閑話:『三歳児』
「それで、相談ってのは何だ? ミラルダ」
出された紅茶を不味そうに飲みながらヴェルダートが切りだす。
この場は貴族街にあるミラルダの実家、ローナン家の邸宅にある応接室である。本日ヴェルダートはミラルダより相談したい事があると名指しの依頼を受けて訪問している最中であった。
「はい、親戚の子供に関してなのですが最近、その……燃え尽き症候群?
その様な症状になっておりまして、アドバイスを頂けないかと」
少し困惑した表情でミラルダが答える、予想外の依頼にヴェルダートも眉をひそめる。
「はぁ? 何で俺だ? 神父か精神系魔法使いにでも頼めよ」
「実は……もう頼んだ事があるのです。ですが彼らでも原因が分らないようで」
自分でも納得がいかないのか、ミラルダの言葉にはいつもの様な勢いがない。
少し急かそうかと思ったヴェルダートだが、特に用事があるわけでもないので彼女が全て語り終える事を根気よく待つことにする。
「それでですね。私思ったんですの。以前ヴェルダートさん気持ち悪い位に仰っていた『お約束』。これが何か関係しているのではないかと」
少しだけ蔑んだ表情でミラルダが告げる。
彼女は『お約束』を気持ち悪いと思っていた。
「ねぇ、お嬢様は俺になんか恨みでもあるの? 今、ごく自然に俺の事ディスったよね? 喧嘩なら買うよ?」
ヴェルダートが抗議の声を上げるもミラルダは無視する。
彼女は基本的に人の話を聞かない女性であるのだ。
「実は本日、その子が療養目的でこちらに滞在しておりますの。早速で申し訳無いのですが会っていただけませんか?」
「おい、ミラルダ! その前に言うことあるだろうが!? 勝手に話を進めるな! 依頼を受けるもと言ってねぇ!」
ヴェルダートは座っていた椅子より立ち上がりミラルダに詰め寄る。
対するミラルダは全く意に介さずに紅茶を飲んでいる。
そうして、紅茶のカップを静かにテーブルに置くと詰め寄るヴェルダートに目を合わせて真剣な表情で一言だけ放つ。
「成功報酬高いですわよ?」
「イエス! マイロード!」
ヴェルダートは正直者だった。
◇ ◇ ◇
件の子供を連れてくるようメイドに命じたミラルダであったが、数分も経たぬ内にメイドが子供を伴い戻って来る。
どうやらすぐ近くの別室で待機していたようだ。
ヴェルダートはその子供に視線を移す。何の変哲もない貴族の子供だ。
性別は男、品のある顔立ちだが貴族特有の派手な服装がその良さを殺している。
そして年齢は、ヴェルダートの予想に反してあまりにも幼すぎた。
「彼が例の件で相談に乗ってくれるヴェルダートさんですわ」
ミラルダが子供へと優しく話しかける。ヴェルダートの時とは大違いだ。
「はい! 僕の名前はラインハルト=アンデルヌと言います!―――」
元気の良い声だ、燃え尽き症候群と言われたがその雰囲気はどこにも見られない。
名前に気になるところがあるらしくヴェルダートの眉がピクリと動く。
口上が終わっていないのか続けてラインハルトが声を上げる。
「三歳児ですっ!!」
「………おい、ミラルダ。 ギリギリだぞ。 本っ当にギリギリだ」
「なんのことでしょうか? 検討もつきません」
ミラルダがヴェルダートの抗議を却下する。
ヴェルダートの訴えは貴族の権力を前に無残にも踏みにじられたのだ。
そうして大きなため息をついたヴェルダートは起立しラインハルトに向き直ると自身の紹介に移る。
「まぁ、先程ミラルダお嬢様からご紹介に預かったヴェルダートだ。冒険者なんで品が無いのは許してくれよ? 何が言いたいかってーと怖くても泣かないでくれって事だ」
ヴェルダートは考える、ギリギリな設定はさて置き相手が三歳児の幼児とはやりにくい、しかも貴族だ。
ちょっとした発言が思いがけない面倒事を引き起こす可能性も十分考えられる。
彼は予め注意する為に努めて優しい声で伝える。
「大丈夫! 僕はもう三歳ですっ!」
「いや、うん。それさっき聞いた」
こいつ話を聞いていたのか? ヴェルダートは幸先不安になってきた。
「まぁ、立ち話もなんですし、皆さん座りましょう! 改めて紅茶を淹れさせますわ」
「砂糖マシマシでなー」
「三歳なので砂糖はいらないです」
応接室にあるやや高級感漂う椅子に全員が着席する。
しばらくしてメイドが紅茶が入ったトレイを持って来た。
ヴェルダートは相変わらず自分の口にあわない紅茶を苦い顔で一口飲むとラインハルトに質問を投げかける。
「んじゃまぁ、話を聞こうか? 坊ちゃんの悩みとやらをまず聞かせてくれ」
「はい、最近何もやる気が起きないのです……。今までこんな事ありませんでした。やることが沢山あったんです。もう三歳になると言うのに」
先ほどの元気な挨拶は空元気であったのか、途端に落ち込んだ様子でそう語るラインハルト。
その表情には自らの生きがいを失った者特有の虚無感が感じられた。
「いや、坊ちゃんまだ小さいだろ? 人生これからじゃないか?
そんな生き急ぐ事ないぞ? むしろ適当に生きてればいいさ」
まるで人生相談だ。ヴェルダートはこの問題が解決できる未来がまったく予想出来なかった。だが成功せずとも報酬はそれなりに貰えるだろう、そうあたりを付け根気よくラインハルトの話に合わせる。
「もう三歳なんですよっ!? 僕に期待している人が大勢居るんです! 三歳にも関わらず!」
「おい、なんで三歳を強調する。ギリギリなんだから控えてくれ」
三歳は本当にギリギリだ。これが二歳なら完全にアウトだった。
ヴェルダートは嫌な汗が流れるのを止められない。
「うーん、しかしなぁ。そんな歳の頃なんて迷惑かけてナンボだぞ? それが期待って。ん? 期待? それってどういう事だ?」
思うところがあったのかヴェルダートが疑問の声を上げる、向いた視線の先にはミラルダがいる。ラインハルトでは埒が明かない上、語尾に"三歳"を付けられると踏んだ為だ。
「実は、ラインハルトさんは所謂"麒麟児"と呼ばれる子供でして。 この歳で画期的な発明や技術をいくつも生み出しているんですよ」
ラインハルトは天才児だった。
彼は一歳で言葉を喋り、二歳で屋敷の書物を全て読破し、そして三歳になると思いもよらない様々な知恵を持って貴族である父親の政務を手助けしていたのだ。
その恩恵はここバールベリ領も受けており、奇跡とまで呼ばれた今年の異常な豊作など実際にはラインハルトの提案した"二毛作"や"改善肥料"による結果でしかない。
まさにラインハルトはここアルター王国における金の卵を生む雌鳥、それどころか金の卵を生む養鶏場であった。
ミラルダがその重要な事実をヴェルダートに知らせたのもひとえに信頼の証と言えよう。
念の為と言ったところか、やや真剣な面持ちでミラルダが注意を促す。
「公表されていない事実ですわ。"内密"にお願いしますね」
「ギリギリだって言ってるだろうが! さらにぶっ込むんじゃねぇよ!」
ヴェルダートが立ち上がり大声で叫ぶ。
もうこれアウトなんじゃね? 事態は作者の土下座発動にまでなろうかとしていた。
息を荒げながら必死にツッコミを行うヴェルダートであったが、ふとこれらの情報より思いつく『お約束』がある事に気付く。
麒麟児、画期的な技術、三歳。もはや間違いはなかった。
ヴェルダートは自身の予想が的中していることを確信すると、自分にスポットが当たっていないのが不満なのか不貞腐れているラインハルトへ向き直る。
「そうか! わかったぞ! なんで今まで気づかなかったんだ!? おい糞ガキ! お前『三歳児』だな!?」
「ヴェルダートさん! あまりキツイ言い方をしないで下さい!」
突然の暴言にミラルダが驚き叫ぶ、麒麟児で大人顔負けの対応を取るとはいえ三歳児なのだ。ヴェルダートの言葉はあまりにも暴力的だった。
「いや、大丈夫だミラルダ。コイツこんななりしておっさんだからな。 なぁ、お坊ちゃん。 お前『転生者』だろ? 精神年齢何歳だ? ん?」
「ぼっ、僕は三歳児ですよ?」
ラインハルトは動揺を隠せていない。彼が転生者である事は確定であった。
そうして、明らかに挙動不審になりつつも否定するラインハルトにヴェルダートは一つの質問を投げかける。
「ナウなヤングに………?」
「バカウケ!」
「おっさんじゃねぇか! 俺でもあんまり分からねぇよ!」
「ああ! しまった! 三歳児なのに!」
そう、ラインハルトは転生者である。そして『三歳児』の『お約束』だ。
彼は転生者に『お約束』の"現代知識ツエー"によって今まで数々の偉業を成したハリボテの麒麟児でしかない。
『三歳児』とはつまり、幼少より"現代知識ツエー"をする転生者を指す言葉だったのだ。
自身の予想が確定した事に満足したヴェルダートは水を得た魚の様に勢いづく。
『お約束』なら彼の独壇場である、他の追随を許さない分析が可能であった。
反面、ミラルダの表情はどんどん冷えてゆく、いまやヴェルダートにゴミでも見るかの様な視線を投げかけている。
「おい糞ガキ。お前が『三歳児』で燃え尽き症候群だとしたらかなりヤバイ状態にある。いいか、今から質問をするからその全てに嘘偽りなく答えろよ? 命に関わるぞ」
「いっ、命ですって!? どういう事ですかヴェルダートさん?」
「そうです! 僕はまだ三歳なんですよ!?」
命に関わると聞き、先程まで侮蔑の表情を二人に投げかけていたミラルダが途端に血相を抱える。ラインハルトもあまりの展開にミラルダ同様驚きの声を上げている。
「もう三歳だ! 後が残ってねぇ証拠だ! いくぞ!」
ヴェルダートは真剣な表情だ、彼にはラインハルトの『お約束』を見守る責務があった。
もちろん、それは完全にヴェルダートの趣味であって誰かに命令された物ではない。
そうして、ヴェルダートとラインハルトの問答が始まる。
「メイドはいるか? 巨乳か?」
「い、います。 巨乳かどうか分かりませんが大きい方です」
「添い寝しているか?」
「一緒の時は毎日………」
「実家で所蔵している書籍は全て読破したか? 秘蔵の本は?」
「秘蔵の魔法書含め全部読みました」
「父親か母親サイドでの『我が子は天才だ』イベントは?」
「二歳の時に。両親、執事、メイド全員完了しています」
「奴隷は買ったか? もしくは拾い子」
「ミリーと名付けた猫族の子を買いました」
「年齢は? 一緒にお風呂イベントは済ませたか?」
「お、同い年です。 お風呂も添い寝も、済んでます」
「強力な固有スキルは持っているな? 詳細は言わなくてもいい」
「え? はい、持っています」
「こっそり奴隷に披露したか?」
「はい、"ご主人様流石です!"って言われました」
「………………まぁいい、奴隷の子を内緒で鍛えているな?」
「なんでそれを!? いえ、はい、鍛えています」
「家を抜けだして賊を倒したり、魔物退治に出向いたりは?」
「…………しています」
「これで最後だ、今までどれだけの"現代知識"を使った?」
「そこまで知っているのですか…………。使ったのはいくつかあります。農地改革、活版印刷、衛生学、簿記です」
そうか、と一言呟きヴェルダートが紅茶に口をつける。
事態は思った通り深刻だ、どの様に説明すべきかとヴェルダートは思案した。
「終わりましたでしょうか? 結局、どの様な話でしたの?」
「ああ、全部わかった。辛い事実だが心して聞け。おっさん、お前はもうすぐ永久る」
「そっ! そんな! なんで? 三歳なのに………」
ラインハルトは驚愕を隠せない、"現代知識ツエー"を楽しんでいただけにも関わらず、いきなり永久るとは彼にも思いもよらなかったようだ。
「三歳だからだ、ネタが尽きている。お前らはいつもそうだ。やりたい事やったらすぐ永久る。 テンプレ的『お約束』以外にやりたい事が見つからないのがお前らが消える原因だ」
これこそが『三歳児』が抱える大きな問題であった。
彼らは流行りのテンプレチートに憧れ、幼少より明らかに年齢に見合っていないテンプレ"俺スゲー"をさせるのが特徴だ。
しかしながらネタが尽きると途端に失速する。テンプレ展開ばかり読みふけっていた弊害により他の展開が浮かんでこないのだ。故に物語も続かない。
その為、出産より物語が始まる転生者の多くがおおよそ"三歳"から"六歳"までに永久る。『三歳児』とはそれら寿命の短い『お約束』転生者達の悲しき状況より付けられた言葉でもあった。
そんな風に基本十話もあれば永久る『三歳児』であるがもちろん例外もある。
中にはカルピスを極限まで薄める手法を取り"幼少時編"を数十万文字続ける豪胆な『三歳児』も居るのだ。
もっとも、この場合作者のモチベーションと読者のモチベーションが保てずに結局永久るハメになる。
それらの有様は線香花火とも言えよう、華やかに輝きながら突然ポトリと落ちる。見るものに哀愁を覚えさせるところまで同じだ。
この様に『三歳児』とは決して逃れられぬ死の運命を持つ悲劇の存在なのだ。
「じゃ、じゃあ! 学園編やります! 学園に入学します!」
「やめろ! 永久フラグだ! 狭い世界で代わり映えのない日常の癖にキャラが多いから捌ききれずにいつの間にか消えるぞ!」
慌てて反論するラインハルトに即座にヴェルダートが否を突きつける。
学園編。これもまた永久フラグであった。
ヴェルダートの言うとおり学園はその特性上物語の展開を大きく行いにくいと言う欠点があった。料理が非常に難しいこの題材をネタがないからと選ぶ事は正に永久への片道切符である。
「とっ! トーナメントです! トーナメント編です! 世界中からの強者が一同に集まります!」
「それも永久フラグだ! バトルばっかりで作者読者共に飽きる! 緩急をつけろ!」
次なる提案も即座に切られる。
トーナメントもまた永久フラグだ。バトルばかりで飽きる事に加えトーナメントと言うルールに則って進む為、展開が予め予想出来てしまう事が問題なのだ。
限定された縛りの中でいかに読者を魅了するか? その度量が問われるトーナメント編も迂闊に手をだすと永久る地獄の釜である。
「ではどうすれば! 永久は嫌だ! 永久は嫌なんです! 三歳だから!」
ラインハルトは悲痛な叫び声を上げる。
彼に後はなかった、既にやりたい事をやりきってしまったのだ。
考えてもなにも浮かばない、見えぬ恐怖が現実となって襲い掛かってくる。
永久の足音は彼のすぐ背後まで来ていた。
「人生に目標を見つけることだな。なにか一つ、これを成し遂げたい! って物を見つければ意外とやる事なんて湧いてくるもんだぜ。できればそれが他とは違った何かであれば最高だがな。」
ヴェルダートはドヤ顔で言う、彼はなんだか良い事言った気分になっていた。
もっとも、それが見つかったからと言って永久らない保証はどこにもないのだ。
「それが出来ればこんな状況になっていませんよ! さっさと十六歳位になっていますよ! まだ三歳なんですよ!?」
「開き直るんじゃねぇよ! 永久りたくなかったらさっさとやれ!
行動に移せ! 文句をいう暇があったら他とは違う特徴を作り出せ!」
ヴェルダートが叫ぶ。もはや話題はどこか分からない方向に飛んでいた。
その後もあれやこれやと『三歳』をいかにして乗り越えるかについての議論が続く。
結局、ラインハルトが大きな目標を見つけるまで代わり映えのない日常パートを延々と続ける事となった。
『三歳児』。それは悲劇の人である。
物語の途中でその人生を終えてしまう彼らは、何を思い何を感じて生きたのだろうか?
他とは違う特別な何かになりたくて転生したにも関わらず、結局転生してからも何処かで見たような展開しか行えない。
彼らの生に意味はあったのだろうか? なりたかった特別になれたのだろうか?
ヴェルダートはそんな悲劇的運命に翻弄される『三歳児』達に思いを馳せながら哀愁に似た感情を抱く。
綺麗にまとまったんじゃね? そう一人ニヤけるヴェルダートにミラルダはゴミを見るような視線を向ける。それはそれは蔑んだ瞳であった。