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これが『お約束』です

 青々とした木々が生い茂る深い森の中、一人の少女がはいつくばる男に剣を突きつけていた。


 少女は年の頃十六といったところか、鮮やかな赤の中に強い意志を感じさせる瞳が特徴的だ、白金の輝きを見せる銀髪から生える長耳はエルフ族と呼ばれる者の証拠である。美しい少女であった。


 反面這い蹲る者は見窄らしかった。ボロボロの革鎧、薄汚れた黒い体毛、犬と変わらぬ顔面に、手、足、そして尻尾。男は人狼(ワーウルフ)と呼ばれる獣人族だ。

 相手から奪ったブロードソードを男の首元に宛てがいながら少女は揚々と告げる。


「もう二度と悪事を働かないと言うならば見逃してあげるわ」

「ああっ! 分かった! もう悪い事はしない、真っ当になる!」



 慌てたように獣人族の男が即答する。男はこの森を拠点として近くの街道や村々で略奪を働く賊一味の一人であった、成功が重なるに連れチョロい仕事だと思われたそれも地域を守護する領主に目をつけられた事が運の尽きであった。

 そうして直ぐ様雇われた冒険者達の襲撃に遭いこうして壊滅の運びとなっている。

 襲撃時、生き汚い事に下劣な自尊心を持つ男は冒険者の集団を発見するや否やいの一番に逃げ出した。

 だが冒険者の集団にエルフが居た事が男の不幸であった、気付かずエルフのテリトリーである森に逃げ込んだ時点で勝敗は決していたのだ。しかしどうしたことか、半ば諦めの如く行った男の命乞いはこうして実を結んでいたのだ。


 少女は再度悪事を働くな、と念押しを行い男に背を向けると元来たであろう道無き道を戻り始めた。あまりにも無防備な姿である。

 その姿を見た男は少女に気づかれぬ様に薄く笑うと隠し持っていたナイフを取り出す。

 研ぎ澄まされたソレは木々の間より差し込む日を浴び鋭く光る。男は静かに起き上がると荒々しく少女に飛びかかる、獣じみた跳躍は男の全力を込めたものだ。


「馬鹿がぁ! 隙を見せやがって! 死ねぇえ!」

「その言葉を待っていたぁぁああああ!」


 少女が嬉々とした表情で振り向き様に剣を振るう、剣閃が一つ。遅れて男の首と胴が地面に崩れ落ちる音が二度鳴る。

 その細腕からはとても考えられない豪速による斬撃がもたらす死は一瞬であった、男が理解する暇など僅かたりともない。



 『命を見逃された賊は相手が隙を見せた瞬間に襲いかかり、そして返り討ちに遭う』



 それは絶対順守すべき事柄であった。世界には万物全てが守らなければならない法がある。

 権力者や王、人ならざる超常の者、そして神さえも縛られる法則が存在するのだ。

 この法則故に獣人の男は死んだ。例えこの男が本当に心身を入れ替え真っ当に生きようと考えていたとしても、少女に襲いかかり、そして死ぬのは決定事項であった。


 取り敢えず賊は卑怯に襲いかかって死なないといけないよね!


 そう言わんばかりの不可思議な強制力。



 俗に言う『お約束』であった。




◇  ◇  ◇




「………10点だ」

「うぇええっ!?」


 アルター王国と呼ばれる国家のとある街、『老騎士の休息亭』と呼ばれる酒場、冒険者と呼ばれる魔物退治や雑務を生業とする者達が集まるその一角で青年は仕事仲間である少女の報告を聞き冷淡に評価した。


「どっ! どういう事よ! ちゃんと『お約束』は守ったわ! 

 エリサちゃん大活躍じゃないの! 何がいけないの!?」


 慌てたように文句を告げる少女はエリサと呼ばれるエルフ族の冒険者である。

 肩まで伸びた美しい銀髪、陶磁器のように白く傷ひとつ無い肌、鮮やかな赤の瞳。青年と比べての一回り程小柄で華奢な体躯。

 計算し尽くされたと言わんばかりの美貌は精巧に作られた人形であるかの如き印象さえ与える。

 美しいものが多いと言われるエルフ族の中でも彼女の美しさは群を抜いていた。普段女性の美醜に関してさしたる興味を持たない青年であっても少女の美しさに関してだけは認めている程であった。


 だがそこまでだ。この美しいエルフの少女――エリサはそれ以外が致命的であった。


 まず胸である。種族の殆どが豊かな胸を持つ者で占められるエルフ族にも関わらず慎ましやかなそれは彼女の小柄な体型も相まって子供じみた印象を与える。それが良いという輩もいる事は青年も知っているが自分はもう少し豊かな方が良いと思う、何事にも限度は必要だ。

 さらには彼女の服装。薄茶色の麻で出来たズボンとシャツ。窮屈さを嫌ってか少し大きめのサイズを用意したのであろうブカブカとしたそれは完全に部屋着であった。


 いくら閑古鳥が泣いており常日頃から客の少ない『老騎士の休息亭』と言えど、ここは酒場である。年頃の女性ならもう少しマシな格好というものがあるだろうと青年は思う。

 だがここ数日彼女の服装についてこの麻の上下以外見ていない事を思い出した青年はこれ以上彼女のズボラな性格について考える事は止めた。言ってもどうにかなるような問題でもないのだ。

 そう諦めの境地で、目の前で憤慨する少女の平坦な二山を見ながら真剣な面持ちで青年は語る。


「エリサ、残念だがお前は全然『お約束』を守れていない、

 最初は良いが最後が駄目だ」

「じゃあどうすれば良かったのよ!? 教えなさいよヴェル!」


 そう告げる青年―――ヴェルダートはなんら特別な点の無い人族の冒険者だ。

 年齢は十九歳、短く切りそろえた薄茶色の髪に黒色の瞳、良く言えば粗の無い、悪く言えば平凡な容姿はここアルター王国を含めたこの大陸ではごく一般的である。

 何の因果か数年前よりエルフの少女エリサと知り合った彼はそれ以来こうして冒険の仲間として共に日銭を稼ぐ日々を過ごしている。

 本日は自らが参加しなかった賊退治の報告をエリサより聞き出しダメ出しを行なっている最中であった。

 尚、不参加の理由は「働きたくない」である、このご時世にニートキャラ、完全に何処かのパクリであった。


「いいか、まず一撃で殺すのが駄目だ。ある程度相手に後悔させる時間が必要だ。

 そうしないと相手サイドでの心理描写が入る余地がないからな」


 一流のサイド使いになると、例え一瞬の攻防であっても"同じシーンを相手サイドで繰り返す"という手法を使う事ができるのでこの場合にも対応できる。

 しかしながら未熟なエリサにそこまでの技量を求めるのは無理であった、いや、この手法でサイドを多用するのは危険すぎるのだ。ダークサイドに堕ちて話単位で別サイドをやらかし非難を浴びるのが落ちだ、ヴェルダートとしてもエリサにそうなって欲しくはなかった。


「そして殺した後だ、『殺す覚悟』関連はまだエリサには早いとしても取り敢えず愚かな賊に対する憐憫の情くらいは持って欲しかった。

 少なくとも楽しげに殺ってはいけないな」


 やや後悔した面持ちで『馬鹿野郎が!』等が良い、蔑んだ表情で『下衆は何処まで行っても下衆か……』もオススメである、兎に角キラリと光る台詞を言う必要があった。

 そうしないと馬鹿な賊を冷静に圧倒する俺カッケーが演出できないからだ、"俺"は常にカッケーでありツエーでなくてはいけないのだ。


「そうだなぁー、あと指摘するとしたら―――」

「ねぇ、ヴェル」


 被せるようにエリサが声を掛ける、美しい表情に陰りが見える、不機嫌な様子であった。


「そうそう! 死体の処理に関してだが――」

「ねぇ! 聞きなさいよヴェル!」


 エリサが声を荒げる、完全に自分の世界に入っていたヴェルダートであったが漸く気がついたのか、面倒くさそうにエリサを見やる。彼は『お約束』を語りたいだけだった。


「………なんだよ?」

「そもそも、その『お約束』を守る必要はあるの? 守らないとどうなるの?」


 とんでもない発言が小さく可憐な口よりもたらされた。かつて誰もが疑問に思い、そして誰しもが指摘しなかった事柄だ、ヴェルダートも驚愕の表情を隠せない。


「おまっ! 馬鹿! そんな、『お約束』を守らないとどうなるんだよ!? 

 皆が皆、そんな自分勝手に生きたらどうなると思っているんだよ!?」

「つまり、なんともならないのね、ヴェル、貴方馬鹿でしょ?」


 ヴェルダートは勢いで誤魔化そうとしたが無理だった。

 決して開けてはいけないパンドラの匣、目の前に居る少女はそれを無遠慮に、そして無造作に開け放ったのだ。

 そして紡がれるは愚か極まりない評価、無知とは時として恥以上の罪過となりえるのだ。

 ヴェルダートは取り敢えず急いで言い訳を考える為、足りない頭に鞭打ちその理由を捻り出した。


「いや、待て待て待て、うーん、そうだな! そう! あれだ! 一つだけ重要な問題がある!」


 今気づいたとでも言わんばかりにヴェルダートが話す、焦るかの様に放たれる言葉はあからさまに怪しかった。

 そうしてしばらく、どうしようかなぁ? やっぱり話すの止めようかなぁ? と勿体ぶってエリサを大いに苛つかせる。

 その後多少の満足感と鋭い視線を得たヴェルダートは大きく息を吸い込み深呼吸をする。そうしてさっきとは打って変わって真剣な表情で誰にも言うなよ、と前置きした上で言い放った。


「………お気に入りが減る」


 静寂が二人を包む、ついに真理の扉が開かれてしまったのだ。

 今まで決して知られた事のない、どの様な古文書やどの様な伝承にも決して記されていないであろう世界の真理の一端が明かされたのだ。

 エリサは全く意味が分かっていなかった。


「は? それが減るとどうなるの? 死ぬの? 世界滅ぶの?」

「やる気が落ちる、後めちゃくちゃ凹む」


 お気に入りが減るとめちゃくちゃ凹む、それは世界の真理であり宇宙の摂理であった。 万物はその存在に様々な命題を持つが、お気に入りの増減こそそれら全命題の上位に存在すると言える物である。重要なことなので敢えて再度ここに記す。



 『お気に入りの増減はめちゃくちゃ気になる』



アカシックレコードの一文であるかの如き世界の本質を如実に表した言葉であった。


「巫山戯んな! 完っ全に気持ちの問題じゃないの!」


 エリサは爆発した、無理はない。


「うっせー! これはどうしようも無いんだよ! 

 この真理のお陰で数多くの宇宙が永久(エタ)ったんだよ!

 宇宙はお気に入りによって維持されているんだよ!」


「乗り越えなさいよ! お気に入りが減った位で滅んでるんじゃないわよ! 

 そういう事を乗り越えて精神的成長を果たしなさいよ!」


「そんなに簡単に乗り越えられたら日に何回も小説情報チェックしないんですー! 

 エリサさんはお気に入りに恵まれない人達の気持ちが分からないんですー!」


「分かるかボケぇ! 乗り越えられないならそんな宇宙いらない! 全部滅べ!」


「ちょ! おまっ! 言っていい事と悪い事があるぞ! 謝れ!

 お気に入り難民の人達に土下座して謝意を見せろ!」


「見せるかぁ! 悔しかったらランキング入りして見なさいよ!」


「そこまで言ったら戦争だろうがぁ!」


 そうして二人の言い争いは益々熱を上げる。隠された真実、それを公表する事が決して万人の幸せに繋がる事ではない、今回の事件はそれを証明していた。

 二人の争いはそうしたボタンの掛け違いによって起きた絶望的な結末しか残されていない悲劇であったのだ。そこに加害者は居ない、只々被害者のみが泣き崩れるだけである。


 そう、世界には決して明かされない法則がある、そして絶対に順守すべき法則がある。

 世界には『お約束』が存在するのだ。



 そして、二人の喧騒をバックに物語の区切りが付く、これもまた『お約束』であった。

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