エリサの瞳は既に『卵かけご飯』に釘付けだ。

 "よし"サインが貰えれば今すぐにでも食らいつかんとしている。

 マオもエリサ程ではないにしろ『卵かけご飯』より視線を離さない。

 二人は食いしん坊だった。


「おい、それ食わねぇ方がいいぞ。腹を壊す」


 ヴェルダートの口から漏れたのは意外な一言であった。

 その場に居た三人は彼が何を言いたいのか分からず一様にキョトンとした顔をしている。

 そんな彼らを見たヴェルダートは大きなため息を付くと早速説明キャラ役に(てっ)し始めた。


「いいか糞ガキ。永久(エタ)らない為に『日本食』に目をつけた所はいい、でもな、『卵かけご飯』だけは駄目だ。お前サルモネラ菌の恐ろしさを知らないだろう?」


 サルモネラ菌は食中毒を起こす細菌である。

 一般には卵の殻を綺麗に洗浄すれば良いと誤解されがちだ。だがこれは間違いで感染鶏が卵を生んだ場合卵内部の卵白卵黄まで汚染されている可能性がある非常に危険性の高い物である。

 ヴェルダートが危機感を募らせるのも当然の結果と言えた。


「え? いえ、三歳児的に………」

「はぁ~。いいか? 俺が懇親丁寧に説明してやるからその耳かっぽじってよーく聞けよ?」


 ヴェルダートが完全に説明モードに移行した。

 彼は肘をテーブルにつくとごく真面目な表情でその場にいる全員に言い聞かせるように語りだす。


「卵の生食って言うのはな? 基本的に日本独自の文化なんだわ。しかも徹底管理され衛生上の万全を期して生産されている」


 真剣な表情だ、相手に有無を言わせない圧力がある。


「そんな徹底された近代衛生管理があって初めて安全が保証されるものなんだよ、こんな前時代的文化で卵なんて生で食ってみろ? 腹を壊すのがオチだ」


 テーブルある『卵かけご飯』を顎で指しながら鼻で笑う。馬鹿にした表情だ。


「ったく、どや顔で『卵かけご飯』なんて作りやがって。これだから素人は困る。分かったなら出直してこい」


 そう言い切るとヴェルダートは腕を組み椅子にもたれかかる。彼お得意のどや顔がこれでもかと言わんばかりに披露されていた。

 しかしそんなどや顔を決め、満足感に浸るヴェルダートに突然声がかかる、ニコニコと元気良く発せられるそれはマオの物だ。


「でもお兄さん。この卵、王宮御用達(ごようたし)印が入っていますよ?」

「…………ん?」


 確かに卵にはそれぞれ印が押されている。

 ヴェルダートはそれを何処(どこ)かでみた気がするがこの王宮御用達印とやらが何なのか全くもって分からなかった。


「あのねヴェル。あんまり言いたくないんだけどね。王宮御用達印が入った卵ってすんごい管理が厳しいの。生で食べても全然平気な位。上級貴族や王族が口に入れるんですもの、当然よね」


「三歳児的に付け加えるなら、王宮御用達印の入った卵を生産する養鶏家は貴族によって厳しく管理されておりまして、常駐する魔法使いが定期的に殺菌魔法や浄化魔法を鶏と卵にかけています。もちろん衛生面も一流、ネズミどころか虫一匹通さない徹底ぶりです。途中で伝えようかとかと思ったのですがあまりに、その………」


「よしんばお腹を壊したとしても解毒魔法があります! 小さな村ですら使い手が数人居るポピュラーな魔法ですよお兄さん!」


「…………うっ」


 ヴェルダートはとんでもない勘違いをしていたのだ。

 『卵かけご飯』と言われただけで拒否反応を起こし、サルモネラ菌リスクを気にしていたのだ。

 だがしかし、あくまでここは異世界であり中世ヨーロッパではないのである。

 食文化や衛生観念も違えば食中毒や疫病に対する対処法も違うのだ。

 それを理解せずにどや顔で語ってしまったヴェルダートの失態である。

 そして、これこそが多くの人々が陥る罠であった。


 文化の違い、それは時として悲劇的出来事の原因ともなる。過去多くの戦争においてもその原因に文化の違いがあった。

 文化とは個性を生み出す良薬であると共に不和を生む劇薬でもあるのだ。

 先程まで傲岸(ごうがん)不遜(ふそん)に『卵かけご飯』を見下ろしていた愚かな男は、今正にその『卵かけご飯』により四面楚歌(しめんそか)となっていた。


「どや顔で説明した分、ちょっと恥ずかしいわねー。調子に乗るからそういう事になるのよ」


「しょ、食文化的に卵の生食はこの世界では―――」


「ダウト。皆普通に食べるわ。生菓子とかにも使われているじゃない。 私達が好きなパフェに入っているカスタードクリームって何で出来てるか知ってる?」


 ニヤニヤと笑いながらツンツンと脇腹を突いてくるエリサと顔を合わせずヴェルダートは反論を絞り出そうとする。しかしそれも焼け石に水、それどころか逆に火に油を注ぐ結果となる。


「ぐぬぬ………」


「ねぇどんな気分ですかお兄さん!? 完全論破されて今どんな気分ですか!? マオに教えてください! どんな気分ですか!?」


 (うつむ)きながら(うな)るヴェルダートの胸元に突如飛び込んでくる者がいる。マオだ。

 彼女は満面の笑みでヴェルダートに抱きつきその顔を(のぞ)きこむと(あお)り出す。

 マオは物理的攻撃がギャグにおいてご法度なのを理解し、最近精神的に相手を屈服させる事を覚えていた。

 ちなみにこの手法を教えたのはヴェルダート、正に身から出た(さび)である


「えーい! くっつくなマオ! 止めろ! うっせ、うっせ! 知らねぇ! もう知らねぇよ! お前らなんて大嫌いだ!」


 もはやヴェルダートは半泣きだ、顔を真赤に反論にならない反論を(わめ)き立てている。


「今回は三歳児的に『卵かけご飯』の感想を聞きたかったのですが、どうしよう………」

「ばーか! ばーか! もう知らね! お前らなんて知らね!」

「ヴェルはこうなったらしばらく元に戻らないから諦めたほうがいいわよー」

「いい顔ですよお兄さん! 真っ赤です! まるで茹で蛸の様です! もっとよく見せて下さい!」

「さわんじゃねーー!」



 その後一人不貞腐れるヴェルダートをよそに三人で『卵かけご飯』を食べる。

 その味は中々の美味で、(しか)るべき食堂で出せば間違い無く売れるであろう代物であった。

 最終的にエリサとマオの色よい評価に自身を持ったラインハルトは貴族コネを利用しここ周辺一帯の食堂や酒場に『卵かけご飯』のメニューを追加する事に成功する。

 こうしてラインハルトの永久は回避された。彼はこの後も様々な料理を開発する事によって物語を紡ぐことだろう。魂の死は救われたのだ、彼はこれからも生き続けるだろう。



 反面ヴェルダートは死にかけていた。

 マオがヴェルダートと共に食事を取る時に必ず『卵かけご飯』を注文するようになったからだ。

 エリサもニヤニヤとして一向に注意しない。こうしてヴェルダートはマオが飽きるまで顔を真赤にして煽られ続ける事となったのだ。

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