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【8】ヒロインの変化

 一方、杉彦の追っかけ対象から一時的に難を逃れた氷群だが、杉彦が毎日のように彼女の行動を追っていることに、当の本人はまったくもって気づいていなかったりする。

 したがって、今から彼が氷群に告白するための特訓を始めたことなど知る由もなく、今日も黙々と『シルヴァー・ハント』本部ビルで、訓練を続けているのであった。

 彼女らの訓練は主に組み手が基本となっている。

 常に無秩序な動きをする対象とやりあうことで、洞察力、臨機応変さを養っているのだ。

 彼女らはあくまで、獣もどきの捕獲と、一般市民に被害が及ぶのを防ぐことが任務だ。

 殺傷力はあって越したことはないにしろ、現場では過ぎた力であり、あくまで人命を優先する為の技術を修得することが旨となっている。

 今、氷群は同僚の女性と組み手を行っていた。

 相手はトンファーを用いて、主に打撃技を駆使してくるのに対し、氷群は木刀を左手に持ち、右手は素手。

 相手のトンファーによる乱撃を右手でかわしつつ、左手に持った木刀で相手の急所すれすれに打ち込んでくる。

 相手も片方のトンファーで氷群の木刀を防ごうとするが、木刀による打撃のパワーがあまりにも強く、力を流しきれないで、吹き飛ばされてしまう。

「ひ、氷群さん……ちょ、ちょっとやりすぎじゃない?」

 そばで2人の組み手を観戦していた同僚が、少し青ざめた表情で吹き飛ばされた女性に駆け寄った。

「……すまない。余計な力が入ってしまった」

 氷群は素直に非を認めた。

「……だが、実際の相手は手加減をしてはくれない。貴女も全力で向かってきてくれて構わない」

 淡々と述べる氷群。

 駆け寄った同僚が少し嫌な表情を浮かべたが、倒れていた同僚はゆっくりと起き上がり

「そうだよね。氷群さんの言うとおりよ。もう一度お願いします!」

と力強く応じた。

 氷群はそれにうなずいて応える。再び組み手が始まった。

 先ほど、氷群が余計な力が入ってしまった要因は、実は杉彦にあった。

「ふっ!はっ!やっ!」

 相手のトンファーの連撃を気迫ある発声と共に華麗に避けつつ、氷群は近しい過去を振り返っていた。

 ここ一年、時折氷群の前に急に現れ、意味不明の言葉を発しては消え、発しては消えを繰り返してきたあの少年。

 端から見たら変態が襲いに来てるようにも見えるらしいが、氷群にはそう思えなかった。

 顔を真っ赤にして、肩で息をして、足を震わせて、それでも何かとても大切なことを言おうと、目を輝かせて。

 あの目を見ていると、どうにも邪心を感じない。

 彼の懸命さに応えなければならない。

 そんな思いにさせられる少年。

 だが寸でのところで必ず彼に不運な出来事が起き、結局最後まで彼の言葉を聞くことが出来ないでいた。

 始めのうちは、他愛もないことだろうと気にせずにいたが、こうして度重なっていくうちに、少しずつ、彼に対する気がかりが積み重なっていく。

 氷群にとって、この感覚は生まれて初めてのものだ。

 この感覚を、何故か氷群は大事にしたいと思った。

「っ!?」

 考えごとをしているうちに、トンファーが氷群の顔を少し掠り抜けていった。そのまま氷群は床にへたりこんでしまった。

 トンファーを繰り出した本人も驚きで硬直してしまう。

 現在、この『シルヴァー・ハント』内で氷群は一位、二位を争う戦闘ハント上級者エキスパートだ。

 多少の油断があったとしても、顔にダメージを受けることなど今までなかった。

「氷群さん!」

 二人の組み手を観戦していた同僚が、今度は氷群の方に駆け寄ってきた。

「ど、どうしたの?氷群さんらしくないよ?」

 しばし呆然となっていた氷群が、同僚の声かけで正気を取り戻した。

 氷群はゆっくりと立ち上がりつつ、

「……大丈夫」

とだけつぶやく。

「氷群さん、さっきからちょっと変だよ?最近、任務も増えてるし、疲れてるんじゃない?」

 やたら氷群を気にかけてくる同僚。

 それだけ、氷群にしては珍しいことだった。

「……平気だ。私が油断してただけにすぎない」

「そ、そう……」

 同僚はそれ以上追求はしなかった。

 一方、組み手相手の同僚も顔が青ざめていた。

「……ひ、氷群さん……顔……ごっ、ごめんなさい!」

 氷群はそう言われて気づいた。自分の右頬に縦長に入って細い傷があることに。

 駆けつけた同僚は氷群の左側のいたため、その傷に今気づき、あっとなった。

「た、大変!すぐ治療しないと」

「いい」

 氷群は率直に答えた。

 それが反射的に出た言葉だと、氷群は発してから気づかされた。

「え、だって、その傷、そのまま残っちゃうよ!や、やっぱり、氷群さんだって女の子なんだし……」

 横にいる同僚が顔を斜めに伏せた。

 周りの人間にもわかっていた。ここに集まった女性の戦闘員ハンターも、元々は普通の女の子だ。

 例え、体を張って戦う立場にあっても、日常ではまだ普通の女の子なのだ。

 万が一でも、身体に残る傷が出来てしまうというのは、女の子にとってはまさに「お嫁にいけない」状態になってしまう。

 だが、周りの同僚の心配をよそに、氷群はうっすらと笑みを浮かべてこう言った。

「……いいんだ。この傷は、勲章だから……」

「……え?」

 周りの同僚には意味がわからなかった。

 実のところ、氷群本人もよくわかっていないでこの言葉を発していた。それでも『勲章』という言葉の意味が、今の氷群の心に響くものだと、氷群はなんとなく思っていた。

 その時、訓練場の扉が強く開かれ、飛鳥が入室してきた。

「氷群センパイ!ビッグ・マミーがお呼びっすよ!」

「……わかった」

 氷群は返事を返した後、周りの同僚に顔を向け、

「すまない。次は飛鳥と組み手をやっていてくれ」

「あ……はい」

 同僚たちは状況をうまく理解できないまま、生返事をした。

 それにうなずくと、氷群は早々にスタスタと歩きだした。

 扉を出ていく時、飛鳥とすれ違いざまに言葉を交わしていった。

「飛鳥、続きを頼む」

「了解っす!」

 飛鳥は小声ながら元気さのある声で応じた。

 また無表情のまま、氷群はうなずき、訓練場を出ていった。


 『シルヴァー・ハント』本部ビル、最上階である一〇階の一番奥の部屋に呼び出された氷群は、扉の前まできてノックをした。

「氷群・リリエンクローン、推して参りました」

 すると、ドアの向こう側から声が聞こえてきた。

「おう!入れぃ!」

 かなり威勢がいい声が返ってきた。

「失礼致します」

 氷群はゆっくりとドアを開け、中に入る。中の構図は実にシンプルだが、ビルの一室にしては異様だった。

 無駄にだだっ広く、床は一面に畳が敷かれおり、書類などが棚にではなく全て横の押入れや箪笥に仕舞ってあり、他には掛け軸が一対、ビッグ・マミー直筆の書が一点飾られていて、後はドアから一番離れた所にビッグ・マミー用の机と椅子が置いてあるだけだった。

 そんなすっかり和室に改造された部屋にも慣れた氷群は、自然と入室しビッグ・マミーの机の前まで来た。

 当のビッグマミーは、椅子を後ろに向け、外を眺めていた。

 最初に話し出したのはビッグ・マミーの方からだった。

「おう!来たかい氷群」

「はい、ビッグ・マミー」

「いや~訓練中にすまないねぇ」

 そう言って、ビッグ・マミーは持っていたキセルを粋にふかした。

 言葉ほどすまなそうにしていないビッグ・マミー。

 だが氷群は違和感を持たず、

「いえ、問題ありません」

と応える。

「そうかい?その傷を見るってぇとそうは思えねぇけどねぇ」

 なんとビッグ・マミーはここへ来てまだ氷群の顔を一度も見ていないにも関わらず、氷群の顔の傷があることに気づいていた。

 しかし、それに驚く様子もなく、氷群は応えを続ける。

「これも問題ありません。それより、ご用件を」

 あくまで冷静に応じる氷群。

「おぉ~そうだったな。早速だが氷群よ、おめぇさんに一人、部下をつけようと思ってる」

「部下……ですか?」

 思ってもいない用件だった。

「そうだ。部下だ。といっても、まだそいつぁウチの組織に入ってないやつなんだけどよぉ」

「え?」

 氷群はここで疑問を感じた。

 まだ組織に加入してない人物を部下にするとはどういうことだろうか?率直に氷群は尋ねた。

「ビッグ・マミー、それはどういう……」

「まぁ気がはえぇたぁ思ってるんだがねぇ、そう先の話になるとも思えねぇから、先に話しておこうと思っただけのことさぁ」

 先の話にはならない?ますます疑問が募った。

 この『シルヴァー・ハント』の正式な戦闘員(ハンター)になるためには、まずこの組織に加入し、訓練生ハンターズ・チルドレンとしてみっちり鍛え上げられ、そこからビッグ・マミーの見立てで優秀な戦闘員(ハンター)になれると認定されなければならない。

 現在は、その訓練生間の競争が激しく、よほどの強者でない限りは、簡単に戦闘員(ハンター)になれるわけではない。

 この掟は絶対であり、コネなどで上り詰めてくる輩もいない。

 だとしたらどんな人物が氷群の部下になる予定なのか?

「ビッグ・マミー、一つお訊きしてもよろしいですか?」

「ん?なんだい氷群?」

 氷群はおそるおそる訊いてみた。

「その、私の部下になるという人物は何者なのですか?」

「そいつぁな……アタシの孫だ」

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