Side-B②
今日の戦果を受け、歓喜に沸く王国軍陣地。その中に一角だけ、周囲とは少し違う空気をまとっている部隊があった。
オーウェン=アダムズ総隊長(兼総責任者)率いる、王国軍第八東方大隊所属〈重弩中隊〉本隊と、ジョシュア=アネット隊長率いる、〈重弩中隊護衛隊〉だ。
何を隠そう、彼らこそが、今日の戦果の立役者だ。しかし、そこにあるのは、今ひとときの勝利に酔い、騒ぎ、歌い、踊る、そんな陽気な空気ではない。
粛々と、浮かれることなく、今後の方針について、話し合われている。
「で、お前はいつまでそこに突っ立ってる気だ?」
ニヤニヤと軽薄そうな含み笑いを浮かべたまま、三人が集まるテントの中で、入り口に近い場所に立ったままでいる兵士に声をかけるのは、〈重弩中隊〉総隊長オーウェン=アダムズだ。
「そうだな。卿もこちらに来て座るといい」
つっけんどんに言い放つのは、オーウェンの前の席に腰かける〈重弩中隊護衛隊〉隊長補佐の大男、ブライアン=オルフェウスである。
「ハッ。し、失礼いたしますっ!」
緊張でガチガチな笑顔で返答するのは、〈重弩中隊護衛隊〉隊長のジョシュア=アネットである。
この年若い指揮官は、オーウェンの数いる優秀な部下たちの中でも、優れた指揮能力を持つ天才である。現王国軍元帥オリバー=カイネス将軍の実家でもある、王国随一の名門カイネス家の傍系にあたる家の出身で、将来を期待される軍人である。
金髪碧眼の、生粋の王国人。目鼻立ちは、社交界の花と呼ばれた母に似て、女性的だ。
何故、そんなエリートとも呼べる人材が、王国軍の誇る稀代の問題児、オーウェン=アダムズの部下にいるかというと、その遠因も彼の若さにある。
ジョシュアはあまりにも優秀すぎた。
と、同時に、彼は真面目で柔軟さに欠けるところがあった。――金銭を受け取る以上は、サボる、手を抜く、といった類のことはできない、と思う程度には。
先任の指揮官クラスの将官たちは、当然彼よりも年上だ。
自分たちよりもはるかに年下の、まだ成人したばかりの小僧に負けるなど、彼らには到底耐えられなかった。
そこで、ありとあらゆる手を使って、なんとかこの小僧をいじめ倒してやろう…と画策していたところを、オーウェンが見つけ、引き抜いたのだった。
ジョシュア自身も、指揮官として部隊運営に携わるのは時期尚早と考えていたようで、渡りに船、とばかりにこの話に飛びついたという。
その後、オーウェンの為人を知り、その能力を間近で観察すると、この人はすごい人だったのか…という尊敬の念と、だからこの人は軍内部で嫌われているのか…という諦念を抱いたという。
彼は今、人生で最大級の緊張を味わっている。
師と呼べるほど尊敬する上司と、幼いころから数限りない武勇伝を聞かされてきた伝説の英雄を前にしているからである。
しかも、その英雄が自分の部下になるとか…。
そのことを知らされたのは、遠征の二日前で、それから三日間は混乱の極致に陥り、仕事にならなかった。
正直、今でも半分以上、性質の悪い冗談ではないかと思っている。
「ジョシュアよ~…いい加減、慣れたらどうだ?」
ずいぶんと軽く言ってくれるなっ!という言葉を我慢できたジョシュアは偉いと思うが、
「僕は、アダムズ隊長とは違いますから」
と、棘のある言い方までは隠すつもりもない。
「違いない」
鷹揚にうなずくのは隊長補佐のブライアンである。
この男、当初は自分の立場を自覚して、ジョシュアに対しても敬語を使っていたのだが、周囲の反応と、なによりジョシュア自身が混乱してしまい、結局、普段通りの口調で対応していた。
「うぅ…弟子と部下が冷たい…」
「さて、冗談はこの辺にして、真面目な話でもしようか」
できるのか?という部下×2の視線を無視して、オーウェンは話を進める。
「今日の結果をどう見る?」
「まずは上々、と言える。欲を言えばきりがないが、敵の戦意を殺ぐには十分だったようだな」
と返すのは、ブライアン。
「ですが、改良点はやはり発射台の強度でしょうね。今晩は整備班も徹夜作業になるでしょう」
と続くのは、ジョシュア。
二人の意見を聞き、オーウェンも頷く。
「だな。俺もそんなところだ。明日の方針はどうするか」
それを決めるのは作戦本部の仕事であり、総部隊長のオーウェンの仕事なのだが、この男はそんなことには頓着しない。当然、部下二人も知っている。
「本部からは、今日と同じで構わない、と連絡が来ています」
「はぁ?馬鹿か、あいつら…」
この人が本音を隠さないのも、その気が無いのも、当然知っている。
「確かに、難しいだろう。敵も馬鹿ではない。というより公国軍は〝量より質〟だ。有能さなら向こうの方が上だろう。こちらの弱点にも気付いているやもしれん」
「自分もそう思います。やはり、〝例の弾頭〟が完成しなかったのは痛いですね」
だから、そのことには特に気にせず、話を進める。
彼ら〈重弩中隊〉の主任務は味方歩兵の援護射撃。そのために専用に開発された新兵器〈重弩〉を使用する部隊である。
弾体となるのは、人の身の丈ほどもある巨大な矢。
発射台の形状は、クロスボウをそのまま巨大化させたもの。大きさは、馬車の荷車ほどもある。
どちらの重量も、その見た目通り、規格外に重い。
発射台の後部には、弓を引くためのハンドルが付いているのだが、それすらもかなり重く、一人では到底運用できるものではない。
鍛え上げた兵士が、二人係りで矢を固定し、さらに三人係りで発射台後部のハンドルを回す。
これだけでも十分効率が悪いのだが、さらに言えば、連続使用には弓の強度が持たないため難しい。
今日も、十射したところで、二十基の内三基の弓部分が破損したため作戦を中止、今も整備担当の兵士たちが交換作業をしている。
どうやら、軍のお偉方は、公国軍が早期撤退したことで満足したようだが、現場で実際に運用している彼らは、違う感想を持ったようだ。
「だよなぁ。幹部連中は満足みたいだがな。今回みたいな条件だと、今のままじゃ相性が悪すぎる。城攻めとか、砦破りならまた違うんだろうが」
「そうですね。この戦場で我々ができることは、せいぜい土塁や柵を壊す程度ですから」
それぞれの感想を述べる師弟に、
「〝あれ〟は結局完成しなかったのか?」
と、ブライアンが問いかける。
それに言葉を返したのはオーウェンだった。
「まだ駄目だな。どうにも着火装置がうまく機能しなくてな。今のままだと、大量の不発弾と発射時の衝撃による暴発で七割が無駄になる。とてもじゃないが使えんよ」
無理無理、と大げさに首を横に振る。
彼らの言う〝例の弾頭〟とは、火薬入りの弾頭のことである。
現在の鋼鉄の矢じりから、火薬入りの鉄球に弾頭を変更することで、今回のような平地での合戦にも対応しようと考えていたのだが、残念ながら完成していない。
より具体的には、火薬を爆発させる過程がうまくいっていない。
発射時の圧力と衝撃で暴発しないで、着弾時の衝撃で着火し爆発する。その微妙な加減がうまくいかないらしい。
「明日は今日のようにはいかないだろう」
そう重々しく口を開いたのは、ブライアンである。
「その心は?」
「茶化さないでください、隊長」
弟子はできる子。
二人が聞く姿勢に入ったので、英雄は続ける。
「俺のような武人でも分かる欠点だ。当然向こうも気付いているだろう。今日は俺たち〈護衛隊〉の出番は無かったが、明日はそうも言ってられんだろう」
「前線が突破されると?」
「まだまだ甘いなぁ、ジョシュア君。別に前線を破らんでも、向こうも飛び道具を使ってくることもあろうに。まぁ、うちの前線はザルだしなぁ…。下手したら突破されるかもしれんし。その時は、期待してるよ、相棒」
「分かっている」
それが俺の仕事だ。そう言うかつての英雄の口元は、うっすらと微笑みを浮かべている。
会議も一段落したところで、オーウェンは秘蔵の酒とカップを三つ、持ってきた。
「ではっ!」
オーウェンが、酒の入ったカップを持って勢いよく立ち上がり、二人もそれに続く。
この若き兵士は、かつての英雄から、得難い多くのことを学ぶだろう。
そのかつての英雄と、彼の戦友は、久しぶりに肩を並べる戦場を、まるで楽しんでいるかのように、生き生きとした目で笑っている。
「我らが王国と、王国軍に、勝利と栄光を!!」
「「「乾杯!!」」」
それから、三人は酒を酌み交わし、控えめな宴を始める。
月は時折雲に隠されながら、千万の瞬く星々と共に、戦場の夜を照らし出す。




