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【4】主人公の遭遇

 あれから更に半年。

 今日も今日とて杉彦は、氷群ひむれ・リリエンクローンの”追っかけ”として、彼女の動向を観察していた。

 半年前のあの日、妹に自分の行動の実体を知られてしまったのは失態だったが、そこをうまく切り抜け、更にうまく学校で出席している風を装う術も身につけることに成功して、今に至る。

(まぁ別に後ろめたいこととは思ってないんだけどね)

 学校を休むのだって、インフルエンザにかかっているみたいな状態だと言い張っている。妹もあれ以来、自分を弁明してくれているようだ。

 杉彦自信に言わせれば、自分の行動は全て健全の範囲内だ。

 この追っかけ行為にしたって、例えば彼女に何度も電話をかけ、「へへへ、パンツ何色?へへへ」と訊くわけでもなく、着替えや入浴を覗くわけでもなく、それこそ部屋に盗聴器やカメラを取り付けることもなく、ただひたすら彼女を見守り続けているに過ぎないと。

 基準としては、彼女の嫌がりそうなことはしない。したくない。

一度だけでも自らの命を助けてくれたという恩義を返すという意味で、彼女の行動を知り、いかなる時でも「彼女の助けになりたい!!」くらいの気持ちで、杉彦は臨んでいるのだ。

 彼の信念に揺るぎはない。

 杉彦はこれまで生きてきて、ここまで本気になれることなどなかった。

 その反動こそが今の彼を動かしていることに他ならない。

 ただ、そこにどうしてもつきまとう感情があるのも確かだった。

「……ん~告白するなら今のタイミングかな~?いや、でもな~」

 そう。杉彦の唯一煮えきらない想い。

 彼女を「好き」という気持ちだ。

 これは「出逢い」であり、杉彦の「初恋」でもあった。

 いわゆる一目惚れというやつだが、特の杉彦の場合は、そのシチュエーションが鮮烈過ぎたのだ……。

 午後五時一四分〇秒。今日は街外れの国道沿いにあるガソリンスタンドに押し入った強盗が、獣もどきになり暴れ出した。

 そこへ氷群が駆けつけ、あっさり秒殺。

 あまりにも鮮やか過ぎる仕留め方に、杉彦は思わず鼻血が出そうになったくらいだ。(つか出た)

 そしていつものように組織のスタッフと思わしき黒子たちが事件後の処理をしていた。

「氷群センパイ!処理も終わりましたし、帰還しましょうっす!」

 またいつものように、氷群のサポート役である活発明朗な飛鳥が氷群に声をかけてくる。

「……」

 それに対して氷群はなぜか反応しない。

「氷群センパイ?どうかしたんすか?」

 質問を提示する飛鳥。

「……すまない。先に帰還してくれ」

「えっ?なんでっすか!?」

「ちょっとな……」

 氷群が何故か言い淀んだ。

 その意図を察知したのか、飛鳥が納得したようで、

「あ、はい!わかりましたっす!では帰りお気をつけて!」

「あぁ……」

 飛鳥は颯爽とトラックに乗り込み、スタッフ共々現場を後にした。

 一人で取り残された氷群は、ガソリンスタンドの奥に歩いて行こうとする。

 そこを近くの山林からそっとのぞく杉彦。

 かれこれ1年ちょい。

 何度告白しようかと悩んだことか。

 しかしなかなかタイミングを掴めず、やきもきしながら結局1年が過ぎてしまった。

 しかし、今日はめずらしく彼女が一人きりで、しかも不自然ではないシチュエーションが来たと杉彦は確信した。

「……よし!今こそ!!」

 心臓のバクバク音に押される形で、杉彦は山林から抜け出そうとした。

 するとそこへ、

「ちょいとお待ちをダンナ!!」

という声が聞こえてきた。

 急に声をかけられ、さすがに驚く杉彦。

 地面に足を引っかけて壮大にコケてしまった。

「痛っっっっ!!な、だ、誰だよ一体……」

 杉彦は痛みに堪えてなんとか立ち上がり、周りを見渡す。人の姿が全く見当たらない。

 空耳か?杉彦がそう思った時、

「ここ!ここでさぁダンナ!」

 また声が聞こえる。

 杉彦は気味が悪くなったが、おそるおそる声をする下の方に顔を向けてみた。

 そして驚愕した。

「そうそう、あっしですよダンナ!」

 どうしたことだろうか?

 声の主はタヌキだった。

「たっ……たっ!たっ!」

 タヌキがしゃべってる!杉彦はそう言いたかったが、驚きのあまり声が出ない。

 それもそうだ。「タヌキは人の言葉を話さない」というのが人類の共通した常識だからだ。

 しかし、呆然としてしまった杉彦の耳に、容赦なくタヌキのしゃべり声が響いて来る。

「やっと声かけられましたよダンナ~!いや~いつもいつも見事な情愛っぷりで、見ててホレボレしちゃいやすよダンナ!でもねぇダンナ!いい加減そろそろ花ぁ咲かせなきゃ男が廃るってぇ~もんでさぁダンナ!」

(え、やっと?ダンナ?男が廃る?)

 全体の言語は実に流暢な日本語でわかりやすいが、ところどころわけのわからないことを言っている。ついでに口調も若干変。

 このまま逃げてしまいたい杉彦だったが、疑問を感じる点があると何故かそれを解明したくなった。

 どことなく『彼女』に興味をもった時の感覚にも似ていると杉彦は思った。

 荒い息を吐いて少し落ち着いた杉彦は、なんとか言葉を絞り出してみる。

「ぁぁぁぁ、ぁえーっと、さぁ。……なんなの?」

「へ?なんなのと申しますと?」

「いやぁ・・・・・・なんかいろいろさっ。おかしいじゃない。きっキミはタ、タヌキでいいの?」

 杉彦はとりあえず一つ目の疑問を口にする。

「タヌキ?あーはいはい。そうでござんす!あっしはタヌキの【ぴょん太】ってモンでさぁ!」

「ぴょ、ぴょんキチ?」

「ちげーますぁダンナ!あっしはカエルですかぃ!?ぴょん太ですぜダンナ!」

 わからない。

 タヌキは当たりらしいがどうにも腑に落ちない。

 とりあえずこっちの言葉はわかるようで、会話は成立するようだ。

 少し安心した杉彦は次の質問をしてみる。

「……それで何?ダンナとか、ずっと見てたとかってさぁ……」

「そいつぁですねダンナ。ダンナがあのお嬢さんに声をかけたそうにしてたのをずっと見守らせてもらっていたんでさぁ」

「見守る?」

「えぇ、かれこれ1年になりやすねぇ~ダンナ」

「1年!?」

 ということは、杉彦が氷群と出会って追っかけを初めてからずっと、ということになる。

「え……それじゃぁあの時から今の今までずっと俺の近くにいたってこと!?」

「そういうことでさぁダンナ!」

 驚愕?そんなレベルではない。

 実に奇怪なことに、氷群をずっと見守って(もとい追いかけ回して)いた自分が、逆に追いかけ回されている立場にあったとは……しかもタヌキに。しゃべるタヌキに。

 もうどうリアクションしてよいかわからず、膝を折り、手をつく杉彦。もはやショックを通り越して風化しそうになっている杉彦をよそに、タヌキをまたしゃべり出した。

「それでですねぇダンナ!そんないつまでも惚れた女の尻ばっか追っかけてねぇで、さっさと恋の花を咲かせましょうぜ!ってことでさぁダンナ」

「……ふっ」

 あろうことか、変なタヌキに説教までされるとは……。

 働き過ぎる違和感を帰宅させることが出来ない杉彦は、心の底からやむなしと思い、この状況を受け入れようと決意した。

「で……しゃべる素敵なタヌキさんは俺にどうしろと?」

「ぴょん太でさぁダンナ!ぜひあっしにこの恋を成就させる手伝いをさせてくだせぇダンナ!」

 どうしよう、本気で逃げたい。

 ここまで受け入れるのは万歩ぐらい譲るとしても、恋愛成就の指南をタヌキに頼むだぁ!?違和感さっさと帰れ!!と杉彦は率直に怒りを沸騰させた。

「まぁ冷静になってくんねぇダンナ。考えてもみてくだせぇよ。このまんまダンナの想いが届かなかったらどうなると思います?あのお嬢さんだっていっぱしのおなご。いずれどこぞの輩の下に嫁がなきゃならねぇ」

 ビクッッと杉彦が反射的に体を震わせた。

「嫁ぐ」という言葉が足の小指に思い切り直撃したような感覚に襲われた。

「ダンナだっていつかはカミさんもらって、子どもの一人も産まにゃならねぇ時もきますぁ。そんな時分になってまでまだこんなことを続けられるたぁ思えませんぜダンナ」

 おいおい、ちょっと待ってくれよ。杉彦は震撼した。

 こいつ、ものすごいまともなこと言ってっぞ。タヌキのくせに。と。

「ここは江戸っ子らしく、とっととケリをつけた方が“漢”ってもんですぜダンナ」

 むかっ腹がなかなか収まらない杉彦だったが、このタヌキの言い分はとても正しい。

 その正しさが杉彦の神経を逆なでしているわけだが……。

 そもそも杉彦はそんな先のことなどまだ考えてもいなかった。

 杉彦はまだ高校生だ。

 結婚など大人になってからのことだし、それ以前に恋愛さえまともにしたことがない。

 確かに杉彦は彼女のことを本気で好きだ。だからこそ「万が一」のことを考えてしまうと、体が思うとおりに動いてくれなくなる。

 彼女を失うことの恐怖の大きさと、彼女への好意の大きさが比例している。

 杉彦にとって、今の氷群との距離感が実に心地よく、絶妙なのだ。

 氷群がどれだけ素晴らしい女性かわかっているからこそ、逆に何も持ち合わせていない自分が釣り合うのかと常々悩んできた。

 そしてこの悩みは自分をどうにかしない限り、解決しないだろう。

 ならばこのタヌキの言うことが現実味を帯びてくるのも時間の問題かもしれない。めずらしく、杉彦は冷静にまともなことを考えた。

 タヌキがしゃべるという限りなく幻想に近い事実を突きつけられたことで、脳も体も立ち止まるきっかけになった。

 いつもならば一分一秒を氷群のことに意識を向けているところだ。

 初めて自分のことを客観視する機会を得て、杉彦はなんとなく無駄な力が抜けた気がした。

「……ここまではわかったぞ。で、恋を成就させるための手伝いって、一体なにしてくれるんだ?」

「お、納得していただけましたかダンナ!」

「かなりムリヤリだけどね……」

 杉彦は頭に手を当てて若干来る脳の痛みを抑えようとした。

「そうと決まりゃぁ話がはえぇやダンナ!まざぁあのお嬢さんにぶっつけで告白するとこから始めましょうぜダンナ!」

「っていきなりかよ!!」

 杉彦はあきれかえる。

 まぁそもそもさっき彼女が一人になった時に告白しようとしてて……。

 告白しようとしてて?

「あああああああっ!!」

 急に奇声を上げ出した杉彦。

「どうしましたぁ?ダンナ」

「そうだよそうなんだよ!!俺今彼女に告白しようとしてたんだよ!!」

 すっかり忘れていた。

 いくらしゃべるタヌキに遭遇したからといって、少しでも彼女から意識が遠のくとはなんたることか。

 杉彦は急いで山林から出てガソリンスタンドに猛ダッシュした。そのスピードたるやトップアスリートの比ではなかった。

 杉彦は半壊したガソリンスタンドの周りを見渡した。

「いっいない!!氷群さんがいない!!どこにもいないいいいいいいいいいい!!」

 どうやら氷群はすでに帰還したあとのようだ。

「あんれまぁ~。ご愁傷様ですダンナー」

 あとからノコノコついてきたしゃべるタヌキことぴょん太は伸びきった声で杉彦を哀れんだ。

「お、お前のせいだろうがああああああああ!!」

 先ほどの怒りがまた再沸騰してしまったようだ。

 しかし、ここは怒りに任せている場合ではない。

 一刻も早く彼女を追いかけねば。

 杉彦は耳と鼻に神経を集中させ、彼女が向かった方向を察知すると、また突風の如く神がかったスピードで彼女のところへ向かった。

「うおおおおおおおおおおお!!」

「ちょちょちょちょちょっとダンナ!お待ちになって!!」

 ぴょん太も負けじと走ったがまぁ追いつくはずもない。

 こうして今日も平和に日が暮れていったのだった。

 ちなみにそれから三〇秒後、半壊したガソリンスタンドのトイレから水の流れる音がしたことに、誰も気付くことはなかった。

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