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【3】主人公の妹

 椅子でのけぞったまま、杉彦は半年前のあの瞬間を思い出すだけで、インフルエンザにかかったかのように熱が上がり、全身が震え上がりそうになっていた。

 しかし、あそこで告白していなかったことを今は逆に喜んだ。

 もし断られていたら間違いなく生き地獄だったに違いない。

 それにあの素晴らしい感覚を味わいながら急速に眠気によって抑制されたことで、まるで出来立ての料理を瞬間冷凍して再び解凍したかのように、目覚めた時も感覚の鮮度が保てていたからだ。

 今でも彼女の姿を見て思わずニヤニヤしてしまうのはそのせいだった。

 そしてその後、杉彦は『彼女』のことを徹底的に調べ上げた。

 『彼女』の名前は氷群ひむれ・リリエンクローン。年齢は現在一九歳。身長・体重・血液型は無論、杉彦は知っているが彼女の為に非公表だそうな。

 どうやら氷群の父親はドイツ人で、母親は日本人といういわば「ハーフ」らしい。

 幼少の頃はドイツで過ごし、地元では空手や剣道など、数ある日本の武術の鍛錬を次々と積み上げ、世界選手権の候補生にも選ばれていたようだ。

 ところが、彼女が一六歳の時、日本で獣のような姿をした凶悪な犯罪者が続々と現れるようになり、日本政府はより実戦力に長けた人間を求めていた。

 そこで『シルヴァー・ハント』という獣もどきによる犯罪を沈静化するために創られた、新たな私設組織の要請を受けた氷群は、母の母国である日本に来ることになったのだ。

 それから実際の彼女の働きだが、本来持ち合わせていた彼女の格闘センスは抜群で、次々と凶暴な犯罪者を捕獲。来日してからこれまで解決できなかった事件はない。

 今や彼女の活躍は世間からも注目を集め、あちこちでちょっとした話題になっているくらいだ。

あの唐突すぎる出逢いは氷群がその『シルヴァー・ハント』に所属する正式な戦闘員(ハンター)だったからというというのが大きい。

 今までは杉彦の周りでそうした獣もどきによる犯罪が起きていなかったため、氷群に出逢う機会もなかった。

 たまたまあの現場に居合わせ、しかもそこへ氷群が駆けつけたことは、まさに運命、宿命と言って差し支えないだろう。

 相変わらずニヤニヤの止まらない杉彦だったが、明日もまた氷群に(一方的に)会うことを考えてひとまず寝ようと椅子から立ち上がる。

 そこへまったく気配も音もない状態から、急に杉彦の部屋のドアが勢いよく開かれた。

 ドアの向こうには大きく肩で息をしているツインテールで幼女体型の女の子が、ただならぬオーラをまとって仁王立ちしていた。

 彼女の第一声。

「あぁぁぁぁにぃぃぃぃきぃぃぃぃ!!!!」

 突然ドアが開いて大声で罵声を浴びた杉彦は、さすがに驚きを隠せない。

「なっっ!いきなりドアを開けるやつがいるか!ノックをしろノック!」

「うっさいわねぇ!!兄貴に他人の礼儀を注意できる権利なんてあるワケ!?」

「あ、兄が妹に説教して何がおかしいんだよ!」

「ああぁぁもぉぉぅうっざいわ!!そんなことより兄貴また学校来なかったでしょ!!!なんで兄妹ってだけで私が怒られなきゃなんないのよ!?」

「あれ、おっかしーなぁ~?ちゃんと変わり身を置いといたのに」

「あんな木に顔書いて制服かけただけのやつに誰かダマされるわけないでしょ!!」

「マジか!!じゃぁ次の手を考えないと……」

「う゛ーぶぁぁぁかあああ!!!」

 すっかり兄妹ゲンカに花が咲いてしまった。

 杉彦の妹、阿狩広美あがりひろみ。年齢は杉彦の一つ下の一五歳で、全くもって普通の女子高生だ。

 唯一他の女子高生と違う点は、この兄貴がいることだ。

 つい一年前までは兄貴も普通の高校生だった。

 なのに、兄貴は氷群と出会って以来、高校にほとんど来なくなった。

 ほぼ毎日、氷群の”追っかけ”にお熱だったのだ。

 そんな兄貴に対して、最近広美は苛立ちを隠せないでいた。

 もともとダサいメガネをかけていて、更に髪はボッサボサ。私服もダッサダサ。体型は中肉中背で、普通。良い点など挙げようがなかった。

 こんなのが自分の兄だと認めたくなかった。全世界の人類に心から申し上げたい。こいつとは無関係だぞ、と。

「も゛ーそんなに学校行くのがいや……いぃぃぃぃ!?」

 広美のグチが奇声と共に止まった。

 どうやら杉彦の部屋を見渡しての言動らしい。

 兄貴が疑問を投げかける。

「ん?どうした?虫でもいたか?」

「ちっ、ちがっ!ていうか、なんなのこの部屋!?」

「はぁ、何って言われても……見ての通りだ」

「説明になってないわよ!!」

 広美の驚きの要因は、杉彦の部屋を埋め尽くしている『ある人物』に関する諸々だ。

 壁一面を多い尽くす大量の写真。

 本棚にも写真が収まっているファイルが大量にあり、写真がプリントアウトしてるカップやタオル、シャープペンシル等々のステーショナリー、生活グッズが充実に取り揃えている。

 もうお気づきの方もいると思うが、これらの写真に収まっている『ある人物』とは氷群・リリエンクローン、その人である。

 かれこれ半年、彼女の”追っかけ”を遂行してきた杉彦の汗と涙の結晶とも言える。

 しばし広美は、この状況を理解するのに苦労していた。

 そもそも兄貴が不登校になった理由を、広美は知らなかったのだ。

 もともと仲が良かったわけでもないので、家ではご飯食べる時や廊下で出くわす時くらいしか顔を合わさないし、大して会話もない。

 今日は学校で杉彦の不登校について杉彦の担任からなぜか広美に説教が飛び、何年かぶりに兄貴の部屋の扉を開けたという経緯だ。

 広美は何とかやっとの思いで次の疑問を兄貴に投げかけた。

「こ、これって、あの氷群・リリエンクローン様でしょ!?」

 どうやら広美も氷群の存在は知っているようだ。

「おう、そうそう」

 それに対し、杉彦は実に軽~い感じで応じた。

「なんで写真がこんなに!?誰が撮ったの!?売ってるの!?兄貴が買ったの!?なんで写真がこんなに!?てかなんなの!?」

 明らかに頭が整理できてない広美。

「そんなにいっぺんに訊かれてもな~。まずこれは俺が全部撮ったやつだ。すごいだろ!?」

ドヤ顔の杉彦。

 しかし妹としてはとてつもない返答に目を丸くする。

「……へ?兄貴が?」

「だからそうだって」

「はぁ!?何それ!?じゃあ何!?いつも学校来ないで氷群様の写真撮ってたってこと!?」

「ん~正確に言うと違うが、似たようなものかな」

「そっ、それってさぁ、まずくない!?兄貴ストーカーしてんの!?」

「失礼だな。そんな悪質な行いじゃないよ。俺は彼女に敬意を表し、彼女の行動を逐一観察して」

「それがストーカーだって言ってんのよ!?」

「そうかぁ?ん~考えが一致しないなー」

「一致するか!!」

 兄妹ゲンカが更に咲き乱れてしまったようだ。

 困った杉彦だったが、広美の怒り方がいつもと微妙に違うような感じを受けた。

 そこにピンときた杉彦は、たった今思いついた提案を広美に投げかけてみる。

「じゃあこうしよう!お前も氷群様っていうくらいだから彼女のことが好きだったりするんだろ?」

「え……い、いやまぁその……」

 広美は何故か急に頬を赤らめた。

 これは脈アリか!と杉彦はここぞとばかりにたたみかけようとする。

「もしそうなら、特別に撮れ立てホヤホヤの写真を一枚やろう。それでひとまず勘弁な!」

「なっ……!そ、そんなストーカーして撮った写真なんて私はほ」

「ほれ」

 杉彦は机の上にあった一枚の写真を広美に差し出した。

 どうやら昼食を終え、無表情ながらも若干満足げな顔になっている氷群が写っている。

 望遠からの撮影にも関わらず、かなり解像度が高い。

 広美は差し出された写真を一度ガン見して、

「ふん!」

とそっぽを向いて今度はチラ見する。

 キュピーン!これは好感触だと杉彦は確信した。

「さぁ……どうする?」

 迫られる広美。

「べ、別にいらないけど……」

「そ、じゃぁしょうがな」

「兄貴がいらないんならもらってあげてもいいけど!?」

 かかった!!

「じゃぁこれでチャラってことで頼む!な!」

「はは~仕方ないわね~」

 広美はそっぽを向きつつ口だけニヤけながら差し出された写真を受け取る。

「つーかその代わりちゃんと学校行きなよ!?」

「うん、わかったー」

 わかりやすい棒読み返事だったが、広美は大して気に止めなかった。

「じゃぁ、おやすみ」

「おう」

 広美は平静を装いなんでもなかったかのように杉彦の部屋を出る。

 ドアがしまった瞬間。

「きゃあああああああ氷群さまああああああああああ!!!!」

 ドアの向こうからから得も言われぬ奇声と共にドタドタと廊下を走る声が聞こえてきた。

 兄貴・杉彦は思う。やっぱり兄妹は兄妹なのだと。でもこうも思う。爽やかに思う。でも同性相手は良くないぞ、と。

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