【6】主人公の対話
時代は戻って現代。
結局、あの後杉彦が氷群に追いついた時には、既に彼女が帰宅してしまった後だった。
仕方なく杉彦は氷群が就寝するまで見守り続け、泣く泣く帰宅することとなった。
「あぁ~あ……また告白出来なかったなぁ……」
今回は本気でへこむ杉彦。
泣きながら自室の机にのべぇーっとつっぷした。
「……ったくぅ、なんだったんだよぉアイツは……」
また沸々と怒りがこみ上げてきた。
一体あのぴょん太とかいうしゃべるタヌキはなんだったのか?
氷群を追いかける杉彦のスピードについてこれず、昨日はあれでお別れとなった。
というか、あれは夢だったんじゃないのか?
杉彦は自分があまりにも恋に溺れすぎて、他のことに盲目だった分、その反動でおかしな夢を見たのかと思った。
まぁありえない話ではないだろう。ならばこれを機に少し冷静になってみるのも悪くないかもしれないと、杉彦は肝に銘じてみる。
とりあえず今日の日誌を書いて寝ることにした。
そして翌日。
ぴょん太は再び杉彦の前に現れた。
いつものように氷群の朝起きる時間を見計らって家を出るのだが、玄関の扉を開けた目の前にコイツはいた。
さすがの杉彦もこれは予想外で、昨日のように盛大にコケた。
それを普通にスルーするぴょん太。
「おはようごぜぇますぁダンナ!今日は絶好の告白日和ですねぇダンナ♪」
やけにゴキゲンなぴょん太と対照的に、杉彦は倒れながら怒りに震えていた。
「なっっ、なんでウチがっ!、……わかったんっ、だ!」
「へへぇ、一応あっしも動物の端くれですしねぇ……いわゆる動物のカンてやつでさぁダンナ」
ドヤ顔のぴょん太。
杉彦の心境はいかばかりか。
「ふ・ざ・け・る・な」
「やー冗談でさぁダンナ!タヌキジョーク!実はダンナの匂いを辿って来たんでさぁダンナ!」
……なるほど。
あくまで普通の動物のタヌキだと言い張りたいわけか。
杉彦はなんとなく、これは夢じゃないと確信できたような気がした。だが確信できたからといって、どうにかなるわけではない。
まずはこの幻想を受け入れ、対処しなくてはならない。
「……で、昨日の話だと、まず俺がぶっつけで氷群さんに告白しろと」
「へへぇダンナ、その通りでさぁ!」
「なんでいきなり告白からなの?」
杉彦は率直に質問した。
「まずぁ今のダンナの現状ってもんを把握しなきゃなりやせん。その上でダンナのどこがわりぃのか改めて判断させてもらいやすぜ!」
ふむ、実にまともだ。
とてもタヌキの発想とは思えない。
「ぴょん太ですぜダンナ!」
「心を読むな!」
杉彦は思わずつっこんでしまった。
いかん、こいつのペースに巻き込まれるな。
いくらまともな意見でも所詮は狸畜生の言葉。早々に受け入れてはいけない。
杉彦はため息を挟んで次の質問をする。
「それで、うまくいかなかったらどうするんだよ?」
「そこはおまかせくだせぇダンナ!あっしの知識を総動員して、ダンナにふさわしい恋愛成就法を伝授しますぜ!」
伝授ときたよヲイ。恋愛成就法て……もはやセールスマンの常套句みたいじゃないか。
この一帯を胡散臭さが充満しまくっている。ちょっとふらつく杉彦。
「……今更だけどさぁ」
「なんでさぁダンナ?」
「なんでタヌキのお前が人間の恋愛に口出しするんだよ?ていうかタヌキが人間の恋愛に詳しいっておかしいだろ!?」
というよりもう全てがおかしいのだが、杉彦にしてみれば、ある程度幻想を受け入れたという前提での問い詰めだった。
「ふっふ~ん、それはですねダンナ。あっしはこれまで、数十年もの間、数多の人間の恋を成就させてきた人間恋愛の達人だからでさぁダンナ!」
「……は?」
またかなりぶっとんだ設定が明らかになり、アゴがはずれそうになる杉彦。
達「人」はおかしいだろ!達「狸」だろ!というつっこみは置いておき、数十年も人間の恋を成就させてきたというのはどういうことなのか。
「それって何?お前結構いい年ってこと?」
「そうですぜぇダンナ!かれこれ四〇〇年以上は生きてますぜダンナ!」
……そういうことか。杉彦はなんとなく事情を理解し始めた。
というより一方的な解釈に過ぎないが。このタヌキがしゃべるのはきっと四〇〇年生きて妖怪かなんかになったからだろうと思われる。
そういう解釈なら仕方ないと思えなくもない。
しかし、もう一つの疑問が解決していない。
「……まぁ年はいいとして、なんで人間の恋愛を成就させてきたのさ?そういう神様かなんかなの?」
杉彦は成就という点に関して言えばこいつが「神様」だという解釈も間違ってない気がした。
「あーそいつぁーですねぇダンナ……んー……」
なぜか言いにくそうにするぴょん太。
「……聞いて驚かねぇで下さいよダンナ」
なんだなんだおい。
今更驚くも何もないぞと杉彦は気張ってみせた。
「じゃぁお話しますがねダンナ……実はあっし……」
妙な緊張感を漂わせるぴょん太に、杉彦は思わずゴクリッと生唾を飲んだ。
そしてぴょん太から発せられた言葉は実に衝撃的だった。
「……元々は人間ですぜダンナ」
「……へ?」
元々は人間?どういうこった?
「ままっ、種明かしも済ましたとこで、早速お嬢さんに告白しに行きやしょうぜダンナ!」
「え、あっあっ!おい!!」
きびすを返して走り出すぴょん太。
もうまた意味不明なことが沸いてきたと正直うんざりな杉彦だったが、やはり氷群のことも気になるので、とりあえずぴょん太を追うことにした。
今日も平和な一日を迎える。




