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【7】主人公の挑戦

 杉彦はなんとか氷群が出勤する前に、彼女の家までたどり着いた。

 同じく、一緒に来たぴょん太におそるおそる確認する。

「……なぁ、本当にすぐ告白しなきゃダメなの?」

「無論でさぁダンナ!せっかくお嬢さんがお一人の時なんですから」

「そうだけどさ……」

 杉彦がぶつくさ言っている時に、氷群が玄関から出てきた。杉彦の脳内メモリーでは今日は予定時刻ぴったりの出社だ。

「ささっ!ガツッっとかましてきて下せぇダンナ!」

「うっ、え、えぇい!こうなりゃヤケだ!!」

 杉彦は思い切り飛び出して、氷群の目の前に立ちはだかった。

 急に人が目の前に現れ、氷群は目を丸くする。

 彼女の前に立ったとたん、杉彦の心臓は爆音を轟かせた。

 全身の血液がグツグツいい、脳みその回転がおかしい。目も焦点が合わず、彼女の顔をまともに見れない。

 しかし、わざわざこのタイミングで出てきたのだ。

 今この時を逃す手はない。

「いけー!ダンナ!ぶっとばせダンナ!」

 何か間違っている声援が後ろから飛んでくるが、今の杉彦はそれを気にしている余裕はない。

 目を丸くしていた氷群の表情が曇りかける。そりゃ急に変な男が目の前に現れたのだ。違和感を持つ方が正常だ。

 そんな微妙な彼女の変化に気づいたのか、杉彦は少し冷静さを取り戻した。

 いかん!このままだとまずい!今だ!今しかない!

 そう自らを奮い立たせ、全神経を口と喉に集中させて、言葉を発しようとする。

「あああああっあっ、ああっああのおおおおっ、お、えっとぉおですえ!!!」

 いつもより若干滑舌が良い。

 イケル!イケルゾ!と脳内アドレナリンを調節して、さらに言葉を続ける杉彦。

「ひひひひひひむっひむっ氷群さん!!」

 急に名前を呼ばれ、曇りそうだった表情から驚きの表情に変わる氷群。

「あ、はい」

 氷群はなんとも素っ頓狂な声を出した。

 なんでこいつは自分の名前を知っているのだろうという違和感が多少あるが、とりあえず名前を呼ばれたからには返事をするというのが、生真面目な氷群の性格だった。

 普通に返事を返してくれた氷群に多大なる感謝の意を表しつつ、杉彦は更に言葉を続ける。

「おおおおっ俺ぇっえっ、ままままっまえか、ひひひ氷群さんがっがっ、だいだいだいだい」

しまった!!と杉彦は失念した。

 単純に「好き」と伝えればいいものを、「大好き」と言おうとしてしまったことで、その後の言葉に詰まってしまったので。

 なんというアホかと、杉彦は後悔したが、とにかく今は次を言うしかない。

「だいっだいっだいぃすっすっ」

 もう少し!もう少しだ!

 全身に力を込め、最後の言葉を発しようとする杉彦。

 そこへとんでもない事件が起こった。

「なぁぁぁぁぁん!!」

「こらあああああ!!待ちなさああああい!!!」

 今、杉彦と氷群がいるのは、普通の住宅街にある一車線の道路。

 そこへ焼き魚をくわえた猫と、エプロンをしておたまを持った裸足の主婦が走ってきたのだ。

 猛スピードで駆けてくる両者は、周りなど全く気にしている様子はない。

 猫はブロック塀に登るべく、杉彦の頭を踏み台にした。

 そのままうつ伏せに倒れそうになった杉彦に続いて主婦が、杉彦の頭を踏み台にし、二者はブロック塀をつたって追いかけっこを継続していった。

 おもいっきり踏まれて顔面を強打した杉彦は、そのまま動かなくなってしまう。すっかり何が起こったのか理解できない氷群は、そのまま硬直した。

 そこへぴょん太が急いで駆けつけ、杉彦の足を噛んで引っ張り、この場を退いた。

 かくして、衝撃映像の現場に氷群だけが取り残されたのだった。


「ほら、起きてくだせぇダンナ!」

 ペシペシとぴょん太は杉彦の頬をはった。

「……んん、んーん」

「お、気づきやしたねダンナ!」

 ゆっくりと起き上がる杉彦。

 頭の後ろと顔に痛みがあるが、その理由がわからない。

「あれ?俺、今氷群さんに告白しようとしてたんじゃ」

「それが……カクカクシカジカでしてねぇダンナ」

「うぅっ、そっかぁ……またかぁ……」

 顔と頭の痛みを押さえつつ、杉彦は顔を伏せる。

 またうまくいかなかった。いつもこうなのだ。

 実はかれこれ何度も氷群に告白しようとしたことはあったのだ。

 しかし、彼女の前に立つと、心身共におかしくなり、すぐに告白出来ない。

 そこへどこからともなく変な現象がそのわずかな隙をつき、杉彦の告白を邪魔するので、結局失敗に終わるのが常だった。

 前回は駅前で告白しようとして、何故か街頭アンケートを求める女性たちが氷群に群がってきたり、前々回なんか相撲部屋の近くで告白しようとして、何故か杉彦の上におすもうさんが落っこってきたり、前々前回なんかファンシーショップの前でいきなり『スキあり妖精』(油断している人間を見つけては「スキあり!」といって体当たりを仕掛けてくる、今幼女の間で大人気のアニメキャラクター)が飛んできて杉彦をふっ飛ばしたり、散々だった。

 まるで神様か悪魔が杉彦の恋を妨害しているとしか、杉彦には思えなかった。

 度重なる失敗は、さすがの杉彦にも、彼女に告白することへの抵抗を生ませるのに十分だった。

 体の痛み以上に、心が痛い杉彦に対して、なんの哀れみもなく、ぴょん太は明るく声をかけてくる。

「ところがどっこいダンナ!これでダンナのどこが悪いのかはっきりしやしたぜ!」

「……どこなの?」

 まだ立ち直れないが、とりあえず杉彦はぴょん太の意見を聞いてみる。

「まざぁ緊張し過ぎでさぁダンナ!そんで油断し過ぎなんでさぁダンナ!そのスキにつけ込まれるから失敗するんでさぁダンナ!」

 ぶわっ!杉彦の目から大量の涙が溢れ出た。おそらくナイアガラの滝レベルだ。

「なっ、んなこたぁわかってるんだよおおおおおおお!!!!!」

杉彦は泣きながら絶叫した。

「まぁまぁ、続きを聞いてくだせぇダンナ。要は緊張と油断を取り除きゃぁいいってわけですぜダンナ!」

「え゛ぇ゛!ぞう゛だろ゛う゛ども゛!でも゛どう゛ずん゛の゛ざ!」

「そこがあっしの腕の見せ所でさぁダンナ!あっしの考案した特訓を積めば、間違いなく告白できますぜダンナ!」

 自信満々で語るぴょん太。

 なるほど、そういうことだったのか。

 ていうか、今回わざわざ告白しなくても、今まで杉彦の動向を見続けてきたのならわからなくもないはずだが・・・・・・。

 どうにも胡散臭いタヌキだと杉彦は改めて思った。

 だが、怪しい人間に「これで絶対好きな女の子と付き合えますよ」的なこと言われて、変なマニュアル本や壷を買わされるよりはマシなような気もした。

 それにこいつの言うことには「告白すること」がまず重要であり、その後の事は考慮に入れていない。

そこからは本当に自分次第ということなのだろう。

 緊張と油断を取り除くだけなら確かに価値はあるんじゃないかと、杉彦は考えを巡らせた。改めてどうしようか悩んでる杉彦に、ぴょん太はとどめの言葉を放った。

「……嫁ぐ」

 ギュンッと杉彦の頭に急ブレーキがかかった。

 嫁ぐ・・・・・・昨日ぴょん太が杉彦の説得に使った「あのお嬢さんだっていっぱしのおなご。いずれどこぞの輩の元へ嫁がなきゃならねぇ」という言葉が頭をよぎった。

 そうだ。

 このままでは他の男に彼女を取られてしまうんだ。

 一時停止した脳からブルンッと再びエンジンがかかる音がした気がした。

 あきらかに表情の変わった杉彦を見たぴょん太は満足げに、

「ふふ~ん、その顔!その心意気ですぜダンナ!じゃぁ早速特訓を開始しましょうぜダンナ!」

「おおおおおおお!!!」

 杉彦は小学生か!とつっこみたくなるような大声を出して、腕を天高く突き上げた。

 ここから、杉彦のストーカーからリア充への華麗なる転身物語が幕を開ける。

 だが、この二人(一人と一匹)のやりとりを遠くから眺めている人間がいたことを、杉彦は知らない。

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